奈落44(世界樹③)
世界樹篇の会話は、全て念話で行われています。
理由は言語が共通でない上、発音できない種族もいるから。
綺麗に舗装された道。
隣を見れば、見たこともない建築物が空高く聳え立っている。
更に上空には、大きな島が浮いており、島の下部に着いた照明が明るく地上を照らしている。
建物同士と島には行き来が可能な管のようなパスが繋がっており、中を通る光が忙しなく動いている。
また、空を行く人?もおり、その手段も自力だったり、空を飛ぶ乗り物だったりを利用していた。
地上には多くの種族が入り交り、皆が楽しそうで、とても活気のある場所だった。
フウマは、そんな中をたった一頭で寂しく歩いている。
周りの通行人が、フウマの姿を見て驚いていたり、何かをフウマに向けていじっていたり、少数だが悲鳴を上げて逃げ出す者までいた。
なんて失礼な奴らだ。
そんな事を思いながら、主人がいるであろう方向に進む。
フウマはこんな形でも一応は召喚獣なので、召喚主の居場所は何となく分かるのだ。
ひとつ擁護しておくと、逃げ出した者達は妖精族という小型の種族であり、相手の強さにとても敏感な種族である。
なので、この地に大打撃を与えられるくらい強力な存在を見てしまい、恐怖して逃げ出したのだ。
つまり、フウマが悪い。
見た目は短足の小型馬なのに、その中身はこの地を守護する者達さえも圧倒する化け物。完全に見た目詐欺である。
『なにこの子、可愛いんだけど!?』
そんな化け物フウマに、手を差し伸べる者がいた。
猫耳の獣人の少女は、しゃがんでフウマをキラキラした目で見ていた。首には、木の葉の形をしたネックレスが掛けられており、豊満な小山の間に乗っている。
『やめなよシャリー。誰かのペットだよ、きっと』
猫耳の少女、シャリーを制止するのは、こちらも猫耳の少女である。シャリーが白猫だとしたら、制止した少女は黒猫だろう。その黒猫の少女も、何だかんだでフウマを見て興味が引かれた様子である。
『でもさ、クロエ。この子、ペットのタグが付いてないよ。きっと捨てられたんだよ』
『本当だ。じゃあ、この子処分されるのかな?』
「ブル」
不穏な言葉を聞き、少しだけ怯えるフウマ。
どんなに強い馬でも、処分などと物騒な言葉を聞いては、おいマジかよとなるのだ。
『この子怯えてるよ、連れて帰って保護しようよ』
『シャリーに怯えているんじゃない? それに、これから訓練なんだから、そんな余裕ないよ』
『えー、ひどーい。じゃあさ、訓練場に連れて行けばいいんじゃない?』
『先生に怒られるよ』
『大丈夫だって、今日はママリリ先生だから許してくれるって』
勝手に進む話に付いて行けなくなり、その場を後にしようとするフウマ。
しかし、いつの間にか首にリードが巻かれており、こっちだよと引っ張るシャリーの姿があった。
「メー」
訳の分からないまま、引っ張られていくフウマ。
それなりの重量があるフウマだが、何でもないように引いてしまう少女の力は、獣人という種族の特徴なのだろう。
ずるずると連れて来られたのは、天井の無い大きな建物。
まるで昔の野球場のような外観だが、それ以上に大きく、建物自体に魔力が通っているのが分かる。
ここが、少女達が言っていた訓練場なのだろうとフウマは予想する。
蹄で壁をコンコンと叩いてみる。そこから伝わる感触で、この建物ならば、少々の魔法で攻撃された所で傷を付けるのは不可能だろうと評価する。
『こっちだよ』
更に、訓練場の中には結界が張られており、かなり強化されていた。それだけ、この訓練場は危険な場所なのだろうかと疑問に浮かぶが、フウマが気にする事でもないのであっさりと興味を失った。
こうして連れて来られた女子更衣室で、少女達の着替えを眺めながら、主人の動向を伺う。
天使に連れて行かれた場所から移動した形跡はなく、争う様子もない事から、まあ無事なのだろうと判断する。
てか、あの主人ならば、この地ぐらい更地に返せてしまいそうなので心配はしていないが。
『おっし、準備完了!』
『私も完了』
何やら体のラインが見えるくらい、ピッタリとしたスーツを着用しており、その上から胸、肩、腕、脛の部分にプロテクターを装着していた。
頭部を保護するヘルメットは手に持っており、もう片方の手には短い棒が握られていた。
