幕間23(聖龍⑨)
本編の流れ
聖龍:結界にいる奴らやば過ぎて倒せねー、せや、未来から良い人材呼んだろ。
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田中、聖龍の守る森に到着。問答無用で過去に飛ばされて天使の赤子を拾う。
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森から脱出不可能で聖龍の元に定住する。
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ツエーモンスター倒しながら赤子を育てる。
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どこぞの堕天使に放り込まれたナナシと合流。
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大事な武器をナナシにパクられる。ナナシシネ
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仕方ないから強くなる。新しい武器の杖をゲット。
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どこぞの世界樹が放り込んだ二号と合流。
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ハンパないくらい強くなる。人間卒業。
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結界に閉じ込められていたツエーモンスターを全部倒して元の時間軸に戻る。聖龍と赤子と二号と杖と別れる。
聖龍:お疲れ田中、また会う日まで。
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蟻蜜ゲット、出荷される。←イマココ
地上では
大金かけた街が崩壊するんだってよ。
そりゃてーへんだ。
でも、そんなの関係ないと麻布さんが復讐開始。←イマココ
何度も潜った湖に沈んでいく。
遊びで潜り、ご飯を食べながら眺めて、訓練で投げ入れられて、ト太郎が住んでいて、溺れると必ず助けてくれる、あって当たり前の場所。
何の心配もなく、安心できる大切な場所だ。
その湖に沈んでいく。
浮上したくても、体に力が入らなくてどうにもならない。
早く戻らないと、ト太郎が危険なのに動いてくれない。
傷は治癒魔法で回復しているが、何故か体に力が入らなくて、まるで自分の体ではないみたいだ。
ヒナタは沈みながら、先程の感覚を思い出す。
よく分からない力が、体に入り込んできて、どうしようもない程の多幸感と満足感に襲われた。
もっとこれを味わいたいと、心が欲求して来る。
この感覚をヒナタは知っていた。
昔々に、この感覚のせいで、何か大切なものを失ったような気がして、悲しいと思ってしまった。
だから、いらないと拒否してしまった。
凄まじい痛みが全身を襲う。
ゴポッと体に残った空気を吐き出して、体を強く抱き締める。
体が作り替えられていくような感覚に、幸福感と恐怖が入り混じり、混乱して身を任せてしまいそうになる。
“親父”
助けを呼んでも、誰も助けには来ない。
ト太郎が言っていた。
親父はもういないと、フウマも行ってしまったと。
どうして居なくなってしまったのか、説明されても理解出来るはずもなく、受け入れられるはずがなかった。
親父に会いたいなぁ。
翼が黒く染まり、髪の色が抜けていく。
それは同族を手に掛けた罪の証。
このまま変化を受け入れれば、欲望に身を任せる存在に成り下がり、楽になるだろう。
でも、それだとヒナタではなく、ただのモンスターになってしまう。
そんな姿で、親父に会いたくはないと、ただそれだけを思ってしまった。見つけてくれないんじゃないかと、心配になってしまったのだ。
ヒナタは足掻く。
全身に力を込めて、体が変化しないようにと必死に抵抗する。魔力を全身に駆け巡らせ、根源を砕く力で、変化させようとする何かを排除しようとする。
だが、ヒナタの力では止まらない。
「ーッ!?」
湖に沈むように、意識が遠のいていく。
微睡みに意識を沈めて、全てを投げ出しそうになる。
こんな所を親父が見てたら、なんて言うかな?
“こらっ、ヒナタなにしてんだ!”
