奈落63(世界樹22)改
魔力を高め、リュンヌと睨み合う。
魔法の発動はわずかにリュンヌが早かった。
俺は魔法を放つと同時に、右足と右腕が光に貫かれる。これでも、避けようとした。だが、余りの速さに、置き去りにした右側が焼かれてしまったのだ。
チッと舌打ちをして、即座に治癒魔法を使う。
そして、ドウッ‼︎ という衝撃が駆け抜けて、黒い液体が空から降り注ぐ。衝撃が発生した場所は、バチバチと帯電しており、濃密で暴力的な魔力に汚染されていた。
しばらくするとリュンヌの魔法によって暗かった空間にも光が戻り、何とも言えない静寂が訪れてしまった。
…………。
……あの、リュンヌさん?
俺の魔法が直撃したリュンヌは、見事に爆発四散した。
四散した結果、黒い液体が周囲に降り注いだのだ。つまり、周りの黒いシミは、リュンヌだった物だったりする。
えっと……意識あります?
黒いシミに問い掛けるが反応は無い。というか、生きているのかどうかも不明だ。
唯一の救いといえば、黒いシミには魔力が宿っているという点だろうか。
もしかしたら、リュンヌの意思そのものが消し飛んだ可能性があるが、大丈夫だと信じたい。
……あの、いい加減元の姿に戻ってもらっていいですかね⁉︎
ちょっと不安になって来たでしょうが‼︎
……え? マジでやってしまった感じ?
これまで不死身のように復活して来たから、核さえ無事なら大丈夫だと思っていた。だけど、そうじゃなかったようだ。リュンヌの肉体は復活してくれない。
どうやら、御臨終してしまったようである。
なんて思ったら、剣を握った黒い塊が俺の背後に現れた。
振り向きながら剣を受け止めると、これまでにないほどの軽い感触が返って来た。
『今のは危なかった。まさか、魔力の余波で再生出来なくなるとは……』
リュンヌの思念が流れ込んで来るが、形は黒い塊でしかない。天使の姿を形作れないほど、リュンヌは消耗しているのだろう。
これ以上の戦闘は無理だと理解して、リュンヌは剣を下ろす。そして、残念そうな思いが届く。
『元に戻るまでには時間が掛かります。残念ですが、ここまでです』
黒い塊の姿だが、リュンヌの苦笑した表情が思い浮かぶ。
そんなリュンヌに、元の場所に戻してくれとお願いしようとすると、リュンヌの体から刃が生えた。
『っ⁉︎』
一目見て、美しいと思える刀身。
日本刀のような刃文が波を打っており、刃こぼれ一つなく観賞用とさえ思えるような名刀。
それが何も無い空間から伸びて、リュンヌの腹を突き刺していた。
刃は上に向かってゆっくりと動き、最後は一気に振り抜かれた。
両断されたリュンヌは、まるで液体になったかのようにパシャリと広がり、砂漠に滲んで行った。
リュンヌを斬った刀がスッと下がると、刃の通った軌跡が裂ける。
そして、それは姿を現す。
機械仕掛けの頭部。
額から伸びた短い四本のツノ、赤いランプ目が前に四つ、後ろに四つ。鼻や口は見当たらず、丸みを帯びた頭部は白と紫で配色されている。それを支える首元は、心許ないほどに細い支柱しかなく、コードが二本伸びているだけだった。
身体は人型を模している。
腰部は細くなっており、人であれば理想的な体型をしており、武装は下半身と腕のみで、上半身は刀一本という立ち姿だった。
見ようによっては、SFに出て来るパワードスーツ。そんな少年心をくすぐるデザインを敵はしていた。
そんなデザインとミスマッチな刀を、俺に向けて無造作に一振り。
不可視の刃が迫るのを感じ取り、即座に上半身を逸らして避ける。
まさか避けられるとは予想していなかったのか、動きが止まりこちらを観察するような視線を感じる。
