『フウマ④』
エルフ族族長の孫であるヨハニと待ち合わせをしていたのは、エルフ族の守護者だった。
まだ若い守護者ではあるが、すでに二級相当の実力があると評価されており、順調にいけばいずれは一級守護者になれると期待されていた。
そんなエルフ族の守護者は、先の獣人地区に現れたモンスター騒動にも参加していた。
騒動の中心であるモンスターは、小さな四足歩行のモンスターだった。見た目は弱そうで、倒すのは容易いように思えた。
それなのに、現場にいた天使族の守護者達は一向に動こうとはしない上、警戒すらしていなかった。
何が起こっているのか分からず警戒していると、何も考えていないハイオークの守護者と獣人の守護者が仕掛けた。どちらも三級守護者ではあるが、怪力と速度だけなら二級相当の力を持った者達だ。このモンスターに何かあるとしても、少なからずダメージを与えられるだろうと予想していた。
だが、結果は真逆のものだった。
二名の守護者は何も出来ずに動けなくなってしまったのだ。
知覚できないほどに精密な魔力操作による魔法の発動。
一見隙だらけに見えるのも、こちらを警戒する価値すらないと判断したものだと理解した。
まだ若いエルフの守護者にとって、これほどのモンスターの存在は脅威であり恐怖するには十分だった。
そのモンスターが今、目の前にいる。
獣人の少女を背中に乗せて、まるで愛玩動物のように振る舞っているが、間違いなくあのときのモンスターである。
体が震える。
彼がこの錬金術工房に来ているのは、装備の更新と本日見学に来ている学生達への公演のためだ。その公演の前に、族長の孫であるヨハニに挨拶しようとしている所だった。
獣人の少女の相手をヨハニがしているのを見て、一旦離れる。そして、エルフの守護者の応援を呼んだ。
守護者の本部に連絡を入れなかったのは、前回の反省を踏まえてだ。あの時、天使族は動かなかった。それは、天使族のみに通じる精神干渉を行っている可能性が高いと考えてたからだ。
エルフは天使族を嫌っているが、その実力を認めていない訳ではない。
天使族が敵に回れば、エルフだけでは太刀打ちできないのも事実として理解していた。
応援を呼び終えると、装備を身に纏い向かって来るだろう出口へと移動する。
そして、奴は来た。
『止まれ!』
声を張り上げて、心にある恐怖心を払い除ける。
ーーー
『止まれ!』
フウマとシャリーの逃亡は、外側の玄関前で待ち構えているエルフの守護者によって妨げられてしまう。
駆け出した勢いで突破できなくもなかったのだが、シャリーが驚いて体重を後ろに掛けるので、思わず止まってしまったのだ。
『どうしよう、見つかっちゃった』
「ブルル」
シャリーは守護者に発見されたのを悔やんでいるようだが、あれだけ目立った行動をしていれば、誰からでも見つかってしまうだろうとフウマは嘶いた。
立ち止まっている間にも、エルフの守護者は増えていき十名もの守護者に囲まれてしまう。全員顔が整っているせいで、似たような顔が並んでおり、誰が誰だか判別出来そうにない。最初に静止させたエルフも誰か分からなくなっている始末である。
『そこのモンスター! お前は獣人地区の訓練場にいた奴だな?』
「ブル!?」
誰が言っているのか分からず、キョロキョロと視線を動かす。まさかこれがリアルな分身の術かと、フウマは漫画の知識を引っ張り出して興奮してしまう。
ただ、今の反応を肯定と捉えた守護者は、武器を展開して構える。
エルフの半数は魔力の矢を作り出す弓を持ち、もう半数は接近戦用の武器を持った。
こいつらは集団で、それも外とはいえ建物の前だと言うのに、戦うのだろうか?
