奈落76(世界樹34)
フウマが姿を消したと連絡があったのは、地上へ帰還する少し前だった。
ユグドラシルから連絡が入って知ったのだが、どうやらフウマは装備の修理に立ち会っていたらしい。
なかなかに殊勝な馬じゃねーか。
なんて思ったが、ユグドラシルから『ダラけておっただけじゃがな』と教えられて、所詮バカ馬かとガッカリした。
しかし、消えたとはどういう事だろう?
俺はフウマの存在を知覚出来ている。
魔力による確かな繋がりを感じており、どこに居るのかもはっきりと分かっている。
なので、装備を修理している場所に赴くと、
なにこれカッコいい!!
と感動してしまった。
守護獣の鎧は、ただの西洋甲冑のような見た目だったのに、龍を彷彿とさせるデザインに変わっていたのだ。
まるでゲームに出て来る重量無視の最強装備のようだ。
ここからまだ手を加えるらしいので、完成が楽しみになってしまった。
俺はありがとう、ありがとうと修理してくれた錬金術師達にお礼を言ってその場を後にした。
そして、帰還する日を迎えた。
場所は世界樹の麓にある神殿である。
『お主、フウマを召喚してはやらんのか?』
え? いいよ、あいつ我儘だし。
『我儘って、大事な相棒なんじゃろう?』
相棒ってなに?
相棒とは何かを考える。というより、フウマが相棒なのかを考えてみる。
フウマを召喚してからいろいろあった。
長い間、苦楽を共にしただけあり、思い出は沢山だ。
飯を奪われ、邪魔をされて、勝手に通販で購入して、我儘言って、漫画ばっかり読んで、ろくに家事も手伝わなかった。飯を食って寝る。飯を食って寝る。ヒナタに悪戯されて怒って破壊して、俺のストレスは天井知らずだった。
うん、大丈夫。二度と召喚しないから。
俺は心に固く誓った。
『おまっ、まあ良い。良くはないが、今は良い。いずれ召喚してやれよ、お主の大切な相棒なんじゃからな』
分かったよ。気が向いたらね、気が向いたら。
多分向かないけどな。
そんな会話をしていると、ユグドラシルから完成した装備を渡される。
持って来たのはオリエルタとアミニクだ。
見送りというか、ユグドラシルの護衛にミューレとリュンヌ、オベロンにヨクトも来ている。
『お待たせしました。こちらが修復の終わった装備になります』
人形に被せられた装備は、工房で見た時よりも洗練されていた。白銀なのは甲冑の頃と変わっていないが、デザインが竜騎士のようになっており、アーカイブで見た聖龍を彷彿とさせるような姿だ。
『お察しの通り、錬金術師達は龍装をイメージして補修、強化していったそうです。聖龍様の鱗を使えると分かり、そうしたのだと言っておりました』
オリエルタがそう説明してくれる。
うーん、カッコいいから良いけど、聖龍ってト太郎のことだよな。
なんか負けた気がして、凄く悔しくてなるな。
首が長いだけのマッチョのくせして、カッコいい姿で讃えられているとか、これもう詐欺だろ。
そんなん言って、嫌なら使うなとか言われそうだけどさー、やっぱ悔しいじゃん。
ヒナタは英雄って尊敬されてる上、一部の奴らからは崇拝されてるし、ト太郎は神様のように讃えられている。
俺だけ何もないじゃん。
俺も英雄とか呼ばれちゃってるけど、実感が無いからなんのこっちゃ状態だ。
つーか、何もやってないんだよね俺。
やった事と言えば、リュンヌしばき倒して、オリエルタを半殺しにして吹浮島を破壊したくらいだ。
字面だけで見たら、完全にヤバい奴だなおい。
って、考えが逸れたな。
デザインはともかく、ありがたく使わせてもらうよ。
俺はそう告げて、鎧を収納空間に入れる。
次に不屈の大剣だ。
不屈の大剣は、黒い片刃の大剣だった。
それがどうだろう。黒が基調なのは変わらないが、刀身に金の幾何学模様が描かれており、その刀身自体が細くなったように感じる。
長らく使ってなかったから自信はないが、確かもっと頑丈そうな見た目をしていたはずだ。
俺はアミニクから不屈の大剣を受け取り、その感触を確かめる。
握った感触は悪くない。
