奈落67(世界樹26)改
この短期間でいろんなことが起こった。
ヒナタ達の捜索から始まり、バトルに浮島の崩壊と、本当にたくさんの出来事が起こった。
だけど、全て丸く治ってくれて良かった。
これも、日頃の善行のおかげだろう。
『まだ何も解決しとらんじゃろう! そも、善行なんぞしとらんじゃろうが!』
失礼な、少しくらい他人の役に立っとるわい。
具体的に何をやったのか覚えてないけど、何かやっとるわい。
『曖昧じゃのう……。してどうする? ヨクトに対して何か思うところは無いか?』
ヨクトというのが誰か分からなかったが、ユグドラシルの視線がエルフの彼に向いているので、彼がヨクトなのだろう。
別に何も。というか、このヨクト? の処分を決めるのは、あんたらの仕事だろう?
『あい分かった。ヨクトはこちらで引き受ける。この話は、これでよいな。それで今後じゃが、お主にも地上に未練はあろう。一度地上に戻り、親しい者達に別れを告げて来ると良い』
帰れるのか、地上に?
『うむ、浮島の再生のせいで準備に時間は掛かるが、お主を地上に送ってやれる。マヒトを帰したのは我じゃぞ』
お、おお……。
これまでの長い間、地上への帰還を夢見ていた。この奈落に落ちて何度も死にそうな目に遭いながら、ギリギリのところを生きて来た。それが、遂に叶うのだ。
『他の者ならば直ぐにでも送れるが、ハルトを送るとなると相応の力が必要となる』そうユグドラシルは言い、その為の時間が必要なのだそうだ。
それでも、帰れるのなら帰りたい。その願望が望郷の念が俺の胸に去来する。家族に会い、これまでの時間でどう変わったのか見てみたい。新しい甥や姪、それに俺の弟か妹が生まれている。
一目で良いから、その無事を確認したかった。
だが、それと同じようにヒナタやト太郎の顔が浮かぶ。
あれだけの長い時間を共に過ごしたおかげで、もう一つの家族のようになっていた。
その家族が今、苦しんでいる。
だから、一目見たらここに戻ろう。
ヒナタが戦わなくて良いように、俺が代わりに戦おう。
そう決心して、ユグドラシルに「よろしく頼む」とお願いする。そして、ヒナタに付いてもう一つ、気になっていた疑問も聞いてみる。
なあ、ヒナタが捨てられた理由ってなんだ?
俺の質問にユグドラシルとヨクトが無言となり、静寂が訪れる。
何を口籠もっているのかと鋭く睨むと、ヨクトが告げる。
『ヒナタは生まれて直ぐに、許されない罪を犯した。掟に従い、追放したのだ』
罪? 罪って何だ? まだ何も出来ない赤ん坊だったんだろ?
『同族殺し。ヒナタは生まれ落ちると同時に魔力を暴走させ、母であるキューレを殺してしまったのだ』
それでも、何も分からない赤ん坊なら……。
『この地で、同族を殺した者がどうなるのかご存じか?』
俺は頷く。
人が人を殺して、その姿をモンスターに変えた存在を見ている。かなり昔の話ではあるが、とても忘れられるような出来事ではなかった。
気が狂い、力だけを求めた者達の末路。
あれほど悍ましく、殺したいほど憎いと思った存在は初めてだった。
『同族を殺した者は、世界に呪われる。その効果は理性を失うほどの多幸感と膨大な力。一度殺せば、欲求を抑えられず求めて動いてしまう。それは、どの種族にも起こり例外は無い。故に、この地では同族殺しは禁忌としている。それは過去に住民の半数を殺し、ユグドラシル様にまで襲い掛かった悲劇を繰り返さない為だ。そこに老いも若いも関係無い』
産まれたばかりでもか?
『そうだ。どれほどの血筋であったとしても、例外は無い』
冷酷に言い放つヨクト。
その目には覚悟のような感情が見えた。
だったら、今もヒナタは禁忌を犯した者じゃないのか?
どうして受け入れた?
利用する為か?
そうだとしたら、俺は許さない。そう睨むように告げると、今度はユグドラシルが答えてくれた。
『うむ、ヒナタは禁忌を克服しおったのじゃ。流れ込む呪いを拒絶し、その力のみを己の物としおった。これは驚愕に値する。故に受け入れた。この地に留まり、英雄として戦ってくれておるのも、ヒナタの意思じゃ』
ヒナタは、ここを出ようとは思わなかったのか?
