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幕間23(聖龍⑤)

 聖龍は焦燥に駆られていた。

 復活してはや数百年の時が流れており、天使である彼らは順調に数を増やしていった。

 そして、世界樹も順調に成長しており、一見何も問題無いようにも思える光景だが、それは、この地を出なければの話である。


 この世界には、彼らを滅亡させられる存在が幾らでもいるというのに、彼らが強くなっている様子が全く見られないのだ。

 寧ろ、退化しているようにさえ思える。


 結界の効果でモンスターの脅威が減ったのは分かるが、侵入して来るのはそれだけではない。

 世界樹の命は脅かさなくても、彼らの命を狩るには十分な力を持ったモンスターが、森には数多く棲息しているのだ。

 それに対抗する力を磨いていない訳ではないが、まだまだ足りない。聖龍が与えた力を十全に使い熟せれば、今の聖龍すら上回れる力を得れるはずだった。

 それがどうだ。

 彼らの子孫は、力を与えた彼らより弱くなっていた。


 これでは、亡霊に取り憑かれた世界樹の若木や、他に捕らえている存在達にも勝てやしない。


 どうしてこのような事になっているのか、その原因は世界樹にあった。


 若木の世界樹が、森の中に新たな結界を張ったのだ。


 その効果は悪意あるモンスターを遠ざけるというもので、その結果、彼らの力が鍛えられることがなかったのだ。

 前の世界樹もそうだったが、彼らに対して基本的に甘すぎる。

 聖龍が捕らえている存在達に気付いているだろうに、彼らに無茶をさせようとしない。


 保護するのは良いが、天使である彼らが、死に物狂いで鍛え、技術を磨き、継承し続けてようやく戦えるようなモンスターが数を増やしているのだ。

 このままでは、結界が解かれた瞬間に世界樹を含めた彼らは、モンスターの餌食となってしまうだろう。


 どうにか出来ないかと悩んでいると、ある出来事が起こる。


 彼らの中で諍いが勃発したのだ。

 

 最初は下らない言い合いのようなものだった。

 この世界で生きる為に、己を鍛えるという状況に疑問を持った若者が、指導をしていた年配者に突っ掛かった。

 それはよくある事であり、世界樹の結界から出たことのない若者は、この世界の過酷さを知らないが故に、訓練について疑問を感じてしまった。


 そのことが分かっている年配者は、これまでのように落ち着くように諭す。しかし、その若者は引かなかった。


 これが、一対一での話し合いなら問題なかった。

 だが、若者側には他にも追随する者がおり、年配者を責め立てた。


 だから間違いが起こる。

 それは、これまで起こらなかった出来事であり、今後の教訓となる出来事でもあった。


 しつこい若者達に、我慢の限界に達した年配者が力で応えてしまった。

 先頭の若者を殴り飛ばし、それで黙らせようと思ったのかも知れない。だが、その手に込められた力は相当なものであり、一撃で若者の命を奪ってしまった。


 突然の出来事に静寂に包まれるなか、年配者の天使は、己の中に流れ込んでくる力に酔いしれていた。

 そして、その力がどうして齎されたのかも理解する。


 それから虐殺が始まるのは、必然の流れだった。

 力が落ちたとはいえ、聖龍より力を与えられた者の子孫。そして、経験豊富な戦士だ。

 口先だけの若者が、敵うはずがなかった。


 同族を殺す度に流れ込んでくる力に酔い、溺れていく。

 その者の力は恐ろしい速度で増大していき、若者を殺し終えたあとは、他の者達に向かって襲い掛かった。


 最終的に半数の同族を殺し、その身を黒く染めてモンスターへと成り下がってしまう。

 そして、その力は世界樹を殺すには十分なものであり、年配者には良い標的にしか映らなくなっていた。


 更なる力を求めて、守護者達を殺し、世界樹へと襲い掛かる。


 そして、結界が発動してモンスターへと堕ちた天使は隔離された。


 こうして、実に半数の天使が犠牲となった事件は収束する。

 そして、この事件を契機に彼らの中で意識が変わり、力を求めるようになる。

 知識でしか知らなかった脅威が実際に起こり、世界樹の若木により、アレと同等の存在がこの地を狙っていると伝えられたのも要因だった。


 そして変わったのは彼らだけではない。


『世界樹からか』


「はい、聖龍様の転生を知り、是非来て欲しいと」


 あの出来事がきっかけで、聖龍の復活を知り接触して来たのだ。

 既に復活してかなりの時間が経っており、何を今更という感想しか湧かない。


 使いの天使を送り、世界樹の元に来いというのだが、世界樹がその場から動けないのと同じく、聖龍もまた、この地から離れる訳にはいかなかった。


『それは不可能だ』


「……何故ですか?」


 敬愛する世界樹の誘いを断られたのが不満だったのか、使者の天使から不満な雰囲気が発露する。

 だからといって、聖龍が気にする必要もない。


『私がこの地を離れると、森に張った結界が解除される』


「それはっ!?」


 使者の天使が息を呑む。

 先日行われた虐殺の光景を思い出したのだろう。

 その上、世界樹から、アレと同等の存在が既に結界に囚われていると知らされている。結界が解除されれば、一斉に解放され、あの惨劇が繰り返される。それだけではなく、世界樹も犠牲になるだろう。