軽く振ってみると、思っていたほどの重量は感じられず、寧ろ軽くて不安を覚えるくらいだ。
『この大剣は、頑丈さを向上させた上に軽量化を施されています。感応率と魔力伝達の能力も向上させているらしく、意志による性能変化や魔力の刃も格段に強力になっているそうです』
あとこれをと言って渡して来たのが、特殊な油だった。
なんでも、魔力によるナノマシン的な物らしく、これを定期的に塗れば使用による劣化を修復してくれるらしい。
なんか至れり尽くせりですまんと思った。
まだ何もやってないのに、ここまでやられると肩身が狭い。
『先行投資じゃからのう、恩に着ろよ』
やかましい、お前に言われたくないわ。
『なんじゃと⁉︎』
ユグドラシルはこちらの気持ちを察してか、いやらしい目付きで俺を見る。それはまるで、これからの働きに期待しているぞ、という上から目線にも感じ取れるものだった。
おかげで反発心が湧いた。
そうだよ、気にする必要ないよな。
やってもらって当然、そんな気持ちで行こう。
アミニクから不屈の大剣を受け取り、これも収納空間に仕舞う。
受け取るとき、アミニクと目が合う。
以前、彼女から案内された時のことを思い出す。
ーーー
キューレという天使の死の原因。
アミニクの懺悔を聞かされた。
『全ての責任は私にあります。あのとき、スキルソウルを開発しなければ、キューレは英雄として生き、ヒナタは捨てられず、貴方に重荷を背負わせることはなかった』
誰にも悪意はなく、ただタイミングが悪かった。
話を聞けばそう考えるのだけれど、当事者であるアミニクはそう考えられないのだろう。
前にも言ったけど、ヒナタがあんたらを許してるなら、俺は何も出来ん。だから、キューレっていう天使がどうとか、まるで興味がないんだよ。
今更過去の出来事を知ったところで、何も変わらない。
俺はヒナタを助ける為に戦い続ける。
その覚悟はもう出来ている。
『……それもそうですね』
頷いて、寂しそうにするアミニク。
それから次の念話を聞いて、俺は首を傾げた。
『申し訳ありません。ハルト殿がキューレに似ていたので、話しておきたかったんです』
ん? キューレって男なの?
『いえ、女性です。見た目とかではなく、根本にある物が同じだと感じたんです。もしかしたら、田中殿の持つ力にそう感じているのかも知れません。性別も性格も見た目も正反対なんですが、それでも似てると感じたんです』
それだと、アミニク的に言うと、俺はユグドラシルに危害を及ぼすかも知れないって思ってるのか?
アミニクの話では、キューレは危険な存在だったと言っていた。似ているというのなら、警戒すべき相手だということになる。
『……我らは、貴方が望む物を持っていない』
……何を言ってるんだ?
『貴方には、ヒナタに平穏な生活を送らせる以外の目的がないんです。これからここで暮らし、多くの者達と交流をするでしょう。でも、それは貴方の望んだ形のものではありません』
だから何を……。
『ユグドラシル様が望むままに永遠の命を得たとしても、ヒナタがいなくなった世界を、貴方には守る理由がないんです』
……。
『多くの者と交流を深めたとしても、周囲は英雄という貴方しか見ないでしょう。ここで親交を深めたハイオークの彼や、獣人やホブゴブリンの彼らは貴重な存在です。でも、貴方と同じ時間は過ごせない』
……なあ、英雄になるのを断ってほしいのか?
『そうではないんです。ただ、ハルト殿はヒナタの為に戦っても、ユグドラシル様のために戦う理由が無いんです。きっと貴方は孤独になる。ユグドラシル様と共にあってくれたら良いのですが、貴方の精神は人のまま。きっと孤独には勝てない』
……それで、俺が爆発してユグドラシルを攻撃すると?
『そこまでは分かりません。それでも、これだけは分かるんです。貴方はキューレと同じなんです。理由もなく英雄になるべきではない』
あくまで私の考えですが。
そうアミニクは告げて、寂しく微笑んでいた。
それでも、俺が英雄にならないとヒナタに平穏はないし、ここも滅びるんだろ?
