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幕間24(アミニク)改

 今回の案内は、アミニクという女天使だった。


『よろしくお願いします』


 えっと、はい、よろしく。


 赤髪を見ると、あいつを思い出してしまって、どうにもやり難い。オリエルタと仲が良かったというのもあるので、尚更だ。ていうか、なんでこんな奴が案内するんだよ。完全に人選ならぬ天選ミスだろ。


 ぶつぶつ独り言を呟きながら、行きましょうと言うアミニクの後ろに付いて行く。


 連れて行かれた場所は、前にも案内された所がほとんどだった。

 違っていたのは、美味しいスイーツのお店と、アミニクが持っているという研究室だった。


 研究室では多くの者が働いており、日々新たな研究成果を上げているという。

 その中には、俺やヒナタが使っているアマダチを調べている者もおり、『一回生で見せてくださいよぉ〜』と気持ち悪い笑みを見せながら迫って来た。


 それ以上近付くなという条件付きで、一度だけアマダチを見せてやると、真剣な表情で野菜なんかを当てて切断していた。


 ……おい、料理する為にやってんじゃないんだぞ。


 そう忠告するけど、その研究員は聞いておらず、ただただ切った野菜を見比べていた。

 しばらくすると納得したのか、満足した笑みを浮かべて、トボトボと重い足取りで帰って行った。


 …………。


 引き止めようかと思ったけど、次は無理難題を言われそうだったのでやめておいた。


『ごめんなさい、彼女は一つのことにしか集中出来ないエルフなんです。彼女の研究テーマは、本来なら終わっている物なんです。でも、納得してないようで……』


 アミニクがフォローしているようだけれど、もう関わる気が無い問題無しだ。


 だから、研究テーマが何なのかとかどうでもよかったんだけど、アミニクが説明を始めてしまった。


 そのテーマというのは、アマダチ(対神用兵器)の汎用化。

 アマダチを武器という形で固定して、誰にでも使えるようにする。もしくは、誰でも扱えるように習得をマニュアル化する。この二つを主軸に研究を進めていたという。


 もしもこれが成功すれば、ヒナタも俺も戦う必要はなく、守護者だけでこの土地を守り、奪われた土地も取り戻すことが出来るという。

 当初こそ、この汎用化は可能な技術だと思われていた。


 しかし、全て失敗に終わった。


 アマダチは高次の存在であり、この世界に存在する者では扱えないという結論に至ったそうな。


 え? じゃあ俺は?


『あなたもヒナタも、そしてキューレも、私達とは違う。ユグドラシル様とはまた別の、異質な存在。そう我らは結論付けました』


 人外通り越して異質とか言われちゃったよおい。


 いやね、もう力だけなら人外だろうなって認識はあるよ。でもさ、異質ってなに? こう曖昧で微妙な表現やめてもらえませんかね?


 そこら辺どうなのよと問うと、アミニクは言葉を選びながら答えてくれた。


『私の意見ですが、あなたのような存在は、世界の秩序を破壊する為に生まれたのではないかと考えています。底知れない魔力、驚異的な身体能力、神を殺す力。これだけ揃えば、世界を滅亡させるのは可能ではないでしょうか?』


 いやいや、待て待て。

 いくら何でもこの世界は壊せないって。怪獣みたいな化け物がいるのに、絶対無理だって。


 あの大怪獣共に、どうやっても勝てる気がしない。

 それを可能とでもいうのだろうか?


 と思っていたら、どうやら勘違いだったようだ。


『この世界ではありません。ハルト殿、あなたが住んでいた世界の方です』


 ……。

 

 何も反論出来なかった。

 もちろん、そんなことをするつもりは無いけど、それが可能な姿が思い浮かんでしまったから。


『……少しお話しをしませんか? ヒナタの母、キューレの話がしたいのです』


 どうやら、彼女が今回の案内を買って出たのは、この話をしたかったからのようだ。

 