行こうというシャリーの声を聞いて、行ってらっしゃいと見送るフウマ。だが、当たり前のようにリードを引かれて連れて行かれる。
到着した先は大きなグラウンドになっており、何の舗装もされていない平らな大地だった。その隅の方には、シャリーやクロエと同じ格好をした者達がおり、その種族もバラバラだった。
『おはよう!』
『おはよー』
二人が挨拶をすると、先に集まっていた者達も元気よく返してくれる。
どうやら、二人は人気者のようで、皆から慕われているのが分かる。
『なあ、その連れている奴ってなんだ?』
そう聞いて来たのは、犬の獣人の男の子だ。
集まった中でも、大きな体をしており、魔力量も頭ひとつ抜けている。
『この子? わたしのペットだよ。まだ申請してないから連れて来てるんだよ』
『ふーん……ブサイクだな』
「ブルル!?」
『ロック酷ーい、この子傷付いてるじゃん』
初対面の子供に酷い言葉を投げかけられ、心の底から傷付いてしまう。
これでも、立派な体になったことはあるのだ。
凛々しくも完璧な、黒王顔負けの立派な馬に。
それがどうだろう、何処ぞの主人のせいで、この肉体に逆戻りしたのである。
おのれ〜。
主人と次に会ったら蹴り飛ばしてやろうと決めた。
『なんか、やばい空気醸し出してないか?』
『ロックが悪いんだよ、酷いこと言うから』
フウマの体からよくない雰囲気が漂っており、明らかに不機嫌だと分かる。
その様子を見たクロエが、フウマの頭を優しく撫でて慰めてくれる。
『大丈夫、あなたは可愛い子ブタさんだから』
「メッ!?」
お前は慰める気はあるのかと突っ込みたくなるが、フウマには念話の技術はなく、意思を伝える手立てがない。
他の者からも体を撫でられたりして、チクチクとストレスを溜めていると、大人の女性が訓練場に現れた。
『あら、可愛いお客さんがいるわね』
『ママリリ先生、おはようございます』
『おはよう、みんな』
ママリリと呼ばれた女性は、背中に蝙蝠の羽を生やした、なんともけしからん格好をした女性だった。
少年少女達と同じようにボディスーツを着用しているのだが、上からプロテクターを付けてはおらず、何故か胸元を大胆に開けていた。
その姿が突き刺さった一部の少年がガン見しているが、ママリリに気にした様子はない。寧ろ、もっと見ろと主張してさえいるような気配さえある。
『シャリーさん、その子は何なの?』
『新しいペットです』
「ブルル」
『どうして連れて来たの?』
『実はこの子、登録されてないみたいなんです。だから、このままじゃ殺処分されるんじゃないかと思って……ダメでした?』
『いいえ、貴女の優しい心はとても尊いものです。先生は感動しました。今回は許可を出しましょう』
『本当ですか! ありがとうございます!』
『ただし、他の先生のときは控えて下さいね』
『はい!』
よく分からん所で、よく分からん許可が降りたようで、フウマは他のペットならぬ使い魔が待機している場所で待つようになった。
『じゃあ、大人しくしてるんだよー』
そう言ってガラガラと音を鳴らし、何とも原始的で頑丈そうな檻を閉めるシャリー。
閉じ込められた檻の中には、何とも凶悪そうなモンスターから愛玩動物まで待機していた。
大きなもので馬の体に羽を生やした鳥頭のヒポグリフ。
小さなもので額に宝石を付けた鼠のカーバンクル。
他にも沢山のモンスターや動物達が、大人しくしており、フウマが入って来たことで更に隅の方で大人しくなってしまった。
別にフウマが何かをした訳ではない。
他の使い魔達の本能が、コイツはヤベーと悲鳴を上げて逃げろと伝えて来るのだ。
逃げ出そうにも、ここから脱出するのは不可能で、主人を呼んでも役に立たないと分かっている。だから、彼等はフウマを刺激しないように大人しくするしかなかったのだ。
何とも賢い使い魔やペット達である。
「ブルッ」
フウマは鼻を鳴らして他の使い魔を一瞥すると、興味を失い、その場で横になった。
主人の田中に動きはなく、ここの情報も無いので大人しくする事にしたのだ。失礼なことを言われたりはしたが、基本的に悪意はなく、敵意や害意がある訳でもないので、気にする必要もない。
少しすると、少年少女達が動き出す。