そうなったら、お前はどうするつもりなんだ?
『……ここに住む者は、これまでにユグドラシル様の恩恵を受けてきた者達です。ならば、都ユグドラシルに住む者が戦うべきなんです。どれだけ命が散ろうとも、戦うのは貴方ではなく我らなんです』
……たくさん恨まれるんじゃないのか?
『それが本来の形なんです。そもそも、ヒナタを巻き込むべきではなかった。あの子は自由にさせるべきだった。それを、私達はユグドラシル様を守るためだと言い訳をして縋ってしまった』
それでも、ヒナタは恨まなかったんだろう?
『……はい、きっと育ての親が良かったのでしょうね』
そう言うと、アミニクはしばらく黙った。
そして立ち上がると、俺に向かって頭を下げる。
『どうぞ、貴方の後悔しない選択をしてください』
ああ、分かったよ。それよりも、この会話はユグドラシルに知られているんじゃないのか?
『はい。ですが、この程度で怒るような方ではありませんから』
そうなのか?
結構、必死なのは伝わって来たが。
『ユグドラシル様は、我らの自主性を重んじております。何を考えて、どうするのかを見せて欲しいと、常々おっしゃっておりました。私がこうするのも、ユグドラシル様の望みのままなんです』
あっけらかんと答えるアミニク。
これで俺が断ったらどうするんだろうなと、少しだけ心配になった。
ーーー
俺の後悔しない選択。
アミニクの顔を見て思い出した言葉だ。
お互いにそれ以上何も言わなかったが、ユグドラシルがムスッとした表情をしているので、アミニクの行動を良くは思っていないのだろう。
内輪揉めは好きにやってくれ。
俺が戻るまでに治っとけばそれでいい。
治ってなかったら、それを見ながら酒でも飲もう。
そうしようと性格の悪いことを考えながら、近付いて来るリュンヌを見る。
『こちらを、ユグドラシル様の枝になります』
両手で添えて差し出されたのは、どこにでもありそうな木の枝だった。しいて特徴を上げるなら、魔力が宿っているくらいだろう。それもユグドラシルの魔力だ。
『大切にするんじゃぞ。ヒナタが帰還し次第、その枝を通じて連絡を入れるからの。絶対に! 大切にするんじゃぞ!』
分かってるって、そんなに念押ししなくても大切にするから。うん、途中で捨てようなんて考えてなかったから。
『本当ぉかの〜。お主、いらねーって顔しとったからのう。念押しするが、それは持っておけよ。その枝がお主を呼び戻す目印になるからの』
大丈夫だって、ちゃんと持ってるから。
と言いながら収納空間に放り込んだ。
それを見て『なっ⁉︎』と驚いていたが、ちゃんと向こうに着いたら取り出すからと言っておく。
忘れそうな気がするけど、たぶん大丈夫だろう。
『向こうにいるマヒトには連絡していますので、忘れていたとしても大丈夫でしょう』
二号と連絡は取れているのか?
『マヒトは枝よりも強力な杖を持っていますので、タイムラグは有りますがメッセージを送るくらいは問題ありません』
そうなのか……ん?
なあ、その杖ってもしかして。
『はい、ご想像の通りかと』
そうか、ちゃんと持っているんだな。
二号の傷を癒すために渡した杖だが、まさか通信機能もあるとは思わなかった。何気に万能な杖じゃなかろうか。
あの杖には意思が宿っていた。
それほど強くはないが、使っていると力になってくれるという思いのようなものが感じられた。二号についても、任せろという意思があった。何とも不思議な杖だ。
そこで、気になったことを尋ねてみる。
なあ、二号の傷はまだ治っていないのか?
『……治ったとは言えませんが、傷が開くことはないでしょう。詳しくは、マヒトに聞いた方が良いかもしれません』
分かった、そうする。
『あと、これをどうぞ』
ミューレが渡して来たのは、銀の首飾り。
世界樹の枝に似た飾りが付いているが、特別な力も魔力も感じない普通のアクセサリーだ。
これは?
