奈落62(世界樹21)改
リュンヌに捕まって長い時間が経った。
今は砂漠の世界にいる。
いろんな場所に移動して、その度に現れるリュンヌを倒していっているが、まったく手応えがない。
何度も倒しているリュンヌが偽物かというと、そうでもない。しっかりとした意思は伝わるし、生命力らしき物も感じる。しかし、偽物でないとしたら、百を超えるリュンヌという存在は何なのだろうという話になる。
正直、分からない。
分からないが、大元らしき物は見えて来た。
見えて来たというよりも、それはリュンヌ自身だったが。
最初は分からなかったが、リュンヌを倒す度に一部が消えているのに気付いた。
空間把握を意識して違和感を覚えるレベルの誤差で、リュンヌを倒すと同時にトレースで解析して判明したのだ。
『貴方は一体何に怒っているのですか?』
動きを止め、俺を真っ直ぐに見つめるリュンヌに向かって、石の槍を飛ばす。それは簡単に避けられてしまうが、別に構わなかった。
……うるせーよ。オリエルタに落とし前付けたら、俺はそれでいいんだよ。
『……そうですか』
黒い瞳が、俺の内心を探っているようで居心地が悪かった。
ああ、分かってるよ。
これが単なる八つ当たりだってのは、俺だって気付いてんだよ。
ヒナタを見つけた時、俺は一度ヒナタを見捨てた。
奈落からの脱出手段を探していたのもあるが、余計な物を背負うのは危険だと判断しての選択だった。
……いや、これも言い訳だな。
あそこでフウマが止めなければ、たとえモンスターに襲われていたとしても見捨てていたかも知れない。
その可能性が頭を過ってしまい、どうしようもなく怒りが湧いて来てしまうのだ。
これはオリエルタに対する怒りと、俺自身に対する怒り。それらが混ざり合って歯止めが利かなくなっていた。
チッと自分の内心にムカつきながら、リュンヌの攻撃を避けると接近する。剣に炎を宿して双剣を薙ぎ払い、リュンヌを腕を掴むと魔力に干渉して動きを阻害する。
『なにをっ⁉︎』
突然の行動に驚いているリュンヌだが、そんな反応を無視してその肉体をトレースする。
見つけた。
俺はそう呟くと、リュンヌの腹部に手を突き刺した。
『っ⁉︎ まさか!』
そして目的の物を掴むと、リュンヌの腹から引き抜いた。
その手が掴んでいたのは、野球ボールくらいの黒い球体。色の割に清浄な気配を放っており、大量の魔力を内包しているのを感じ取る。
『返せ! それを返せ!』
焦り叫ぶリュンヌから引き剥がし、距離を取る。
すると、リュンヌの体は黒く染まり、ドロドロと形を失い溶けていく。
その溶けた黒い物は地面に広がり、姿を消してしまった。
……終わったか?
なんてはずもなく、黒い球体から再び黒いドロドロとした物が溢れ出しリュンヌを形造る。
先ほどの反応を見るに、この手の中にある球体が本体で間違いないだろう。
だから、リュンヌが完全な形となる前に、今度は俺の服を操作して拘束する。
「キュッ⁉︎」
布の一部がリュンヌの体と交わり、より強固にその身を拘束する。
拘束したリュンヌの姿は、見た目だけとはいえ、なかなかに際どいものになっており、中身を知らなければ興奮していたかも知れない。
守護者が身に付けていた装備は無く、黒い布で全身が覆われ、俺の白い服で腕、足、腰、首を拘束されている。しかもそれは外側だけでなく、内側にまで入り込んでいる。
この体が作り物だと知らなければ、俺は即座に拘束を解いていたと思う。
さあ、これで決着だ。
もう十分だろ?
『まだです! まだ貴方を戻すわけには⁉︎』
核を引き抜かれピンチのはずなのに、引き下がろうとしない。それだけ、ヒナタとの約束が大切なのだろう。もしくは、単にオリエルタを死なせたくないかだ。
そんなリュンヌに、核から手を離し返却する。
『……何を考えているんです?』
俺は別に、あんたを殺したいわけじゃない。
それは、あんただって同じだろう?
関係のない奴を巻き込むのは、俺だって本意じゃないんだよ。
『オリエルタを、諦めてはいただけませんか?』
…………。
『もう少し……ですか?』
今はまだ、整理が付いていないんだよ。
『では、整理が付くまで全力でお相手いたしましょう』
……お前、戦いを楽しんでないか?