きっと叱られる。
食べ物をダメにした時や、間違って二号の首を切った時は厳しく怒られた。
もしも、モンスターになりでもしたら、きっとまた怒られる。
それは嫌だな。
じゃあ、こんな時、親父ならどうするだろうかと考える。
きっと、何でもないように打開して、当たり前のように立ち上がるだろう。
その姿を何度も何度も見てきた。
その度に、その姿に憧れた。
ああなりたいな、なれないかな、なろうかな、親父の子供なんだから、僕も成れるだろ。
ヒナタの物事の考え方は、悲しいほどに育ての親に似てしまった。
単純で馬鹿。
楽観的で情に流される。
そんな馬鹿に似てしまったヒナタは、きっと不幸で幸運だったのだろう。
ヒナタは憧れた存在に近付くべく、性別を選択する。
体の大きさが変わる訳ではないが、より力強い肉体に、内包する魔力が荒々しいものへと変化する。
そして、根源を砕く力も増した。
「キュ!!」
体を変化させようとしていた素を砕き粉砕する。
何か悲鳴のようなものが聞こえた気がしたが、なんだか凄くスッキリした。
途端に優しい魔力に包まれて、水面に向かって浮上する。
ト太郎は無事だったんだと安心して、溢れる力に笑みを浮かべる。
無理矢理押し付けられたものではなく、自ら得た力。
それを手にして、ヒナタは友の元へ向かう。
ーーー
体が碌に動かない聖龍は、勘兵衛から振り下ろされる戦斧を避ける手立てはなかった。
だが、仮にも聖龍である。
その肉体は鋼よりも硬く、その下にある肉もまた魔力で強化されていた。
「ちぃ!?」
そのおかげで、一撃で首が断たれるようなことはなく、半ばまで食い込み動きが止まった。
痛みで声を上げるようなことはなく、勘兵衛に向かって再び魔法を放つ。
勘兵衛はその場を飛び退き、回避すると、今度は勢いを付けて飛び掛かって来た。
一撃でダメなら二撃目を、それでダメなら更にだ。
殺意の籠った戦斧は、黒炎を纏い、威力が増大する。
聖龍は魔法を解除させようと試みるが、弱っていた上に、傷を負ってしまったせいで、魔力を操ることが出来ない。ましてや、武器に付与された物には干渉し難く、今の聖龍では無理だった。
魔法で牽制するには近過ぎて間に合わない。
同じところに打ち込まれれば、聖龍の首は飛んでしまうだろう。
だが、それを阻止しようと天使が動く。
勘兵衛を警戒して動き出せなかった天使達だが、創造主である聖龍が傷付けられたら黙ってはいられなかった。
最速で移動した天使が自らを聖龍の盾とし、勘兵衛の戦斧を受け止め、黒炎に巻かれてしまう。
「邪魔だ!?」
続くのはそれだけではない、捨て身の覚悟で、オリエルタと残った合計五体の天使が襲い掛かる。
その全てが邪魔だと、一気に殲滅せんと勘兵衛は魔力を操るが、またしても聖龍に邪魔をされ無効化されてしまう。
やはり、コイツを先に倒しておきたかった。
横目で聖龍を見て、歯噛みする勘兵衛。
黒炎の魔法を使用できれば、この場にいる者達を一掃出来る自信がある。
しかし、魔法を無効化する者がいては、それも難しいだろう。それが分かっているから、思考を切り替え、戦斧を天使達に向けるしかなかった。
天使達が勘兵衛を引き付けてくれている間に、ヒナタを助けようと水を操る。
湖の中で、何やら異変が起こっていたが、今はヒナタの救出を第一に考えよう。
水を操りヒナタを掴むと、水面に向けて浮上させる。
どうやら無事なようで、斬られた傷も自分で治療したのだろう。
良かったと安堵して、あの男の手の届かない場所に移そうと誘導すると、ヒナタから抵抗にあい、近くの水面から姿を現した。
「キュルルルルル!!!」
その姿はこれまでと変わっていた。
体には男の子だという特徴が現れており、髪は銀色に、翼は黒く染まっていた。
これが、堕天の影響だという事は察したが、勘兵衛のような狂気は感じ取れなかった。
雄叫びを上げるように地上に戻ったヒナタは、黒い翼を広げて、風を操り舞い上がる。
「おいおい、何だよそりゃ」
天使達を圧倒していた勘兵衛は、明らかに雰囲気の変わったヒナタを警戒する。
同族を殺して自分と同類になるものだと思っていたのに、どうやったか踏み止まったようだ。それも、恐怖を覚える程の力を身に宿してだ。