『マヒトが立ち上げた組織の証だそうです。ユグドラシル様に因んだ組織ですので、探せば直ぐに分かると言っておりました。困ったことがあれば、頼ってあげて下さい。きっとマヒトも喜びます』
そうか、ありがたく頂くよ。
貰った首飾りを身に付ける。
思えば、装飾品を付けたのなんてダンジョンの能力上昇のアイテム以来かも知れない。その前の学生時代や社会人時代も、興味が湧かなくて腕時計が精々だった。
それが、今になって付けるなんて。
世界樹の枝を模っており、凄くかっこ……良くないな、微妙だ。
なんだか恥ずかしくなって、首飾りを外して収納空間に放り込んだ。
ミューレが何で⁉︎ みたいな驚いた顔をしているが、お前はアレのどこが良いと思ったんだと問いたい。
銀という点以外は、センス無しのデザインだ。もっと凝った形をデザインしろよ。付けてるのが恥ずかしいわ。
『もう良いか? 準備が出来たのならば送るが』
そうだな……ちょい待ち、そう言えばあいつの名前を聞かないんだけど。
『なんじゃ?』
ナナシだよ、二号の名前は聞くんだけど、ナナシの話をまったく聞かないなって思ってさ。
『……彼奴はもうおらん。少し前に、亡くなったと連絡があった』
……誰かに殺されたのか?
『いや、寿命じゃ。天寿をまっとうして亡くなったそうだ』
そうか……結構時間が経ってるんだよな、そういうこともあるか、そっか……そっか……。
仕方ない。天寿をまっとうしたのなら、十分じゃないか。
あの剣をパクったから殴ってやろうと思っていたが、仕方ないから許してやろう。
仕方ない、仕方ない。
『……大丈夫か?』
何が?
『……いや、何でもない。ところで、ナナシの名は覚えておるか?』
……ナナシだろ?
『違うわ! 平次じゃ! 天津平次! 墓参りくらいしてやれ、場所はマヒトが知っておるはずじゃ』
天津……。
どこかで聞いたような名前。
それがどこだったか思い出そうと記憶を探り、かなり昔に拾った手帳にたどり着いた。
白骨化した遺体の装備は、未だに収納空間に置いてある。刀だけは一度だけ使用しており、刀身がボロボロになってしまいもう使えそうもない。
それらと一緒にあった手帳。
その表紙には、天津輝樹の名前が記載されており、ボロボロの中身には最愛の人への謝罪の言葉で埋め尽くされていた。
天津道世。
天津輝樹の最愛の人で、俺の記憶が正しければギルド長のババアである。
この手帳も、奈落から戻れたら渡そうと思っていたのだが、聞きたい話も出来たので丁度いい。
まあ、生きてたらの話だが。
残念ながら、今の地上が西暦何年になっているのか、俺は知らない。少なくとも十年くらい過ぎている気がするが、そこは戻って確かめるしかない。
もう後はないかなと辺りを見回すと、オベロンと目が合った。
『じゃあな、次来た時は妖精族の住処に案内してやるよ』
ああ、楽しみにしてるよ。
『にしても、その格好似合ってるな。カッコいいぜ』
はにかみながら、グッと親指を立てて褒めてくれる。
それが嬉しくて、俺も笑顔になってしまう。
だろう、友達に選んでもらったんだ。
そうオベロンに自慢する。
自信なさげな彼だったけど、友人思いのとても良い奴だった。
ここに来て一番の収穫は、もしかしたら彼に出会えたことなのかも知れない。
『ハルト殿、今度はヒナタと共に立ち寄って欲しい。天使族は気に入らんが、あなた方ならば歓迎しよう』
ああ、その時は立ち寄らせてもらうよ。
ヨクトが前に出て別れの挨拶をする。
天使族が嫌いな理由は、アーカイブでエルフを調べて知っているけど、単にライバル視しているだけなら仲良くしていいと思うんだ。
次立ち寄ったら、聞いてみようと思う。
『準備は良いか? 何もなければ送るぞ』
ああ、頼む。
ユグドラシルに告げると、俺を送るための魔法が発動する。
見送ってくれてる奴らに「またな」と告げて、俺はその場から姿を消した。