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奈落50(世界樹⑨)改

 世界が昼に変わった頃、都ユグドラシルに緊張が走った。


 巨大な魔力の衝突。


 一つはこの地を守る守護者筆頭の物。


 もう一つは、懐かしくて親しくもあり、安心出来る魔力だった。

 ただ、そう感じているのは世界樹ユグドラシルと天使達だけで、事情を知らない者は、何が起こっているのかと不安を抱いていた。


 やがて、二つの魔力の衝突も終わる。


 これでいつも通りの日常が送れる。

 そう思ったのだが、ユグドラシルより災害級モンスターの襲来が告げられた。


 多くの住人は避難所に向けて移動を開始し、守護者達は出動の準備を始める。


 これまでに現れた災害級モンスターは、多くの命を奪い、この地を破壊していた。

 たとえ避難所に入ったとしても安全ではなく、その場所ごと消し去ってしまう化け物さえいる。


 だからこそ、誰もが不安に思っていた。

 だけど、それも忘れるくらいの救いの光が空に上がる。


 その白銀の光は遠方からでも見えており、誰もが助かったのだと理解する。


 英雄様が来てくれた。


 この地を守護する守護者。

 その中でも一線を画す存在。

 あの光は、英雄が放つ物と同じだった。

 だから、英雄ヒナタが帰還したものだと誰もが思い安堵した。



ーーー



 英雄の帰還。

 その存在を夜の世界に固定しているはずの英雄が、昼の世界に現れた。


 事象を知りたい種族の代表者達が、ユグドラシルに説明を求めて集まっていた。

 本来ならもっと多くの者達が集まってもおかしくなかったのだが、守護者が立ち塞がり通す者を厳選したのである。


 そこにオリエルタ含め、数名の守護者が招集されていた。


『あれは聖龍様ではないのか?』


 そう念話で意思を伝えて来たのは、オリエルタと共に守護者として職務を遂行しているアミニクからだ。

 アミニクは女性の天使で、床に着きそうなほど髪を伸ばしている。それでも、決して地面に触れないのは魔道具の髪飾りの効果によるものである。


『違う、あの生物は聖龍様ではない』


 オリエルタはアミニクの意見を否定するが、獣人地区の訓練場で感じたものは、間違いなく聖龍の気配だった。

 感じたのが一人ならば、そんな馬鹿なと否定するのは簡単だった。だが、あそこで感じていたのはオリエルタやアミニクだけではなく、天使族全員が共通して感じていたものだった


『あそこに居た者で、聖龍様と会ったことがあるのは、オリエルタだけだ。貴方が否定するならば、そうなのだろう。ならばあれは何だ⁉︎ 我らの本能が訴えかけて来るんだぞ!』


 あの生物から懐かしさや安心感、跪きたくなるような偉大な存在を前にしたかのような感覚に襲われた。何らかの精神攻撃かと疑ったが、天使族よりも抵抗の低い他の種族は敵対する意識を持っていた。

 ならばこれは何だ?と考えて、天使族という根幹へと考えが導かれてしまった。


『分からない。それに空に放たれた光、あれはヒナタの物と同じだった……』


『ヒナタが戻たという報告は無かったのか?』


『無い。とにかく今は、ユグドラシル様の下に向かうぞ』


 オリエルタとアミニクは、守護者の待機場所となっている浮島から飛び降りた。目的地は、ユグドラシルの依代がいるであろう大樹の麓。

 二人の天使は、空中で翼を広げて羽ばたかせた。


 オリエルタは考える。

 この地で、聖龍がヒナタと共にあるのを知っているのは、オリエルタとユグドラシル、そして義理の妹のミューレだけだ。たとえそこから漏れたとしても、ヒナタから剣を奪えるとは思えなかった。ましてや、神にも等しい聖龍をどうにかするなど不可能だ。

 ならば何だとオリエルタは思考する。

 誰かに相談しようにも、内容が内容なだけにおいそれと口には出来ない。事情を知っているミューレに相談しようにも、長い間まともに喋っておらず拒絶されていた。


 その拒絶する理由も怒りも理解している。


 ミューレはオリエルタを殺したいほどに憎んでいる。

 一度は親族となった身だが、オリエルタは彼女にとって許せない行為をした。仕方ないと他の者が伝えても、ミューレは納得しなかった。この都ユグドラシルに住む者全てに強制される厳格なルールだと説明してもだ。