勘兵衛は戦斧の柄で、オリエルタの槍を逸らすと、プロテクターの上から殴打して、装備を砕き殴り飛ばす。
本来なら、その下にある体まで届かせたかったが、この天使だけは、他と一線を画しており、なかなか仕留めきれない。
天使は残り三体となっているが、全てを殺しきれなかったのは、オリエルタがいたからだ。
チッと舌打ちをして、勘兵衛はヒナタと向き合う。
厄介なやつは今の殴打で、少なからず負傷したはずだ。
他の天使は、もうカウントする必要もない。
空に浮かぶ黒い天使。
勘兵衛は最大限に魔力を戦斧に込め、黒炎を撒き散らす。
もう武器に魔法を宿せば、邪魔されないと理解していた。
可能なら遠距離からやりたかったが、この状況を作り出したのが勘兵衛自身なので、諦めるしかない。
「さっさとくたばれよ、チビが」
悪態を吐くと、それが合図かのようにヒナタが動き出す。
これまで以上の速度で動き、聖龍の近くに落とした剣を拾い上げると、神速の速さで勘兵衛へと斬り掛かる。
「ぐっ!?」
「キュラ!」
柄で受け止められた一刀。接近したのを利用して、強化した足で勘兵衛の脇腹に蹴りをお見舞いする。
やられたらやり返す。
それが親父の教えだった。
小さな体から放たれたとは思えない威力を受けて、近くの木に叩き付けられる。
ヒナタは追撃を加えるため、即座に距離を潰して戦斧を持つ右腕を下から断ち切る。
宙を舞う右腕には目もくれず、次は左足を斬り落とす。
片足でバランスの取れなくなった勘兵衛は、木に凭れ掛かる。
こりゃまずいなぁと思いながら、首を斬り落とそうとする天使のような死神を前にして、魔力を操る。
操る魔力の対象は、切り離された腕と足。
奇しくも、ウロボロスと似た方法を思い付いた勘兵衛は、躊躇なく切り落とされた部位を爆発させる。
「キュ!?」
黒炎が発生し、辺りを焼き尽くしていく。
近くにいたヒナタは翼で身を守り、急いでその場から飛び退くが、翼に黒炎が燃え移ってしまいなかなか消えてくれない。
必死に翼を羽ばたかせて黒炎を消そうとするが、変化はない。燃えた羽を落としているのに、更に燃え広がっていく。
いっそ翼を切り落とすかと考えていると、魔力が伸びてきて黒炎が消えていった。
魔力の出所である聖龍は、勘兵衛の手から離れた魔法に干渉して消火したのだ。
「ちっ、やっぱあのトカゲは邪魔だなぁ」
手足を再生させた勘兵衛が、面倒くさそうに聖龍を睨む。
強くなった小さい死神の相手をするだけでも大変なのに、魔法まで邪魔されたら勝ち目がまったくなくなってしまう。
その上、残った天使達も隙あらば襲い掛かろうとしている。
かなり面白かったが、この辺が引き際かと逃走を考える。
勘兵衛は同族を殺し、狂ってはいても、無謀を行うつもりはない。都合が良かろうが悪かろうが、他人のことなど知った事ではなく。ただ、気の向くままにやれたら、それで良かった。
そんなふざけた思考だからだろう、引き際を誤ったのは。
途轍もない力が、小さな死神から発せられる。
「っ!?」
息を飲み、この体になってから感じなかった恐怖を、このとき初めて感じてしまう。
小さな死神、ヒナタは剣に力を宿す。
不死、不滅を滅ぼす力、根源を砕く力、目指すべき親父が使っていた反則級の力が形になる。
「キュ」
淡い純白に輝く剣は、膨大な力により、その形を保てなくなりそうになっていた。
それが分かったヒナタは、速攻で決着をつけるべく、弾丸のような速さで勘兵衛に接近する。
「くっ!?」
指を切り離し、黒炎の爆弾として迫るヒナタに投げるが、まるで何でもないかのように一直線に突っ込んで来る。
黒炎の衝撃がヒナタを襲う。
爆風に曝されて痛みはあるが、それだけだ。
黒炎は聖龍の手によって無効化されてしまっている。
聖龍に守護された黒い翼の堕天使が、その力を不成者を成敗せんと振り抜いた。
「キュイ!!」『アマダチ!!』
解き放たれた全てを断つ剣は、神速の速さで振り抜かれ、勘兵衛の右腕を斬り落とし、背後にあった木々を切断し、命を断てずに終わってしまった。
そう、空振りに終わったのだ。
目の前にいたはずの男が消えて、ヒナタは辺りを見回す。
すると、勘兵衛は湖の反対側にいた。
「はあ、はあ、はあ、はあ、っ!!」
