奈落55(世界樹14)改
俺に海亀の魔力が宿っているのは分かっていた。
それを取り込んで、自分の物にしていたのだから当然だ。だが、まさか目印にする為の物だとは思わなかった。
単に肉を食えば力が増すという、超便利な増強アイテム扱いしていただけにかなり驚きである。
これじゃあ、いよいよ解放してやれなくなったな。
永遠に収納空間に閉じ込めていよう。
そして、たまに取り出して肉を剥ぎ取るのだ。そうすれば、いずれは全部食ってしまえるだろう。
そうすれば、二号の仇討ちにもなる。
『マヒトを勝手に殺すでない』
この地に訪れたアクーパーラは、別に敵対する意思は無かったという。ヒナタと二号を差し出せば、それで終いだった。
二人はこの地を思い、アクーパーラの元まで行こうとした。行けば確実に死が待っているが、それでも悔いはなかった。
だが、その足は途中で止められてしまう。
二人が死地に行くのに待ったを掛けたのは、この地の住人達だった。
英雄なのだ。
ヒナタは間違いなく英雄なのだ。
ヒナタが居なければ、この地は滅びていた。ユグドラシルを失い全滅していた。
命の恩人だ。
この安息をくれた恩人を、どうして死地に送り出せようか。そう決意した者達の手によって二人の歩みは邪魔されてしまう。
戦って勝てる相手ではない。
聖龍が不在である以上、アクーパーラに対抗出来る存在はいなかった。それは、英雄であるヒナタの力を持ってしても倒すのは不可能なのだ。
いつまでも現れない二人に業を煮やしたアクーパーラは、全てを破壊するために膨大な量の魔力を操作する。
一度目の攻撃ならば、ヒナタとユグドラシルの力で耐えられるだろう。だが、二度目は不可能だ。
全てを破壊するような水の光線が放たれる。
ユグドラシルに強化されたヒナタは、白銀の力で対抗した。一瞬の均衡のあとに相殺される二つの力。その余波で都ユグドラシルが被害を受けるが、気にする余裕はない。
アクーパーラから、次の攻撃が放たれようとしているのだ。
それに対して、ヒナタは満身創痍で立ち上がることも出来なかった。
もう終わりかと思われたとき、世界に夜が訪れる。
だからなんだという話だが、そのおかげでヒナタは、ユグドラシルは、この地に住まう者は命拾いをする。
世界が闇に染まると共に、アクーパーラは攻撃を止めその姿を消した。
アクーパーラはその存在を昼の世界に限定していた。
その理由は単純に景色が良いのと、食事が昼の世界でしか出来ないからだ。
こうして脅威は、一時的にだが去った。
だが、また昼が訪れるとアクーパーラは再びやって来る。二人の目印を辿ってやって来るのだ。
だからこそ、決断しなければならなかった。
二号は生まれて来る子供を待たずに地上に帰り、ヒナタは存在する世界を夜に縛り、この地から去った。
どうしようもなかった。
聖龍本来の力があれば、アクーパーラを倒すことも可能だったのだが、ここにいる聖龍は力の大半を失っていた。
この過酷な地で生き残るには、もうこうするしかなかった。
頭を抱える。
肉を食えば力が増すのだから、良かれと思い食べさせていた。
つーか、時間飛ばされてるって誰が分かるかよ。こんな結末になるなら、海亀の肉なんて食べさせていなかった。
……いや、違うな、どちらにしろ食べさせていた。
食料が少ないのもあるが、この地では力が全てだ。たとえ後になって狙われていたとしても、力を付けなければ死んでしまう。
この奈落の世界で、目の前にある力を手に入れないのは、英断ではなく、単なる逃げだ。
ああ、だが、くそっ、考えがまとまらない。
頭を掻きむしり、どうするべきだったのかと今更どうにもならない考えが巡ってしまう。
それよりも、ヒナタや二号の居場所を聞かないといけないのに、他に考えられない。
でも、ヒナタが怒っている理由は分かった。
俺が肉を食わせたから、あんなに怒って襲って来たんだな。
『違うぞ、モンスターと勘違いして……』
あんな化け物に襲われる原因を作ったら、そりゃ怒るよな。やっちまったなー……。
『いや、だからモンスターと……』
あーやっちまったなー! こりゃもう、あの亀死ぬまで出せねーわ!
『……もうそれでよい』
ヒナタが俺を襲って来た理由も、たぶん、何となく、薄っすらとだけど理解出来た、かも知れない。
とにかく、次会ったら殴り合って話し合おう。
そうすれば、俺の訳分からんこの怒りも治まるはずだから。
『それで、ここからが本題なんじゃが……この話は次にしようかの。リュンヌ、ハルトを案内してやってくれ。オリエルタはオベロンの元に向かうのじゃ。どうにも面倒なことになっておるようじゃ』
面倒なこと? そう疑問に思ったが、背後からリュンヌに触れられ『案内致します』と告げられると、視界が真っ黒に染まった。
どこかに移動している。そう思ったのも束の間、視界が開けると別の場所にいた。
そこはどこかの浮島にある建物の最上階。
見下ろす景色は明るく黄金に輝いており、まるで女王蟻の蜜の輝きを見ているかのようだった。
おかげで、ジュルリとヨダレが流れて収納空間にある蜜を飲みたくなる。
『このお部屋をお使い下さい。そちらに手を翳せば、スタッフが参りますので、お好きにお呼び下さい。では、宴の準備が出来ましたら呼びに参ります』
そう言い残すと、リュンヌの姿は消えてしまった。
宴か、あんまり大きな催しは好きじゃないんだけどな……。っていうか、そんなに大事にする必要なくね?
ユグドラシルと話すだけで良かったやん。
しかも、重要な話がまだあったみたいだしさ。
どうしたもんかなぁと思いつつ、外の景色を眺める。
昼の世界というのもあり、空には青空が広がり下には広大な街並みが見える。無数の浮島が漂っており、その遥か先には水平線のように緑が広がっていた。
……ヒナタはこの景色を守っていたんだなぁ。
感慨深く眺めていると、何か足りないのに気付いた。
あれ?
フウマいなくね?