奈落74(世界樹32)
気を失っているオクタン君を回収すると、ハヤタさんと他の作業者が集まっている場所に向かう。
到着した先では、気を失っているバルタもおり、それを残念そうに見ている獣人の守護者がいた。
「ギィ」(バルタの兄、ガンドだ)
ハヤタさんが耳打ちをしてくれて、誰なのか教えてくれた。
そういえば、バルタの奴は兄貴が守護者だのと自慢していたけれど、こいつがそうなのか。
……似てないな。
ガンドはバルタよりも二回りも大きくて、顔立ちもキリッとしている。目付きも鋭く、口元の牙が獲物を探しているようにも見えた。
ガンドが孤高の狼なら、バルタはようやく走れるようになった子犬だろう。
それくらい、受ける印象に違いがある。
『おい、起きろバルタ!』
「ワウッ⁉︎」
バルタはまるで犬のように飛び上がり、ガンドを見て驚いている。
『あっ兄貴、どうしてここに?』
『出動の要請があったから来たんだよ、もう終わってたみたいだがな……』
ガンドが俺の方を見て、更にハヤタさんを見て納得している様子だった。
どうやら俺のことは、守護者には周知されているみたいだな。
『ったく、危ないことすんな。お前弱いんだからさ、家で大人しくしてろって』
『あっ、いや……俺は……』
ガンドのきつい言葉に、バルタは何も言い返せずに俯いてしまう。その姿には、いつもの馬鹿で元気なバルタの面影は無くなっていた。
……。
そんなバルタの姿が寂しいと思ってしまった。
そして、そう思ったのは俺だけでなく、ハヤタさんと目覚めたオクタン君も同じようだった。
項垂れるバルタの前に二人が立つ。
「フゴ」「ギィ」
やめろ、バルタを馬鹿にするな。そう言って立ち塞がった二人は、ガンドを睨み付ける。
それをフンと見下したように見るガンド。ただし、見ているのはオクタン君達ではなく、あくまでもバルタ。
『仲間に守られていい身分だな、お前はいつもそうやって守ってもらうのか?』
見下しながら、まるで挑発するように告げる。
『…………』
しかし、バルタは動かない、ただ俯いて黙っている。
それでも悔しくて、手を握り締めている。
でもそれだけだった。
バルタは仲間が前に出ているにも関わらず、何も反論出来ないでいた。
『……チッ、家に戻って来い。勇者ごっこはもうお仕舞いだ』
冷たく言い放つガンド、その肩を俺は叩く。
まあ落ち着けって。バルタが心配なんだろうけど、こいつの話も聞いてやってくれ。
『あんたは……。家庭の事情だ、部外者が口を挟まないでくれ』
だとしても、こいつの意思も尊重してやれって。
そう言うと、ガンドは不満そうにする。
バルタの兄として、守りたいと思ってきつい言葉を投げ掛けているのは、何となく分かる。
そうだとしても、バルタが努力しているのを俺達は知っている。だから、心配だからという理由だけで否定するのはやめてほしかった。
バルタに活を入れる為に、言葉を投げ掛けようと思う。
やいバルタ、いつまで俯いたんだ。日頃の勢いはどうしたんだよ? たかが下っ端の守護者に言われたくらいで、お前は自分の夢を諦めんのか?
下っ端⁉︎ とガンドがショックを受けているが、今は無視だ。
勇者ごっこって言ってたけど、お前は勇者になりたいのか? だったらこんなことで、いちいち落ち込んでんじゃねーよ。勇者バルタ、カッコいいじゃねーか。
『……違う、俺は勇者になりたいわけじゃない』
ああ、守護者か。
ん? でも、どうして勇者って?
『俺が憧れたのは勇者の仲間だ。昔、獣人が勇者と一緒に冒険をして世界を救ったんだ。俺もここを出て、そんな冒険がしてみたい……』
何だかよく分からなかったのでガンドに目配せしてみると、軽くだけど説明してくれた。
バルタの先祖がいた前の世界は、魔王が暴れている荒れた世界だったらしい。そこに勇者が生まれて、仲間を集めて魔王を討ち取ったそうな。仲間の中には獣人もおり、世界を救った勇者の仲間、その子孫であるという事実を誇りに思っている獣人もいるという。
バルタもその一人で、昔から憧れていたそうな。
……うん、それ無理だから諦めろ。
『何でだよ⁉︎』
逆に、どうして出来ると思うんだ?
外の世界はな、こことは比べ物にならない位のモンスターがいんの。はっきり言って、守護者レベルでも簡単に死ぬレベルだぞ。そんなところを冒険って……、冒険って……、滅茶苦茶辛いんだからなぁ‼︎
分かってんのかこの野郎‼︎
奈落を旅して回った日々を思い出すと、自然と涙が溢れてしまう。
あれは辛かった。
辛いなんて簡単な言葉で片付けて欲しくないくらい辛かった。
あそこは地獄だ。
大怪獣と遭遇すれば、死にもの狂いで逃げるしかない。ただ無事を祈るしかない。そんな矮小な存在でしかない俺達が、こうして生き残れたのは奇跡だ。
どこか一度でも判断を間違えていれば、ここにはいなかった。
そんな場所を、バルタが生き残れるわけないだろうが‼︎
『なっ、なんだよ、泣くことないだろ? 心配してくれるのは嬉しいけどさ、やっぱ諦めたくないんだ』
心配とかの問題じゃねーよ! つーか魔王いねーだろうが! 勇者だって必要ないんだよ! そもそも守護者目指せや! 最低限の力付けてから物事を言えっての‼︎ スパルタで鍛え上げてやろうか‼︎
地獄見せたろかこの野郎‼︎
外の世界舐めんなよ‼︎
詰め寄る俺を、落ち着いて‼︎ とオクタン君とハヤタさんが止めてくる。
いかんいかん、バルタを庇うつもりが、余りにもふざけた考えに怒りゲージがマックスになるところだった。
すーはーすーはー深呼吸して、ガンドにバルタを少し連れて行くぞと許可をもらう。
『は? いや、ちょっと待ってくれ⁉︎』
俺はバルタの胸ぐらを掴んで引き摺って行く。
エントランスにオベロンがいたけど、今回は無しで、と告げてバルタを連れて空を飛んだ。
バルタが悲鳴を上げているが、そんなものは無視だ。こいつには、一度現実という物を見せておかないと、その命を無駄に散らせてしまう。
これは必要な教育だ。
そう考えて結界の外に出ると、森の中に着地した。
『あがっ⁉︎ こっ、ここはどこだ?』
都ユグドラシルの外だ。結界の外に出るのは初めてか?
