『フウマ①』
フウマの話です。よろしくお願いします。
18時にも投稿します。
都ユグドラシルには数ある錬金術工房のなかでも、一際巨大な工房がある。
この工房の名はカザト錬金術工房。
カザト錬金術工房には数千の錬金術師が在籍しており、守護者が使用する専用装備の作成を行なっている工房である。
守護者の装備は全てオーダーメイドであり、サイズの調整、武器の最適化など、守護者がここに来て錬金術師と共に行う。
そのカザト錬金術工房に、この地の神であるユグドラシルより、折れた大剣とボロボロの鎧が運び込まれた。
錬金術師達からすると、この装備を廃棄して新たに作成した方がより品質の良い物を提供できるのだが、ユグドラシルからの要望は、この壊れた装備の修復。
大剣と鎧の修復自体は難しくない。
この工房からすれば、時代遅れの技術が使われているからだ。
だが、問題はこれとは別にあった。
それは、装備と一緒に運び込まれた素材。
『工房長』
『なんじゃい』
『これの鑑定結果見たか?』
『見た』
『どうすんだよ、これ?』
運び込まれた素材の山を見るドワーフの二人。
この工房で最も優れた錬金術師であり、カザト錬金術工房を取り仕切る工房長のゼノフと副工房長のビンである。
他の錬金術師達も素材の山を見上げており、マジでこれどうしよう状態になっている。
どこぞの太った英雄が、十数年かけて倒したモンスターの一部。森の外にあるであろう珍しい鉱石の数々。そのどれもが魔力を豊潤に含んだ一級品の素材であり、どれか一つ取っても、都ユグドラシルで遊んで暮らせるだけの価値があった。
そして何より。
『この龍鱗は……』
『……間違いないだろうなぁ』
今は姿を隠した聖龍の鱗。
その鱗は大きいとは言えないが、内包する清涼な魔力は間違いなく聖龍の物なのだ。その上、鑑定結果にも聖龍の鱗と記されている。
この都ユグドラシルでは、聖龍関係の代物は国宝級の扱いにされているほど貴重で、神聖な物なのだ。
それが素材としてここにある。
これはどういう事だろう。
もしかして、我々は試されているのだろうか?
聖龍の鱗を、珍しい素材が手に入ったぜ! とテンション上げ上げで使用して罰せられるとか。可能性としては無くは120%無い。
わざわざ、そんな悪ふざけをする必要がないのだ。
何せ、持って来たのはこの地の神であるユグドラシル。錬金術師達を貶めたいのなら、大々的に公言すれば良い話である。
じゃあ、何なんだろうか?
『守護者に連絡を取れ、本当に使って良いのか確認するんだ』
『使って大丈夫ですよ、その為に渡しているんです』
『あんたは!?』
ゼノフとビンの前に現れたのは、筆頭守護者であるミューレ。
『どうして筆頭守護者殿がここに?』
『どうしてと言われても、ここにこれらを運んだのは私ですから』
『あんたが運んだのか!?』
筆頭守護者が、まるで雑用が担当するような仕事をしている。いくら権威ある錬金術師の工房だからといって、筆頭守護者が荷物を運んだりはしない。
どれだけ貴重な物だとしても、守護者数名で運搬するのが精々だった。それが聖龍の鱗だとしても同様だろう。
『……これが、それだけ重要な物だってのか?』
工房長であるゼノフが、壊れた大剣と鎧を指差してミューレに尋ねる。
それに頷くミューレ。
口に出さないのは、それ以上の詮索はせずに、要望通り仕事をしろということなのだろう。
少なくともそう受け取ったゼノフは、ならばと一つだけ注文を付ける。
『この装備を強化するなら、素材が足りない』
『ここにある物でも?』
『こいつらを使って強化するには、元々の装備が貧弱過ぎる。土台である装備を強靭な素材で作り直さなければ、ここにある物全てが無駄になるだろうよ』
『……分かりました。必要な物をリストアップして下さい、直ぐに用意させます』
『いや、無理だ。この装備の元々の素材は、地上に続く道にある。取りに行くのなら、そこまで行くしかない』
