『フウマ②』
『それでフウマ、お前がここに居るのは、鎧の魔術式が壊されるのを嫌ってか?』
ゼノフはフウマがここに居る理由を察する。
召喚獣とは元来高い知能を持ち、主人を助けるためだけに働く存在である。だが稀に、自我を持つ召喚獣もいる。それは古い装備に付与された術式だったり、固有能力だったりする。
この場合、フウマは前者であり、改良が可能なものだった。そのことを理解していたゼノフは、フウマの目的を察することが出来たのだ。
「ブルル」
せやでと頷くフウマを見て、そうかと呟くゼノフ。
『分かった、この魔術式の大元には可能な限り手を加えない』
「ブル!」
『だがな、鎧を強化するなら、少なからず弄らなきゃ魔術式自体が破綻してしまう。だから少しだけ弄る。あと、魔術式を大幅に補強する』
ゼノフの言葉に?が浮かぶ。
それは、結局のところ魔術式を弄るってことじゃないんですかね?と。
なんだか不安になってきたフウマだが、ゼノフがその不安は杞憂だと更に言葉を続けた。
『消えたら、また再召喚してもらえば良い』
「メ〜」
ニカッと笑うドワーフの中年。
それが嫌だから見張っているんだよーと悲しみの声を上げる。
フウマがフウマとして召喚されてこの方、再召喚はもちろん一度も召喚の解除を行われていない。
それはフウマが拒絶したこともあるが、主人である田中がまあいいやと放置していたからだ。
本来なら、召喚し続けるのにも魔力を消費し続けており、召喚主の負担もかなり、それはもう半端なく大きい。
それが、数々の死線を潜り抜けてきたおかげか、通常では考えられない魔力量を田中は獲得していた。その上、フウマ自身、食事で魔力を補充するという特殊能力も持っているため、召喚を解除する理由もなかったのである。
『安心しろ、フウマ自身は何も変わらんようにしてやる。男同士の約束だ。それでも不安なら、魔術式の改良だけでも見とけ。危ないと感じれば、本能で察するはずだ』
「……ブル」
不安ではあるが、ゼノフがそこまで言うなら信じてみようとなった。
その後、フウマが待機する場所が作られて、お菓子やジュースが大量に持ち込まれる。
それらが提供されたのはフウマが可愛かった……からではなく、世界樹からの寄付である。
フウマは秒速でダレにダレまくり、用意されたソファの上でお菓子を食べながら、この都ユグドラシルで発売されている漫画をタブレットで楽しんでいた。
こいつ魔術式はいいんか、とゼノフは思ったが、口にすることはなかった。
フウマの根幹である魔術式に危険が及べば、何かしら感知するのは本当だからだ。だから何も言わないのだ。
だが、
『おい! お菓子の残り滓を飛ばすな! 魔術線が狂うだろうが!?』
世界樹より壊れた装備が届けられてから一週間ほどの時間が流れた。
「ゲ〜プ」
かつての凛々しい?フウマの姿は何処へやら、相変わらずソファの上でだらけきっている豚の姿があった。
周辺の設備が何故か充実しており、映像機器やゲーム機、果てはフルダイブ型ゲーム機まであった。これらも勿論、ユグドラシルからの提供……ではない。この工房で働く錬金術師達が、暇だったらどうぞと持って来たのである。
おかげで、休憩時間にここに集まって遊んでいる奴らがいるほどである。
もう、こいつ消えた方が良いんじゃないか?