『外って……やばいじゃん⁉︎』
うるせー、やばいのは能天気なお前の頭の方だ。
ほら立てと無理やり立たせると、構えろと忠告する。
最初こそ混乱したバルタだったが、本能でここが危険な場所だと分かるのか、武器を手に警戒し始める。
思っていたよりも、反応は悪くない。
でも、接近して来たモンスターには気付いていない。
「ガッ⁉︎」
バルタは、上から襲って来た猿のモンスターに反応出来ずに、華麗に蹴り飛ばされる。
そんなバルタをキャッチして、治癒魔法を掛けつつモンスターと向き合わせる。
ほら戦え。
大好きな冒険に出るなら、この程度のモンスターに苦戦するなよ。
『戦えって、そんな……』
猿のモンスターは、この森の中で最も弱いモンスターだ。
群れをなし、仲間と連携して上位のモンスターを狩る。
そんな最弱のモンスター。
でも、バルタよりも格上の存在でもある。
それを猿のモンスターも理解しているのか、ニィと笑い、バルタを狩るべき獲物からもて遊ぶ玩具へと格下げした。
痛ぶり、四肢を取り、死なないように長い時間苦しめ、最後に生きたまま食べる。そう、猿のモンスターの顔には書いてあった。
「ッ⁉︎⁉︎」
恐怖で足がすくみ動けなくなるバルタ。
だからといって、モンスターは見逃してくれない。
跳躍して高速で木々を飛び跳ね、バルタが目で追えなくなった瞬間に襲い掛かる。
猿のモンスターの鋭い爪は、バルタの背中を狙っており、何もしなければ確実にバルタの戦闘能力を奪っていた。
だから風で吹き飛ばして、猿のモンスターを木に叩き付けた。
『はっ⁉︎ いつの間に⁉︎』
いつの間にじゃねーよ、しっかりしろ。
『あっ、ああ……』
大人しく頷いているバルタだが、その目はしっかりと猿のモンスターを見据えていた。
木に叩き付けられたといっても、奈落の世界に住むモンスターだ。その程度でダメージなんて負ってくれない。
立ち上がったモンスターは、俺を警戒して襲って来ようとしない。しかし、木々に集まっている仲間に目配せして、合図を送っていた。
猿のモンスターは群れをなす。
群れだからこそ、この森の中でも生き残れたのだ。
猿の大群は一斉に動き出し、攻撃を仕掛けて来た。
『うわぁぁーーー⁉︎⁉︎』
迫る脅威に恐怖するバルタ。
でも、その足でしっかりと立っており、モンスターから目を離さず、武器を手に抗おうとしていた。
……何だよ、大事な物は持ってんじゃん。
勝手にやっといて何だけど、バルタを少しだけ見直した。
絶望的な状況で生き残るのに必要なのは、諦めないことだ。最後まで考えて、本当の終わりを迎えるまで抗い続けることだ。
こいつにはそれがある。
情けない所はあるけれど、見所は十分にあった。
俺は竜巻を発生させて猿のモンスターの大群を巻き上げると、まとめて遠くに吹き飛ばした。
おっしゃ、帰るか。
バルタにそう言うと、ポカーンとしていた。
短い時間だが、都ユグドラシルの外がどれだけ危険なのか、こいつは理解したはずだ。
それでも馬鹿な夢を見るなら、地獄を見るだけだ。
地獄を見てその先を見るか、そのまま沈んで行くかはこいつ次第。
まあ、その時はこいつの兄が止めるだろうけどな。
『……なんだよ一体?』
お前、能天気で馬鹿だよな。
『うるさい……。俺馬鹿かもしれないけどさ、外が危険なことくらい分かってんだよ』
そうか。
『それでもさ、夢見たいんだよ。外の世界を見て回れるようになりたいんだよ』
さっきので無謀だって分かったんじゃないのか?
『無謀でもさ、この目で見たいんだ。アーカイブで見るだけじゃなくてさ、直接見て感じたいんだよ』
諦められねーよ……。
そう萎むような思念が送られて来た。
俺はこの無鉄砲野郎には、ユグドラシルの庇護下で幸せになって欲しいと思っている。でも、こいつ自身が拒絶するのなら、俺にはもう止める術は無い。
だから、こいつの兄貴に任せるしかない。
『はあ、はあ……やっと追い付いた』
『兄貴……』
息を切らしたガンドが、無事なバルタの姿を見て安堵していた。
そのガンドにバルタを差し出して、すまん、諦めさせられなかった。と謝罪する。
それで、何のことか分かったようで、ガンドは一度だけ頷いてバルタに向き合っていた。
もう出来ることは何も無いので、二人を置いて俺は都ユグドラシルに帰還した。
かえると、オベロンとハヤタさんに正座させられて滅茶苦茶叱られてしまったのは言うまでもない。