幕間23(聖龍③)
それは、いつも見ている星空だった。
星々の輝きが空を彩り、流れる星屑が光の線となって消えていく。そんないつもの景色だった。
そして、その景色を見る最後となった。
『なに?』
『これは、まさか!?』
驚く両名を他所に、状況は進む。
空が黒く塗り潰されていく。
それは夜の暗闇ではなく、絵の具の黒色を、下手くそに描き殴るように、空を塗りつぶして行ったのだ。
全てが塗り潰されると、世界は真の闇に閉ざされた。
色はなく、音もなく、匂いも失われる。
誰かが音を発そうとするが、なにも起こらない。周囲に何かがあるという感覚だけが、自我を保てる唯一の救いだった。
そんな中で、落ちる感覚を味わう。
自分だけでなく、全てが落ちていく。
浮遊感がある訳ではない、周りが見えている訳でもない、ただ底へ底へと落ちていると認識してしまっている。
やがてその感覚も治り、黒く塗り潰された世界にヒビが入る。そのヒビは段々と広がっていき、全体に行き渡ると一気に崩壊してしまった。
そこに現れた景色は、ただの青い空だった。
何も無い、どこまでもどこまでも広がる青い空があるだけだった。
これまでの変化があったにも関わらず、出て来たのは何もない景色。生き残った住人は困惑するばかりで、何が起こったのかも理解していない。
だが、彼らを保護している二柱の神は違う。
『そんな……』
『世界が無くなった、か』
前者が世界樹で後者が聖龍だ。
聖龍は繋がりが絶たれたとはいえ、世界がそこにあるのだという感覚は常に持っていた。それも、完全に消え失せ、ここが今までの場所ではないと理解していた。
世界樹はただ、森を出た外の世界に、何が広がっているのか認識してしまいショックを受けていた。
これまでの世界よりも広大な大地、世界樹の力を持ってしても認識できない広さ。
その地には様々な環境が存在している。生物が一瞬で凍る雪山、呼吸をするだけで内臓が焼け爛れる毒の沼、常に噴火する地に火山灰を泳ぐ魚、他にも多くの地形があった。
そして何より、
『……貴方みたいなのが沢山いる』
『なに?』
世界樹が見たものは、世界を簡単に滅ぼせるであろう、神のような力を持つ存在達だった。
そこにある環境を支配しており、殆どはその地から離れようとはしないが、例外はある。
常に移動して戦い喰らう者、土地を拡大させようと侵略する者、眷属を作り各地に放つ者。そういう者達が僅かながら存在していた。
『彼らも、同じように飲み込まれたのでしょうね』
『……だろうな』
もしも、この地が狙われるような事があれば、戦えるのは聖龍だけになるだろう。世界樹は戦いに向いておらず、保護している者達は、そもそも戦力にもならない。
たった一柱で、同格の者達から守る必要があり、聖龍の負担が目に見えて増えてしまう。
それに、敵はそれだけではない。
ダンジョンから現れて文明を滅ぼしたモンスター達が、更に強力なモンスター達が、そこかしこに存在しており、いずれ森へと侵入しようとするだろう。
もう、世界樹の力だけでは、モンスターの流入を阻止出来ない。更に言えば、豊富な資源と隠れる場所に事欠かない森は、力の弱いモンスターからすれば理想の場所だった。
森の全ては世界樹の領域だ。
ある程度ならば、モンスターを排除することは出来る。だが、その数が多く、力の強いモンスターが相手では難しいだろう。
だから決断する必要があった。
全ては、保護した者達を守る為。
世界樹の力はそのために使われる。
『範囲を狭めます』
保護した者達が生きれるだけの範囲を確保して、力を集中する。
『いいのか?』
『ええ、もうこれしか……っ!?』
『どうした?』
『今、この地と、世界と……』
『大丈夫か? ーーっ!?』
心配そうに世界樹を見守る聖龍だったが、世界樹の分身である化身が突如として姿を消し、世界樹の意識が遠くへ離れていくのを感じる。
