奈落70(世界樹29)改
訓練場には、手合わせをしているオリエルタとベントガに加えて、他の守護者も見学していた。
そこに歩いて行くと、ちょうどベントガが負けて倒れる所だった。
『次っ! 次に挑む者はいないか!』
オリエルタが見学していた守護者達に問い掛ける。
問い掛けに反応して、幾人か動き出して訓練場に向かおうとする。彼らも、ヒナタのことを思って行動している者達なのだろう。
そんな彼らには悪いけど、ここは譲ってもらおうと思う。
風を起こして彼らの進路を妨害すると、俺はオリエルタの前に立った。
よう。
『……ハルト殿』
俺の登場に驚いている様子だが、怯えた様子はない。予想はしていなかっただろうが、俺と対峙する覚悟はしていたのだろう。
俺はオリエルタを許していない。
ヒナタが許しているから殺すような真似はしないが、こいつに対する怒りは燻り続けている。
それを解消する術は無い。
群衆に向かって言った手前、俺がオリエルタを傷付けるわけにはいかない。
とはいえ、訓練中なら少しくらい傷は負うものだ。
無言のオリエルタが剣を構える。
鋭い目は俺を見据えており、以前のように無防備に俺にやられるつもりはないらしい。
俺も地面を操り、一本の剣を作り出す。
魔力を多めに込めて強度を増しているが、オリエルタの使う剣よりも数段劣る。
でも、これで十分。
鋭い突きが迫る。
身を捩って避けると、剣の軌道が変わり俺を切り裂こうと動き出す。
オリエルタの斬撃は鋭く速い。
俺に遠慮はなく、隙あらば殺してしまおうという気迫すら感じる。
それだけの攻撃だが、俺をやるにはまだまだ足りない。
オリエルタの剣を避け、逸らし、近付いて拳を叩き込む。
後退しながら魔法で反撃して来るが、そんな苦し紛れの魔法なんか通じるか。
魔力の波を立たせて消滅させると、今度はこちらの番だと剣を使い攻勢に出る。
横薙ぎで吹き飛ばし、空中で体勢を整えた所を風属性魔法で地面に叩き付ける。
オリエルタが起き上がり構えるのを待ち、剣戟を演じる。
ガッガッガッ! と鈍い音と衝撃が訓練場に響き渡る。
何度も打ち合っていると、俺の剣が綻び始める。武器の性能差があり過ぎて、こうなるのは分かっていた。それでも、よく持ったと褒めてやりたい。
俺は剣を手放して、オリエルタの剣を素手で受け止める。
グイッと引き寄せて、驚く顔に拳を叩き込んだ。
地面に倒れて動かなくなるオリエルタ。
『……参りました』
俺は拳を解いて、オリエルタに手を差し伸べる。
こいつは気に入らない。
それでも、手合わせした奴には敬意を表したい。
『やはり敵いませんか』
こうなるのはお互い分かっていた。
オリエルタの強さは、森の外に出て来るモンスターよりも上だが、突出した実力ではない。複数体に囲まれたら負ける。それくらいの実力だ。
オリエルタを立たせると、治癒魔法を掛けて治療する。すると驚いた顔をしたので、なんかムカついて腹パンしておいた。
こいつの顔を見ると、やっぱりムカつくなおい。
腹を押さえるオリエルタを置いて、俺は訓練場を後にする。俺に負けたからといって、まだまだ戦いたいと思う奴はいる。そいつらに止めろとも言えないし、お前が責任を持って相手にしろとしか思わない。
『もういいのか?』
別にイジメたいわけじゃないからな。
『そっか』
ニッと笑い頷いたオベロンは、どこか安堵しているようにも見えた。
ーーー
食事の後も案内は続いた。
続いた結果、守護者の本部の案内の半分は無事に終わった。そして、元いた場所に戻ると、前半の仕事が開始していた。
おかしい。
確か俺は、後半の仕事に入る前にオベロンに連れ出されたはずだ。
それなのに、前半の仕事が開始している。
もしかして俺だけ時間を飛ばされたのだろうか?
