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幕間25(ママリリ)

18時にも投稿します。

 魔人族が世界樹ユグドラシルが統治する地に招かれたのは、遥か昔の出来事である。

 とは言え、この地で暮らす種族の中では中間くらいの長さに位置しており、古参というわけではない。


 魔人族の特徴は魔力が高く、蝙蝠の翼を持ち、肌の色はそれぞれ違ってはいるが男女共に魅惑な肉体を持っている点だ。

 更にエルフ族に次ぐ数の守護者を輩出しているのもあり、一目置かれる種族に位置していた。


 そして、その功績が認められ、地方の都市の運営を魔人族に任されることになる。


 魔人族はその都市で数を増やし、更に発展して行く。

 全てが順調だった。

 ユグドラシルという絶対者がいるおかげで、都市運営する側も腐敗することはなく、住民を豊かにする為に政策を敷いて行った。


 皆が努力をしていた。

 だからこそ。数千年という永い時を安寧に過ごすことが出来た。


 それが脆くも崩れ去り、全てが奪われてしまう。


『……そんな』


 まだ幼いママリリは、母に手を引かれて崩壊する都市を見ていた。

 絶望した母の呟きには、どれほどの思いが詰まっていたのか、今はもう理解することは出来ない。


 複数の頭部を持ち、巨大な体に幾らでも再生する能力。更には落とした首の数だけ、分裂して増殖していく。守護者を圧倒する力を持ち、軍勢となって数々の都市を落としていった災害級のモンスター。