ーーー



 アミニクが初めて恐怖を覚えたのは、幼少期の頃だった。

 同年代の天使族の子供達が集まり、習いたての空の飛び方を練習してた。

 先生の風の魔法に守られながら練習するのは世界が回転したように見えて面白く、全員が好き勝手に飛び回っていた。


 キューキュー鳴きながら飛ぶ子供達を見て、先生も微笑んでいたのだが、その表情が凍りついたことがある。

 それは、先生が操っていた風が途切れたときだ。

 急に吹いていた風が止まり、バランスを失った子供達が落下しかけたのである。


 キュー⁉︎と悲鳴が上がるなか、突然先生の魔法の制御も元に戻り、風の魔法でバランスを取り戻した。

 子供達は先生がわざとやったんだと思ったが、実際にはその魔法制御が乗っ取られていた。


 それをやったのは、まだ幼いキューレだった。

 そして、それを見ていたアミニクは、キューレという存在に恐怖した。


 しかし、恐怖した理由は先生の魔法に干渉したからではない。キューレの潜在能力に恐れたからでもない。ただ、アミニクの本能がキューレは危険だと訴えてきたのだ。


 あいつは危険だと、普通ではないと告げてくるのだ。


 その恐怖心が確信に変わるのは、念話を覚えて少ししてからだった。


 キューレが双子の妹であるミューレに尋ねていたのである。


『どうして、ユグドラシル様を守らなきゃいけないの?』


 それを聞いて、最初は何の冗談だと思った。

 世界樹を守るという行為は、天使の本能に刻まれた物だ。それに疑問を持つというのは、創造主である聖龍を否定することに繋がる。

 ミューレは『ユグドラシル様が素晴らしいからじゃない』と呑気に答えていたが、キューレがそれに納得した様子は見えなかった。それが只々恐ろしくて、アミニクは震えていた。


 しかし、その恐怖心が薄れるような出来事が起こる。


『邪魔すんなよ! お前はいつも鬱陶しいんだよ!』


 そうキューレに向かって言い放ったのは、青髪の天使であるオリエルタだ。罵声を浴びせられたキューレは酷く落ち込み、暫く立ち直れないようだった。


 その出来事はアミニクにとって衝撃であり、オリエルタが救世主のように見えた。だからだろう、アミニクはオリエルタに惹かれるようになったのは。

 この一件から、アミニクはオリエルタと共にいることが多くなる。性別もオリエルタが男性を選択したのを確認して、女性を選択した。

 キューレとは同じ性別になってしまったが、そういう間柄になることはないと割り切れば、この選択は間違いではなかったのだろう。


 守護者になるための訓練が開始され、早々にキューレは頭角を表す。その実力は破格のもので、当時の一級守護者を圧倒するほどに凄まじかった。

 やがて、英雄候補と呼ばれるようになり、どこに行ってもキューレの名前が囁かれるようになった。


 あんな危険な存在が、英雄であっていいのだろうか?


 そう疑問を持っているのは、自分だけじゃないと思っていた。

 だが、キューレの名前を聞くときは、いつも称賛の声。

 どれだけのモンスターを倒した。

 格上の守護者を圧倒した。

 当時の筆頭守護者を下した。

 彼女こそが、ユグドラシル様が求めた存在に違いないと、誰もが囁くようになっていた。


 まるで、自分だけが世界から切り離された感覚を味わう。

 皆が正面を向いているのに、自分だけが横を向いている。それに他の誰も気付いていなくて、自分だけが別の方向に進んで行く。どんなに同じ方向に行こうにも、本能という壁が立ちはだかり、立ち止まって見送るしかない。


 皆の進む道が奈落の底だとしても、それを止める手立てをアミニクは持っていなかった。


 だからこそ、唯一反発したオリエルタならと期待する。

 彼ならばキューレを止めてくれるのではないかと、オリエルタならいざと言うとき、キューレを倒せるのではないかと期待したのだ。


 だが、その期待はあっさりと裏切られる。


 オリエルタとキューレが手を取り合ったのだ。


 この際、アミニクの恋心など、どうでも良かった。

 唯一の希望が、キューレを支える存在へと変わってしまったのだ。

 アミニクにとっての、最大の希望はこのとき断たれた。




 それからのアミニクは、怯えて過ごすようになる。

 お願いだから、ユグドラシル様を殺さないでと祈るように、キューレのご機嫌を伺った。

 キューレの周囲には、彼女を崇拝する者で埋め尽くされていたが、対等に、友人として接しようと心掛けた。キューレが周囲の者に対して、ストレスを感じているのを知っていた。だから、少しでも落ち着くようにと接したのだ。