『最初こそ、ハルトらを探そうとしておったよ。しかしの、この地が襲われているのを見て、留まってくれたのじゃ。ヒナタには、感謝してもしきれん』
…………。
ヒナタの意思と聞いて、俺は何も言えなくなってしまう。
オリエルタを許しているというヒナタの意思。それを容認してしまった以上、都ユグドラシルを守るヒナタを否定することが出来なかった。
まったく、アマダチを使う度にその生命を削ってるってのに、何やってんだよ。
夜の世界に存在を限定したことで、消耗を減らせているそうだが、あの時、巨大な目玉を切り裂き、酷く消耗した姿を見るに、体力の減少の激しさは想像を絶するのだろう。
それこそ、命が危ないほどに。
今すぐヒナタに会って、二度と使わせないように説得したい。
だが、ヒナタはまだ夜の世界にいる。
今は昼だ。しかも最近なったばかり。
この時間がどれだけ続くかは分からないジレンマが、俺の心を焦らす。
『今回の昼は、お主の時間で四ヶ月は続くぞ。ヒナタと会うには、それだけの時間を待つ必要がある』
長い。
奈落の世界の時間の進み方はまるで理解出来ないが、ユグドラシルの言葉を信じるなら、もの凄く長い時を待たなければならない。
迎えにも行けず、ここで待つしかない。
どんなに足掻いても、時間を進めることは出来ない。ならば、大人しく待つしかないのだが、どうにも落ち着かない。地上に戻れと言われたが、そんなことをしている場合じゃないような気がして来る。
『焦っても何も変わらん。今は落ち着いて、地上に戻る準備をしおくのじゃ』
……そうだな。
悔しいが、ユグドラシルの言う通りだ。
ヒナタと再会するまで、俺に出来ることは無い。せいぜい、己の強化くらいだろう。
落ち着かない気持ちに蓋をすると、地上に戻るまでの間に何をやるべきか尋ねようとすると、ミューレがヨクトの隣に現れた。
そのまま胸ぐらを掴み、地面に叩き付ける。
『事の顛末はユグドラシル様より伺っている。だがな、貴様の罪が無くなったわけではない。それは理解しているな?』
ミューレが告げると、ヨクトは『ああ』と短く答えた。
さっきも言ったが、俺にはどうしようもない。
これは、ヨクトが起こしたことの責任の追求。都ユグドラシルの決まりを、今は部外者でしかない俺が口出ししていいものではない。
それに、ヨクトはこうなるのを望んでいるように見えた。
でもな、と思い近付こうと動く。
しかし、俺を見たヨクトに首を振って止められた。
その覚悟した目は本物で、ここで助けたとしても、本当の意味での助けとはならないだろう。
『他の者達は?』
『貴様の屋敷で拘束している』
『そうか、彼奴らは私の命令に従っただけだ。罪は無い、どうか慈悲を与えてやって欲しい』
『それは今後の調査次第だ……』
『詳細は守護者のアーカイブに送っている。そちらを確認すれば、主導したのが私だと分かるはずだ』
『何を言っている?』
『私にも矜持があってな、犯罪者ではなく、ユグドラシル様の守護者として終わりたいのだ』
地面にヨクトの魔力が染み渡る。
何をしようとしているのか察して、俺達は動き出した。
だけど、間に合わなかった。
下に生えていた草が鋭い針となり、ヨクトの全身を貫いたのだ。
馬鹿野郎⁉︎
地属性魔法を使い草を引き抜くが、ヨクトは即死していた。
急いで治癒魔法を使っても、傷が治るだけで肝心な物が戻らない。
駄目なんだ、治癒魔法じゃ死者は蘇生出来ない。
ユグドラシル⁉︎
だったらと、蘇生魔法が使えるユグドラシルを頼るが、首を振り否定する。
『ヨクトの思いを汲むならば、このまま我の元で眠らせてやるべきじゃろう……』
ユグドラシルは悲しそうに、ヨクトに寄り添うように告げる。
確かに、それがこいつの望みなんだろうさ。
だけどな、俺はそれが嫌いなんだよ。
誰かを思い不器用に足掻いて、最後は全部背負って行くんだろう。そりゃ、側から見りゃカッコいいかもしれないけどさぁ、ただの逃げだろうが!
なあユグドラシル、ヨクトの罰は生き恥を晒すってのでいいか?
『お、おい、何をするのじゃ』
ユグドラシルを無視して、ついさっき見た魔法を模倣する。
使うのはユグドラシルが使っていた蘇生魔法。
やれるかどうかは、やってみなければ分からない。でも、何となくやれる気がした。
あの時、リュンヌを蘇生した魔法が俺には理解出来たのだ。
だから使える。
蘇生魔法を使える。
そう信じて、魔力を込めて、帰って来るように願いながら魔法を行使する。
『まさかこれは……ユグドラシル様と同じ……』
背後で「キュ〜」という鳴き声が聞こえて来るが、今は無視だ。
この魔法は、治癒魔法とは似て非なるものだ。
治癒魔法が肉体を回復、治療するのに対して、蘇生魔法は魂とでも呼ぶべきものに働き掛ける魔法。どこにあるのかも分からない魂を探して、見えない空間に手を伸ばし続けているような感覚だ。その上、魔力消費も半端なく多い。
収納空間から蟻蜜を取り出して一杯。
クィーーー!!
