奈落53(世界樹12)改
怯えて顔色を悪くしたオベロンは、『悪い、俺はここまでだ』そう言い残して地上へと降りて行った。
そんなに怖かったのか……。
……いやいや、失礼じゃね?
強者に怯えるってのは百歩譲って良いとしてさ、なにその姿でいられるのって⁉︎ 遠回しにお前は人間じゃないって言いたいの⁉︎
そもそも、俺、お前とは初対面だよね?
そんなに危険な奴に見えるってのか?
こう見えても、そんな無闇矢鱈に暴れたりしないよ。平和主義者だよ。人畜無害って言われたこと……は無いけど、きっと人畜無害だって。
なんてぶつぶつ独り言を呟いていると、オリエルタが振り返ってフォローする。
『オベロン様のことはお気になさらずに。ヒナタの時も、似たような反応をしておりました。慣れたら、普通に接して来ますので、その時に文句を言うのがよろしいかと』
文句を言う前提なのか……。
オベロンは、一体どういう扱いを受けているんだろう?
様と呼称されているから、それなりに上の地位にいると思ったけど、案外そうではないのかも知れない。
そんなやり取りをしつつ、山よりも巨大な大樹の麓にやって来た。
麓には大きな神殿があり、それは大樹の中まで続いているようだった。それに、神殿の中に多くの気配があり、何か緊張したような雰囲気を感じる。
『こちらです』
……なあ、この中に入るのか?
『? はい、こちらでユグドラシル様がお待ちしております』
中に、結構な数いない?
『はい、この地に住まう各種族の代表、第一級守護者並びに、種族を代表する守護者を揃えております。くれぐれも、ユグドラシル様に無礼が無いよう、よろしくお願いします』
何でそんなにいるんだ?
その、ユグドラシルに会うだけじゃダメなの?
『皆が、ハルト殿に注目しているのです。ユグドラシル様も盛大に歓迎しようと、この場を用意したのです』
したのですって……、ちょっと、いや、結構迷惑かなぁ……。
どうしようと思いながらフウマから降りると、それが合図になったのか、俺を扉に誘導するように整列する。
守護者の整列が終わると、扉がゆっくりと開いて行く。
え、ちょっと待って。
心の準備くらいさせてくれない。
俺、こういうの苦手なんだよ。
こういうのはさ、せめて俺の許可取ってよ。
マジで無理なんですけど〜。
たじたじの俺を他所に、状況は進んで行く。
整列した奴らから、はよいけという視線が送られて来る。
うん、分かっている。この視線は被害妄想で、どうしたん? 的な視線だってことは。
それでも、そう思えるくらい、今の俺は追い詰められていた。
「……ブル!」
そんな俺を見かねたのか、フウマが嗎声いてパカパカと歩き始める。まるで、俺に付いて来いと言っているかのような頼もしい後ろ姿だ。
こいつは、本当にフウマなのだろうか?
普段はバカ馬なのに、今はとても頼りに見えてしまう。
多くの注目を集めながらも、気にせず進んで行くフウマ。
それを見送って、神殿の中をキョロキョロと確認して首を引っ込める。
いやいや無理無理、多過ぎるって。
中に入るのが集団の一人ならまだ何とかなるけど、この中を一人っていうのは流石に無理。
フウマなんて、注目されて気持ちよくなったのか、悠々と先に行ってしまい、俺のことなんて気にしてもいない。
あいつはどこまでも行ってもバカ馬だった。
『何やってんだ?』
うおっ⁉︎ なんだオベロン、離脱したんじゃないのか⁉︎
急に声を掛けて来たのは、怯えてついさっき離れたばかりのオベロンだった。
どうしてここに?
そう疑問に思うと、『もう慣れた』と何でもないように、あっけらかんとしていた。
えー、慣れたってなに? 早くない?