 その行いとは、同族殺しの追放。


 それに老若男女、力の無い老人だろうが生まれたばかりの赤子でも例外はない。全てが等しく裁かれる。

 オリエルタが追放したのは、自身の子供。

 それも生まれて間もない赤子だ。


 生まれ落ちた直後に魔力暴走を起こし、母であるキューレの命を奪った赤子を、そのまま聖龍の森へと運んだのだ。

 なかには、こんな赤ん坊にまでと意見する者もいたが、オリエルタは聞き入れずに森の中に置き去りにした。


 愛しいキューレを失った悲しみと、秩序を何よりも守らなければという使命により行われた行為は、一部の者のみに知らされた。

 それ以外の者達には、英雄候補の急逝に赤子は死産だったと発表された。その影響で、この地の希望がいなくり誰もが悲しみに暮れた。


『貴様は何をやったのか分かっているのか⁉︎⁉︎』


 怒りの拳がオリエルタを殴打する。

 死なないように手加減されてはいるが、ミューレの拳は重く激しく打ち付けた。それは一発ではなく、怒りのままに二発三発と打ち抜いていく。

 それ以上は危険だと判断した天使達が静止するが、ミューレは聞く耳を持たない。


『貴様らも同罪だ! どうして姉さんの子供を捨てたんだ⁉︎』


 悲しみと怒りの慟哭に誰もが口をつぐむ。

 反論は出来た。かつて起こった悲劇を理解しているのかと、二度と過ちを犯さない為だと反論できた。


 それでも誰も何も言わなかったのは、幼い子供にも適用して良いのかと考えたからだ。

 何も言い返せなかった。何度同じ状況があっても、同じような選択をするだろう。それでも、何も言い返せなかった。

 全てはこの地を守る為と理由を付けて、自分達の選択から目を逸らしていた。


 それから、ミューレは天使族を嫌うようになる。同じ目的でユグドラシルの為に戦いながらも、その溝はますます深くなっていった。

 だからだろう。

 他の種族と交わり子を成したのは。


 天使族の在り方を否定して、ユグドラシルにとって大切な情報を齎したマヒトと家族となったのだ。


 本来なら、他種族との恋愛は推奨されていない。

 世界が違えば、その種の成り立ちも異なる。それは、どんなに愛し合っても、子供が出来ないという意味でもある。

 だからこそ皆が反対したのだが、二名の功績に免じてユグドラシルが動いた。

 共に歩むのを認め、子を成す霊薬を与えたのだ。


 この霊薬はユグドラシルでも、そう簡単に造れる物ではなく、無から有を作り出すのに匹敵するほどの奇跡だった。


 ……功績?


 そこまで考えて、オリエルタは引っ掛かる。

 二人の功績とは、ミューレは守護者筆頭となり多くのモンスターを討伐したもの。

 マヒトの方は、ユグドラシルにより結界内に誘導され、多くの情報を齎したというもの。その中には、ヒナタに関する物もあり、そして何より先程の光。


『もしや、現れたのか』


 単なる憶測でしかないが、それが事実であれば、それはオリエルタにとって……。


『どうかしたのか?』


 険しい顔をしていたからか、アミニクから心配の声が掛かる。それに『何でもない』と返すだけで精一杯だった。


 そうであって欲しいと願いながらも、心のどこかで嫉妬している己に気付く。キューレという最愛との間に授かった子を己の手で捨てながら、その子に尊敬されている者に嫉妬している。