本体である大樹を置いて、世界樹はどこかに行ってしまった。これが、何かに強制されての結果なら、なりふり構わず助けに向かっただろう。だが、世界樹は自ら向かった形跡があった。
もしも聖龍が力を使い、邪魔をしてしまえば、世界樹がやろうとしている事を無駄にしてしまうかも知れない。
だから、待つという選択をする。
それからの聖龍は、森に侵入するモンスターを倒して回った。
意識のない世界樹を守るために、森の中を飛び回り、害虫駆除のようにモンスターを始末していく。
ただ、それを行うのは、何も聖龍だけではなかった。
「聖龍様、こちらも片付きました」
世界樹の保護対象だった、鬼人族や聖龍が助けた力ある者達が立ち上がり、武器を手に取り率先して戦場に向かうようになったのだ。
森に侵入して来るモンスター達は、この世界では弱い部類に入る。だからといって、保護した者達でも倒せるモンスターという訳ではない。
可能ならば、世界樹の元に残り、その身の安全を確保してほしいと聖龍は思っている。そして、彼らもそれは理解しており、邪魔になるようなら見捨てて構わないと聖龍には告げていた。
そこまでの覚悟があるならと、同行を認めたのだが、いざ連れて行くと、見捨てるのは少々心が痛んだ。
以前の聖龍ならば、絶対にしない行動ではあるが、少しでも勝てる可能性が上がればと彼らに武器と防具を渡したのだ。
しかし、その効果は大きく、聖龍の鱗を元に聖龍自身が創造した武具は強力で、彼らはモンスターを倒せるまでの力を手に入れていた。
ただ、世界樹が戻ってきた時に、悲しむ顔が見たくないという理由で、気まぐれで渡した物に過ぎないのだが、彼らは聖龍に心から感謝しており、感謝の言葉をもらう度にむず痒いものを覚えた。
『……戻るぞ』
「はっ!」
これまでになかった慣れない感覚に戸惑いながらも、不遜に対応する。それでも、彼らは嬉しそうに返しており、聖龍を慕っているのが見えていた。
崇拝される事は多かったが、肩を並べて立つ者というのはこれまでいなかった。世界樹でさえも、言ってしまえば聖龍にとって子供のようなものあり、同列に立っているとは言えなかった。
それが、遥かに弱い者達と同じ場所に立っている。
これが良い状況でないことは分かっていても、少しだけ心に変化が生じた。
何とも思っていなかった存在に、少しだけだが興味が湧いたのだ。
このまま交流を深めれば、彼らと良い友人になれたかも知れない。
だが、それを許すほど、この地は優しくなかった。
『何だ?』
何か巨大な何かが、森に向かって来ている。
それは地上ではなく、地中の奥深く。
その存在を感じ取れない彼らは、動きを止めた聖龍に困惑しているが、聖龍にそれを気にする余裕はなかった。
向かって来る存在は、間違いなく聖龍と同列の存在であり、その内包する力は聖龍を上回っていたのだ。
『お前達』
「はっ!」
『逃げろ!!』
これが、彼らを気遣った最後の瞬間だった。
空間魔法を使い、彼らを遠くへと飛ばしたのだ。
聖龍が叫んだ瞬間に、森の一部が爆ぜて赤黒く巨大な何かが姿を現す。
体表は赤黒く、聖龍が見上げるほどの大きさのある蛇。体が所々爆発を起こしており、存在するだけで森を吹き飛ばしていく。
その蛇は、聖龍の姿を認めると巨大な三又の口を広げ、威嚇と共に歓喜の声を上げた。
その声に音を感じることは出来ず、ただの空気の咆哮が破壊力を持って森を蹂躙する。
聖龍は即座に結界を張り、破壊の咆哮を防ぐ。
しかし、その範囲が広大で、今の一撃でかなりの部分を吹き飛ばされてしまった。
『ぐっ!?』
咆哮が治まるまで耐えた結界も、役目を終えると砕け散ってしまう。
世界樹の近くで戦士である彼らの帰りを待つ者達は、今の余波だけでかなりの犠牲者が出ていた。
ここから、相当な距離が離れているにも関わらずである。
巨大な蛇、ウロボロスは口を閉じ、代わりに閉じていた無数の瞳を開いて、聖龍という存在を認識する。
