奈落73(世界樹31)
う〜〜〜〜ん……長い。
オリエルタの長々とした話は、キューレなる天使が特別だったって所で意識を飛ばしてしまった。
はっ⁉︎ と意識を取り戻しても、オリエルタの話は続いていて、今回案内してくれた場所はキューレとの思い出の場所なのだそうな。
心底どうでもよかった。
『私はあの子を捨て、殺そうとしました。こんな私が許されてしまった。ヒナタは私に言ったんです。“捨ててくれてありがとう、おかげで親父と出会えた” と、最初は皮肉かと思いましたが、心の底から思っているようでした』
オリエルタは俺を真っ直ぐに見下ろす。
身長差があるから仕方ないけど、こいつに見下ろされるとイラッとするな。
『……私は、ハルト殿に殺されるつもりでした』
どうしてだ。ヒナタには許されてんだろ?
『ヨクト殿と同じです。真実を知り、怒りに任せるのならばこの命を差し出すつもりだったのです。私の命で、ユグドラシル様が、ヒナタが救われるのならば安いものです』
くだらね。
ケッと吐いて捨てると、オリエルタは『そうかもしれませんね』と苦笑していた。そして、
『それでも、これこそが私の使命だと思っていたのです』
フラれてしまいましたけどね。そうオリエルタは告げて、どこか遠くを見て何かを思い出しているようだった。
俺は、生きる意味ってのは、そいつが自由に決めればいいと思ってる。それが原動力になり、充実した日常を送り、より良い人生を歩めるのだから。
でも、たまに思う。
その意味を無くした奴は、何をするんだろうなって。
……まあ、こいつの心配は無用だろう。
ユグドラシルを守護するって使命があるし、そもそもどうして俺がこいつの心配せにゃならんのだ。
今は普通に会話をしているけど、ヒナタを捨てた事実がある以上、俺はオリエルタを許すことはないだろう。
ヒナタが許していると頭では分かっていても、感情が拒絶するんだ。
もうこればかりは仕方ない。
大人な対応は出来ても、心から許すことは永遠に無い。
今もこいつを殴りたくて仕方ないし、
『ぐっ⁉︎ いきなり何を……』
暗い顔にムカついて、実際に殴ってしまうのも仕方ない。
うじうじしてんじゃねーよ。
やることがあるんなら、それに集中しろ。
お前に振り返る暇なんてないんだよ。
ユグドラシルを守りたいなら力を付けろ。
ヒナタを救いたいなら力を付けろ。
俺だけに頼ってんじゃねーよボケ。
考えてみたら、どうして俺ばかりが背負わなきゃならんのだって話だ。
そりゃ力はあるし、ヒナタを助けたいからやるのはいいんだけど。こいつらにだって、死物狂いで力を付けてもらわなきゃ困る。
俺が守れる物なんて、この手が届く程度の物でしかないのだから。
俺の言葉に苦笑を浮かべたオリエルタは、『……そうですね』と頷いていた。
ーーー
いつも通り、食糧プラントで仕事をしていると、バルタが俺に耳打ちして来た。
『なあ、最近守護者様が迎えに来てるけど、何か犯罪やらかしたのか?』
おいバルタテメーこの野郎、俺が犯罪犯すように見えんのか?
『心配してやってんだよ。それで、どうなんだよ?』
まるで思春期の高校生聞いて来るように、あの子とどうなんだよ? と恋愛話をするウキウキとした気持ちが伝わって来る。
何かあるわけねーだろ‼︎
そう答えると、あからさまに『つまんね』とがっかりしていた。
バルタ含めて、一般の奴らは俺の立場を知らない。
あの時の騒動で知られているのは、オリエルタがヒナタを捨てたという事実だけで、英雄を育てたのは未だにト太郎ということになっている。
群衆の前に姿を現した俺だけど、見られていたのは黄金に輝くフウマの姿だけのようだった。一応、背中に誰か乗っているように見えたようだが、フウマの存在感と浮島が斬られたインパクトで気にする余裕が無かったようだ。
これ幸いと黙っているのだけれど、このまま守護者に来られたら、俺が偉大でカッコいいイケメンな奴だとバレるかも知れない。
そしたら、土下座で祈られたりなんかして、そいつらを見下ろして気持ち良くなれるかも知れない。そんなの面倒事真っ平……、
……それはそれでありだな。
バルタが泣きながら拝む姿を想像すると、一回見てみたい気がしてしまう。
『なんだよ……』
……なんでもない。
バルタに疑いの目を向けられて、そっと視線を逸らした。
それからもバルタと二人で害虫駆除に回る。
オクタン君とハヤタさんは、別行動をしており近くにはいない。何かあれば、合図を出すようになっていて、近くの作業者が駆け付ける手筈になっている。
それに、オベロン一推しのハヤタさんがいるのだ。
万が一も無いだろう。
そう思っている時が自分にもありました。
なんだ?