 そんな資格など無いというのに。


 何度も味わう焦燥と後悔を胸に秘めて、ユグドラシルがいる神殿に到着した。


 開かれた巨大な扉の先には、多くの者達が集まっていた。

 各種族の代表者と守護者だけとはいえ、その種族の数が多い上に、巨人族という大きな者もいるので、中は逼迫しているように見えた。

 とはいえ、この神殿は空間魔法で拡張が可能になっており、空間が足りなくなるということは無い。


『おお、これはこれは英雄のお父様ではございませんか』


『オベロン様……』


 妖精族唯一の守護者にして、いろいろと押し付けられた妖精族の族長でもある苦労性なオベロンが、胡散臭い笑みを浮かべてやって来る。


 そんなオベロンに頭を下げるオリエルタとアミニク。

 天使族とはいえ、上位の守護者に対しては敬意を持って接するのである。


『ちっ、やめろやめろ。いつも言ってるだろう、そういうのはいいって。それよりも、さっきの光はなんだ? 英雄が戻って来たって話は聞いてないぞ』


『それは……我々にも分かりません』


 あくまでも憶測。

 そうであってほしいと願う一方で、複雑な思いを抱えていた。


『なんか含みがあるな……。まあ、ユグドラシル様が説明してくれるだろうさ。おいでなさったようだしな』


 オベロンがそう言うと、壇上に一本の木が生える。

 そこに一つの果実が成り、すくすくと育ち人型へと形を成長させて行く。そして色が付き、緑と金糸の服を身に付けると、その実は目を開き枝から切り離された。

 落下した実は会場にふわりと着地すると、周囲を見回した。


『うむ、皆集まっておるな』


 そのエルフの少女が声を発すると、皆が頭を下げ礼を尽くした。


 世界樹、ユグドラシルの登場である。


 象徴であり絶対者である世界樹に、無礼を働こうとする者はこの場にはいない。


『皆の者面を上げよ! 下らん前口上は止めておく、心して聞け! 朗報であるぞ!』


 世界樹は足幅を広げ、手を勢いよく振り翳してアピールする。その顔は気色に染まっており、興奮しているのがよく分かった。


 その様子にオリエルタは、ああ、やはりそうか……と瞳を伏せた。


 そんなオリエルタの心情を他所に、ユグドラシルは言葉を続けた。


『英雄と同じ力を持った者が現れたのじゃ! これで、ヒナタが夜に縛られることは無くなる! 英雄が戻って来るぞ‼︎』


 とても嬉しそうに宣言したユグドラシルだが、圧倒的に説明が足らず、皆は困惑するしかなかった。

 しかし、事情を知る一部の者は驚愕して、オリエルタに注目した。


『ユグドラシル様、その事情が飲み込めないのですが、英雄と同じ力を持った者とは一体……』


『おお、これはすまぬ。想像以上の力を見て興奮しておったわ。そうじゃな、どこから説明したものか……』


 ユグドラシルは悩んだ素振りを見せたあと、オリエルタを一瞥すると目が合った。


 ここから先を話すと、オリエルタの立場は悪くなる。

 だから、確認の意味も込めて見たのだが、覚悟が決まった目をしていた。

 しかし、ユグドラシルはヒナタを捨てたことを話す気は無かった。その件は、すでにヒナタとオリエルタの間で決着しているからだ。

 そこに口出し出来る者はいない。


 いるとすれば、育ての親だけだから。


『うむ、では英雄ヒナタの育ての親から説明しようかの……』


 ユグドラシルから告げられた内容は、一般に知られているものとは異なっていた。


 英雄ヒナタは、生まれて直ぐに聖龍に見出されて、ユグドラシルを守る英雄となる為に育てられたと伝えられていた。

 しかしその一部は嘘で、聖龍と共にヒナタを育て鍛えたという。


 育ての親は、聖龍により囚われていた災害級のモンスターを全て葬っており、間接的にユグドラシルを守ってくれていた。


『皆も見たであろうあの光、あれはその者が放った物じゃ』


 そこまで告げると、皆は黙ってしまった。

 最初こそ、ヒナタが聖龍以外の育ての親という話に困惑していたが、聖龍により囚われていたモンスターの話を聞いてそれどころではなくなってしまった。


 かつて、ユグドラシルが支配する土地は、今よりもずっと広大だった。森の大半を支配していると言っても過言ではなかった。


 それが今は、ここまで縮小している。

 限られた土地で、浮島を大量に作り出して住む土地を拡張した。昔は、浮島はあってもここまでの数ではなく、普通に空は見えていた。


 どうしてこうなったのか?


 それは、一体の災害級モンスターの襲来から始まった。


 聖龍の結界を失った土地に、一体のヒドラが現れたのだ。

 そのヒドラの首の数は余りにも多く、その上、山のように巨大な体躯をしていた。

 ならば動きが遅そうだが、そんなことはなく、スピードを得意とする守護者でさえ捕えられて踏み潰されてしまった。


 多くの犠牲者を出し、広大な土地を蹂躙された。

 なんとか仕留めたのだが、それも英雄がいなければ不可能だった。


 そんなモンスターが百体以上も捕えられていた。


 この事実が語られて、皆はあの惨劇を思い出してしまった。


『……では、その者は、我らの味方なのですか?』


『うむ、少し抜けている所はあるが、気持ちのいい者ぞ。こちらが無礼を働かぬ限り、彼奴が敵対することはない。そも、ヒナタを育てた男じゃ。どのような者なのか、想像もつこう』


 そう言われても、それぞれの種族によって、ヒナタに対する印象は異なる。

 大抵の場合、尊敬や崇拝の念が締めているが、ヒナタをよく知るオベロンとかだと、『面倒くさそうだなぁ』と顔を顰めていたりする。


 その一方で、「ギリッ」と杖を握り締めて怒りと覚悟を抱いている者もいた。

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― 新着の感想 ―
ユグドラシルの登場の仕方が実ででてくるんですねぇわざわざこうするのもかなりの興奮でつい演出しちゃった感がありますねw
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