どのような感情なのか理解出来ないが、体の至る所で爆ぜており、ウロボロスの一部が森に落ちると、更に威力を増して爆発を巻き起こしていた。
聖龍、ウロボロス、両者には意思疎通の能力は備わっていた。平和的に、対話をして分かり合える方法はあった。だが、それを選択することはない。
何故なら、両者が互いに魔力を溜めて、ブレスを解き放ったからだ。
ブレスという名の破壊の光は、互いに衝突し中央で膨大な力を溜めていく。そして互いのブレスが収まったとき、溜まった力が解放され、大地を空を何もかもを吹き飛ばした。
今の一撃で森は消え失せ、巨大なクレーターが出来上がっていた。
あれだけあった緑は遥か遠くにあるだけで、それは世界樹がある場所にまで至っていた。
『グルル……』
唸る聖龍は、目の前のウロボロスが更に巨大になっているのに気付く。
地面から伸びる体に終わりはなく、力も増しているようにさえ感じる。いや、事実、ウロボロスの力は増していた。
ウロボロスの体が爆ぜ、体の一部が切り離される。
それは空中で止まり、赤黒い球体に形を変えると、恐ろしいまでの破壊力を内包して聖龍へと飛翔する。
そして、それは一つだけではない。
次々とウロボロスの体から切り離されては、聖龍へと向かって行くのだ。
三対の翼を羽ばたかせ聖龍は飛ぶ。
ウロボロスの攻撃は危険であり、まともに受ける事など到底出来ない。肉体を強化し、最高速度で飛び回り、赤黒い球体を回避する。
それでも、数を増していくウロボロスの攻撃を避け切るのは難しい。
それが分かっている聖龍は、空高く舞い上がる。
高く高く、ウロボロスが見上げるよりももっと高く。
それでも追ってくる赤黒い球体は、その勢いを落とす事はない。
空高く、ウロボロスが点にしか見えないほど高く舞い上がり、下を見る。すると一直線に並んだ赤黒い球体があり、それに向かって聖龍は渾身の攻撃を行う。
聖龍の力は森羅万象を司る。
それは元の世界での話だけではなく、この世界でも同じように行使する事が出来た。そして、この世界には力が満ち溢れている。
大気を操り、自身の魔力と掛け合わせ、帯電した光の球体が生み出される。奇しくもウロボロスの攻撃と似たような物になったが、その威力は桁違いである。
更に、幾何学模様の砲身が生み出される。
あらゆる魔法陣を超越したそれは、光の球体の威力を増大させ、赤黒い球体とウロボロスへと向けられる。
〝聖天崩哮”
神による天罰の一撃は、赤黒い球体を飲み込み、一瞬で地上にいるウロボロスに直撃した。
それに耐えるウロボロスだが、威力が凄まじく地面の奥深くへと連れていかれ、体の半分が消滅してしまう。
これで終わってくれたら、どんなに良かっただろうか。
それが不可能なのは、聖龍がよく知っていた。
背後に伸びたウロボロスの新たな頭部。
地上で攻撃を受けた場所をさっさと切り離して、残った体で再生させたのだ。そして、その大きさは先程よりもはっきりと分かるくらい巨大になっていた。
もしも、聖龍が万全な状態ならば、少なからず勝ち目はあった。自滅を覚悟して、ウロボロスを消滅させる手段が使えたのだ。
だが、今の聖龍は、いや、聖龍の肉体は限界を迎えようとしていた。
不滅の存在である聖龍だが、それは魂の話であり肉体は別である。数十万年毎に作り替えなければならず、今の肉体はその時期を過ぎていた。
動きが鈍くなり、使える魔力も少なくなって来ている。
無限に使えた力は失われており、己の肉体を再生するのも限界があった。
ウロボロスの牙を避け、赤黒い体表を龍の爪で切り裂くが、傷付けた場所が爆ぜて吹き飛ばされる。
『ぐっ!?』
一度離れようとするが、追って来た赤黒い球体に捉えられてしまい、凶悪な爆発に巻き込まれて、その身を焼かれてしまう。
直ぐに傷は治るが、追撃で迫る赤黒い球体を立て続けに受け、耐え切れずにその場から離脱する。