リュンヌは微笑みながら剣を手に取る。
実は戦闘狂だったりしないよな? とリュンヌの性癖に戦々恐々としながら、俺も剣を握った。
倒す度に場所を移動するのは、結構厄介だったりする。
得意なフィールドならいいのだが、水の中だったりすると結構しんどい。呼吸という行動が天使も必要だから、深水もリュンヌが生きていられる深さで設定されていた。これが、鰓呼吸可能で、もっと深い所まで潜れる奴だったら危なかった。たぶん、水の中で死んでたと思う。
場所を変えるというのは、それだけ強力な手段だったりするのだ。
とはいえ、俺はリュンヌのこの能力をそこまで警戒していない。
何故なら、リュンヌが生きていられる環境は、俺にとって問題なく生きていられる環境だからだ。
環境の変化には戸惑いはあっても、似たような経験は以前にもしている。寧ろ、以前の方が、怪獣のような奴らと接触しているので危険だった。
はっきり言って、生ぬるい。
残念ながら取るに足らない。
俺を相手に戦えているのは、俺にリュンヌを殺す気がないからだ。現に、リュンヌもそれを自覚した戦いをしていた。
そう、これまでは。
『ふふっ、全力でぶつかれるのは、ヒナタ以来ですね』
笑みを浮かべたリュンヌの技は、これまでよりも数段冴えていた。
砂漠の一部に闇を作り出し、複数体のリュンヌが生み出される。まるで、残りの魔力を無視した攻撃手段。恐らく、俺に殺意が無くなっているのを見て、容赦しなくなったのだろう。
いやいや、何テンション上げてんの⁉︎
俺が落ち着くまで相手するんじゃないのかよ⁉︎
『ええそのつもりです。現に、この程度ではハルト殿には届きませんでしょう?』
剣を持ち、俺を殺そうと何人ものリュンヌが迫って来る。
それを砂を操り圧殺し、剣で撫で斬りにして葬る。下がりながら首を跳ね、背後から迫った奴を風の刃で切り刻んだ。
攻撃を避けて反撃し、俺が攻勢に出ると、リュンヌは数を増やして攻撃の手数を増やして応戦する。
そんな風に相手をしていると、離れた所で魔力の高鳴りを感じ取る。
おいおい、それは流石にきついぞ。
離れた所では、リュンヌが翼を広げて空中に滞空しており、魔力を集中させ高めていた。
『私の全力を受け止めて下さい』
まるで告白するようなセリフを吐くリュンヌ。
魔力が解放され魔法となり、世界から光が消えて闇に染まる。
また闇に飲まれたのかというと、そうではない。リュンヌがこの世界から光を集めているのだ。
ああ、確かにそれは危険だな。
暗闇の中で、一点に光を集めるリュンヌを見て脳内に警笛が鳴る。
これまで戦ってきたモンスターと遜色ないプレッシャー。内包する魔力も申し分なく、十分に俺を殺せそうな力だ。
だから仕方ない。
やるのなら、とことん付き合ってやろう。
「リミットブレイク・バースト」
俺は剣を収納空間に入れると、鉄の槍を作り上げる。更に幾重にも魔法陣を展開して、その暴力性を増す。
『……素晴らしい、ヒナタ以上の力を感じる』
黒い目を見開き感嘆するリュンヌだが、止める気は無いらしく、更に光を集めていく。
ならばと殺意を漲らせ、魔力を更に高めて注ぎ込んで鉄の槍を強化する。
いつでも来いと準備を終えると、互いに見合いタイミングを測る。
圧倒的な殺意が場を支配して、遠目から警戒していたモンスター達が逃げて行く。
これだけの魔法が直撃すれば、リュンヌもただでは済まないだろう。
でも、大丈夫さきっと。
死にはしないさきっと。
ここで間違って殺しちゃったら、置き去りにされないかな? なんて不安が頭を過りながらも、今更引けねーと覚悟を決めた。
しかし、その覚悟は、珍妙な乱入者によって無駄になってしまった。
ーーー
『目、覚めたか?』
オリエルタが意識を取り戻したのは、リュンヌが田中ハルトを捕獲してから丸一日分の時間が過ぎてからだった。
近くには、妖精族のオベロンと赤い髪の天使のアミニクがおり、どうやらアミニクはずっと治癒魔法を掛けてくれていたようだ。
もう大丈夫だとアミニクに手を翳して、治癒魔法を止めてもらう。
そして、何も無い空を見上げて、下らないことを考えてしまう。
『私は……』
また生かされたのか。
殺されるべきだった。
あれほどの力と怒りを撒き散らしていた英雄に、溜飲を下げてもらう為に死ぬべきだったのだ。
一つの命と引き換えに、世界樹ユグドラシルを守ってくれるのなら、オリエルタは喜んでこの命を捧げていた。
それだけがオリエルタに出来る唯一のことだから。
『……ハルト殿はどうなされた?』
殺されかけたというのに、田中の心配をしている。その姿に、オベロンはやるせない気持ちになる。
『ハルトは、リュンヌの結界に捕らわれている。この時間まで維持しているのなら、殺される心配は無さそうだ。出て来た時に、冷静に話が出来たらいいんだがな……』