その疑問はエルフの魔力の高まりから分かる。
フウマは魔力を高めて、いつでも制圧出来るように準備する。
どうせ戦闘にはならない。
何故ならフウマの方が圧倒的に強いから。
被害も皆無で終わるだろう。
何故ならエルフ達は手加減をするつもりだから。
武器を構えているにも関わらず、エルフは本気ではない。正確には市街地と言うのもあり、本気を出せないのだろう。
あと、あるとすれば……。
「ニャニャニャ!?『どうしよう!?』
背中にいるシャリーを配慮してだろう。
だからと言って、フウマが手加減する理由にはならない。武器を向けたのだ。それなりの対処はするつもりで、魔力を操る。
そして一瞬で制圧……しようとして邪魔が入った。
『待って下さい! 守護者の方々、お待ち下さい!!』
邪魔をしたのは、魔人族の女性。
背中に蝙蝠の羽を生やした魅惑の体を持つママリリである。
ママリリは凄く焦った様子で、フウマと守護者との間に割り込んで来た。
『どけっ! そいつは危険だ!』
『お待ち下さい! フウマは危険ではありません!』
「ブル?」
必死に叫ぶママリリ。
その対応にフウマは疑問を持つ。あの時に限らず、つい先ほども警戒の色を見せていたママリリが、どうして自分を擁護してくれるのだろうと。
『貴様もあそこに居ただろう。そいつの力を見て、どうして危険ではないと言える?』
ママリリの必死の姿を見て、守護者の動きが止まる。ついでに、守護者を押し潰そうとしていたフウマの魔法も止まる。
話を聞いてくれると思ったのか、ママリリは落ち着きを取り戻して質問に答える。
『フウマは、英雄ヒナタの関係者です』
『出鱈目を!? 奴が戻って来たという報告は受けていない!』
『ここに、こうして、フウマが居るのが何よりの証明ではないでしょうか? この地に害を及ぼすならば、ユグドラシル様がお見逃しになさらないはずです』
『っく!? だが、そのような報告は入っては……』
『我ら魔人族は、英雄ヒナタ様に対して嘘偽りを述べることはありません。それは、あなた方エルフもご存知のはずです』
いきなり蚊帳の外に出されたフウマ達だが、ママリリがヒナタの名前を出したことで興味が引かれた。
フウマも田中も知らないのだ。
ヒナタがここで、誰とどのように関わりや友好を深めていったのか。その話を誰からも聞いていなかった。
『英雄……フウマは英雄様とどういう関係なの?』
「ヒヒン」
出来の悪い弟や。
そうドヤ顔で伝えてみると、シャリーはおぉ〜と感心して『分かんないや』で切って捨てた。
フンッと鼻息を鳴らして正面を向くと、皆がフウマに注目していた。
なんじゃいと更にドヤ顔で対応する。すると背後から
『……やっぱりモンスターじゃないのか?』
と、どこかのちびっ子エルフが呟いた。
「ブルル!?」
どういう意味じゃくそガキ!?
振り返って様子を伺っていたヨハニを睨み付ける。
すると、また『うっ!?』となって金髪の天使の影に隠れてしまった。
おいおい、何隠れているんだよとガンを飛ばして威嚇すると、ヨハニの前に立っていた金髪の天使が前に出て来た。
『貴様らは公共の場で何をやっている』
その金髪の天使は、筆頭守護者であるミューレだった。
突然の有名人の登場に騒めきが起こる。
守護者が集まり、よく分からない生物を囲んでいる時点で注目されていたのだが、そこにミューレが登場して更に騒がしくなってしまった。
『ミューレ様だ……』
フウマの背中で、憧れの人を見るような目でシャリーが呟く。シャリーも守護者を目指している身だ。そのトップの天使が目の前にいれば、興奮もするだろう。
「ブルル」
なんか面白くないなと嘶くフウマ。
せっかく注目されていたのに、全て掻っ攫われた気がして軽く嫉妬してしまう。
フウマは主人と違い、注目されたいタチなのだ。
『それで、この騒ぎは一体何だ?』
再び問うミューレ。
それに反応したのは、良くある顔のエルフの守護者だった。
『先日、逃亡を許したモンスターの討伐を行なっている。邪魔をしないで頂きたい』
