奈落66(世界樹25)改
「……ブル」
フウマはどうしたらいいのか悩んでいた。
目の前では、ミューレに槍を突き付けられているヨクトがいる。ヨクトはミューレを睨み付けており、怒りを覚えているようだった。
「ブル……」
フウマの心情的には、ぶっちゃけ、エルフに傾いていた。
ヒナタの話は抜きにして、少しだけ申し訳ない気持ちになってしまったのだ。
ヨクトが怒りを覚えているのは、ユグドラシルというより田中の方だ。どれだけ見向きされなくても、ユグドラシルへの忠誠は変わっておらず。ただただ、やり方を間違えてしまっただけだった。
普通に訴えても、何も変わらないと思ったのかもしれない。やっても無駄だと思ったのかもしれない。
それは、ここに来て日の浅いフウマには分からなかった。というか、そんな頭はなかった。
ただ、どうしてもヨクトが悪い奴に見えなかった。
これは直感のようなもので、ヨクトに別の目的があるとか考えてもいない。
「ブルル」
『フウマ殿?』
そもそもの話、事の原因はフウマの主人だ。
だから話をするのなら、直接あのデブ野郎と話をした方が蟠りも無くなって良いのではないだろうか。
というわけで、フウマは動き出す。
「ヒヒーン!」
『またか⁉︎』
フウマから風が吹き荒れ、ミューレはまた癇癪を起こしたのかと警戒する。
しかし、フウマはヨクトを捕獲すると、一気に空へと舞い上がった。
『なっ⁉︎』
ヨクトが驚愕の声を上げるが、そんなのは関係ないと「ブル!」と嗎声。
それから主人がいるであろう場所に向かって駆け出した。
ーーー
ああ、どうしようもなく腹が立つ。
人が悩んでるっていうのに、下では俺が諦めた理由で馬鹿騒ぎしている。
『あやつらも、ヒナタを思って行動しておる。それを否定してやるな』
違うな、あいつらは馬鹿騒ぎしたいだけだ。
ヒナタの迷惑なんて、なんにも考えていない奴らなんだよ。
『ハルトが言うと、説得力が無いのう……』
やかましい。
『おいどこ行くのだ⁉︎』
ストレス解消。
蔦だらけの浮島の端に向かい、そこから飛び降りようとして、グフッ⁉︎ とフウマに轢かれた。
なんじゃいこの野郎⁉︎
文句を言いながら起き上がると、フウマの隣にギチギチに拘束されたエルフがいた。
立派な服装なのに、まるで拷問器具に縛り付けられたような格好をしている。唯一動くのは目だけのようで、必死に何かを訴えているようだった。
俺はその意思を、なんとなく読み取ってしまう。
殺してくれ。
彼の目はそう力強く訴えていた。
……何があったか知らないが、そこまで追い詰められた君を救う方法を俺は知らない。
でも、楽にする方法は知っている。
魔力を練り上げて、その覚悟を決めたような目を消そうと石の槍を作り上げる。
『馬鹿者⁉︎ 何をやろうとしておるのじゃ⁉︎』
ストレス解消。ていうのは冗談で、フウマ丁度いいところに来た。少し手伝え。
「ブル?」
魔力の波でエルフを解放すると、フウマに跨って指示を出す。
目標は下の群衆。
さあ行こうとすると、驚いているエルフの顔が映る。
お前達が何をしたいのかなんて知らん。何か目的があってやったんだろう。ただな、俺を巻き込むんじゃねー! おかげでストレスマックスなんだよ! 後で殴り飛ばすからなこの野郎!
そう告げて出発。
下にいる群衆を見たフウマは、俺がやりたいことを理解してくれたようだ。
「ヒヒーン!!!!」
大きく嗎声いて黄金に輝きだす。
姿をサラブレッドに変えて、大きく足を踏み鳴らす。
ドンッ‼︎ と世界を震わせるような振動が広がり、群衆は動きを止めて上空を見る。
「アマダチ」
それに合わせて白銀の大剣を生み出し、群衆を威嚇する。
力は正義だ。
力があればなんだって出来る。
そんな世界だったら、俺は苦労しなかっただろうな。こんなにムカついて、八つ当たりをする必要なんてなかったはずだ。
まったく、誰かを思う心ってのは難しくて困る。
俺は群衆に向かって告げる。
やめろや馬鹿野郎どもー‼︎
ヒナタをダシにして暴れてんじゃねー‼︎
オリエルタを殺したい気持ちは分かるがな、ヒナタが許してんだよ! テメーら部外者が口出しすんな‼︎
ヒナタを助けたいって思ってんなら黙ってろ! あいつが心配するようなことをすんな! あの馬鹿が守ってんのはな、お前らを、ここを大切に思っているからなんだよ‼︎
そんなお前らが、過去のことを蒸し返してんじゃねーよ! ヒナタが困るだろうが‼︎ 殴り飛ばすぞこの野郎!