 それが分かるから、天使はそれ以上、言ってくることはなかった。


『力を求めろ。それが、お前達に課せられた使命だ』


「っ!?」


 はっぱをかける為に送った言葉だが、この天使には効いたようだ。

 天使は一礼すると、翼を羽ばたかせ、世界樹の元へと帰って行った。




 それで変わってくれたらと思っていた。


 だが、事はそう上手くは進まない。


 数を減らした天使達は、更に数を減らすことになる。

 力を求める余り、無茶をし過ぎたのだ。

 森のモンスターと戦い、力を付けていくまでは良かった。だが、森の外に飛び出し、更に強力なモンスターに狩られてしまったのだ。

 勿論、その中でも生き延び、力を付けていく者はいるが、それにも限界があった。


 極端過ぎる行動に頭を悩ませたのは、聖龍だけでなく世界樹も同じだ。


 このままでは、彼らは擦り切れてしまう。その予感は遠からず当たるだろう。だから、世界樹は己の権能を使い、外から新たな住人を招き入れることにした。


 そう、ダンジョンの外から招き入れたのだ。


 それは、かつての聖龍にも不可能な行いだった。

 以前の世界樹が、何やら力を得ていたのを覚えている。その力を使い、聖龍でも敵わなかったウロボロスを圧倒していた。もしも、以前の世界樹と同等の力を付けたのなら、聖龍の役目も終わりとなる。


 それならばと、希望を抱き世界樹の様子を見る。

 しかし、そこに映っていたものは、期待とは裏腹に、力を使い果たしたかのように憔悴した世界樹の姿があるだけだった。


 どうやら、外の住人を呼び寄せた際に、力を使い果たしたようだ。そのおかげで、世界樹が張っていた結界が消えてしまうが、それは些細な事だろう。


 外より呼び寄せた者は一人ではなく大勢おり、世界樹に対して崇拝の姿勢を取っていた。

 初めて出会うはずなのに、なぜ友好的なのか分からないが、何かしら感じるところがあるのだろう。


 新たに加わった種族、森の中で暮らすのを得意とするエルフ、それと天使が、世界樹が守る世界で暮らすようになった。


 エルフを見た聖龍は、森の種族と宣っていたイタイ種族を思い出してしまうが、まったくの別物だろう。


 二つの種族が暮らすようになり、問題はいろいろと起こったようだが、何とかなっているようだ。



 聖龍はそこで見るのをやめた。


 恐らく、彼らでは結界に捕らえている者達には勝てない。

 この先、力を付け成長したとしても、たかが知れている。

 可能性があるとすれば、今の世界樹が、かつての世界樹と同等の力を付ける事だが、それには時間が掛かり過ぎる。


 結界と繋がって判明した事だが、捕らえる者が多くなれば多くなるほど、聖龍の寿命は縮んでいく。

 本来なら数十万年はこの体で生きられると思っていたが、どうやらそうもいかないらしい。

 もう、待つしかない。

 奇跡的に彼らの中で強者が生まれるか、世界樹が急激な成長を見せるか。もう、それを待つしかなかった。







 時が流れる。


 定期的に世界樹の様子は見ているが、それほどの進展はない。

 いや、見た目だけなら、かなり発展、進化していた。

 ダンジョンに飲み込まれる前に、その世界の住人を受け入れ続けたおかげで、様々な技術を取り入れていったのだ。


 闇を照らす光、高く聳え立つ建築物、空を走る乗り物、空に浮く島、様々な物が開発され、目覚ましい発展を遂げていた。


 防衛設備も充実しており、世界樹を守る者達の中にも、目を見張る者も現れた。

 だが、足りない。

 結界に捕らえた者の何体かならば、問題なく倒せるだろう。しかし、既に捕らえた数は百を超えている。その中には、不死性を持った者が多くおり、彼らに勝てる見込みはなかった。