最近のゼノフはそんな事ばかり考えていたりする。
『おーい、もう直ぐ学生が見学に来るから、片付けといてくれー』
副工房長のビンの声が響き渡る。
その声を聞いて、あっ忘れてたと急いで片付ける職員の錬金術師達。その様子をソファで眺めている豚。
「ゲフッ」
なんだかよく分からない炭酸飲料を飲み干し、汚ない息を吐き出す。
流石にこいつは子供達に見せられないなと、フウマに注意しようとゼノフが歩み寄る。
『おいフウマ! 流石にだらけ過ぎだ! 今直ぐここから出て行くか、ここにあるやつ全てを片付けろ!』
「メッ!?」
そんな、許可したのゼノフやんとショックを受けるフウマ。悲しみでうるうるとした目になり、おねだりするようにゼノフを見上げる。
『そんな目で見ても変わらん! つーか、全然可愛いくないわい!』
「メッ!?」
そんな、この体の唯一の褒められる点が否定されてしまったとショックを受けるフウマ。悲しみが加速して、このまま籠城しようかと思ったが、ゼノフがよく分からん機器をフウマに向けて来たので大人しく移動する。
ちくしょ〜と悔しがりながらも、風属性魔法で周囲にある物を浮かして工房の隅に移動する。広い工房だ。これだけ離れていれば問題ないだろう。
『良い訳ないだろうが!』
当然ではあるが、その判断をゼノフはお気に召さなかったらしい。すかさず手の中にある機器が発動して、フウマに発射する。
その機器は強制転移銃と言い、これに撃たれた者は10m先の魔法陣に移動させられるのだ。
「メ〜」
そして移動させられたのは檻の中。
天井スカスカの檻の中である。
この檻も、強制転移銃も都ユグドラシルではジョークグッズの一つである。
因みに、このアイテムが案外使えるので、ヤンチャな子供の教育に使う家庭が多かったりする。
檻の中のフウマは、幾ら何でも悪ふざけが過ぎたかなと反省して大人しくする。少し不便だが、10m先にある荷物を檻の中に入れるから問題なし。
『お前、反省してないな?』
『親方〜、フウマどうします?』
『工房長と呼べ! 布でも掛けて見えないようにしておけ、こんなのが子供の目に入ったら悪影響しかない』
「ブルル!?」
どういう意味やねんこらぁと睨むよりも早く、檻に布が掛けられて見えなくなってしまう。
つーかマジで布掛けるのかと驚きの声を上げるが、防音機能もある布らしく、内からも外からも音が通らないようになっていた。
そこまで邪魔なんかと思いながらも、すでにゲーム機を手に持っており早くも順応していた。
それからしばらく立ち、小腹が空いて来たなぁと檻から出ようとすると布が少しだけ開かれた。
『君、どうしてここにいるの?』
そこに顔を覗かせたのは、白猫の獣人シャリーだった。
ーーー
『これからカザト錬金術工房の見学を行います。カザト錬金術工房は、ユグドラシルにおいて最大の錬金術師の工房になります。主に守護者の装備を取り扱っており、多くの守護者が専用の装備を作るために訪れます』
『はい先生!』
『なんですかシャリーさん』
『今日も守護者は来てるんですか⁉︎』
シャリーの質問に子供達が騒つく。
白猫の獣人シャリー達は社会科見学で、カザト錬金術工房を訪れていた。総勢二百名もの子供達が並んで座っており、拡声器を使って教師であるママリリが説明していた。そこにシャリーが質問したのだが、それで守護者に会えるかも知れないと思った子供達が、騒めき始めたのだ。
『落ち着いて、静かに! 残念ながら、守護者と会うことは出来ません。守護者には専用の出入り口があり、関係者以外は立ち入れないようになっています』
『え〜じゃあ会えないんですか?』
『それは分かりませんよ。もしかしたら、誰かが、サプライズで現れるかも知れません』
それ絶対フリじゃんと思いながら、子供達は内心わくわくし出す。もしかしたら、獣人の守護者であるガント様が来てくれるかも知れないと、シャリーは期待に胸を膨らませるのであった。
『えーそれでは、カザト錬金術工房の副工房長であるビンさんから説明があります』
ママリリの紹介により、太ったドワーフが前に出て来る。子供達のドワーフに対するイメージは、毛むくじゃらの筋骨隆々な小人なのだが、ビンと呼ばれたドワーフはなんだか違った。
『うおっほん! 紹介に預かりました副工房長のビンです。気軽にビンビンと呼んでくれたら嬉しいです。はい! えーこの工房を見学にするに当たっての注意点ですが……』
速攻で滑り散らしたビンは、子供達からの冷たい視線に耐えられず早口で説明をする。やれ設備には触れるな、やれ余計な物には触れるな、やれ事故が起こって死んじゃった奴いるから気を付けろよ、などの説明が行われた。また、見学ルートにユグドラシルから受けた直々の依頼もあるので、今回は特別に見せるそうな。
『なんだか楽しそうだね!』
『私はビンビンのせいで白けちゃったかな』
シャリーは黒猫の獣人クロエに話しかけると、ビンビンのせいでテンションが下がった様子だ。
親父ギャグ、それも下ネタで受けるのは身内(男限定)だけである。間違っても他人の前で使ってはいけない。子供達の楽しみを奪ったビンの罪は重い。
子供達は、数が数だけに別れて見学することになる。
