奈落59(世界樹18)改
こんなに頭に来ているのはいつ振りだろうか。
長い廊下を進んでいると、途中ですれ違う奴らは怯えた表情を浮かべて、少しでも俺から離れようとする。
ああ、分かってる。怒りのせいで、魔力が漏れているんだ。自分でも分かるくらい、魔力の制御が疎かになっていて、辺りを威圧している。
「リミットブレイク」
空間把握を広げて、オリエルタがどこにいるのかを探し出す。
まだ、この浮島にはいるはずだ。
……いた。
未だ会場に残っており、他の守護者達もいる。
あそこにいる奴らは知っているのだろうか?
ヒナタがオリエルタの子供で、生まれた直後に森に捨てられたということを。
知って、奴らは笑っていたのだろうか?
……ふざけんなよ。
会場に到着すると、オリエルタ達はこっちを見て警戒していた。
まあ、そうだろうな。俺も隠す気はないし、返答次第では容赦するつもりはない。
『ハルト殿……いかがなされた?』
警戒しながらも、オリエルタが尋ねて来る。
なあオリエルタ。お前は、ヒナタの父親なんだろ?
『……はい、その通りです』
俺がヒナタと出会った時の状況って知っているか?
『聖龍様と共にいる所に、ハルト殿が来たと聞いておりますが……』
いいや違う。ヒナタはな、森の中で衰弱して死に掛けていたんだ。その上、モンスターに襲われて殺されるところだった。
そう告げると、初めて知ったかのような反応をする。それは、オリエルタだけでなく、他の守護者も同様だった。
なあ、父親なのに、どうしてこのことを知らないんだ?
『……』
それで、本当に父親か?
『……』
お前が、ヒナタを森に捨てたっていうのは、本当なのか?
『……真実です』
オリエルタとの距離を即座に詰めると、胸ぐらを掴んで大樹に向かって投擲する。
衝突した衝撃で大樹が大きく震える。
オリエルタは大樹から弾かれ、草原を転がった。無様な姿のオリエルタに向かって、即席で作り出した石の槍を放つ。
それが見えていたのか、翼を広げて上空に逃れようとするが、速度上昇の魔法陣を付与した二射目の石の槍が翼を貫いた。
『ぐっ⁉︎』と呻き声を上げて落下し、再び地面を舐めるオリエルタ。立ち上がろうと足掻くが、腹に蹴りを見舞ってまた地面を転がす。
背後から静止する声が聞こえるが、そんなもの聞く気はない。
まったく嫌になる。
こんなに怒りが湧いて来るのは、いつ以来だろうか。
ナナシに武器を持って行かれたときも何だかんだで、あいつの力になるなら、まあ良いかと思っていた。
ヒナタに食料をダメにされたときも怒りはしたが、教育出来ていなかったなと、自分に少なからず非があった。
フウマが余計な物を購入したときは、まあ殴り飛ばしてやろうと思った程度だ。
こんなに殺してやりたいと思ったのは、東風たちを殺されて以来だ。
あの時もこんな感情だった。
こいつを殺す。ただ殺す。どんな事情があろうが知ったことか。あそこに赤ん坊を捨てるというのは、死んでも良いと思っていたからだ。
何の力もない赤ん坊では、モンスターに襲われて死んでしまう。そうじゃなくても、時間が経てば衰弱して死んでいた。
それをこいつは許容したんだ。
こんなクソ野郎を俺が殺しても、誰も文句は言うまい。
魔法陣を展開する。
跡形もなく消し飛ばずために、五つの魔法陣を展開して鉄の槍を作り出す。
魔法陣の種類は、速度上昇、分裂、爆裂、追跡、破壊。必ず殺すと誓い更に魔力を流し込む。
必死に立ち上がろうとするオリエルタ。だが、もうそれは無駄な抵抗だと、無慈悲にこの魔法を放とうとする。
しかし、邪魔が入ってしまう。
他の守護者達が、武器を手に俺を取り押さえようと動き出したのだ。
チッと舌打ちして魔法を解除すると、守護者達の相手をする。
なあ、お前達もヒナタがどんな目に遭ったのか知っていたのか?
赤髪の女の天使の攻撃を避けて、ガラ空きの腹に拳を見舞う。他の天使も同様に殴り飛ばす。オベロンが魔法で俺を拘束しようとするが、魔力の波を発生させて無効化する。
おい、答えろよ。
お前なら知ってたんじゃないのか?
そうオベロンに尋ねると、無言で悔しそうな顔をしていた。
『……頼む、どうか落ち着いて欲しい。あれには事情があったんだ』
赤ん坊を危険な森に捨てる事情?