しかし、離脱した先ではウロボロスの牙が待っており、巨大な牙に食い付かれてしまった。
『おのれっ!』
聖龍もやられてばかりではないと、ウロボロスの頭部を内側から吹き飛ばす。だが、その頭部が切り離されると、新たな頭部が現れた。
これまでにない苦戦。
いや、初めての敗北だろうか。
気付いていた。
目の前の赤黒く巨大な蛇が、己よりも強力な存在であることを。
それでもと起死回生を狙っていたが、地力が違いすぎて話にならない。ましてや、これまでにないほど弱体化した聖龍では、ここまで持ったのが奇跡と言ってよかった。
背後を見る。
そこには世界樹の姿があり、その周りにあったはずの緑は無くなっていた。
それはつまり、世界樹が保護していた者達はもう……。
悲しくはない、心を通わせるほど接した訳ではないから。だが、共に戦った彼らは悲しむだろう。待っているはずの者達がいないのだから……。
だからなんだという話だが、それが無性に腹立たしかった。
『グオオオォォォォーーーーッ!!!』
最大限の雄叫びを上げる。
そして、ウロボロスを倒すべく、全ての力を解放する。
それは転生する為に必要なエネルギーであり、不滅性を維持する聖龍の根源と言える物だった。
全ては世界樹を守る為、決して彼らの為とは言わないのは、ある種の意地でもあった。
己の肉体をウロボロスを消滅させる爆弾として作り上げる。
これが無駄な事だと分かっていても、そうせざるを得なかった。
たとえ己の全てを使っても、ウロボロスには届かない。
それでも、追い払えればそれでいいと判断したのだ。
ただそれだけの為に命を使い、ウロボロスに向かって特攻する。
だが、それが発動することはなかった。
力を使うのを阻止された訳ではない。
巨大な蛇であるウロボロスが無数の植物に貫かれて、その動きを止めたのだ。
『ごめんなさい、遅れちゃって』
近くから聞こえてきた声は、聖龍のよく知る慈愛に満ちた声だった。
『世界樹、か?』
近くに浮かぶのは、間違いなく世界樹の化身だった。
だが、その身に内包された力はこれまでにないほど高まっており、もしかしたら、いや、間違いなく聖龍を超えていた。
戸惑う聖龍を見て微笑むと、世界樹は手を掲げて力を行使する。
その力は膨大であり、聖龍とウロボロスの戦いで失った大地に緑が戻り、元あった姿へと戻っていった。そして、倒れたウロボロスを更に貫いていき、最後は結晶化して砕けてしまう。
あれだけ強大なウロボロスが、容易く葬られてしまった。それだけの力は、世界樹には無かったはずだ。それが今、絶大な力を持って戻って来た。
大樹を残して、意識をどこかへ飛ばしたのは分かっていた。何があったのかは知らない、その話を聞きたいが、どうやらその余裕もないかも知れない。
『無茶、したわね』
『する必要があったからな』
ウロボロスとの戦いで、聖龍の肉体は限界を迎えていた。
聖龍の体は、もう治療する力も残っていなかった。仮に治癒魔法を受けたとしても、体が再生することはない。限界とはそういうことなのだ。
『戻りましょう、早く転生しないと』
『話を聞きたいが、また今度になりそうだな』
ボロボロになった聖龍を魔法で支えて、世界樹の元へと向かう。
その間の世界樹は、まるで聖龍を子供のように見ており、まるでこれまでの立場が逆転したかのようだった。
『すまない、守れなかった』
何がとは言わなくても分かっていた。
『でも、守ろうとしてくれたんでしょ?』
『……ああ』
『アレを相手に守ろうとするなんて、貴方、変わったわね』
『変わった、か』
『ええ、良い方向に変わっているわ。 それに助けられた命もあるでしょう?』
『助かったのか、彼らは?』
『ええ、遠くへ飛ばしてくれたおかげで、余波に巻き込まれなかったみたいよ』
戦場から可能な限り遠くへ飛ばそうとして、世界樹の向こう側まで送ったのだ。それ以上、飛ばす事も可能だったが、世界樹から離れ過ぎると別のモンスターに襲われる恐れもあり、そこになったのだ。