 時が過ぎていく。

 世界樹に頼まれた若木は、立派な大樹へと成長しているが、力が伴っていない。

 大地に恵みを齎す事と、力を与える事は流石と呼べるのだが、こと戦闘においては心許ないどころか、守護する者達にも負けるレベルだ。


 これでは、仮に結界に捕らえた者を全て倒したとしても、その後が問題になる。

 もしも、またウロボロスが攻めて来たら、また別の同格クラスの敵が攻めて来たら、もう戦える者はいない。

 今の世界樹には、かつての聖龍のような存在はいない。だからこそ、彼らに力を与えて託したのだが、その子孫達にそこまでの力は備わっていない。


 状況は絶望的だった。





 幾つもの世界を飲み込み、拡大していくダンジョン。

 その度に増えていく、世界樹の住人達。


 そして、結界に囚われた多くの者達。


 聖龍の寿命がすり減り、終わりが近付いていく。


 定期的に訪れる世界樹の使者に状況は伝えているが、早々に状況が好転する事はない。そう思っていた。


 生まれたのだ。

 天使の中でも圧倒的な存在が。

 高い身体能力と、膨大な魔力量を誇り、圧倒的な戦闘センスを持っている。そして何より、不死を不滅を殺す力、根源を破壊する力が備わっていたのだ。

 彼女ならば結界に囚われた者達を圧倒出来る。

 世界樹が最大の加護を与え、膨大な時間を授かれば、いずれはこの世界樹にとっての聖龍となるだろう。



 そう思っていた。


 彼女は恋をした。

 彼女が子孫を残すのならば、それは喜ばしいことだった。

 皆に祝福され、世界樹の希望が、新たな希望を腹に宿し長い時間の休養が必要となる。

 天使は子供を産むまで、かなりの時間を必要とする。

 年月にして、二十年〜三十年という時間が必要であり、それは聖龍の計画をそれだけ遅らせるという事である。


 だが、焦る必要はない。

 まだ、時間はあるのだ。


 彼女は大切そうに腹を撫で、慈愛に満ちた表情をしていた。

 こと戦闘においては荒々しい彼女だが、子供に向ける母性は本物のようだった。


 そして運命の時は来る。


 どれだけ強くても、出産となると無防備となり、近くで魔力が暴走しては対処出来ないだろう。

 ましてや、生まれたばかりの赤ん坊からともなれば、とてもではないが身を守れるはずもない。


 彼女は、出産直後の赤ん坊の魔力暴走に巻き込まれて絶命してしまう。

 被害が彼女一人で済んで奇跡のような威力の爆発。

 それは、彼女が身を挺して魔力を受け止めたからなのだが、周囲の者からすればそれどころではない。

 彼女が死んだ。

 そして、同族殺しが行われた。


 あの事件以降、同族殺しは禁忌とされていた。

 犯した者は手足を翼を切り落とされて、森のモンスターの餌となる。それに例外はなく、どんな者でも刑は執行されていた。老いも若いも関係なく、生まれたばかりの赤子でも例外はない。


 ただ、その赤ん坊は生まれたばかりだった為、手足と翼の切断は免れた。それが、唯一の救いだった。






 希望は潰えた。

 一連の出来事を知り、聖龍は落胆した。

 彼女と同等の存在など、そう簡単に生まれるはずがない。

 最後の希望だった。

 聖龍の寿命も、もう残り少ない。

 結界に捕らえている者達を、一体ずつ解放して対処する手段もあるが、殆どが不死性、不滅性を持つ以上、世界樹を守る守護者達は直ぐに全滅させられるだろう。


 これならば、時間を掛けてでも転生しておけばと考えてしまう。

 その場合、世界樹が犠牲になってしまい元も子もないが、どうしても可能性を考えてしまう。



 そんな時である、ダンジョンが一つの世界を飲み込み、新たな世界に移ったのは。


 そして、聖龍に未来から記憶が齎される。

 その正体は自分自身であり、これから起こる可能性と、その代償に聖龍の寿命が潰えるというものだった。


 彼女と同じく、不死性、不滅性を滅ぼす力を持つ者。

 聖龍のいなくなった世界で、その男は、聖龍の次の転生体である剣を持ち、この森に足を踏み入れていた。


 この男ならば、結界に捕らえた者達を倒せるという記憶が齎される。

 ならば、その時間まで待てば良いのかというと、それも違う。今、ここで、未来より呼び寄せなければ、この男がここに来るという未来を作り出す事が出来ない。


 もう、迷う事はなかった。

 たとえ記憶に騙されていたとしても、なりふり構っていられなかった。

 世界樹との約束を守るため、今の世界樹に未来を与える為、未来から男を呼び寄せる。


 男をこの地に止める為に、森に捨てられた赤ん坊を利用する。

 これには、もしかしたら、贖罪の気持ちがあったのかも知れない。男に対するものではなく、過酷な未来を歩むであろう赤ん坊に対しての、せめてもの安らぎを与える為のものだ。


 その結末として、聖龍が自らを剣に作り変えるのだとしても、それに後悔する事はない。


 新たな結界を構築し、男をその中に閉じ込める。

 意思疎通する為の念話が使えなくなるが、男ならばきっとやってくれるだろう。


 残り少ない寿命を削り、聖龍は力を使った。




 それから、聖龍が見た記憶の通りの、男と馬と赤ん坊との生活が始まる。

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