……あはは、ふざけんなよ!
魔力を練り上げると、この浮島自体の支配権を奪い取り自在に操る。そして、会場に大量の砂を巻き起こし、動こうとする守護者達を拘束して行く。
『まさかっ⁉︎ ユグドラシル様の魔力が上書きされた⁉︎』
驚愕の声を無視して、オリエルタに足を向ける。
オリエルタは立ち上がり、武器を構えているが、その目はすでに諦めていた。いや、安堵しているようにも見えた。
その顔が、更に俺を苛立たせる。
跡形も無く消し飛ばす。
石の槍を生み出し、魔法陣を展開する。
今度こそ終わりだ。そう思って魔法を放とうとすると、またしても邪魔が入った。
バチッと音がしたかと思えば、ミューレが槍を構えて刺突して来たのだ。
こいつは面倒だなと、魔法の向きを変えてミューレに放つ。
ほぼゼロ距離で接触した石の槍とミューレの槍。衝撃が辺りを駆け抜けて、浮島がひび割れてしまう。
それほどの衝撃を受けてもミューレの槍は止まらない。
雷を纏った槍は、俺の魔法を凌駕する力を持っている。まともに食らえば、それなりのダメージを受けるだろう。
だからこそ、槍が突き刺さるのも構わず、右手でその槍を掴んだ。
『なっ⁉︎』
驚いているところ悪いが、邪魔するなら容赦しない。
力任せに掴んだ槍を横に捻り、ガラ空きとなった体に向かって一歩前進して、左のフックを見舞う。
一応、手加減はしている。だが、まともに食らえば直ぐに動けないはずだ。
そんな一撃だが、バチッと音がするとミューレの体が光を帯びて消えてしまった。
それも、俺が掴んでいたはずの槍まで消えていたのだ。
背後を見ると、焦った様子のミューレが槍を構えて立っていた。
『待ってくれ、ハルト殿。貴方の怒りは私にも分かる。だが、それをヒナタは望んでいない!』
何でお前がヒナタの思いを語る。こいつは殺すと決めたんだ。邪魔するなよ。
『くっ⁉︎ ヒナタは己が森に捨てられたのを知っている! それを実行した者も、ヒナタは親が誰かも知りながら許している! それを貴方が否定するべきではない!』
……本当にヒナタは許したのか?
『そうでなければ、オリエルタは生きていない。それに、ヒナタは捨てられたからこそ、貴方に出会うことができたと言っていた』
そうか……じゃあ、そこをどけ。
今度は赤髪の天使に向かって忠告する。
彼女は一番最初に殴り飛ばした天使だ。負傷しながらも、俺とオリエルタの間に立っていた。武器は持っておらず、無防備な状態で立ち塞がっており、無理やり退かすのは気が引けた。
『お待ち下さい。オリエルタは、この地の掟に従っただけなんです。どうか殺さないでっ⁉︎』
必死の訴えだった。
だから、少しだけ耳を傾けてしまった。
……何だよ、その掟って?
『それは……』
赤髪の天使は視線を逸らして、返答に困っていた。
一体何があったというのだろうか。ここに来て、疑問が浮かぶ。
だが、それでも、オリエルタの姿を見ると、どうしようもなく怒りが湧いてしまう。
『アミニク、どいてくれ……』
オリエルタが赤髪の天使の肩を叩き、俺の前に出て来る。
……何か言い残すことはあるか?