なんて困惑していたら、ほら行くぞとオベロンに服を引っ張られて神殿の中に入る。
突き刺さる多くの視線。
やっべーと恐縮しつつ、オドオドとしながら歩いて行く。
俺が入ると同時に、神殿の扉がゆっくりと閉まっていき、完全に閉じ込められた。
『何やってんだよ、シャキッとしろ。ヒナタに笑われるぞ』
さっきまでの怯えていた姿とは一変して、とても頼もしい姿をしている。
おっ、おう、そうだな……。
なんとか返事をして、あわあわしながら進んで行く。
このままだと、多くの視線に殺されるかもしれん。そんな心配をしていると、突然一体のハイオークが目の前に降って来た。
ドンと音と共に登場したハイオークは、顔を赤くしており滅茶苦茶キレているようだった。
オベロンが『ベントガ下がれ!』とか言われているけど、ハイオークは聞く耳を持たない。それどころか、俺に明確な殺意を向けており、その手に持った武器にはかなりの魔力が込められていた。
うん、分かりやすくていい。
よく分からん視線を受けるより、こういうはっきりした感情の方が対応しやすい。
まあ、殺意があるのなら……殺すか。
俺が意識を変えた瞬間、神殿内の空気が張り詰めたのを感じ取る。
それでも、目の前のハイオーク、ベントガは止まることはなく大きな武器を振り下ろした。
指を鳴らして、一方向に魔力の波を発生させる。
小さな波は、武器と衝突し粉々に破壊すると、目を見開いたベントガに向かって行く。そして、衝突する寸前ベントガの体が下がり避けられてしまった。
行き場を失った魔力の波は、神殿の屋根を破壊して消えた。
『どうか怒りをお静め下さい』
この思念は、ベントガを救った天使からのものだった。波がベントガを襲う寸前に、床に叩き付けたのだ。
その天使はベントガを拘束しており、黒一色の目で俺を見ていた。
懐かしさを感じる黒髪に、純白の翼。オリエルタ達と同じ守護者なのだろうが、装備が独特で着物を想起させる作りをしていた。
別に怒ってねーし。襲ってくるから、反撃しただけだし。
頭を一度切り替えたからか、周囲の目線がそこまで気にならなくなった。というより、その大半が畏怖や恐怖の物に変わったからだ。
俺に何かを期待したり、好奇を寄せていた視線が無くなっただけで、こうも違うのかと自分でも驚いていたりする。
『左様ですか。私は守護者序列二位、リュンヌ・アーベントと申します。この度は、ハイオークの守護者、ベントガがご迷惑をお掛けしました』
別に気にしないし〜。これくらい、大したことないし〜。
もう襲って来ないなら、こっちから何かするつもりはない。それに、ベントガはフゴフゴと『俺の娘を〜』的なことを言っていたので、もしかしたら勘違いで襲われた可能性もある。
なら、別に気にしない。
子を思うのは、親なら当然の行動だから。
リュンヌに締め上げられて、気を失ったベントガ。
二人の横を通り過ぎて、奥に向かう。
オベロンが『えっ、いいのか放置で?』と困惑していたが、これ以上何かするつもりも無いので問題無し。
こうして神殿の奥、大きな壇上の前に立つ。
すると、壇上に一本の木が生えて、枝から一つの花がなり、やがて実が宿る。瞬く間に成長した実は人の形をしており、エメラルドのドレスと共に壇上に降り立った。
少女の姿をしたそれを見て、神殿にいる者達は膝をつく。
俺もやった方が良いのかなぁと思って、周りに合わせようとすると、少女から止められた。
『やめやめ、お主から敬われる理由がない。皆も頭を上げよ、今日は祝い事ぞ! 待ち望んだ客人が来たのだからな‼︎』
興奮気味に告げる少女。
恐らく、この少女がユグドラシルの意識なのだろう。
というかこいつ……。
『ハルトよ、よう来てくれた! 歓迎しよう! 今宵は宴ぞ!』
満面の笑みを浮かべて、俺に手を差し伸べるユグドラシル。
そんなんどうでもいいから、さっさとヒナタに付いて教えろ。と言わなかった俺は、結構空気を読めていると思う。