奈落54(世界樹13)改
ユグドラシルが演説する。
俺が数多くの滅茶苦茶強い化け物を倒してくれただとか、救世主だとか、どんなに素晴らしい奴だとか、俺を持ち上げに持ち上げまくったお褒めの言葉が続いた。
それを聞いて、
ああ、全部俺に任せとけ‼︎
と盛大にテンションを上げてしまったのも、また空気を読んだからだ。
身に覚えのないことだらけだったけど、決して褒められて嬉しかったわけではない。
ただ空気を読んだだけ。
絶対に空気を読んだだけなんだ!
俺の隣で「ブル……」と白い目で見てくるフウマ。
どうやらフウマも、空気を読んだだけだと同意してくれているようだ。
拍手喝采で幕を閉じた神殿での一幕だった。
んー……それにしても分からん。
災害級とかはアーカイブで見たから分かるけど、俺が数多くのとか言われても分からんかった。
……いや、何となくこれかなっていう心当たりはある。
あの森で突然現れる化け物達。
ト太郎が俺達を閉じ込めていた理由がこれだとしたら、ここと何らかの繋がりがあるのは間違いないだろう。
もう一回、アーカイブ行くべきか?
それよりも、目の前の少女に聞くべきだろうか?
『うむ、いろいろと尋ねたいことがあるだろう。何でも聞いて良いぞ』
神殿でのお披露目が終わると、少女の転移魔法により別室に移動させられた。
今、ここにいるのは二人だけではない。フウマとオリエルタ、それからリュンヌも一緒だ。
恐らく護衛なのだろうが、本体でない少女を守る必要があるのかと疑問に思う。
あんたがユグドラシルなんだよな?
『うむ、我こそがこの地を治める者、ユグドラシルぞ。世界樹と呼ばれて神のように崇められておるが、この世界を司るほどの力も権限も無いぞ。残念じゃったな』
大丈夫、期待してないから。
『それはそれで複雑じゃ』
まあいいじゃん。それで、ヒナタはどこにいるんだ? ト太郎は一緒じゃなかったか?
『ト太郎とは聖龍のことじゃな。ヒナタは、訳あって夜の世界に縛られておる。次に会えるのは、夜が訪れてからになるの』
…………。
理解するのを拒んでいた。
今、ト太郎を聖龍と呼んだか?
ヒナタが夜の世界に縛られているって、どういう意味だ。それに、夜の世界ならいるって……。
それじゃあまるで、アーカイブで見た、あの男のことみたいじゃないか。
『……ハルトよ、お主はすでにヒナタと出会っておる』
…………。
『黒い翼に銀髪の天使。お主が知っている色ではないだろうが、あの者こそこの地を救う英雄、英雄ヒナタなのじゃ』
ユグドラシルからの思念は、まるで話を聞かない子を諭すような口調だった。
事実を突き付けられても、俺の脳は理解するのを拒んでしまう。
だってあいつは、俺を殺そうとしていた。フウマを殺そうとしていた。それも、とても楽しそうに戦っていた。
あれが、あの男が、ヒナタだっていうのか?
……本当に、あいつが、ヒナタなのか?
ト太郎は本当に聖龍なのか?
『うむ、認めたくない気持ちは分かるが、事実じゃ。アーカイブに映る姿とは違っておるが、ト太郎は間違いなく聖龍じゃ。銀髪の天使こそが、お主が名付け育てた天使じゃ』
体から力が抜けそうになった。
オリエルタが何故か動揺していたが、そんなの気にする余裕もなかった。それに、動揺しているのはフウマも同じで、俺の足下で「ブルル……ヒヒーン」と嗎声ながら足踏みしていた。
……あいつは、俺やフウマを殺そうとしたんだぞ。本当にヒナタなのか?
『話は聞いておる。どんなに否定したくとも、この話は揺るぎない真実ぞ』
……どうして俺達に襲い掛かったんだ?
俺達がいなくなって、あいつに何があったんだ?
もしかしたら、過酷な環境に精神が限界を迎えて、誰彼構わず襲っているのかも知れない。
もしかしたら、俺が置いて行ったと、捨てられたと思ってグレたのかも知れない。
それとも、何か、俺を襲わなければならない理由があったのだろうか?