『いつもありがとう、アミニク』


『気にしないでキューレ、私がやりたいようにやっているだけだから』


 誰もが仲良くしているように見えただろう。

 キューレが嬉しそうにアミニクの名前を呼び、アミニクは怯えながらキューレの名前を呼ぶ。

 まるで正反対の反応。

 だが、これしかアミニクが取れる選択肢はなかった。

 きっとこの日常が、アミニクが死ぬまで永遠に続くのだろうと思っていた。


 それが崩れたのは、アミニクが新たな世界に使者として選ばれたのがきっかけだった。


 一つの世界が取り込まれ、新たな世界に移り変わると、地上の様子を見るため一人の天使が遣わされるのだ。

 それが今回、アミニクだった。


『無事に戻って来てね』


『そんなに発展してないみたいだから、心配しなくても大丈夫だ』


 心配そうにするキューレを見て、ストレスを与えているのではないかとビクビクとしてしまう。

 やめてくれと、どうしてこの任務に自分を選んだと、アミニクは上層部を憎んだ。


 だがそれも、地上に出て考えが変わった。

 見つけたのだ。

 糸口を。

 キューレを圧倒出来るかも知れない可能性を。


 地上は様々な種族が暮らす世界で、人が統治する国や獣人が統治する国。ホブゴブリンやオーク、ハイコボルトなどの知能の高い亜人種が集う国家など、数多くの国が存在していた。


 その中でも人族の国では、不思議な実験をしていた。

 それは他者の命を奪い《スキルソウル》と呼ばれる物を作り出す技術だった。当初は、魔法使いが転生するために作り出した技術のようだが、残念ながらそれは失敗に終わり、他者に力を与えてしまったようだ。


 そして、この世界が取り込まれようとしているのも、この《スキルソウル》が原因だった。

 この世界で、一度に大量の命を奪う兵器は開発されていない。代わりに、世界を崩壊させかねない魂の融合という技術を生み出してしまった。


 まだまだ未熟な技術だが、これが完成すれば、拒絶反応なく無限に力を得られる存在を生み出す可能性があった。その可能性は本物であり、後に世界が飲み込まれる少し前には、ある存在を生み出していた。


 アミニクはこれに目を付ける。

《スキルソウル》は未熟な技術だが、アミニク達が住む世界の技術力ならば、完成させられると考えたのだ。

 これさえあれば、キューレを抑えられる力が手に入るかも知れない。圧倒的な存在であるキューレに、対抗できると考えたのだ。


 早速、アミニクは人族の王の前に姿を現し、迷宮の出現と世界樹ユグドラシルの存在を告げた。


 そして、攻撃を受けて撤退する。


 考えてみれば当然だった。

 世界樹が守る世界で言えば、ユグドラシルの前に突然姿を表した侵入者でしかないのだ。王を守るため、守護する者が攻撃するのは当然だった。

 彼らは仕事をしたに過ぎない。

 人族の攻撃が効かなくても、ここは一度距離を置いた方が良いのは間違いなかった。


 それに、どさくさに紛れて、幾つかのスキルソウルを拝借したので五十年ほどは時間を置いた方が良いかも知れない。そう判断して、アミニクは次の国に向かった。


 この世界でアミニクの話を聞いた国は、残念ながら多くはなかった。本来なら、数人の権力者に告げれば終わるのだが、この世界の国々が敵対していたり断交していたりして、まったく話が広まらないのだ。そして何より、文明が未熟なのも原因だった。

