表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
180/348

幕間23(聖龍⑧)

 その男はここにいるには、余りにも場違いな格好をしていた。

 ここにいる皆が武装、若しくは清潔な格好をしているのに、辛うじて腰に布を巻いているだけで、他は薄汚れた裸だった。

 場所が森という事を考えれば、間違ってはいないのかも知れないが、一人だけその格好とは、なんとも違和感が勝る。

 武器なのだろう折れた剣を持っているが、残った刀身も刃こぼれが酷く、とても使える物には見えなかった。


 髪と髭を伸ばした野生味溢れる男だが、この男は誰かに似ていた。


『ナナシ……?』


 ヒナタは昔々に共に暮らした男の姿を思い出す。

 ここまで荒々しくはなかったが、男の顔に天津平次の面影を見たのだ。


 男はナナシと呼ばれてムッとした顔をすると、勝手に自己紹介を始めた。


「だぁれが名無しだゴラァ!? 俺にはなぁ、勘兵衛っつー名前があんだよ!覚えとけやくそがっ!」


 勘兵衛と名乗った男は、怒気を孕んだ声音で怒鳴り散らす。

 その声は他を圧倒する迫力があり、思わず身がすくんでしまった。


 似ているが、この男は確かにナナシではない。

 天津平次は元の時代に戻っており、ここに来れるはずがない。

 何より、ナナシは勘兵衛と名乗った男のように邪悪ではない。


「あはははっ! 怯えんなよ、別に怒っちゃいねーよ。久しぶりに会話出来る奴と会えて嬉しかったんだ、許してくれ」


 その顔は酷く歪んでおり、どこか狂ったように見えた。


 勘兵衛を見て、聖龍は警戒を深める。

 この男の実力は、結界に引っ掛かるほど強くはない。

 もし、その領域に達していたのなら、森に入った瞬間に捕らえられ、ここに辿り着くことは出来なかっただろう。


『ヒナタ、逃げろ』


「キュ?」


 確かに勘兵衛は、結界で捕える必要のない程度の実力しかない。しかし、ここにいる誰よりも強かった。

 そして、その身に宿る邪悪な狂気は、とても友好的には見えなかった。


「許してもらうついでによぉ、これからやる事も許してくれや」


 勘兵衛の持つ折れた刀がチャキリと鳴ると、忽然と姿が消えた。

 その動きを追えたのは、聖龍とオリエルタ、そしてヒナタの三人だけだった。


「カフッ!?」


 折れた刀が、天使の一人の首元に突き刺さる。

 突然に起こされた凶行に、他の天使達は驚くが、動きを止めるような愚かな行動はせず、即座に動き出す。


「おっ!」


 純白の魔力がプロテクターより放出され、皆が得意な武器を手に取り、勘兵衛に向かって仕掛ける。


 その様子を見て、笑みが深くなる勘兵衛。

 まるで戦いを楽しんでいるような様子に、嫌悪感を覚える。


 天使に突き刺した刀を引き抜くと、最も近くにいる天使に狙いを定めて魔法を使おうと魔力を練り、発動に失敗した。


「なっ!?」


 魔力が乱された。

 勘兵衛はその事実に気付き、誰がやったのかと目線だけで確認すると、首の長い白いモンスターと目が合う。


 一番厄介な奴はこいつだな。


 その事を察した勘兵衛だが、予想外の出来事はそれだけでは終わらない。

 首を突き刺して殺したはずの天使が動き出し、勘兵衛に組み付いたのだ。


『舐めるな』


「ちっ!」


 勘兵衛の失敗は、天使を人と同じように殺そうとした事だ。同じ人型だからといって、急所が同じではない。

 その事に気付かなかった勘兵衛は、碌に抵抗も出来ずに天使達に貫かれる。


「がはっ!?」


 腹が貫かれ、足が貫かれ、腕が貫かれ、心臓が貫かれ、首元が貫かれた。

 ただの人ならば、これで終わっていた。

 だが、多くの同族を殺して落ちた勘兵衛は、その範疇にいない。


 勘兵衛は貫かれた箇所の再生を遅らせ、無理矢理体を動かして一歩踏み込む。


『なっ!?』


 そして一番近くにいた、心臓を貫いた天使の首半ばまで刃を突き刺した。


『馬鹿な!?』


「っぐ!?」


 更に、首を刺して怯んだ天使の武器を奪い取ると、自身の体が傷付くのも厭わず、強化した肉体を更に強化して暴れて天使達を振り解く。


 新たな武器を手に入れた勘兵衛は、無防備になった天使の一体の頭部を槍で突き刺した。

 そして、先ほどの事で学んだのか、武器を通して魔法を使い、槍の刃先から黒炎を生み出した。

 その黒炎の威力は凄まじく、天使の頭部を一瞬で焼き尽くした。


 流石の天使も、司令を送る頭部が破壊されては生きてはいけず、残った体は力を失い倒れてしまう。