ミューレは、その言葉を聞いて舌打ちしそうになる。
地上に続く道というのは、地上の者が言うところのダンジョンに当たる。そこに行くのにユグドラシルの許可は必要ないのだが、行ける者が限られていた。
世界樹の枝。
一級守護者でも上位の者や信頼された者にしか渡されない、特殊なアイテム。
その能力は世界樹が知覚する場所への転移と枝同士の通信である。
ダンジョンが現れた世界に、予め世界樹の枝を設置しておけば、飲み込まれた後もその地へと移動が可能になるのだ。
それに、ミューレ自身も転移魔法を使えるので、その気になれば、己の力で地上に出ることも可能だった。
『……仕方ない、私が行こう』
『筆頭守護者殿が直々にか? ユグドラシル様の守りはどうするんだ?』
『今は昼だ、リュンヌも居る。ならば、効率的に考え私が行くべきだろう?』
あっけらかんと言ったミューレは、副工房長であるビンからリストを貰い受ける。そして世界樹の枝を取り出し、上空に掲げてその力を発動した。
エメラルド色の光を纏うと、段々とミューレの姿が薄れていき、やがてその姿を消した。
『行っちまったな』
『気合い入れて取り掛からないと、マジでやばいかもな』
『ビン、腕が立つ奴を集めろ、最優先でこれに取り掛かるぞ』
『それは良いが、素材が届かなきゃ何も出来ないぞ』
『これらをどう使うかだけでも決めておくんだよ。予め加工も進めておきたいしな』
『分かった。人数集めて来るから、そこの素材の整理だけでもやっておいてくれよ』
『おお、任せとけ』
副工房長のビンが、ドワーフの中でも大きなずんぐりむっくりとした体型を揺らしドスドスと工房を練り歩く。
昔は鍛治専門の錬金術師だったが、副工房長という地位に着いてからデスクワークが多くなり、残念な体型になってしまったドワーフだ。
『ちょっとは間食を控えんかい。 おーい! お前ら素材を整理しろ!』
『もうやってますよ親方!』
『親方じゃない! 工房長と呼べ!』
ゼノフはここで働く部下たちから、親方と親しみを込めて呼ばれている。理由は見た目が親方だから。
錬金術師として高い技量を持つゼノフだが、度重なる実験中の事故により、顔中傷だらけなのである。その傷も治癒魔法で治すことは出来るのだが『これは勲章だ!』と宣って治療を受けなかったのだ。
だから、親方。
乱暴だが優しく親方として、この工房の者達から親しまれていた。
『親方!?』
『だから工房長と呼べ! それでどうした!?』
『ブサイクな置物が混ざってたんですが、どうしたら良いですか?』
『何だ? そんな物無かったはずだが……こりゃまたブッサイクなぬいぐるみだなぁ。誰か持って来たのか? 隅にでも置いておいてやれ』
『了解です』
ゼノフの指示により、ブサイクなぬいぐるみは工房の端にある荷物置き場に持っていかれる。
そのブサイクなぬいぐるみを運んだのは、力自慢のクマの獣人だったこともあり、その重さの異常さに気付けなかった。
『さて、どうするか……』
ゼノフは運び込まれた守護獣の鎧と不屈の大剣を見て思考する。基礎を強化するのに変わりはないが、強化の仕方にもよる。守護獣の鎧は、見た限り一度だけだが手を加えられており、腕が良いのだろう強化されているのが伺える。
これ以上の強化を施すのなら、鎧に組み込まれた魔法陣の術式を変更する必要があり、一度スキャンして確認する必要がある。
とは言え、ゼノフの解析の魔眼を持ってすれば、ある程度のことは理解できるが。
『……やはり骨董品レベルだな、耐久性も低い、召喚したときの負担も大きいな……形は、馬か、む〜うん?』
もっと鎧をよく見ようと足を動かすと、何かブニッとした感触が足に伝わって来る。
何だ? と足元を見てみると、そこには先ほど移動させたはずのブッサイクなぬいぐるみが置かれていた。
どうしてこれがここに? 誰かが悪戯で仕掛けたのか?