もしも、追い詰められているような状況なら、助けてやりたい。夜の世界に縛られているって話しだって、何か関係しているのかも知れない。
ユグドラシルの言葉を待ち、俺は息を呑む。
そして、返ってきた言葉は簡潔だった。
『……うむ、お主をモンスターと勘違いしたらしい』
……。
…………。
…………ん?
…………あっ、うん……。
……………………あーね……
…………殺したろかこの野郎‼︎‼︎
全身に魔力を漲らせて、ユグドラシルに迫る。
危険を察知したリュンヌが、俺を取り押さえようとするが、そんな物で俺が止まるはずが無い。
『ハルト殿お待ち下さい⁉︎ 言ったのはヒナタであってユグドラシル様ではありません⁉︎』
なかなかの力で、俺を取り押さえようとしているが、残念ながら俺の歩みは止まらない。
オリエルタも加わって止めようとするが、俺の怒りはその程度で止まるはずがない。
テメこの野郎、人をモンスター呼ばわりとはいい度胸だ。ここにヒナタ連れて来い! 一から叩き込んでやる!
『お、落ち着け。ヒナタを連れて来たいのは山々なんじゃが……さっきも言った通り、夜の世界に縛られておっての。昼の世界には存在せんのじゃ』
んだよ、さっきから夜の世界って。ホストにでもなって、夜の帝王にでもなるんですかっての⁉︎
『そ、それに付いても説明する。頼む、迫力が半端ない。一旦落ち着いて顔を離してくれぬか、目に毒じゃ』
視線を逸らして、俺から離れようとする。
おいおい、お前から呼び出しておいて、それはないんじゃないんですか? もうちょっと、優しく接さんかい!
なんて言っても埒が明かないので、一旦大人しく引き下がるとしよう。
『この世界は、昼と夜で世界が分断されておる。というのは知っておるな?』
ああ。
『とはいえ、どちらでも生きていける。じゃが、どちらかの世界に存在を縛り限定すれば、その者の力は増大することが出来るのじゃ』
そんなことが……。
『ただし、それにも限界はある。ヒナタほどの力を持っていては、それ程の上昇は見込めん。それでも、この地を離れ、一人で生きていかなければならなかったのじゃ』
ヒナタは英雄なんだろ、ここから離れる理由は無いんじゃないのか?
この地を守る英雄ならば、ここから離れる理由が分からない。どのレベルのモンスターが襲って来たのか知らないが、銀髪の男がヒナタならば、そう簡単に負けるはずがない。
『お主、己の胸に手を当てよーく考えてみよ。何か心当たりはないか?』
…………無い。そもそも、あの時まで出会ってすらいなかったんだ。あるはずがないだろう。
『ふむ、自覚はないのは仕方ないのか? ハルトよ、お主はこの地に堕ちてから何を食べてきた?』
なにって、野菜とモンスターの肉だけど。
『そのモンスターの肉が何なのか、分かっておるじゃろう?』
海亀の肉だけど。
『違うわっ⁉︎ アクーパーラの肉じゃ⁉︎ その肉を食ってしまったせいで、ヒナタはこの地を去り、マヒトは地上に帰ったのじゃ!』
……何の話?
というか、マヒトって誰?
ユグドラシルの話は続く。
何となく察してはいたが、俺は過去に飛ばされていたようだ。飛ばしたのはもちろんト太郎である聖龍。
やはりというか、ト太郎は俺にモンスターを倒して欲しかったらしく、現在から過去に俺を呼び出したそうな。そこで、この地に縛り付ける為にヒナタを利用したのだという。
それを知らずに、俺は子育てをしてモンスターの討伐を続けていたと。
ユグドラシル側からすると、突然、森に巨大な結界が現れて、森の中への侵入が不可能になってしまったそうな。
何とかして中の状況を探ろうとしたそうだが、力が強い者が近付くと強く反発し、弱い者を向かわせても、中で漂っている亡霊のモンスターに殺されかけたらしい。
どうにもならないと、暫く様子見をしていたようだが、巨大な力のぶつかり合いは結界の外まで響いていたようで、いよいよ調査をする必要が出て来たそうな。
都ユグドラシルの住人から、力が弱くかつ隠密性の能力を有した者を選抜しようとした。だが、それに該当する妖精族は断固拒否して協力してくれなかったそうだ。
『あの時のオベロンの申し訳なさそうな顔は……、可哀想じゃったのう』
ユグドラシルは遠い目をして同情していた。
オベロンって、そんなに苦労人なの?