「っく、かはっ、はあはあ、ハハハッ、頭がやられりゃ死ぬみたいだな、それが分りゃ十分だ」


 スキル自己再生で体を癒すと、勘兵衛は槍を構えて天使達を迎え討つ。


 仲間がやられた。

 それで揺らぐほど、天使達は弱くはない。

 過去に鍛錬を怠るような事はあったが、今は守護者として確かな覚悟がある。

 死を恐れない訳ではない、ただ、それ以上のモノがあるというだけだ。


「いいねぇ!!」


 狂った男と、無慈悲な戦闘人形と化した天使達との衝突が始まる。




 一見、優勢なのは天使側に見えた。

 オリエルタを筆頭に、全方位から攻め立てては、その体に傷を負わせていく。

 自己再生で即座に回復されてしまうが、それも魔力が尽きれば止まるだろう。


 だから、このまま攻勢に立っていれば、天使側の勝利に終わるはずだった。


 きっかけは、一体の天使が高威力の魔法を使おうとした事から始まる。

 それはオリエルタが指示を出した行動であり、倒し切れず、一気に消し飛ばす為に実行したのだ。


 高まる魔力を感じ取った勘兵衛は、腹の内でほくそ笑む。


 放たれた魔法は広範囲を焼き尽くす光の魔法。

 勘兵衛はそれを喜んで受け入れた。


 降り注ぐ光は、破壊力を伴って勘兵衛を下にある大地を焼き尽くし焦土へと変える。

 遅れて爆発が巻き起こり、辺りに衝撃と熱風が渦巻く。


 天使達はプロテクターに備わった機能で、その余波を防ぎ、ヒナタは聖龍に守られる。


『大丈夫?』


『大丈夫だ。早く逃げろ、ヒナタ。アレは危険だ』


『どうして?今ので終わりじゃないの?』


『いいや、アレの魔力は少しも衰えていない。寧ろ、今の魔法を食らって強くなっている』


「キュイ?」


 聖龍の言葉を聞いて、魔法が直撃した場所を見ると、そこには黒焦げになった人型が立っているだけだった。

 焦土の中心にある人型は、呼吸はしておらず、肉は焼け落ち、心臓の鼓動も聞こえない。

 とてもではないが、生きているようには見えなかった。


 だが、その人型の顔が動き、空洞の目を見開いた。


「ぁぁあ゛あ゛あ゛ああぁぁ、あ、あー、あー死ぬかと思った」


 人型が声を上げたかと思えば、肉体が逆再生するかのように元に戻る。髪や髭は失われているが、薄汚れた姿は消え、芸術のような肢体がそこに出来上がっていた。


 勘兵衛は何でもないように、焦土の中で復活し、煮え滾る大地を歩いていく。

 一歩踏み出すたびに、その足は焼かれているが、自己再生能力で即座に元に戻ってしまう。


 まさか、今の魔法を受けて生きているとは思わず、天使達も警戒する。

 それでも、負けるとは思っていないが、どこか不気味で得体の知れない感覚を覚える。


「いやー、今のは良かったぜ、体の芯から焼かれるような魔法だった。今の十倍くらい威力がありゃ、俺をやれてたんじゃないか?」


 それを挑発と捉えた一体の天使が動く。

 これまでの勘兵衛の動きを見るに、別に無謀な特攻ではなかった。

 ただそれも、先程までの勘兵衛だったらの話だ。


「俺が話してんだろうが」


 振るわれた戦斧を逸らして、天使の頭部を掴み握りつぶした。


 不機嫌そうに唾を吐き掛けると、力を失った体から戦斧を奪い取り、新たな武器とする。


 異常なまでの能力上昇。

 先程までの勘兵衛は、確かに動きは速かったが、複数で掛かればそれも対処出来ていた。再生能力はあっても、魔力が底を尽きればそれで終わりのはずだった。

 だから、魔法で焼き尽くして消滅させるか、魔力を消耗させるつもりだったのだ。それなのに、復活してから、一段と強さが増していた。


「さあ、二回戦、やろうか」


 戦斧を振り回し、天使達に威嚇する。

 今度は天使達も、勘兵衛の圧力に押されて、安易に仕掛けられない。

 八体いた天使のうち二体もやられた。

 当初は優勢に立ち、その身に傷を負わせていたはずなのに、今では無傷で、更に強力になってそこにいる。

 無謀に仕掛けても、無駄に数を減らすだけだというのを嫌でも理解してしまう。


『くっ!?』


 オリエルタは歯軋りする。

 まだやれるはずなのに、今飛び込むと殺されるビジョンしか見えない。それが、勘兵衛の見せる幻ならばまだいいが、これが実力差から来るものだと知っている。

 かつて愛した者にも、同様のものを見たのだ。

 何をしても通用せず、何をしても敵わない。その経験から、動けなくなっていた。


「なんだ、来ないのかよ?」


 がっかりしたように言う勘兵衛は、戦斧を振り、地面を激しく叩いて、大量の土砂を巻き上げた。


 目隠しのつもりかと、何処から来ても対処してやろうと気を張り詰めて構える天使達。