どこかに、ス◯ンド能力者が潜んでいるかも知れない。
周囲を警戒しながらオクタン君達に合流すると、もの凄く心配された。
丸一日近く消えていたら、心配掛けるのもおかしくはないな。
『お前⁉︎ 生きてたのか?』
何言ってんだバルタ、俺が死ぬわけないだろう。
『だってオベロン様が連れて行ったんだぞ、犯罪やって裁かれたって話題になってたんだよ』
犯罪してねー……よ。人畜無害だよ。
完全に否定出来ないのが悲しい。
暴れたし、浮島も破壊してるから、犯罪って言われたらそうなる。
『何だよ今の間は? まあいいや、早く仕事に取り掛かろうぜ、俺達の班遅れているからさ』
おう 「フゴ!」 「ギッ」
何故か自然とバルタが取り仕切っている。
一応、リーダーはハヤタさんなのだけれど、このままで良いのだろうか? テメー調子乗んなよ! とバルタを殴り飛ばしてしまった方がいいだろうか?
そう思いながらハヤタさんをチラ見すると、特に不満は無い様子だった。
心が広いお方だ。
指定された区画に行き、害虫なるモンスターを退治して行く。
何気にハヤタさんの動きを意識してみると、何か違和感を感じた。
決して悪くはないが、それほど強くはない。守護者並みだとオベロンが言っていたが、とてもではないが地力からして足りていない。
でも、この違和感はハヤタさんの動きからだ。
まるで、もっと上の能力を持った者がするような動き。だけど、基礎能力が足りていないせいで形になっていない。
オベロンは、ハヤタさんには戦闘モードがあると言っていた。
どんな力を隠しているのか、少しだけ興味が湧く。
ハヤタさんがどう動こうとしていたのか、何となく想像出来てしまい、どれだけの能力が必要なのかも何となく理解する。
“そこらの守護者より強いぞ”
オベロンの言葉を思い出して、好奇心が刺激される。
まあ、だからといって、戦いを望まない奴に強制するつもりもない。
俺はハヤタさんから視線を外して、仕事に戻った。
ーーー
んで、何でまたいんだよ?
前半の仕事が終わり、飯を食べに食堂に到着すると、手を振るオベロンがいた。
『よっ、迎えに来たぞ』
小さな手を振り、軽口を叩くオベロン。
迎えに来たじゃねーよ、さっき別れたばかりだろうが。
『見せときたい場所がたくさんあるんだよ、後半は仕事無しにしてるから気にしなくていいぞ』
何もかも気になるんですけど。というか、俺の寝る時間は?
『別に寝なくても平気だろ? 俺なんて、この前の夜の世界から起きてるぞ』
いや、確かに平気だけど……なんか、俺の生活リズム狂い過ぎてね?
昔は当たり前だった欲求が消えてしまう。歳を取れば性欲も無くなるって言うし、これは自然の流れなのかもしれない。
なんてのは冗談で、自分が人間から離れているんじゃないかとビクビクしながら、食事もそこそこにオベロンに付いて行く。
この時のオベロンは、必ずハヤタさんに『いつでも待ってるぞ』と告げていた。それに対して、相変わらず無視しているハヤタさん。
この二人が子弟関係だったしても、ここまで拒絶するのにはそれなりの理由があるのだろう。
興味ないけど、本当に興味は無いんだけど、ほんの少しだけ気になったので聞いてみた。
なあ、どうしてあんなに拒絶されてるんだ?
『ああ……実は、ハヤタを説得しよう思って実家の方に押し掛けたんだよ。そしたら、家族からもハヤタが責められるようになってさ……ハヤタ、家にいられなくなったんだ……』
そりゃ怒られるわ。
頬をポリポリと掻くオベロンは、気まずそうにしていた。
あそこでハヤタさんが働いている理由が分かった。例えるなら、一流大学を卒業間近で辞めてしまった感じだろうか。明るい未来が約束されていたのに、それを蹴ってまで別の仕事をしている。いくら仕事に貴賤はないとはいっても、家族からしたら不安でしかたないだろう。
かなり発展している文明だと思ったけど、こういう所はどこも変わらないようだ。
何やってんだよと、オベロンをネチネチとなじりつつ案内の続きが始まった。