『この地で最も問題のある種族は、妖精族と言われておる。イタズラ好きで、臆病で、そのくせ能力が高い。なのに、まともな者は数えるほどしかおらんという話じゃ。オベロンはその妖精族の中でも、最も異彩を放っておった。もちろん、おかしな方にではなくて、真っ当な方向にな。そのおかげで、種族の全責任をオベロンに任されたのじゃ』
可哀想に、目を伏せて悲しそうにするユグドラシルが印象的だった。
そんなこんなで、振り出しに戻ったとき、上空から降って来る人物を発見した。隠密系の能力は無いが、力が弱く結界に反応しない人物。
落下する人、世樹マヒトを結界内へと放り込んだそうだ。
だからマヒトって誰だ?と尋ねると『お主が二号と呼んでいた人物じゃ』と教えてくれた。
ここで、ようやく二号の名前を知り、あいつが降って来たのってこいつのせいかと納得した。もしもヒナタが助けなかったら、間違いなく死んでただろう。
『成功しても、失敗してもどちらでも良かったからのう。あの頃のマヒトは、この地の住人でもなかったしの』
とはユグドラシルの言葉だ。
ユグドラシルは、全てを包み込みそうなほど雄大な大樹なのだが、その思いは、内に入れた者だけに向けられているモノなのかも知れない。
結果的に、結界も無くなり無事に解放される。
そこから少しあったようだが、天使が気を失った二人を連れてユグドラシルの元へと向かったそうだ。
二人? ト太郎はどうしたんだ?
『……聖龍は転生の準備に入っておる。激しく消耗してしまったからのう』
それから森で何が起こっていたのか、二人から事情を聞き、その後どうするのか各々に判断を任せたそうだ。
すると、二号はこの地に定住を望み、ヒナタは俺を探す為に旅に出ると決めた。
二号はここに住むつもりだったのか?
『うむ、ここに愛する者を見つけたからのう』
……ここで、誰が?
『マヒトが共に生きる者を見つけたのじゃ』
……あの野郎、俺を差し置いて。
『醜い嫉妬じゃのう』
旅立つのを決めたヒナタだが、残念ながら上手くは進まなかった。
この地に途轍もないモンスターが襲来したのだ。
そのモンスターは、都ユグドラシル以外の地方都市を破壊して進んでおり、この地を護る守護者達でも足止めするのが限界で、段々と消耗していったそうな。
幾ら切り落とされようと無限に再生し、元の肉体に戻る。更には切り落とされた一部が、そのモンスターへと姿を変えて無限に増殖し続けるという、倒す手段の無い反則のようなモンスター。
キングヒドラ。
何処かに怒られそうな名前だが、無限に再生する上、数を増やす頭部。それだけでなく、その戦闘能力も凄まじかった。
数だけならば、再生するだけならば封印すればよかった。
だが、それだけでなく、キングヒドラはユグドラシルをも殺せるだけの力を持っていたのだ。
こりゃあかん、もう終わりやとなったとき、白銀の光が煌めきキングヒドラを消滅させた。
それがヒナタであり、この地に英雄が誕生した瞬間だった。
しかし、これがきっかけで、ヒナタは旅立つタイミングを見失ってしまう。都ユグドラシルは大きなダメージを負い、守護者も大きく数を減らしてしまったのだ。
無視して出発することは出来た。
それでも、迷ってしまう。この地には二号がおり、短い時間だが親しくなった者達もいる。
迷って迷って、少しの間、ここに留まるのを決めた。
それから、この地に迫る脅威を退ける為に戦い続けた。
戦って戦って、守り続けた。
もちろん、一人で戦い続けたわけではない。ヒナタを慕ってくれる者や、肩を並べてくれる者達と共に戦った。
だが、それも終わってしまう。
『アクーパーラが、この地に現れたのだ』
ここを襲いに来たのか?
『いや違う。ヒナタとマヒトを狙って来たのじゃ』
どうしてわざわざ二人を? アレならここを問答無用で滅ぼせるだろう。
『恐ろしい事を言うでない。何故か……本当ーーーにっ!心当たりはないか?』
無い! 何度も言わせるな。
俺がそう言い切ると、ユグドラシルはジト目をして諦めたようにため息を吐いた。
『……はあ、彼奴らはな、アクーパーラの肉を食ったせいで狙われてしまったのじゃ』
…………おう。
喉からそれだけしか出て来なかった。