 だが、いつまで経っても現れない。

 大量に巻き上げられた土砂は空中で勢いを止め、やがて目眩しとなっていた土砂全てが地面に落ちてしまう。


 そして、その先には、誰も居なかった。


「キュイ!?」


 何処に行ったと辺りを探す前に、後方から幼い声が上がる。

 天使達の後方、そこには湖があり、聖龍が居る場所だ。


 急ぎ振り返ると、そこには勘兵衛の凶刃を止める幼い天使の姿があった。


「おいおい、子供に止められるのかよ。自信無くすぜ。いや、子供に見えるだけで、これで大人か?」


『止めろ! ト太郎は病気なんだぞ!』


「嫌だね、邪魔すんならお前も殺すだけだ」


 勘兵衛がそう言うと、力無く横たわっているト太郎が動き、口を開く。

 口を開いたといっても、会話をする訳ではない。

 勘兵衛を消す為の魔法を、放とうとしているのだ。


「それは怖いな」


 聖天咆哮ほどではないが、田中の魔法に匹敵するほどの魔法が放たれる。

 まるでレーザーのように照射された魔法は、勘兵衛を掠め、湖を切り裂き、木々を貫通して消えていく。


 下顎と首元が抉られ、支えの無くなった顔が垂れる勘兵衛だが、即座に再生させてヒナタの追撃を受け止める。


 他の天使達と比べて、かなり小さいヒナタだが、その剣の鋭さはここにいる者達の中でも、最も優れていた。


「キュ!」


 連続で攻め立てるヒナタの動きは、これまでの天使達とは違い、連携を考えたものではない。

 一人で縦横無尽に動き、嵐のように敵を圧倒する攻撃だ。


 下がろうする勘兵衛との間合いを潰し、苦し紛れに振るわれた戦斧を更に低く潜り避けると、足を斬り一時的に動きを阻害する。

 先程までの攻防を見て、直ぐに再生するのは分かっている。


 ならば、再生が止まるまで、全身を切り刻み続けるしかない。

 魔法はダメだ。明らかに魔法を受けて強くなっている。

 ト太郎並の魔法が使えれば話は別だが、自分に使えるのは、先程の光の魔法よりも弱いものだ。

 だから、剣で圧倒しなくては。


「キュラ!!」


 ヒナタそこまで結論を出して、攻撃手段を絞って果敢に攻め立てる。


 これも田中の教えである。

 多種多様に存在するモンスターを観察して特徴を理解し、倒し方を考えて答えを導き出す。

 一連の流れが、田中が戦闘中に行っている事だ。

 それは並列思考のスキルがあるから、田中にも可能な事なのだが、それをスキル無しでやってのけるヒナタは、やはり才能の塊なのだろう。


 風属性魔法を使った動きで勘兵衛を翻弄し、その体に傷を負わせていく。

 小さな体を最大限に生かし、的を絞らせないように動き回り、強くなったはずの勘兵衛を圧倒する。


「ちっ!?」


 それでも、勘兵衛の再生能力を上回ることはできずに、傷を付けたそばから、再生してしまう。


 それに焦った訳ではないが、もっと深く、大きな傷をと剣を振り、動作が大きくなってしまう。

 それに気付いた勘兵衛は、好機を逃さなかった。


 勘兵衛は治った足で大きく後方へ飛ぶ。

 その先には天使が待ち構えており、その手に持つ槍で串刺しにされるだろう。だが、それを狙って飛んだ。


 それを追うようにヒナタも加速する。

 純白の翼を羽ばたかせ、風を起こして更に加速した。

 剣が煌めき、魔力で斬れ味を強化された刃が、閃光のように振り抜かれる。


 その刃は、天使に貫かれた勘兵衛を斬り、勘兵衛に鷲掴みにされた天使をも斬り裂いてしまった。


「キュ!? ーーーーッ!?!?」


 途端に流れ込む力。

 余りにも甘美な感覚に、ヒナタは体が震えて動きを止めてしまった。


 それは、この場では致命的な隙となる。


 戦斧が振り下ろされ、ヒナタの小さな体は切り裂かれる。


「はっはっはー!!」


 そして、地面に倒れるよりも早く、蹴り飛ばされてしまった。


『ヒナタ!?』


 湖まで飛ばされ、小さい音と共に水面へと沈んでしまう。

 助けに行きたいが、体が思うように動いてくれない。代わりに水を操り、水面に浮かしたいが、それをするには目の前の敵をどうにかする必要があった。


「お前だ。お前がこの中で一番厄介だ」


 戦斧を向けた勘兵衛が、聖龍に敵意を向けて立っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ヒナタ助かるのはわかってるが胸糞悪い
おもしろい(´・ω・`)
[一言] 面白い
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