 情報の発信源が人伝であり、伝達速度が驚くほどに遅かったのだ。その上、情報も正確には伝わらず各地を周る他なかった。


 またこの世界にも既存の宗教があり、世界樹ユグドラシルという存在を受け入れなかった。それはアミニクが力を示したとしても同じだった。


 それを受け入れたのが、先に述べた獣人の国家と亜人種の国家だけ。協力者も両国に一名ずつ選定し、世界樹の枝を渡している。

 あとは両国と情報のやり取りを行い、いずれ来る終焉に備えるだろう。


 アミニクはこの地での任務を終えて、世界樹の枝を使い都ユグドラシルへ帰還した。






 戻ってからのアミニクは、ユグドラシルに許可を貰い、研究チームを立ち上げて、スキルソウルの研究を行う。

 この力が実用化されれば、この地の防衛能力は格段に向上して、種族問わず強くなることが約束されていた。


 スキルとは言わば才能である。

 他者の才能をその身に刻み、強くなるのだ。

 それは言わばズルであるが、そうでもしなければキューレに対抗する力は得られない。


 何としてでもユグドラシルを守るのだと、その意思を胸にアミニクは研究に没頭した。



 長い時が過ぎ去る。

 スキルソウルの研究は進み、魂と能力を分化する目処が立ちつつあった。完全に才能のみの抽出が出来るのなら、魂の拒絶による反応は無くなる。

 良いのか悪いのか、この地では実験材料に事欠くことはなく。森に出れば、特殊な能力を持ったモンスターが幾らでも存在していた。


 エルフ族などの森と親和性の高い種族は、この実験を忌避する者は少なからずいたが、これでこの地が守れるならと口出しする者はいなかった。


 そう、この実験を知る者は、受け入れたのである。

 せめて、誰か、いや、アミニクが思い止まっていればあのような事故は起こらなかった。


『アミニク久しぶりだね』


『……キューレ?』


 試作品のスキルソウルを二つ持ち、実験施設に向かっていると犬の使い魔を連れ、お腹を大きくしたキューレと鉢合わせた。

 疑問系になったのは、正面にいる金髪の天使が、キューレかどうか判別が付かなかったからだ。


『本当にキューレ……なのか?』


『どうしたの? 長いこと合わなかったから、私の顔忘れたの?』


 首を傾げる金髪の天使。

 顔立ちはキューレだ。自信なさげな表情は変わっていないが、その中に優しさが含まれたように思う。

 だからだろうか、怖くないのだ。

 正面に立つキューレであろう存在から、恐怖を感じなくなっていたのだ。


『ねえ、今余裕あるならお茶しない?』


 ぎこちない笑みを浮かべたキューレが、アミニクを誘った最初で最後の出来事になる。



『キューレは、最近、変わったことって、何かあった?』


 それは恐る恐るの質問だった。

 相手は恐怖の対象だった者だ。

 どうして恐怖を感じなくなったのか分からず、その理由を知りたくての質問だ。


『変わったこと……ん〜、子供ができた事かな?』


『あっ、おめでとう御座います。ごめん、この前のお祝い行けなくて』


『大丈夫だよ、研究が忙しかったんでしょ? オリエルタが言ってたよ、凄いことをしてるって』


『う、うん。凄いこと、なのかな? ただユグドラシル様を守りたくてやってることだから』


 これまでのキューレなら『ユグドラシル様よりアミニクの体が心配』なんて言っていただろう。キューレにとって、ユグドラシルという存在は最上位ではなく、知り合い程度の感覚でしかなかった。それがどうだろう、


『やっぱり凄い、私じゃそんな研究出来ないから……ユグドラシル様もきっと喜んでるよ』


 予想外の返答に唖然としてしまう。

 何がキューレを変えたのだろう。


『……キューレって変わったよね』


『そうかな? 自分じゃ分からない』


『……うん、落ち着いた感じがする。前は、少し怖かったから』


 思い切って言ってみる。

 何がキューレをこうしたのか、詳しく知りたかったのだ。あれだけユグドラシルを守るのに疑問を持っていたのに、子供ができたくらいのきっかけで変わるとは思えなかった。


『……やっぱり、私のこと怖がってたんだね』


『気付いてたんだ?』


『うん。アミニク、いつも私や周りのこと気にかけていたから。私のことで何かあるんだろうなって思ってた』


『そっか、ごめんね、不安な思いさせて。でも、今はもう怖くないんだ。何か変わるきっかけはあったのか?』


『それなら、オリエルタかな。いろいろお話しして、たくさんの疑問を解消していったから、もう英雄になるのに迷いはないかな』


 あー、やっぱりオリエルタだ。

 彼は救世主だったんだ。


 力で対抗しようとしたアミニクと違い、しっかりと理解を深めてキューレを変えて行ったのだ。それが意図したものでなくても、この地はキューレという脅威から守られていた。


『……良かった』


『どうかしたの?』


『何でもない』


 キューレの疑問には答えず、アミニクは反省する。

 もっと彼を信じれば良かった。

 幼い頃、オリエルタに期待したものに間違いはではなかった。

 力に力で対抗しようと無理をする必要はなかったんだ。

 同じ種族として対話をすれば良かった。ただ一方的に怯えて、キューレという天使の本質を見ようとしていなかった。


 後悔する思いが駆け巡り、涙を流しそうになる。


 それをグッと堪えていると、気を使ったキューレから話題を変えられた。


『ねえ、アミニクが研究している物ってどういう物なの?』


『え? ああ、スキルソウルっていう物で、今の地上で作られた技術なんだ。これが完成すれば、多くの者達が守護者並に強くなれるはずなんだ』


『ふーん、凄いね』


 興味なさそうだなぁと思いながら、持っていたスキルソウルを取り出す。このスキルソウルの効果は、光属性魔法が使えるようになる物と、全属性魔法への適正が少しだけ上がるという物だった。