そして、俺を標的と見定めたようで、四つのランプか赤く点灯した。
恐ろしい速度で迫る剣閃の群れ。
チッと舌打ちをすると、こちらも風の刃で対抗する。
ギギギッ‼︎と甲高い金属音が連続して鳴り、互いの刃を打ち消し合い、衝撃が辺りを駆け抜ける。
近距離でやったこともあり衝撃に押されて後退するが、それは彼方も同じ。
体勢の崩れたパワードスーツに向かって、砂を操り一気に覆い隠す。そして、押し潰そうと試みる。
砂で視界を覆い隠した瞬間、空間の切れ目が横に現れ、そこから切先が迫っていた。
くっ⁉︎と首を捻って避けようと足掻いても間に合わず、こめかみから左目にかけて斬られてしまう。
しかもそれだけではない、刀から黒炎が上がり傷口を焼く。そこから更に燃え広がり、顔から振り払おうとした腕、体に下半身と全身に黒炎が燃え広がる。
呼吸ができず苦しくなり、嫌な感じが体の中に入り込んできて自由が奪われそうになる。
それに対抗しようと治癒魔法で回復させるが、治療した側から燃やされてしまう。
そして勿論、パワードスーツの野郎は見逃してくれない。
覆っていた砂を蹴散らしたパワードスーツは、俺に止めを刺そうと刺突を構えて接近する。
黒い炎が宿った鋭い突き。
首元を狙われており、これを食らえば体の内側から炎で焼き尽くされるだろう。
それは流石に勘弁してくれと、迫る刺突をパンッ!と真剣白刃取りで受け止める。更に魔力を波立たせて、黒炎と体内の嫌な感じを霧散させる。
よう、とパワードスーツに向かって挨拶をすると、剣を捻ってへし折る。続けてへし折った切先を、パワードスーツにお返しだと突き立てた。
しかし、キンと音が鳴り、お返しした切先は頑丈なボディに阻まれてしまった。
気持ちドヤ顔のように見えるパワードスーツ。
今度はそのボディにドッと拳を打ち込み、その装甲を凹ませてぶっ飛ばす。
ふざけた奴だ。こちとら今の炎で服が燃えて全裸になったってのに、余裕ぶっこいてんじゃねーぞボケ!
治癒魔法で焼かれた体を治療しつつ、石の槍を作り上げ五つの魔法陣を展開。パワードスーツが着地する寸前に発射し、着弾する……かと思いきや、パワードスーツを通り抜けて遠くで爆発四散した。
何が起こったのかというと、またもや空間が切り裂かれ、石の槍が飲み込まれてしまったのだ。
こいつはやり難い。
負ける気はしないが、こちらの魔法攻撃をしっかりと見切っている。
接近戦ならば、倒しきる自信はある。だが、今の攻撃で彼方がそれに応じるとは思えなかった。
立ち上がるパワードスーツの両手には二本の刀が握られており、先ほどへし折った刀はどこにも見当たらない。
ダメージを与えたはずの装甲も元に戻っているので、こいつも自己再生能力があるタイプなのだろう。
厄介、とまでは言わないが時間が掛かりそうだなぁとうんざりする。
ところで、リュンヌは無事だろうか?
死んだとは思えないが、あれだけ消耗していたら、そう簡単には復活出来ないかもしれない。
そうなると、元の場所に戻るまでに、結構な時間が掛かるかも知れない。
ったく、余計なことをしてくれた。
全裸の俺は、全身に力を漲らせて構えを取る。
徒手格闘を習ったことはなく完全に独学だが、数多の戦いの中で俺なりに昇華させた技術はある。
結局は体と魔力の使い方。
人の体は腕二本足二本しかなく、拳や蹴りに力を乗せるのも限界がある。関節技なんて人相手にしか通用しないのは、ガンド相手にバックドロップを仕掛けて理解した。
だから、この鍛え上げた肉体に暴力的な魔力を最大限に乗せて、力こそがパワーでジャスティスだと証明してやろう。
さあ行くぞ!