気合いを入れ直して、再度ヨクトの蘇生に取り掛かる。
手応えはあるのに、掴みきれないこのもどかしさ。この手を掴んでくれたらと良いのに、まるで助かりたくないかのように手を伸ばしてくれない。
そこにあると分かっているのに、触れられない。
そんな感覚が俺を苛立たせる。
ならばと、通用するのか分からないトレースを使用する。
いつもいろいろと役に立ってくれているトレースである。だからきっと、今回も良い仕事をしてくれるだろうと期待した。
やっちまったな、こりゃ。
そして、失敗した。
魂がむき出しになっているせいだろう、ヨクトの感情が一気に流れ込んで来たのだ。
大切な者達と共にいれる喜び。
偉大な神と仲間への感謝の念。
力の無い己への怒り。
現れた希望に縋る思い。
希望が消えようとしていると知り、只々救われて欲しいという願い。
そして、新たに現れた希望に期待して、命を散らせる選択をした。
もしもシャットアウトしなければ、記憶まで流れてきたかも知れない。他人の記憶なんて見たくもないから、危ないところだった。
というか、こいつもヒナタが危ないのを知っていたんだな。
知って、俺に託そうとしやがった。
ったく、ふざけんなよ。
何で、こいつに託されなきゃいかんのだ。そんなにユグドラシルを大切に思ってんのなら、自分で守れよ。
俺がここを守る理由はな、ヒナタ以外にないんだよ。それ以上なんて必要無い。守る物が増えたら、俺じゃ抱えきれなくなる。都ユグドラシル全体なんて、俺の手だけじゃ無理だ。
だったら、こいつにも手伝ってもらわないとな。
どんなに拒絶されようと蘇生させる。
覚悟しろよ。
ーーー
暗闇の中を漂うような感覚。
何も見えず、何も感じず、ただ溶けて己が無くなっていくような恐怖。
ヨクトは怖がっている己を自嘲する。
思えば、生まれてこの方ずっと世界樹ユグドラシルを眺めていた。
物心付けば、偉大な存在を崇拝するようになり、ただ祈りを捧げていた。いずれは守護者となり、ユグドラシルを守る役目に就こう、そう考えていた。
それが当たり前で、何も疑問に思わなかった。
それから少し成長して、他種族との交流を深めてから始めて知る。
守護者になれるのは、一握りの優秀な者のみであると。
そして、誰もが目指しているわけではないと知った。
余りにも狭き門。
それに、守護者になる種族のほとんどが天使であり、次点でエルフが続いている。それでも、百分の一以下の数。
全ての天使族は、生まれたときから守護者となる運命を背負っていた。
ヨクトはそれを羨ましいとは思わなかった。
他の種族には選択の自由があるのに、彼らには最初から決められたレールしかない。
彼らはその運命を不幸とは思わないだろうが、ヨクトの目には余りにも不憫に見えた。
そんな天使族とエルフ族は余り良い関係ではない。
歪み合っているとかではなく、単にユグドラシルの近くにいるのが天使族ということで、エルフが一方的に嫌っているだけだった。
ヨクトもその風習に則り、表面上は嫌っているふりをしているが、これまで一度たりとも文句を言ったことはなかった。
そんな彼らを見ていると、興味が湧いた。
どのような日常を送っているのか、どのような訓練行っているのか、どのように家庭を築いているのか知りたかった。
ヨクトは元々、研究者気質のところがあったのかも知れない。
天使族と同じように鍛え、知り、種族に合った訓練法を確立して行く。
これには長い年月を掛けたが、この訓練法のおかげで天使族以外の守護者の数が増えた。そして、ヨクト自身も守護者となり、第四位という実力を身に付けていた。
守護者となり、多くを育てた。
最高傑作と呼んでいいのは、妖精族のオベロンだろう。
素晴らしい才能を持っていたが、妖精族特有のいい加減な性分。それを徹底的に改善し、鍛え上げた。
その成果もあり、ヨクトを捕らえる役まで任されるようになっていた。
オベロンは騙されてくれただろうか?
あいつは聡いから、最初からバレていたかも知れない。
まあいいか。
そうヨクトは締めて、微睡に身を任せる。
あの者がいれば、ヒナタは助かる。
希望は繋がる。
だから、何も思い残すことは無い。
これで終わり。そうなるはずだった。
目の前を光が通る。
その光は希望の光。
光からヨクトを蘇生しようという意思が感じられ、思わず手を伸ばしそうになる。
しかし、ここが引き際と決めていたヨクトは、深く深く沈んで行く。
このまま沈んでいけば、何もかもが消えて無くなるだろう。
それでも、残る物はある。
だから満足して沈んで行く。
はずだった。
どこぞの太った真の英雄が、最大限の蘇生魔法を使ったのだ。
その効果はヨクトの意志を無視して、強制的に魂を掬い上げ治療していく。
……乱暴な。
独り言を言ったつもりだったが、どうやら聞こえていたようで、
「一人だけ逃げんな馬鹿野郎」
誰かに罵倒されながら光に包まれる。
そして、その魂は碌に抵抗もできず元の肉体に戻された。
それはまるで、奇跡を押し付けているかのような光景だった。