 最初は濁り黒かったソウルスキルも、改良を重ねたことで透明度が上がり、目の前に翳すと反対側にいるキューレの顔が見えるくらいにはなっていた。

 あとはこの濁りを取り除けば完成なのだが、これは所謂、魂にこびりついた思念のような物で、簡単に排除できるような物ではなかった。


 可能性があるとすれば、ユグドラシルの蘇生魔法による魂への干渉だが、それで完成したとしても量産するのは不可能だ。ユグドラシルにも魔力の限界はある。短時間に何度も使える魔法ではなかった。

 だから今は、その方法を模索中なのである。


『残念ながら、このままじゃ使えないんだ。天使はその在り方から強力で、他の魂と交わる余地がないんだよ』


『よく分からないけど、今のままじゃダメってことなんだよね?』


『うん、そう。これを他の種族に試すのはありだけど、できれば完成した物で試してみたいんだ。そうすれば、少しの拒絶反応もなく安全に使えるからね』


『それって、私も使えるの?』


『これは使えないけど、完成した物なら使えるはずだ。拒絶反応をゼロにして、その身に力を取り込むのは理論上難しくない。本来なら治癒魔法でもいけるはずなんだが、どうしても出力が不足してしまうんだ。でも時間おけば段々と薄れて……』


 得意げに喋り出すアミニク。

 自身の研究結果を他の者に話すのは、少しでも知ってもらおうと早口になってしまう。キューレが興味ないのは分かっていても、この性だけはどうしても止められないアミニクだった。


『ごめんなさい、止まって下さい。私が悪かったから、変なこと聞いちゃってごめんなさい』


『何も変なことはないさ、私の研究結果をキューレにも知って欲しいんだよ!』


『アミニクがこんなだなんて、初めて知ったよ』


 この時、初めて互いのことを理解して、本当の友になれたのだろう。

 もっと早くに友となっていれば、この後の別れもなかったかも知れない。

 キューレの妊娠を考慮していれば、きっとこの後の悲劇を回避できたかも知れない。


 全てはタイミングが悪過ぎた。

 それだけの話だった。


『それ触っても良い?』


 そう口にしたのはキューレで、アミニクが持つスキルソウルに手を伸ばした。アミニクも、どうせ使えないからと思い込み、二つのスキルソウルをどうぞ、と渡してしまう。


 渡されたスキルソウルは、キューレの手の中でコロコロと転がる。


『えっ?』


 そして、掌に吸い込まれるようにして消えてしまった。

 最初、何が起こったのか理解できなかった。スキルソウルは天使族のような、強い魂を持つ者には使用できないはずだった。

 それを、キューレは使用してしまった。

 英雄候補であり、最も強い天使がである。

 アミニクにも使えなかったスキルソウルを使ってしまった。


『ーー馬鹿なっ⁉︎』


 何が起こったのかと叫ぶ前に、キューレが腹部を抱えて蹲ってしまう。


『ーーまさか、子供に使われたのか?』


 そう察するのは直ぐだった。だが今は、そんなことをしている場合ではなかった。

 アミニクはキューレを抱えると、空へと上がり守護者が使う医療施設に向かって飛ぶ。この都ユグドラシルで、産婦人科なる物はない。大抵のことは治癒魔法で治り、そうでないものも錬金術により治療が可能だからだ。