そう疑問に思うが、ここで工房長であるゼノフに悪戯をするのは、副工房長のビンと会計、チームリーダー達くらいだ。
結構いたなと思い直したゼノフは、辺りを見回すが、そこにはそれらしき者はいなかった。
『おーい! こいつを片付けといてくれ!』
『あいよー親方!』
近くにいたホビットの錬金術師に頼むと、尊敬の念が一切感じられない返事が返って来た。
こいつら給料減らしたろかなんてことを思いながら、次は不屈の大剣の解析に取り掛かる。
『……こっちも同じだな、見るべき点が無い。意思に連動した強化と魔力の刃を飛ばすか。耐久値も低い上、性能もそこまで無いな』
『親方〜』
『工房長と呼べ! んで何だ?』
『この置物、動きません!』
『なに言ってんだ? ただのっ!?』
唯のぬいぐるみだろうと言おうとして、魔眼を発動させた瞳で顔を向けてしまう。
その瞳に映ったのは、恐ろしい魔力量と肉体を持った化け物だった。
「フヒヒー!」
『どわっ!?』
その化け物が嘶く。
何触ってんだよこの野郎と言った様子で、驚いて転んだホビットの錬金術師を睨んでいた。
そして、ゼノフを睨み付ける。
その目に宿るのは、ブサイクと馬鹿にされた恨みの感情。
ここに紛れ込んだのは、この化け物が悪いのだが、散々ブサイクと言われて傷付いているのだ。
『親方! こいつ生きてます!?』
『工房長と呼べ! そんなん見りゃ分かる! やばいぞコイツはっ! 早く守護者を呼べ!』
焦る気持ちを抑えられず、工房内に響き渡るように念話が届く。だが、ゼノフはあることに気付いた。
この化け物から伸びている線が、守護獣の鎧と繋がっているのだ。これが意味する所は、この鎧から召喚されたのがこの化け物ということだ。
それならば、焦る必要はない。
しかし、それが事実ならの話だ。
ゼノフの経験から、召喚獣の強さには限界があるのを知っている。幾ら何でも、ここら一帯を更地に返せそうな化け物を召喚するなど、あり得ないのだ。
だが、それでも、あり得ないからといって否定するのかと葛藤が生まれる。その結果。
『待て! 守護者への連絡は中止だ! こいつは召喚獣だ!』
可能性に賭けることにした。
ーーー
フウマがこの工房に来ている理由は、守護獣の鎧が修復に出されたからである。
フウマにとって守護獣の鎧は、言わば心臓部に当たる物である。
たとえ鎧が破壊されようとフウマ自身は残り続けるのだが、守護獣の鎧にある魔術式が書き換えられて魔力が流されるとフウマは、作り変えられるか最悪消滅してしまう。
それを何を思ったのか、主人である田中は「修理よろしく〜、ついでに強化してくれたら助かる」と宣ったのである。
思わず「メッ!?」と目ん玉飛び出そうなほど驚くのも無理はないだろう。マジで何考えてんだあの野郎と悪態の一つも吐きたくなる。
そういう訳で、鎧が運び込まれた錬金術師達の工房に来ている。理由はもちろん、鎧に下手に手を加えさせないためである。
そのまま、魔術式をいじらずに修復してくれたら問題ないのだが、主人が渡した素材のせいで、やる気を出した者が見受けられた。
これ、絶対いじるだろ。
こうなったら鎧を奪って死守するかと考えるが、鎧として使えるよう修理して欲しいという思いもある。
フウマはこう見えて、鎧から生まれた召喚獣なのである。大元の鎧が壊れた姿ではなく、それなりに活躍して欲しいと願うのも仕方ないだろう。
だから交渉しよう。
そう思って、工房長と呼ばれるドワーフの前に姿を現したのだが、いきなりブサイク呼ばわりされて、ぶっ飛ばしたろかと額に血管が浮いてしまった。
しかもぬいぐるみ扱いされた上、何故かノリに乗ってしまい、ぬいぐるみの演技までしてしまった。完全に失敗である。
だから今度は、工房長の足元に移動したのだ。
また運ぶようにも工房長から声が上がるが、今度は非力な奴が動かそうとする。残念ながら、体重100kgを超えるフウマを持ち上げられるはずもなかった。
ただ、その触り方が全身を撫でるような手つきだったので、思わず笑ってしまう。
おいおい、なかなか上手いじゃないか。もうちょっと力入れてマッサージしてくれたら最高だなぁ。てな感じだ。
声を上げたせいか、周囲がざわつき始める。
フウマとしては驚かせるつもりはなかったのだが、そんなタッチで触られたら反応するのも仕方ないやんという気持ちである。
『おい、お前はこの鎧から召喚されたのか?』
親方と呼ばれる工房長から恐る恐るといった様子で、念話が飛んでくる。
「ブル」
せやでと短く反応すると、おおっ! と驚かれてしまった。
『これだけ破壊されても術式は維持されているのか!? それよりも、何だこの化け物染みた能力は!? ここまでの召喚獣は見たこと無いぞ!?』
「フヒヒ」
驚きついでに、体を撫で回すのは止めてくれないかな。
見た目にそぐわない繊細なタッチがフウマの全身を襲い、またしても変な声が漏れてしまう。
『俺はゼノフだ。是非、お前の名前を教えてくれ』
「ヒヒーン!」
尊敬の眼差しを向けられて悪い気のしないフウマは、ゼノフに向けて己の名前を告げる。
『ヒヒンか、解析じゃフウマとイシュタルと名前が出てるが、こっちは以前のものか?』
「ブルル!?」
違うで、フウマやでと否定するフウマ。
そもそも、イシュタルって何だよ。かっこいいからそれでも良いぞ、という意思を伝えるが『違うのか? ヒンって短くした方がいいか?』と通じていない。
その後、何とかジェスチャーして、フウマかイシュタルと呼んでくれと伝え、イメージ的にイシュタルはないかなとなり、フウマで落ち着いてしまった。