あいつが大切に思ってるお前らが、あいつを裏切るなら俺が相手してやんぞ! 分かったかこの野郎‼︎
大声を出してテンションが上がった。
おかげでオリエルタを許しているようなことを言っちまった。これじゃあ、俺はもうオリエルタを殺せない。八つ当たりも出来ない。
ああ、くそ。
悔しくなって、頭を掻きむしりたい衝動に駆られる。
ムカついて、空いた空間にアマダチを力任せに放った。つもりだった。
いや、これはもう、うっかりだった。
そうとしか言えないほどうっかりだった。
アマダチは、さっきまでいたボロボロの浮島を通過して空に消えてしまったのだ。
……あっ。
アマダチにより斬られた浮島は、真っ二つに別れて落下を開始する。
……。
その様子を現実味がなくボーッと見ていると、下から悲鳴が上がる。
あっやっべ⁉︎
フウマの腹を蹴って移動しようとするが、そのフウマは白い目で俺を見ていた。
仕方ねーだろやっちまったもんは、早く行かなきゃ落ちてくんだろう。
「ブルル」
今、俺が一番迷惑かけてんじゃねーかって?
…………あっ、島が落ちて来てる⁉︎ 早くどうにかしないと⁉︎ ほら、早く行くぞ。
今度は強めにフウマの腹を蹴って、行けやおらー! と急かせる。
まったく、正論パンチやめろっての。何も言い返せないだろうが。
仕方ないなと、落下する浮島に向かうフウマ。
巨大な質量の浮島。
俺が戻った時には何故かボロボロになっていたが、それでもその大きさに変わりはない。
浮島に向かって手を翳す。
さっきまであったユグドラシルの魔力は消えており、空っぽの状態になっている。
別の場所から魔力が伸びて来ており、浮島を制御しようとしているようだが、浮島は魔力を受け付けていない。
その原因はアマダチだ。
アマダチの効果で、俺以外の魔力を寄せ付けないよう妨害している。
ユグドラシルが魔力を送り続ければ、浮島を制御出来るようになるだろうが、その頃には落下しているだろう。
だから、俺が浮島を掌握する。
ありがたいことに、浮島にはまだ土が大量に残っている。それらを支配下に置き、空中を浮遊させるのだ。
消し飛ばす案もあったけど、それは流石に自重した。自分で落とした上に消し飛ばすとか、それもうただの破壊者ですやん。
魔力を伸ばして、その大地を俺の支配下に置く。
一度はやったのもあり、かなり簡単だった。だけど、
「リミットブレイク」
浮かせておくのが思っていたよりも難しい。というより重い。リミットブレイクを使わないと、結構大変だ。
とまあ、ここまではいいのだが、これをどこにやるかが問題だった。
どうしようかと悩んでいると、不機嫌なユグドラシルが目の前に現れた。
『馬鹿もん! 何をどうやったら浮島に止めを刺すのじゃ』
えっと、違うんだって……なんというか、うん、ごめん。
なんとか誤魔化せないかと考えたけど、事が事だけにしらばっくれることも出来なかった。
『ごめんで済んだら守護者はいらん。その残骸は我の根元に持って行け、そこで再生するからの』
おお、元に戻るのか⁉︎
『浮島はの。ただ、そこに建っていた物までは戻らんがの』
それなら大丈夫、俺には関係ないから。
そう告げると、フウマが気まずそうに「ブル」っと嗎声いた。どうかしたのか? と問い掛けるが、フウマは無視してユグドラシルが指し示した世界樹の麓に移動する。
ググッと力を込めながらの移動だったので、中々疲れた。
巨大な浮島は、世界樹の枝に引っ掛かる形で着地した。まるで山が乗っているような光景に、改めて現実離れしてんなぁって思った。
そんな感想を浮かべていると、フウマに拘束されていたエルフが、壊れた浮島から降りて来た。
どうやら彼は、浮島に残っていたようである。よかった。アマダチで死なないでくれて良かった。殴り飛ばしてやるとか言っちゃったけど、別に死んでほしいわけじゃないのだ。
そう安堵していると、彼は何やら話を始めた。
どうやら、このエルフがオリエルタの話を広めたのには理由があったらしい。
その目的は、俺との確執を解消する為。
元々ヒナタが捨てられたという事実は、一部の者にしか知らされていなかった。それを俺が知ったらどう行動するのか知りたかったらしい。
もしも、話を聞いてオリエルタを許すのならそれでいい。ヒナタを蔑ろにされたのを怒り、被害を出すのなら最小で抑えられる。その為なら、エルフの守護者の命を全て差し出すつもりだったようだ。
あの群衆にヒナタを捨てたのを教えたのも、この地にはヒナタを思う者がいるのを知ってほしかったかららしい。
そうすれば、何の罪の無い者達に被害が及ぶことはないと考えてだという。
どうしてそこまでするんだと尋ねると。
『我らはユグドラシル様の守護者だ。あの御方に危険が及ぶのを、黙って見過ごせるはずがないだろう?』
そう苦笑を浮かべたエルフの彼は言う。
俺はそこまで暴れるように見えるのか?
『そうではない。子供が殺されそうになり、理性を保てる親はいない。だからこそ、危険を承知で貴方を試す必要があったのだ。残念ながら、天使共には理解出来ないようだがな……』
それに、貴方は暴れただろう? そうエルフの彼に言われて、何も言い返せなくなった。
気まずくなって視線を神殿の方に向けると、そこにはユグドラシルが立っていた。
『まったく、不器用な者が多過ぎじゃ』
呆れたように言っているが、お前に言われたくねーよと思った。