ペアを組み、大きく広がって互いに向き合う。そして、ヘルメットを被り、短い棒に魔力を流すと、それぞれが得意とする武器へと姿を変えた。
白猫の獣人であるシャリーの武器は、腕に装着する鉤爪で、姿勢を低くした姿からは、獣らしい荒々しさが表れていた。
対する黒猫の獣人のクロエは、身長程の棒を両手で持ち、その先には大きな丸い玉が付いている。それは杖ではなく、大きなハンマー。
大人しそうな見た目と似合わず、凶悪な鈍器がその手に収まっていた。
先に仕掛けたのは、機動力で勝るシャリー。
にゃと笑みを浮かべて、クロエから狙いを定められないように動き回り距離を詰めて行く。
接近されると不利なクロエだが、敢えてシャリーが迫るのを待ち、腕に力を込めて構える。
間合いに入った瞬間に、ハンマーが横薙ぎに振り払われ、身を低くしていたシャリーに迫る。
それを飛んで避けたシャリーは、空中で一回転して鉤爪をクロエに向かって振り下ろす。
「にゃ!」
可愛らしい声とは対照的な爪は、クロエへと迫る。だが、それを黙って受けるクロエではない。
ハンマーを振り抜いた遠心力を利用して、自らも飛び、シャリーの爪から逃れたのだ。
「ぬん!」
今度はクロエが唸り、着地すると同時に、もう一度ハンマーを振り抜いたのだ。
連続して振られたハンマーは、着地したシャリーを正確に捉えていた。
これを避けるのは無理と判断したシャリーは、ダメージを最小限に抑えるべく、後方へ跳び、爪を盾にして衝撃を和らげた。
元の距離に戻り、まるで互いを褒め称えるように、にゃっと笑った。
そんなのが、そこかしこで行われており、フウマは欠伸をして眺めていた。
皆の得意な武器が違い、同じ物でも扱い方が違ったりと、面白いなとは思う。だが、主人とヒナタの手合わせを見ていたせいで、大した物ではないように思えてしまうのだ。
だから、暇だなぁと横になって眺めていた。
『貴方は何者?』
横になってそのまま寝ようかなとしていると、檻の横から羽のある女性、ママリリが話掛けて来た。
顔は正面を向き子供達を見ているが、その顔に笑顔はなく真剣なものになっていた。
「ブル?」
何を言われたのか分からず、寝た状態で首を捻る。
何者とは何なのだろうか、見た目通りの人畜無害の馬でしかないのに。
『答える気はないの? 貴方から感じる力は、尋常じゃない。目的は一体なに?』
「ブルル」
ヒナタって子、知りません。
何だか怪しまれているようなので、率直にヒナタについて尋ねる。ブルルになったのは、念話が使えないからだ。
それでも、主人やヒナタやト太郎には通じていたので、大丈夫だろうと思っていた。
『そう、答える気はないのね』
だが、残念なことに、初対面の人には通じないようである。
残念そうにしているのはママリリも同じようで、肩を落としていた。そして。フウマの方を振り返ると、鋭い眼光で睨んだ。
『あの子達に、何か危害を加えるようならば、決して容赦はしませんからね!』
「メッ!?」
子供達に対するママリリの深い愛情を感じたフウマはいたく感動した……りする訳がなく、無理矢理連れて来られたのに、一方的なもの言いに、もの凄く悲しくなった。
以前の、ヒナタと出会う前のフウマならば、怒りに任せて文字通りここを吹き飛ばして更地に変えていただろう。それがどうだ、悲しいと思う反面、共感してしまう所もあり怒るに怒れないのだ。
フウマにとってヒナタとは、弟や妹のような存在だった。
そんな手の掛かる弟妹を持ち、穏やかな性格へと成長していたのだ。
命拾いしたな、この女。
そんなことを思いながら、フウマはメ〜と泣いた。
ママリリに警戒されながらも、少年少女達の訓練を眺める。これしかやる事がないから仕方ない。ママリリに話掛けても、フウマが動く度にビクッとするので、何だか悪い気がして辞めた。
そんな風に時間を潰していると、訓練場の上空から、数人の天使と一匹の妖精族が降り立つ。
突然の乱入者に驚く少年少女達。
『守護者? どうしてここに?』
ママリリも突然の乱入者に驚いているようで、一体何事かと反応に困っているようでもあった。
混乱する訓練場の中で、この場で唯一の妖精族がフウマを指差して答えた。
『ああ……こりゃやべーわ』
その顔はどこか絶望していた。