そう一歩踏み出そうとすると、光が煌めき、刀が振り抜かれたる。
爆風が上がり砂埃が舞い上がる。
上空を見ると、光を使って攻撃した黒い塊の姿が見えた。どうやらリュンヌは復活していて、攻撃のタイミングを見計らっていたようだ。
だが、リュンヌの光はパワードスーツの刀で切り裂かれて無効化される。
更に連続して光が降り注ぎ、パワードスーツを攻撃して行く。光を斬り裂く技術は流石と言う他なく、おおよそ人の肉体では不可能な動きをしている。
これはチャンスだな。
地属性魔法で砂漠を操り、パワードスーツの関節部を固定して束縛する。いきなりの出来事に反応出来なかったようで、完全に動きが硬直した。
一際大きな光が降り注ぎ、パワードスーツを焼いて大爆発。突風が辺りを駆け抜けていき、その威力の凄まじさを物語る。
風を操り突風をやり過ごす。
そして、爆心地を見ると、そこには巨大なクレーターが出来ており、中心地には無傷のパワードスーツが立っていた。
そう、無傷だったのだ。
寧ろその装甲の輝きが増したようにも見える。
これってもしかして……。
『くっ⁉︎ 力を吸収するタイプか!』
そう結論に達したのはリュンヌも同じだったようで、パワードスーツが面倒な奴から厄介な敵にランクアップした瞬間だった。
クレーターの中心で、黒い炎が燃え上がる。
先程までのパワードスーツよりも圧倒的に力が増しており、まるで別物である。その肉体も俺より少し大きいくらいだったのが、倍くらいに膨れ上がっている。
大きく後退して剣閃を避ける。
動きも圧倒的に速くなっており、初動を見ていなかったら避けられなかったかも知れない。
姿が見えないはずなのに、砂漠を切り裂いて剣閃が迫る。
威力も跳ね上がっているようで、風の刃をぶつけても圧倒されてしまう。
後退しながら避けるが、一方的にやられてたまるかと百を超える石の槍を作り出し応戦する。
風でダメなら土で対抗だ。
俺は地属性魔法の方が得意だし、威力も圧倒的にこちらの方が強い。
全ての槍の前に魔法陣を展開する。
流石に数が数だけに二つが限界だが、案外やれるもんだ。
種類は誘導と爆発。速度上昇も付与したかったが、動きながらではこれが精一杯。
お返しだと発射すると、剣閃を避けパワードスーツがいるだろうクレーターの中心地に着弾。
と同時に目の前の空間が裂ける。
ちっと舌打ちをして、裂け目から現れた石の槍を防ぐため、即座に石の壁を作り上げる。
そして着弾。
爆音が鳴り響き、己の魔法の威力をこの身で体験してしまった。
石の壁は即席で作り出したのもあり、頑丈さが足りておらず一瞬で崩壊。地中に逃げるが、完全に避け切るのは不可能で爆発の余波をモロに受けてしまった。
まともに食らっていないのもあり、大したダメージにはなっていないが、三半規管がやられてしまい足に力が入らず、ふらふらとしてしまい上手く立ち上がれない。
治癒魔法で治療するにしても数秒は掛かるので、目の前に迫るパワードスーツに対処するのは難しい。
だから、一度だけ攻撃を受けようと構える。
腕で首と頭部守り、他はどうにでもなると覚悟を決めてスキルに集中する。
はっきり言って、パワードスーツの攻撃は脅威ではない。剣閃と空間を切り裂くのは素晴らしいとは思うが、一撃で俺を殺し切れないと断言できる。
勿論、時間を掛けて何度も斬られたら話は別だが、今は一度耐えれば動けるまでに回復する。
だから問題ない。
ただそれは、俺の感覚の話であって、第三者からそう見えるかというとそうではない。
きっと俺は動けなくて、ピンチな状況に見えたのだろう。
リュンヌが俺を庇うように現れ、ほとんど力の残っていないその身で一撃を受けてしまう。
「キュハ⁉︎」
これまで、どれだけ攻撃を受けようとリュンヌは平気そうにしていた。それなのに、今悲鳴を上げている。
明らかに異常事態。
更に黒炎が上がり、リュンヌを包み込んでしまう。
リュンヌ⁉︎
動けるまでに回復した体で、パワードスーツを殴り飛ばしてリュンヌを救い出す。
黒炎の魔力に干渉して消し去ると、急いで治癒魔法を使って回復させる。しかし、回復する兆しが見えない。
トレースしてみると、嫌な予感が当たった。
リュンヌの核に傷が入っており、生命力とも呼べる力が抜けて行っているのだ。
これは、治癒魔法では治療出来ない。延命が精々だ。
少し待ってろ。そうリュンヌに告げると、パワードスーツを倒す為に動き出す。
迫るパワードスーツの攻撃を避け、全力で拳を打ち込む。
ゴンッと衝撃音が鳴り、装甲を破壊する。
しかし、即座に補修されてしまい、元の装甲に戻ってしまう。
ならばと、一気に距離を潰して連続して拳を打ち込む。
パワードスーツが黒炎を全身から吹き出し、俺を引き離そうとするが、そんなもの関係ないと魔力の波を立たせて無効化する。
やがて、パワードスーツの装甲が完全に砕け散ると、中にある核部分を掴み、握り潰して破壊した。
パワードスーツは動きを止め、その場に膝を突き機能を停止する。刀は魔力によって作られた物だったのだろう、魔力を失ってボロボロと崩れ落ちてしまう。
ようやく終わったと安堵する暇もなく、リュンヌに駆け寄るとその身に手を添える。
感触はぐにゃりと、まるでスライムのようで、先程までと変わっていた。再びトレースを使って調べると、生命力が著しく減っており、このままだと間違いなく死ぬ。
おい、どうやったら治せる?