毅然とした態度で、要件を告げる。
ミューレは上官であり守護者のトップではあるが、天使というだけでエルフから嫌われている。
嫌ってはいても職務上の命令には従うが、反発する気持ちは少なからず存在していた。それが態度に出てしまっているのだが、それを理解しているミューレは気にしたりしない。
今に始まったことではないのだ。
エルフが一方的に天使族を嫌っているのは。
エルフが天使族を嫌っている理由は、単に嫉妬からである。
この地にエルフが招かれてからというもの『我らこそがユグドラシル様に仕える者である!』と主張し出したのだ。
天使側からしたら、ああそう、程度のものでしかったが、ユグドラシルからいつも優先されるのは天使族ばかりで嫉妬したのである。
それが原因で、かつてのエルフは天使を嫌っており、それを引き摺っていた。
因みに、多くの命が散って生まれた今の子供達にその感情は無い。
『モンスターとは誰のことだ? ここにモンスターがいるようには見えないが?』
『そこの小さい奴だ! 貴女も逃したモンスターの報告は受けているでしょう!?』
『あれは取り消されたはずだが、貴様はそれを確認もしないで襲おうとしているのか?』
『そんなはずはない! 逃したのは天使族の不手際が原因と族長より抗議があったはずです! 取り消すなど、天使族だからと許されるものではない!』
『それは違う、取り消したのはユグドラシル様だ。理由も我らの不手際だからではなく、この者が敵ではないからだ』
次に何か言おうとするエルフ族だが、仲間から肩を掴まれ静止される。そして、何かを告げられたのか驚いた表情をしていた。
『馬鹿な、本当なのか? では、このモンスターが英雄の関係者というのは……』
『……事実だ』
ミューレが認めると、一層騒めきが起こる。
ここで無用な混乱を避けるために認めたが、ミューレとしてはフウマがヒナタの関係者だと公表をしたくなかった。
『やはり!?』
何故なら、ヒナタの信奉者は大勢おりフウマに迷惑が掛かる恐れがあったからだ。
現に、魔人族のママリリが反応している。
「ヒン……」
何だか嫌な視線を感じて、フウマは怯んでしまった。
シャリーがどうかしたのと撫でてくれるが、こいつが原因じゃんと気付いて何とも言えない気分になった。
『分かったら引け、今なら連絡の不手際で済ませられる』
そう忠告すると、くっと悔しそうに引き下がるエルフ族。
命拾いしたと気付かずに呑気なものだなと、舌打ちをしそうになる。
ミューレが出て来たのは、フウマの魔法に気が付いたからだ。あのままフウマが去ってくれるなら、前に出るつもりはなかった。守護者を圧倒するモンスターの野放し。事実は違えど、そう目撃者に見せる訳にはいかなかった。
民衆を不安にさせたくないのもあるが、見逃すのは守護者の価値を貶める行為だったからだ。
それは、守護者の筆頭の地位にいるミューレには許せない行為だった。
エルフが大人しくなったのを確認すると、振り返りシャリーを乗せたフウマを見る。そして近付き片膝を付くと、優しく顔を掴んだ。
『お願いですから、大人しくして下さい。貴方の存在を知る者は、少なからずいるのです』
「ブルル」
困った顔のミューレを見て、フウマは何だかすまんと思い嘶いた。
次にミューレは、シャリーの両脇に手をやりフウマの上から退かした。
シャリーは憧れの天使に会えた上、抱き抱えられるという体験をして「ニャ‼︎」とテンション爆上がってたりする。
『すまないな、この方の背に乗れるのは、あるお方だけなんだ』
その言葉の意味が分からず、首を傾げるシャリー。
少し考えて、英雄ヒナタと関係があるのだろうかと、結論に至った。
そして、ミューレに頷いて『はい』と短く答えた。
それに満足したのかミューレは魔法を発動して、転移魔法でこの場から姿を消した。
何だったんだろうとミューレが消えた場所を見ていると、首に何か巻かれる感覚があった。
『少し、お話しませんか?』
それは魔人族の美しい女性、ママリリだった。