奈落43(世界樹②)
おはよう。
「フゴ、フーゴ」
ああ、良い天気だな、暗いけど。
「ブブモ」
そうだな、飯に行こうか。今日の朝飯は何かな?
「フグッ!」
豚の生姜焼きに豚肉のステーキに卵サラダか!
良いな!早く行こうぜ!
「グッ!」
ここで仲良くなったハイオークのオクタン君と食堂に向かう。
オクタン君はハイオークのなかでもイケメンなようで、すれ違う女性のハイオークから黄色い声援を注がれている。
そんな様子を見ても、嫉妬心が湧かないのは俺も成長しているからだろう。
人それぞれ、ハイオークもそれぞれだ。
幅の広い廊下を歩いていると、つい周囲に目移りしてしまう。
まるで近未来映画に出て来るような建築物。
この建物の内装は白を基調にデザインされており、清潔感がある。所々琥珀色の線が走り、何かしらの紋様を描いている。これがデザインなのか、何かしら効果があるのかは俺では判断が付かない。そういうのが専門ではないから仕方ない。ただ、薄らと魔力を感じるので、トレースを使えば分かりそうな気はするが、そこまでする必要性も感じないので気にしないようにしている。
この建物は物凄く広く、一人で行動すれば間違いなく迷子になる。そんな者達を出さない為に、ここが何処なのかも分かるように壁に文字が表示されている。
ただ、その表示は俺の知る文字ではない。だというのに、何故か文字の内容を理解できてしまう。
一体どうなっているのかと目を凝らしてみると、文字自体に魔力が宿っており、恐らくはそれで意味が伝わるようにしているのだろう。多分。
また、この建物にいるのはハイオークだけではない。
「ギギッ」
『よう新人、よく眠れたか?』
ホブゴブリンや獣人、エルフっぽい人やツノの生えた鬼っぽい人までいる。
今、声を掛けてくれたのは、ホブゴブリンのハヤタさんと獣人のバルタだ。
どうも、おかげさまでよく眠れました。
「ギッ」
『そいつは良かったぜ、ママのおっぱいが恋しくて逃げ出したのかと思ったからな』
獣人のバルタは口が悪い。
この中では一番の年下だが、何故か態度が横柄なのだ。
「ギギ!」
『悪かったよハヤタさん、もう言わないって、すまなかったな』
気にしてないから大丈夫だ。
次言ったら容赦しないからな、とは言わないでおく。
ホブゴブリンのハヤタさんはバルタの教育係だったらしく、頭が上がらないそうだ。独り立ちしても、ハヤタさんからよく叱られているらしい。
隣にいるオクタンの話によると、これがいつもの光景のようだ。
席に到着すると、小型のゴーレムが食事を運んでくれる。
オクタンが言っていた通り、豚の生姜焼きと豚肉のステーキに卵サラダだった。
うん、美味そうだ。
一口食べると、豚肉の油と生姜の香りが広がり、とても美味である。豚肉のステーキも肉厚でボリュームも満点、卵サラダもコカトリスの卵を使っているだけあり、歯応えバッチリである。てか石じゃないのかこれ?
そんな朝食を摂ったあとは、皆で畑に出て作業を行う。
作業といっても軽作業の部類で、畑を見回り異常がないかの確認だけだ。
おっと、怪我してるじゃないか。気を付けろよ。
「ギィー」
なに、良いってことよ。
怪我をしたクイーンビックアントの幼体に治癒魔法をかけて、治療して上げる。
大きくなれば強力なモンスターになるクイーンビックアントも、幼体では碌に魔法も使えないので、保護して上げる必要があるのだ。
広大な畑には、クイーンビックアント以外にも普通のビックアントやキラービーの姿もあったりする。
基本的に、彼等が野菜などを栽培してくれるので、俺達は異常がないか見回るだけで良いのだ。
作業が終わると自由時間となる。
この時間は何をしても良く、外に出て遊ぶも良よし、中に留まって勉強するもよし、鍛えるもよしと、治安を乱さなければ問題無しといった具合である。
「フゴッ!?」
おりゃー!
その時間を使って、ハイオーク達は相撲をやっている。
俺は相撲と呼んでいるが、一定の範囲から外に出す以外の勝利条件はない。最悪、地面にしがみついて粘っても勝ちである。
そんな中に混ざって、俺は無双していた。
俺よりも大きなハイオーク達を片手で投げ飛ばし、地面に張り付いて粘るハイオークを引き剥がして外に転がした。
おらー!もっと来いやー!!
「フゴフゴッ!」
なに?お前強すぎるからどけって?
あれ?逃げるの?俺一人に逃げるのかなぁ〜?
「フゴッ!?」
挑発してやると、怒り狂ったハイオーク達が、俺を引き摺り出そうと円の中に入って来る。
その全てを、ちぎっては投げちぎっては投げ、無双の楽しさを思い出していた。
そんな事をして、調子に乗っていたからだろうか、ハイオークの女王様が現れたのは。
「ブオ」
豊満な肉体に、普通のハイオークの倍の大きさはある女王様。
隣にはオクタンの姿があり、何故かげっそりしているように見える。
食べられたのだろう、いろいろと、大変だなイケメンも。
羨ましいとは欠片も思わないが。
その女王様が一歩前に出ると、円ごと持ち上げられ壁に叩き付けられてしまった。
どんな手段を使おうとも、円から出されたら負け。
つまり俺は負けたのだ。
ちくしょー!
悔しさの余り絶叫する俺。
そして我に返る。
「俺、こんな所で何してんだ?」
天使達に連れて来られたのは、俺の仲間がいるという場所だった。
それがオークのいる場所だったので、まあそうだよなーと会話の流れから分かっていた。
だが、それがどうだろう。
思った以上にここの居心地が良くて、秒で馴染んでしまった。近未来的な場所なのも関係しているのか、全てが便利過ぎて、もうここで良いやとなってしまった。
いかん、ここに居たらニートになってしまうかも知れない。
いや、それはそれで……。
なんてのは冗談で、ここにヒナタ達が居ないのなら、もう用はない。
さっさと出て行こうとすると、大きな影が俺の前に立ち塞がった。
「ブオー」
その影はハイオークの女王様である。
顔を歪めており、まるで私の物になれよと言っているかのようだ。
隣にいるオクタン君は助けて欲しそうに、こちらを見ている。既にいろいろと失った後なのだろう。彼は俺に良くしてくれた。数時間しか一緒にいなかったが、それでも十分な理由にはなるだろう。同じオーク仲間として感謝しても……。
誰がオークじゃ!?このボケがー!!
「ブギュー!?」
唐突に天使の言葉を思い出し、女王様を殴り飛ばしてしまった。
その光景を見て、目に光を取り戻すオクタン。
それはまるで、この世の絶望の中に、ひとつだけ残った希望を見つけたかのような輝きだった。
「……フオ」
まるで乙女のような表情のオクタン君。
俺はもしかしたら、選択を誤ったのかも知れない。
立ち上がろうとする女王様に、容赦なく追撃を加えながら思う。強さを尊ぶのは、何も探索者だけではないのかも知れないと。
そんなどうでもいい事は置いておくとして、後はよろしくと様子を伺っていた獣人のバルタにお願いして、この場を後にする。
『いや!おい!どうすんだよこれ!?なに当然のように出て行こうとしてんだよ!?』
犬のように吠えるバルタだが、俺に犬の言葉は分からないので相手のしようがない。だから全部無視して、建物を出た。
こんな所で油を売っている暇はないのだ。
早くあいつらを探さないといけないし、フウマとも合流しないといけない。
さあ行くかと、空に飛び上がりユグドラシルの街に向かった。