結界。
リュンヌの力は、闇属性魔法を利用した結界で敵を閉じ込めるというもの。その結界に捕らえられた者は、リュンヌが各地に設置した場所に飛ばされ、過酷な環境に対応しなければならない。
この結界が対処すべき存在は、この地に攻め入る強力なモンスター。ユグドラシルを殺せる力を持つ災害級のモンスターなのだ。
過去に一度だけだが、リュンヌはモンスターを結界に捕らえて夜の世界まで持ち堪えたことがある。
モンスターに決定的なダメージは与えられなくても、酷く消耗させることに成功していた。
それは奇跡のような成果であり、ヒナタのいない昼の世界で、唯一の対抗手段になっていた。
夜の世界にはヒナタがいる。
そこまで耐えれば、あとは英雄であるヒナタが何とかしてくれる。それを理解したリュンヌは、その存在を昼の世界に固定して、モンスターを閉じ込め時間を稼ぐ結界魔法に特化した。
そんな結界の中に、田中ハルトは捕らえられている。
暴走した田中を止めるには、これしか手段が無かったとはいえ、オリエルタは責任を感じずにはいられなかった。
『なあ、オリエルタ』
『はい』
『烏滸がましいかも知れないが、俺は、お前は報われるべきだと思っている』
オベロンはオリエルタ達を幼い頃から知っている。
キューレという英雄候補が現れ、その周りにいた子達にも注目が集まった。突出した才能を見せたのはキューレの他に、双子の妹のミューレだけだったが、オリエルタもまた優秀であると評価されていた。
皆の期待を寄せられた子達。
その子らの教育係の一人にオベロンも選ばれた。
オベロン以外の教育係は天使族で固められていたが、一級守護者という地位に着いている者はオベロンだけだった。
だからこそ、厄介な役を押し付けられるハメになる。
暴れ回る子供達を捕まえ、魔法で囲い拘束して教育する。
やり過ぎだと他の教育係に注意されても『じゃあお前があいつらを抑えられるのか?』と言っておしまいだった。
そんな子らが成長して、天使族としての自覚を持ち、立派な守護者になり、多くの子らが戦いの中で消えて行った。
そして、オリエルタは疲弊して死を望むようになってしまった。
オリエルタの心が、磨耗して折れかかっているのを知っていた。
キューレとヒナタに謝罪して泣く姿を見ていた。
終わりを望んでいるのを理解していた。
だから、必死になって引き止めようとした。
しかし、それも無駄だったのかとオベロンは自身の無力を呪うしかなかった。ならば、せめて思いを言葉にして送ろうと語りかける。
『お前達のことはガキの頃から見て来たからな、どんな覚悟で守護者をやっているのかも知っている。キューレを失って、多くの仲間を失っても立ち続けるのは大変なことだっただろう』
『そんなことはありません。我らはユグドラシル様のためにあるんです』
『そんな言い訳は止めろよ、オリエルタ。なあ、だったらさ、ヒナタを巻き込んだことを後悔するなよ。英雄の父だと名乗ったことなんて、お前自身一度もないだろうが』
『……』
『後悔してんのなら、そのまま残していくな。生きて、全部片付けてから終わりにしろ。死は逃げと同じだ。生きて立ち向かえ。いいな』
『……はい』
『よし、じゃあこれから任務だ。急いで準備しろ』
急に話が変わったが、オベロンの言葉に反応してオリエルタは立ち上がる。
守護者として、いついかなる時も動けるように訓練されている。それは瀕死の重症を負ったとしても、腕が切り落とされていようと変わらなかった。
しかし、ある物が視界に入りオリエルタは動きを止めてしまう。
『あの、フウマ殿になにが?』
それは、ユグドラシルの蔦でぐるぐる巻きに拘束されたフウマの姿だった。
簀巻きにされたフウマは、ぐでっと力を失ったかのように地面に転がっていた。
『ん? ああ、こいつのおかげで浮島が一つ駄目になったからな。ユグドラシル様が、逃げないように拘束しているんだ』
『浮島が……』
浮島が使えなくなったのは、今回が初めてではない。
ミューレの奥の手である、ユグドラシルの一部を使った戦闘で、これまで二つの浮島が使えなくなっている。ユグドラシルの力を使えば、再び浮島を創り出すのは難しくはない。なので、そう責める必要はないのだが、その上に乗せる物は、簡単に作れる物ではない。
外側だけなら、直ぐに完成させられる。だが、その設備と機能は、都ユグドラシルの錬金術師により細部までこだわって作られた物だ。
これはもう、一つの作品と言ってもいい出来だった。
『錬金術師達が黙っていないな……。しかし、どうしてフウマ殿が?』
『あー……それはまた今度でいいだろう。今はエルフの所に行くぞ。奴ら、ユグドラシル様の呼び出しを無視していやがる』
ユグドラシルの言葉に逆らうというのは、この地に住まう者にとって衝撃的な内容だった。