勘兵衛と名乗った男は、恐怖に顔を染めて森の奥へと走り去ってしまった。
「キュ?」
この行動が何を意味するのか、直ぐに察する事が出来なかった。
それは、これまでヒナタが戦ってきたモンスターが、逃げなかったからだ。仮に逃げようとしても、即座に田中に狩られてしまい、その姿を見ることが出来なかった。
だから、ここまで好き勝手した奴が、逃走するとは考えられなかった。
勘兵衛が逃走したと気付いたのは、オリエルタが声を上げてからだった。
『追え! 深追いはするな、距離を取って追跡せよ!』
即座に飛び立つ二人の天使。
その姿を見て、ヒナタも続こうとして、全身から力が抜けて倒れてしまった。
「キュ〜」
魔力を使い果たして、動くことが出来なくなってしまった。それと同時に、限界を迎えた剣も、ボロボロと朽ちて砕けてしまう。
親父から貰った剣なのに、怒られるかな。
意識が遠のきそうになりながら、ヒナタはそんなことを思っていた。
微睡に沈みそうになりながら、風に乗せられ、聖龍の元に連れられる。
横たわるヒナタに治癒魔法が施され、負っていた傷は癒えていく。
『ヒナタ、よくぞ無事でいてくれた』
首が切られた影響で、視界が段々とぼやけていく。
天使に世界樹を託したときと同じように、今回も終わりが近付いている。
だが、今回はもう、誰かに託したりはしない。
若木だった世界樹も、相応に成長しており、心許ないかも知れないが守護者もいる。
ならば、この子は自由にしてあげよう。
それを、あの男も望むだろう。
『自由に生きろ、使命や責務はお前には関係ない。好きに生きて、親父に会いに行け。きっと、あいつもそれを望むはずだ』
薄らと開いた目が、聖龍の顔を見る。
魔力が枯渇して辛いだろうに、手を伸ばして聖龍に触れようとしている。
その掌にそっと顔を近付けて、その温もりに頬を寄せる。
『元気で暮らせ、お前の無事を、私は近くで見守り続ける』
近くで息を飲む音が聞こえる。
オリエルタと呼ばれた天使であり、ヒナタのもう一人の父親でもある。
これが真実だったとしても、ヒナタは認めないだろう。
もう、ヒナタの親父は一人しかいないのだから。
『世界樹に、ユグドラシルに伝えよ』
『はっ!』
『この子に干渉するな。無理を通すならば、将来滅びる事になるとな』
『っ!?』
聖龍にとっての世界樹はイルミンスールであり、ユグドラシルではない。
イルミンスールの子供なので可愛いと思いはしても、それ以上の思いは湧かなかった。
それに、可愛いと思うなら、共に暮らしたヒナタの方が勝っていた。
たとえ聖龍の時間からすれば一瞬だったとしても、騒がしくも楽しい時間は、かけがえのないものになってしまったのだから。
イルミンスールとの約束を破ることになるなと、少しだけ残念な思いが湧くが、仕方ないと笑って許してくれる気もする。
最後にヒナタを見ると、意識を繋ぎ止めることが出来なかったのか、目を閉じて安らかな寝息を立てていた。
『元気でな、ヒナタ』
かつて友に言われた言葉を、同じように掛ける。
そして、終わりの近い聖龍は、その身を一本の剣へと転生させる。
一人の子供を思い創られる剣。
ただ、健やかであれと願い、創られる剣。
その剣は長剣であり、持ち手と鍔の部分は白色になっており、鍔の形は六角になっている。その刀身は美しく、遥か昔に滅びた文字でヒナタと田中の名前が刻まれていた。
「キュ〜」
寝息を立てるヒナタは、その手に収まった長剣をギュッと握り締めた。
聖龍は剣となり微睡み続ける。
ヒナタの無事を願いながら、さっさと来いよと田中を思いながら、聖龍は微睡み続ける。
後に、はっちゃけたヒナタが腕を落とされ、どこぞの豚に拾われたときは、思わず絶叫してしまったのは言うまでもない。
ーーー
ヒナタ (堕天使)
《スキル》
光属性魔法 全魔法適正(小)
《装備》
聖龍剣
《状態》
世界亀の聖痕(足の裏)
聖龍の加護
母に祝福されて、父に恨まれて、親父に愛されて、聖龍に守護された不幸で幸福な子。母親譲りの根源を打ち砕く力を持っており、親父の姿を見て完成させた。堕天しかけるが、退け、その力さえも取り込んでしまった。どこぞの反則野郎に続く反則野郎に育つ。
ーーー