聖龍とウロボロス、実に大陸の半分以上の面積を犠牲にした戦いは、こうして終わりを迎えた。
ただ、それは、あくまでも聖龍とウロボロスの戦いであって、世界樹とは別の話だった。
聖龍と世界樹の化身は、世界樹の本体である大樹の元へと向かう。
世界樹の近くにあった、保護対象の住居は全て無くなっており、そこに住んでいた者達も全て消えていた。
分かってはいた事だが、世界樹の表情が少し曇る。
どうにもならなかった。
ウロボロスを前に、他を気にする余裕などなかったのだ。
それを理解している世界樹は、決して聖龍を責めない。生き残った彼らも、悲しみはしても責めることはないだろう。
それだけの強敵だったのだ。
そこで、ふと疑問が浮かんだ。
世界樹の手によって砕かれたウロボロスだが、まだ生きているはずだ。アレは聖龍と同じ存在であり、不滅性を持っている。
だが、肉体をあれだけ砕かれたならば、復活するにはそれなりの時間が必要になる。だから、問題ないはずだ。
そう思うのだが、何かが引っ掛かる。
ウロボロスの力は完全に消え失せており、少なくともこの森の中には居ないはずだ。
そのはずだ。
そう己に言い聞かせる聖龍だが、改めてウロボロスの能力を考えてしまう。
自身の肉体を切り離した攻撃、ブレスによる攻撃、体を巨大にする能力。
そこまで考えて、聖龍の体から細い糸屑のような物が飛び出した。
ウロボロスは、体の大きさを自在に変える能力を持っている。それは巨大にもなれば、小さく細く、微生物レベルまで落とす事も可能だった。
更にウロボロスは、その内包する膨大な力を隠す能力も持っており、一度姿を消せば見つけ出すのは困難を極めた。
だから最初は、その黒い糸屑が何なのか分からなかった。
妙に存在感のあるそれを目で追い、糸屑が世界樹に向かって行くのは見えていた。
それがウロボロスだと分かったのは、糸屑が体を巨大化させていってからだった。
全てが遅かった。
ウロボロスの存在に気付くのも、その目的に気付くのも、全てが手遅れだった。
瞬く間に大きくなっていくウロボロス。
それを止めようと聖龍は動こうとするが、残念ながら、聖龍にウロボロスを止めるだけの力は、もう残されていない。
ならばと、世界樹が再びウロボロスを串刺しにしようと力を行使する。
地面から植物が伸び、大きくなる途中のウロボロスを貫いた。それは、先ほどの上塗りのような光景だが、決定的に違う所があった。
『抑えられない!?』
ウロボロスの動きが止まる事はなく、全身を爆発させて貫いた植物を全て焼き払ったのだ。
三又の口が開き、膨大な魔力が集まっていく。
それは、聖龍と最初に衝突したブレスだった。
その狙いは世界樹の本体。
それが分かっているから、世界樹は本体の前に大量の木の壁を作り出し、その身を守った。
だが、足りない。
大陸の半分を吹き飛ばすブレスを防ぐには、まるで足りていなかった。
放たれたブレスは、盾として作られた木の壁を軽々と突破し、世界樹へと届く。大樹の中央に直撃したブレスは、そのまま下へと向かい、根本を根こそぎ焼き、吹き飛ばしてしまう。
『グルルアァァァーーーーッ!?!?』
その光景を見ている事しかできなかった聖龍は叫ぶ。
獣のような咆哮を放った聖龍は、体が壊れるのも構わずウロボロスへと突撃する。
隣に居た世界樹の化身は姿を消しており、森からは世界樹の力が失われ始めていた。
怒り狂った獣の姿を見て、ウロボロスは地中に潜るために落下する。もう、これ以上の戦いはウロボロスの望むところではない。何より世界樹にやられてウロボロスも限界が近かった。
目的は達成した。
この世界を掌握するほどの力を手に入れた世界樹を葬る。それを成した以上、もう、ここにいる必要はなかった。
狂った獣に体が焼かれ、ちぎられながらも地中を進み、ウロボロスは逃げ果てる。