どうやったら、その欠けた核を戻せる?
『……申し訳ありません、私がミスしたばかりに』
そんなのはいい。
それで、どうしたらいい?
どうやったら助けられる?
『ユグドラシル様ならば、修復出来るはずです』
そうか、なら早く元の場所に戻せ。
ユグドラシルの所まで連れて行ってやる。
『……直ぐに……結界……を』
リュンヌの意識が遠ざかって行くのを感じる。
治癒魔法を使っているが、まるで間に合っていない。延命くらい出来ると思ったのに、役立たずだった。
自分の不甲斐なさを歯痒く思っていると、もっと不快なことに、倒したはずのパワードスーツが起き上がり、こちらに向かって来ていた。
砕いたはずの装甲も元に戻っており、武器の刀も握られていて、こちらを見定めると一気に動き出した。
「アマダチ」
空間を切り裂かれるよりも早く、アマダチで斬り裂きパワードスーツに止めを刺す。
魔法の力を取り込むようだが、その間も与えない太刀で始末すれば問題ない。
縦に別れたパワードスーツは砂漠の上に倒れ、二度と動き出すことはなかった。
こんな時に邪魔すんじゃねー‼︎
様子見で相手をして、余裕ぶっこいて服を燃やされてしまったが、パワードスーツの強さはリュンヌよりも下だ。
相性でリュンヌは梃子摺ったとしても、持久戦に持ち込めば勝つのはリュンヌである。
パワードスーツが永遠に回復し続ける奴なら話は別だが、恐らく魔力が切れるとそこで終わりだろう。
だから、勝つのはリュンヌだ。
まあ、それはもういいとして、早く戻らないとリュンヌが死んでしまう。
リュンヌしっかりしろ!
早く元の場所に戻るんだ!
俺の呼び掛けにリュンヌは反応する。
空間にヒビが入り、ガラスが割れるように世界は暗闇に飲み込まれる。そして、瞬きする間に元の場所? に戻っていた。
なぜ疑問系なのかというと、足元に木の根がびっしりと敷き詰まっていたからだ。
まあ、それもいいとして、早くユグドラシルのところに向か……リュンヌ?
黒い塊から生命力を感じられなくなっていた。
抱き上げ治癒魔法を全力で使っても、何の反応もない。
リュンヌだった物はだんだんと溶け出し、俺の手には傷付いた核だけが残されていた。
ーーー
リュンヌ・アーベント
存在を昼に固定した天使であり、最強の守護者。暗黒結界という、奈落の各地に設置したポイントに飛ばす特殊な結界を作り出す。結界から出るには、リュンヌを殺すか夜の世界まで粘るか、設置された千箇所以上のポイントを突破するしかない。
黒髪の天使。いつも目は閉じており、瞼を開くと黒一色の瞳が覗く。可愛いもの好きで心配性。
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対天使用ゴーレム試作機 (パワードスーツ)
刀を持ち、空間を切り裂いて移動し、黒炎を操るゴーレム。装甲は厚く頑丈で魔力がある限り再生する。核は六箇所に存在しており、一つでも残すと時間を掛けて再生する。力を与えられたせいで、自我が芽生えた失敗作。
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