 キングヒドラ。


 青黒い体からは冷気を発しており、近付く者を凍らせる。またその口から吐き出されるブレスは、長年かけて築いた都市を一瞬で壊滅させた。


 正に動く災厄。


 多くの守護者が立ち向かい、多くの命が食われてしまう。逃げきれなかった者は、例外なく全てが葬られていく。

 唯一対抗出来る一級守護者達でさえも、既に半数が落ちており抗う術が無い状態だった。


 そして、ママリリ達のような戦えない魔人族が避難している場所にも破壊の手は伸びる。


 何かが通った。

 そう幼いママリリは知覚して、気が付くと目の前から母の姿が消えていた。正しくは、ママリリの目の前から全てのモノが消えていた。


『おかあさん……?』


 吹き抜ける冷気により、避難所だった場所が凍り付いていく。それは全ての者に等しく終わりを齎す冷気であり、ママリリも体が凍り付き意識が朦朧とし始めていた。


 助からない。

 幼いながらにそう悟ったママリリは、必死に手を伸ばす。

 嫌だと、まだ死にたくないと小さな命を燃やして必死に足掻いた。


 そして、その願いは届く。


 白銀の光が降り注ぎ、凶悪なモンスターを貫き消滅させたのだ。


 直後に暖かい何かに包まれる。

 それが黒い翼で、高度な治癒魔法だと知ったのは後からだった。

 それよりも気になったのが、


『ごめん、ごめん、俺が渋っていたから、こんなに多くの命を失わせてしまった……』


 大粒の涙を流して悲しむ、少年の姿があった。

 ただ泣くその姿が、美しいなと思ってしまった。




 彼が英雄と呼ばれるようになったのは、あの災厄のモンスターを倒したのがきっかけだった。




 生き残った者達は、治療を終えると元の家を訪れる。

 そこに瓦礫が残っていれば良い方で、殆どの場所が更地へと変えられていた。


 何もかもが無くなってしまった。

 これまで、永い時を掛けて築き上げた物が全て無くなった。そして、それ以上に多くの命が消えてしまった。


 この現状に、何が起こったのかと誰もが説明を求めた。

 それは守護者に対してだったり、不敬にもユグドラシルに対しても行われた。

 多くの混乱を巻き起こしながら行われた説明は、既に周知された事実であった。


 聖龍の結界の消失。

 森の外に存在する強力なモンスター達。


 それは以前、結界が消失した際に告げられており、モンスターの存在に至っては遥か昔から伝えられていたものだった。


 だが、それを信じていた者は、一体どれほど居ただろうか。

 守護者や元守護者の口から伝えられることはあっても、実際に目にした者は殆どおらず、誰もが楽観視していた。


 ここはユグドラシルに守られた土地。

 強い守護者に守られた大地。

 だから大丈夫だと、永い平和の中で思い込んでいた。

 それが仮初のものだと気付かずに、永い時を歩んで来てしまった。


 今回の襲撃により、この地に住む者は、実に半数まで減少していた。前線で戦う守護者に至っては、三分の一しか残っていない。

 それだけの被害を齎すモンスターが、森の外にはまだまだ存在している。


 ユグドラシルさえも殺すモンスター達。


 この地の住人を絶望させるには、十分な材料になった。


 だから希望を見付けようとする。

 絶望の中で、誰もが輝く希望を見付けようと足掻き、そして辿り着く。


 じゃあ、あのモンスターを倒したのは誰なのかと。


『あのモンスターを倒したのは誰だ?』

『天使の一人が倒したそうだぞ』

『じゃあ、どうして公表しない』

『どうして隠すんだ?』

『目撃した奴の話だと、まだ子供らしいぞ』

『黒い翼だったらしい、天使じゃないのか?』

『少し前に英雄候補とか呼ばれている奴がいたな、そいつじゃないのか?』

『そいつは死んだらしいぞ。そもそも、英雄とはなんだ?』


 少しずつ真実に近付いていく民衆。

 そして、いつまで経っても公表しないユグドラシルに痺れを切らした者が明かしてしまう。

 それは、元守護者であり序列四位の者だった。


 英雄とは、外に存在する強力なモンスターに対抗しうる者。

 理外の力を持つ、最高戦力だと言う。


『英雄の名前はヒナタと言うらしいぞ』

『元英雄候補の子供らしい』

『まだ子供じゃないか』

『生まれて直ぐに、聖龍様の元に送られたそうだ』

『どうして直ぐに倒してくれなかった。早く倒していれば、俺の故郷は……』


 今を生きる者達は口々にそう言い、不満を漏らしていった。

 ママリリは、その様子を横目で見ながら通り過ぎて行く。そして、都ユグドラシルに用意された一室に入ると、黒い翼の天使が待っていた。


『ヒナタ様!』


『お帰り、どうだった? 買い物はできた?』


『はい! ちゃんと買って来ました!』


 モンスターに襲われ家族を失ったママリリは、ヒナタと共に暮らすようになっていた。


『そっか、よく頑張ったな』


『……はい』


 まだ幼いママリリを、よく頑張ったなと褒めて頭を撫でる。

 可能ならヒナタが買い物に行きたかったのだが、外が騒がしくヒナタの特徴も広まっている事から、外出できなくなっていた。


 ママリリがここに居るのも、そんなヒナタをサポートする為……という訳ではなく、本来施設に入るはずだったママリリは、何故かヒナタから離れようとしなかったのだ。

 困り果てていると、状況がこのようになってしまい、ママリリはヒナタを助けるという名目で共にいるようになったのだ。


 ヒナタとしても、自分の決断の遅さで多くの命を失わせてしまったという負い目があり、母を失ったママリリを引き離せないでいた。


『ヒナタ様、次は何をしたら良いですか?』


『んー何もしなくていい……けど、俺の話し相手になってもらおうかな』


 何もしなくていいと言われて、しょんぼりするママリリ。

 それに気付いて、話をしようと持ちかけるヒナタ。

 花が咲いたような笑顔で頷き『なんのお話ですか?』と話を催促する。


『そうだなぁ、俺の親父の話をしようか』


『オヤジ? オリエルタ様のお話ですか?』


『違うよ、凄い親父の方さ。俺なんかよりも、もっともっと強いんだ』


『おお、それはスゴイです〜』


『親父にはな、フウマって相棒がいるんだよ。大きな馬でさ、強いくせに食い意地が張って、直ぐ怠けるんだよ……』


 ヒナタは自分の家族を話すとき、楽しそうに饒舌になっていた。

 それだけ、大切に思っているのだと伝わり、ママリリは少しだけ嫉妬していた。そこに自分は居ないんだなと、少しだけ寂しくなった。


 ママリリがヒナタと共に過ごした時間は、そんなに長くなかった。

 ヒナタが正式に英雄としての地位に付き、多くの支持を集めるようになると、一緒にいるというだけでママリリの身が危険になったのだ。


 誰もがヒナタを尊敬し、敬愛する。

 彼がいなければ、この地は無くなっていたと誰もが知っているからだ。

 特に魔人族は最初に助けられた種族というのもあり、ヒナタを崇拝するようになっていた。


 余りにも遠く、違う世界の存在になり、会話をすることもできなくなってしまった。

 それでも、ヒナタが話してくれた内容をママリリは覚えている。


 空を駆けるフウマ。

 首が長くて優しいト太郎。

 そして、最強で最高の親父。


 いつか、ヒナタを助けてくれると信じて、ママリリは彼らを待ち望んでいた。

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― 新着の感想 ―
おもしろい(´・ω・`)
[一言] これでもマシになったであろうヒナタの境遇……青龍がいじる前はもっと悲惨だったんだろうなぁ
[一言] 連日一日2回の更新、ありがとうございます。 読み手は嬉しいけど、無理ないようお願いします。 奈落編読み返してます。 ヒナタと早く会わせて〜
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