シャリーとクロエ、犬の獣人であるロックなどの仲の良い者達で集まっており、三十名ほどの獣人のグループになっていた。
工房内を案内するのは、この工房の職員で錬金術師達である。そして、シャリー達を担当するのは、
『ビンビン……』
子供達の気持ちを萎えさせた戦犯、副工房長のビンであった。
『ああ、元気ビンビンだ! 早速案内しよう』
軽蔑の眼差しをもらったビンは、大人しくしようと心に決めて工房内に足を向けた。
工房内の案内は順調に進んだ。
下行程の材料の加工から、加工した材料を形にする中間行程、それを完成させる上行程と順番に回って行く。それから、作成する武具やアイテムの設計や研究をする部署に向かい、実験施設にも足を運んだ。
ここまでで、長い時間が掛かっており一旦休憩を取る。休憩場所は、カザト錬金術工房の食堂で一度に千人は座れるほどの広さを持っていた。
『ここまでどうだった?』
『ビンビンのおかげで、分かりやすくて楽しかったよ!』
『うん、ビンビンって凄い沢山知ってるんだね』
『ビンビンさんのおかげで、俺たち勉強になりました』
『ありがとうビンビン』『ビンビンさんあざっす』『ビンビンさんって体だけじゃなかったんですね』
『ごめんね、おじさん変なこと言って。そろそろ辞めてもらえると嬉しいかな』
自分で言い出したことだが、子供達から素直?に呼ばれると堪えるものがある。もう二度と言わないと心に誓うビンだった。
そんなやり取りをしていると、別の子供の集団が近付いて来る。
それはエルフ族で、古くからユグドラシルに仕えているというプライドを持った厄介な奴らだった。
『おい新参者の獣人族、そこは俺たちが座るから開けろよ』
見下したように言う少年のエルフ。
このエルフは族長ヨクトの孫に当たり、名をヨハニと呼んだ。また族長の孫というのもあって、取り巻きのエルフが大勢おり、ヨハニと同じように獣人族を見下して……はいなかった。
なので、ヨハニの言動に頭を痛めたエルフの少女が注意する。
『おいロック、そこを空けろ』
『ヨハニ』
『なんだよ?』
『お祖父様に言い付けますよ、横暴を働いていたと』
『別に間違ったこと言ってないじゃないか!?』
『間違いだらけです。種族は皆平等だと、ユグドラシル様の教えにあるでしょう。それを族長の孫が破っていたとなると、怒られるのはヨハニですよ』
『うぐっ!?』
『それに仲良くなりたいなら、しっかりとお願いしなさい』
途端に赤面するヨハニ。
獣人族と少女エルフの方を視線が行ったり来たりして、焦っているのが伺える。
その様子を見て、不器用なんだなぁと少しだけ同情したシャリーが声を掛けた。
『あ、ヨハニ、席ならあっちも空いてるから私たち移動するよ』
シャリーに話しかけられて、顔を紅色させるヨハニ。
『あっいや、そのままでいい。シャリーはこの後の自由時間、どうするんだ?』
『え? みんなで遊ぶけど』
『そ、そうか、じゃあまた後で』
『ん? うん、また……』
去って行くヨハニとその取り巻き達。
何だったんだろうと首を傾げるシャリー。首を傾げた振動で胸元の木の葉のペンダントが動き、少しだけ手でいじってしまう。
『シャリー、罪な女』
『何の話?』
まったく気付いていないシャリーを見て、全員がはぁとため息を吐く。
気付いてないのお前だけな。そう言いたいが、言ったら何だか負けたような気がして誰も口に出さなかった。
『青春だなぁ』
ただ、唯一の中年親父が感動してたとかなかったとか。
昼の休憩を挟み、最後の見学を行う。
これが終われば自由時間となり、決められた範囲での自由行動が許されていた。
『さあ、ここでユグドラシル様より、装備の修復を依頼された物を修理している』
そう言って見せられた物は伝説の武具、とかではなく、時代遅れの骨董品のような鎧と大剣だった。
こんな物を本当にユグドラシル様が修復の依頼を?
少年少女はそう疑問に思うが、これまでにないほどの錬金術師がこの場に集まっており、いろいろと検討しているようだった。
もしかしたら、あの武具に何かあるのだろうかと思いビンに尋ねるが、返って来たのは『見た通り、骨董品の装備だ』というものだった。
あからさまにガッカリする子供達。
それを見ていたビンが更に続ける。
『あの骨董品を、一級品に作り変えるのが錬金術師の仕事だ』
そう自信満々に言うビンに、そうなんだと感心する子供達。それから、子供達は食い入るようにその工程を見出した。
残念ながら一日や二日と言った時間で治る物でもないので、しっかり見ても変わりはないのだが、学んでもらえたら良いなぁとビンは願っていた。
そんな中で、余り興味のないシャリーとクロエは、何か面白い物はないかなとキョロキョロと辺りを見回す。すると工房の隅の方に、何かを隠すように不自然に布の被った物を見つける。
『ねえクロエ、あれって何だろう?』
『んー? 何かの秘密兵器かも』
『秘密兵器!?』
当たっているようで思いっきり間違った予測を立てるクロエ。それに反応したシャリーは、見てみようよとクロエの手を引っ張って行く。
えー嫌だよーと言いながらも、クロエもしっかりとした足取りで行くので、興味はあるようだ。
そして布を捲り中を覗き見ると、
『ブル?』
なんか変な豚がいた。