プラント内に大きめの魔力が現れる。それと同時に端末が振動して手に取ると、救援要請の表示がされていた。
『ハルト行くぞ!』
おう!
流石に慣れているのか、バルタが即座に駆け出した。
俺も後に続くが、思っていたのと別の場所に向かっている。
端末を確認する限り、この方向で間違いないのだけれど、新たに現れた魔力とは別の方向だったのだ。
嫌な予感がしつつ到着すると、そこにはハイオークやエルフが大きなムカデのモンスターと戦闘を繰り広げていた。
ムカデのモンスターの数が多くて、見た限り三十匹はいそうだった。
『よりによってヨミダラか⁉︎』
ヨミダラ?
俺が疑問に思っていると、バルタが説明してくれた。
ヨミダラはこのプラントに現れるモンスターの中でもトップクラスにヤバイモンスターで、上位種であるオオヨミダラが現れたら守護者を呼ばなければならないそうだ。
足の一本一本に毒が備わっており、体も厚い外皮に覆われいて、武器は簡単には届かない。ハイオークを丸呑み出来る大きな口と、全てを溶かすような強い酸。これだけの数がいても、統制が取れているようだった。
ここにいる奴らも決して弱くはないけど、地上で言うならプロの探索者よりは強いってレベルだ。
『ハルト、守護者が来るまで持ち堪えるんだ。行くぞ!』
武器の鉤爪を腕に装着すると、バルタは特攻する。
その動きは素早く、とても力強く見えた。
でも、丸呑みされてしまった。
バルターーーーッ⁉︎⁉︎
おいおい何やってんの⁉︎ そこはもっと活躍する所じゃないの⁉︎ 出オチ二コマなんて初めて見たよ⁉︎
風属性魔法を使い、ヨミダラなるモンスターをまとめて輪切りにする。地面にも潜伏している奴らも、地属性魔法で押し潰して始末する。
輪切りにしたヨミダラから、でろんとバルタが出て来たのを確認して、俺は別の場所に向かう。
他の作業者が何か言いたそうに見ていたが、それどころじゃない。
先ほど感知した大きな魔力が暴れ出したのだ。そこにはオクタン君がいて、ハヤタさんもいる。
はっきり言って、この二人では勝てない。ハヤタさんが隠している力がどれくらいか知らないけど、とても勝てるとは思えなかった。
現場に到着するとオクタン君が吹き飛ばされて、ハヤタさんが防御魔法で大きなヨミダラの攻撃を受け止めていた。
この大きなヨミダラは、バルタの説明にあったオオヨミダラだろう。さっきのヨミダラとは比べ物にならない位の魔力量を持っており、動きも段違いに速い。
こりゃ、さっさと倒さないと二人が危ない。
防御魔法が突破される前に始末しようとすると、ハヤタさんがこちらをチラリと見た。
その目はまるで、見ていろと言っているようで俺は動きを止めてしまった。
一瞬の出来事だった。
ハヤタさんの防御魔法が砕かれると同時に、オオヨミダラが仰け反って倒れてしまったのだ。
コォー……。という深い呼吸音が静かに響き渡る。
その音の出所は、さっきまで杖を握っていたはずのハヤタさ……ん?
あれ、ハヤタさん?