問い掛けると、オリエルタは首を振って何も言って来なかった。
猛烈な風が巻き起こし、オリエルタを上空へ跳ね上げる。
先程の魔法で、浮島にダメージを与えてしまっている。ここで更に強力な魔法を使えば、浮島は崩壊してもおかしくない。だから、オリエルタの始末は上空で付ける。
俺を止めようと、ミューレが果敢に攻め込んで来るが、その程度では止まらない。
魔力の波を発生させて、ミューレが使っている魔法を解除する。『くっ⁉︎』と魔力の波によりダメージを負いながらも、構わず突っ込んで来る。
『頼む、やめてくれ。オリエルタの為でなく、ヒナタの為に!』
……邪魔するな。
動きの鈍ったミューレを掴んで、明後日の方向に投げ捨てる。魔力が上手く扱えないせいか、ミューレの動きは鈍く空中で体勢を整えるのが精一杯だった。
しかし、また直ぐに邪魔しに来るだろう。
なら、短時間で始末すればいい。
リミットブレイクを解除して、アマダチの準備に取り掛かる。
殺意を乗せた白銀の刃を生み出そうとして、俺の視界は黒に染まった。
___
『リュンヌか⁉︎』
突然の出来事だが、ミューレは何が起こったか理解した。
田中ハルトの動きが一瞬鈍った瞬間に、リュンヌの転移によりこの地から姿を消したのだ。
味方だと思っていた存在が、突然牙を剥いた。
その理由が理由なだけに、ミューレとしては田中ハルトを責められなかった。
かつて、姉の子を森に捨てたオリエルタを、同じように殺そうとした。それはユグドラシルの説得により未遂に終わったが、これがきっかけでミューレは同族に嫌悪感を抱くようになった。
地面に叩き付けられて、血反吐を吐き出すオリエルタ。翼をやられており、魔力を自らの意思で操作しなかったその身では、落下の衝撃は相当なものだろう。
アミニクが駆け付け、急いで治癒魔法を使い治療を開始する。
それを横目で見ながら、現れたユグドラシルに視線を向ける。
『ユグドラシル様、田中ハルトは真にヒナタの父親なのですね』
『ここでそれを言うお主は、少々ズレておるな。それにしても、また派手にやったものじゃ。まさか、妾の魔力が乗っ取られるとは思わんかったわ』
田中ハルトが暴れている間、ユグドラシルが姿を現さなかったのは、この浮島の主導権を奪われたからだ。
時間を掛ければ、樹木から出現することは可能だが、それをやる前に終わってしまった。
『もっと早う説明すれば良かったのう……』
ユグドラシルは、エルフの守護者が田中ハルトに接触しているのを知っていた。それ自体は良い。硬化していた態度を軟化させたのだろうと思ったし、何よりこの地に不利益をもたらすとは考えていなかったのだ。
油断した。
エルフは、天使族に続く古い種族だ。
ユグドラシルに対する忠誠心も高く、この地の安寧に貢献してくれた種族でもある。目上のたんこぶである天使族を嫌ってはいるが、長い間、適度な距離を保っていた。
そのような種族が、まさか、ヒナタの出生と捨てたオリエルタの情報を渡すとは思わなかった。
『ミューレ、エルフの族長、ヨクトを捕らえよ。奴に事の真意を聞かねばならぬ。あ奴がハルトに情報を渡しよった』
『はっ! っ⁉︎』
ミューレは即座に動こうとした。しかし、その動きを止めなければならなかった。
ミューレとユグドラシルの横を、一頭の馬が駆け抜けて行ったのだ。
その馬は、田中ハルト同様に怒りの感情を抱いており、オリエルタ目掛けて突進して行った。治療をしていたアミニクを吹き飛ばし、間髪入れずに風の圧力を持ってオリエルタを圧殺する。
「ヒヒーン‼︎」
エルフの話をフウマも聞いていた。
そして、衰弱していたヒナタをフウマも一緒に見ていた。
フウマも心の底から心配していたのだ。
小さい頃から、すぐ側でヒナタの成長を見守っていた。
出来の悪い弟のような子供だったが、だからこそ成長していくヒナタに愛情が芽生えるのは、当然の流れだった。
そんな大切なヒナタを捨てたオリエルタ。
フウマにも、殺してやりたいと憎む権利くらいはあるだろう。
膨大な魔力がフウマから放たれようとしていた。
魔法として形になれば、この会場一帯を消し飛ばずには十分過ぎる威力の魔法が完成する。
そうなれば、標的であるオリエルタは助からない。
『待て! 待ってくれ‼︎ ヒナタの思いを無駄にしないでくれ‼︎』
必死に叫ぶミューレだが、フウマは止まりそうもない。
だからミューレは諦めて、武器を手に取る。
槍から大剣に持ち替え、高速でフウマに接近すると、弾き飛ばすつもりで振り抜いた。
迫る凶器に反応したフウマは、魔法を解除して上空へと逃れる。
「ブル⁉︎」とフウマは邪魔するなと主張するが、ミューレはそれを聞き入れられない。
ヒナタがオリエルタを許しているのだ。
ならば、ヒナタの意思を尊重するべきだ。相手がどれほど憎い相手でも、大切な甥の思いを蔑ろにしたくはなかった。
フウマの風属性魔法がミューレを吹き飛ばそうとする。
それを避けたミューレは、大剣から双剣へと持ち替えて、フウマに突進する。
クロスさせた刃は風の魔法により防御されるが、その勢いのまま、浮島から離脱した。
フィールドを都ユグドラシル全体へと変えて、フウマとミューレの激突が再び始まった。