 だからこそ、この地で最も優れた医療施設は守護者が専用で使う場所だった。

 あらゆる種族のあらゆる医療技術が詰まっており、死亡以外は全て治療可能な場所。腕利きの医療従事者がおり、あらゆるトラブルに対応可能な場所。


 そのはずだった。


 子供がスキルソウルを取り込んだことで、どのような影響が出るのか想定出来ず、最悪死産になることも考慮された。


 優先は英雄候補であるキューレの命。


 治癒魔法の得意な者を用意し、キューレの出産に備える。

 これで問題なかったはずだ。

 実際に出産は順調に進んでおり、母子共に無事だった。


 全てはタイミングが悪かったのだ。


 世界が揺れ、魔力が波立ち駆け抜けていく。


『これは?』

『……地上の世界が取り込まれたようだな』


 これは世界の融合により起こった現象であり、定期的に起こる物である。

 このタイミングで出産する者は過去にも大勢いた。

 特に問題なく、皆が無事に新たな命を誕生させていた。


 だから、今回も問題ないだろうと思っていた。


『ーー何だ?』


『待て⁉︎ 魔力がーー!?』


 生まれ落ちた命は、スキルソウルを取り込み、魔力の波に影響を受けて魔力を暴走させていた。

 そして、その魔力量も膨大であり、とても自我のない赤子が制御できるものではなかった。


『ーーだめっ!?』


 出産を終えて力尽きていたキューレは、暴走する我が子を抱きしめる。

 それと同時に、赤子は魔力を爆発させた。

 その威力は凄まじく、普通の者にならば致命傷になっただろう。しかし、いつものキューレならば、擦り傷も負わない威力。


 だが、ここにいるのはいつものキューレではない。


 弱った体で全ての威力を受け止め、その命を散らせる。



 その後、アミニクは何をやったのか薄っすらとしか覚えていない。

 ただユグドラシルに真実を伝え、キューレの蘇生を懇願した。

 しかし、世界の融合の影響により魂はどこかに流れていた。たとえ肉体を癒そうとも、蘇生は不可能だったのだ。


 絶望がこの地を覆う。


 希望を失ったオリエルタが、我が子を森に連れて行くのを見ていた。


 止めろと言うことも出来ずに、震えるオリエルタを見送った。


 気丈に振る舞いながらも、終わりを願っているオリエルタを見ていた。


 全ては私の研究のせいだと、アミニクはオリエルタに告げても、全ては私の過ちだと言って聞き入れなかった。


 どこで道を間違えたのだろうと、アミニクは自問する。

 ソウルスキルという研究を進めたのが原因だろうか。キューレという英雄候補に怯えたのが原因だろうか。オリエルタを信じなかったからか。


 いや、違う。

 きっと最初から間違えていたんだ。

 アミニクという存在が、この地にいるのが間違いだったのだ。


 アミニクは全ての研究を捨て、聖龍の結界に閉じられた森を見る。


 ソウルスキルの技術は迷宮に取り込まれ、スキルオーブという完全な技術で確立された。現地の存在にしか使えないという欠点はあるが、もう、それもどうでもよかった。

 どちらにしろ、この地にいる者には使えない。もう、どうでもいいのだ。


 時が過ぎる。

 聖龍の結界が消え、多くの命が奪われる。

 捨てたはずの赤子が、この地の希望となり帰ってきた。

 アミニクの罪の象徴であり、贖罪しなければならない相手、英雄ヒナタ。


『そうか、でも俺じゃあんたを裁けない。森に捨てられたこと自体恨んじゃいないし、感謝すらしている。悪いが、死にたいなら精一杯生きてからにしてくれ』


 ヒナタに己の罪を告白して返ってきた言葉だ。


 気を使わせたとかではなく、純粋にそう思っての言葉のようで、ヒナタはあっけらかんとしていた。



 また時間が過ぎる。


 ヒナタの言う通り、精一杯生きて守護者として戦い、仲間の命が散るなかで己だけが生き延びてしまった。

 罪を背負った己がである。


 やがて、真の英雄と呼ばれる存在が現れる。

 ヒナタが親父と呼んでいた者だ。


〝ああ、キューレと同じだ〟


 その真の英雄を見たときの感想がそれだった。


〝きっと彼は、この地を守らない〟


 ユグドラシルがヒナタをダシにしてまで、必死に説得していた横で、アミニクはそう察した。

 別にそれでも良いと思ってしまった。

 元々、この地とは関係のない彼だから、自由にさせるべきなのだ。

 それでも、と思う。

 ヒナタに『精一杯生きて』と言われたのだ。だから精一杯、アミニクの出来ることをする。


 それで、対話をしようと思った。

 あのとき失敗したから、今度は失敗しないように対話をしようと考えたのだ。


 アミニクはオベロンに頼み、案内する役目を譲ってもらった。




ーーー


アミニク・ウェイライ


赤髪の天使。二級守護者で研究者。本人に自覚はないが、可能性の高い未来を感じ取る能力を持っている。スキルソウルを研究し、その研究結果を迷宮に奪われ完成させられる。

キューレの危険性を唯一理解していた天使であり、その対抗手段を模索していた。


ーーー

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