俺が呼び掛けると、ハイオークよりも大きなホブゴブリンっぽい奴が、片手を上げて無事を主張する。
もしかしなくても、あれがハヤタさんだろうか?
顔立ちは爽やかになってるけど、魔力の質はハヤタさんの物だ。
これが、ハヤタさんが秘めていた力……、でも……なんか……思ってたのと違う⁉︎
元のハヤタさんは、陰のある優男といった感じで、どちらかというとインキャ寄りの男性だった。
ところが今のハヤタさんは、優男ではなく筋骨隆々の大男。柔らかい陰のイメージから、笑顔の似合う爽やか系男子に成り下がっていた。
陽キャだ陽キャ。
夏になると、海でウェ〜イとかやってそうなイメージだ。
そんなハヤタさんが杖を構え、魔法を使う。
使うのは付与魔法。
己を極限まで強化すると、腰を深く落として拳を構えた。
えっと……どこのゴ◯さんですか?
そんなツッコミが口から漏れてしまうが、ハヤタさんは止まらない。
オオヨミダラが起き上がり、仕返しにとハヤタさんを飲み込まんと口を開けて迫る。
ハヤタさんは跳躍してオオヨミダラの上を取る。そして、空中を蹴って力を込めた拳を叩き込んだ。
ドッ‼︎ と鈍い衝撃が地面に伝わり、激しく揺らす。
そんな攻撃を食らって生きていられるはずもなく、オオヨミダラの頭部は潰れるどころか、綺麗さっぱり失われていた。
強い。
それが素直な感想だった。
オベロンがそこらの守護者よりも強いとは言っていたが、まさかここまでとは思わなかった。
ハイオークの守護者であるベントガよりも、遥かに強い。
そんな陽キャなハヤタさんが、杖を片手に近付いて来る。
お疲れ様と手を上げると、ハヤタさんも手を上げてくれる。
『やっぱり君は驚いていないね』
それは、初めて聞くハヤタさんの念話だった。
驚いていますよ。オベロンからは聞いていたんですけど、ここまでとは予想外でしたよ。
『そうか、オベロン様から……。隠しているつもりはないんだけど、この姿だとちょっとした弊害があるんだよ』
穏やかな思念が届く。
ハヤタさんの話し曰く、ハヤタさんは先祖返りを起こした個体らしく、ゴブリンキングと呼ばれる種族になっているそうな。
先祖はどこかの国を統治していたようで、所謂王族という物らしい。正統後継者になったハヤタさんだけど、その王国自体がダンジョンに吸収されて無くなっているので、持っていても仕方ない称号なのだとか。
とまあ、ここまでならいい。
悪いのはここからで、ゴブリンキングの姿だと同族から大変好かれるそうな。それも、女性からだけでなく男性からも。
毎度のように寝込みを襲われて、かなり大変だったという。
慣れれば、同族を惹き付ける力をコントロール出来るそうだけれど、ハヤタさんは出来なかったという。
だから意図的に力を抑えて、ホブゴブリンになっているそうな。
……なんだろう。オクタン君といい、ハヤタさんといい、どうしてこんなにモテエピソードを聞かされるのだろう。
これじゃあ、羨まし過ぎて嫉妬の炎が点いてしまいそうだ。
そんな俺の気持ちとは裏腹に、ある疑問が浮かんだ。
どうして守護者にならなかったんですか?
『強くなるのと同時に、惹きつける力も強くなって行ったんだ。これ以上力を付けると、身近なゴブリン達に迷惑をかけてしまいそうだったからね……』
王国なんて無いのに、何なんだろうなこの力は……。そう呟きながら、ハヤタさんは元の姿に戻った。
どうしてだろう。
大変そうなのに、まったく同情出来ない。
力なんてコントロールすれば良いし、出来ないのなら出来るまで訓練すれば良い。そうならなかった理由があるのかも知れないけれど、それは気合いでどうにかすればいいんだ。
まあつまり……、うん、あれだね、やっぱ単に羨ましいだけだわ。
難癖付けようかと思ったけど、結局嫉妬からの感情だと気付いて言うのはやめておいた。