幕間23(聖龍①)
迷いの森15のあとくらいに入れる予定だった幕間です。
世界に知的生命体が生まれ、いつしか神として崇拝されるようになっていた。
その知的生命体は文明を築くが、いつの間にか消えてしまい、また新たな生命体が現れる。
その度に、神として敬われ、様々な名前で呼ばれるようになる。
神、龍神、聖龍、白龍、破壊神、守護神…etc
どんな呼ばれ方をしても気にしなかったが、せめて統一して欲しいと思っていた。
その事を巫女と名乗る存在に伝えると、聖龍で統一されてしまった。
三対の翼を持つ純白の美しい聖龍。
飛ぶ姿は壮大で優雅であり、森羅万象を司り、世界の統治者にして絶対者。時の流れさえ干渉する偉大なる神。
ならば龍神と呼ばれても良さそうなものだが、聖龍という名で通ってしまった。
聖龍と名付けた文明もいつの間にか滅びており、また新たな文明が生まれていく。
その者達からも崇拝されると、聖龍と名乗るようにしていた。
滅びては生まれ、滅びては生まれを繰り返す文明。その文明は、いつしか力を持つようになる。
数を増やし、衝突して戦が起こり、発展して滅んでいく。
その文明のひとつが、聖龍の鱗を使いある実験をする。
それは、植物に聖龍の細胞を埋め込むというものだった。
くだらない事をしているなと、天上からその様子を見守っていた聖龍だが、次の瞬間には驚きで表情が固まる。
産まれたのだ。
己と同等の存在が、強い力を宿した一本の樹木が。
天上から飛び降りた聖龍は、一直線に研究所に向かい、怯える研究者達を他所に、その樹木を回収した。
回収した理由は二つ。
この力は使い方次第で、世界が破滅に向かうと理解したから。
もう一つは、あの地ではまともに育たないと理解したからだ。
聖龍は飛ぶ。
この世界で最も龍脈溢れる地に向かって、その翼を羽ばたかせる。
龍脈に植林された樹木は、その地の力を吸い上げて急速に成長する。
聖龍は、この樹木が成長すれば、己と似た姿になるのだろうと予想していた。そうなると、知的生命体がやっていたように、兄弟というものになるのだろうかと、少しだけ期待してしまう。
しかし、その予想とは裏腹に、樹木は聖龍と同じ姿にならなかった。
『何故、姿を変えなかった?』
『だって、貴方の予想を裏切りたかったから』
聖龍の問い掛けに、樹木、後に世界樹と呼ばれる存在は、さも楽しそうに答えた。
なんだそれはと呆れて、予想が外されたのは初めてだと、聖龍も楽しくなった。
こうして、世界は二柱目の神を得て、多くの恩恵を得る。
世界に植物が溢れ、生命が溢れ、魔力が溢れるようになる。
魔力が溢れたおかげで、これまでは聖龍しか使えなかった奇跡を、最大限に弱くした状態で使う者が現れてしまう。
これは世界樹によって齎された奇跡であり、世界に住む住人も、世界樹に対して感謝の念を送り崇拝した。
『どうしてこのような事をする?』
『だって楽しいじゃない、彼らが活き活きしている姿はとても魅力的だわ』
世界の住人に力を与えた世界樹の判断を、聖龍は理解出来なかった。世界樹の言葉を聞いても、よく分からず観察を始めるようになる。
矮小な存在、いつも勝手に現れて、勝手に消えて行く者達。
世界樹と共に、その生活を見続けるが、どうにも理解出来なかった。
人が蟻の気持ちを理解出来ないように、聖龍もまた矮小な存在の思いなど理解出来なかったのだ。
ただ、世界樹が楽しそうなら、それでいいかと思えるようになっていた。
『どうして消えて行くのでしょう?』
世界を見て呟く世界樹は、滅びた文明を見て悲しそうにしていた。世界樹が世界に干渉するようになって、三度目の文明だった。
この文明では、世界樹の近くで生活する者がおり、世界樹はその者らと関わる為、似た姿を化身として利用するようになっていた。
長い耳が特徴的な、自分達を森の民だと名乗るイタイ奴らだったが、世界樹は彼らを気に入っていた。
だから、余計に心を通わせてしまい、滅びた彼らを見て心を痛めたのだろう。
『彼らは有限の存在。消えていくのは定められた運命だ』
『私達も消えるの?』
『世界が消えれば、我らも消える』
『じゃあ安心ね、貴方がいれば世界は消えないから』
森の民の姿をした世界樹は、満面の笑みを聖龍に向けて言った。
滅びた文明を見て悲しみ、聖龍がいるから安心だとコロコロと感情を変える。
もしかしたら、積極的に干渉する世界樹でも、本当の意味で彼らを理解している訳ではないのかも知れない。
時は流れる。
世界樹が生まれて一万年が過ぎ、二万年が過ぎ、三万年を過ぎた頃に、世界に魔物が生まれた。
魔物を生み出したのは、この時代の文明だった。
強い肉体を持ち、高い魔力をその身に宿した魔物は、その文明を滅ぼしてしまう。
やがて魔物は自分達を魔族と呼ぶようになり、世界の半分を支配するようになった。
何故半分なのかと言うと、聖龍が干渉して、これ以上の侵略を許さなかったのだ。
聖龍からすれば、魔族もまた、いずれは消える存在でしかなく、どうしようと、どうなろうと興味はなかった。
ただ、文明の生まれない、暴力のみの世界に染まるのではないかと、世界樹が不安になってしまったのだ。
世界樹が見ていたいのは、弱肉強食の世界ではない。
知性のある者達が作る文明の世界なのだ。
今の魔族は力を最上におき、他を軽視している。これでは、同族で殺し合いを続けるだけの無意味な存在に成り下がってしまうだろう。そして、その魔族が世界に蔓延れば、碌な文明が育たない。
そんな原初的な世界も良いなと聖龍は思うのだが、世界樹はお気に召さないらしい。
「邪魔をするなら、たとえ神だろうとコロッ!?」
当時の魔族を率いていた者を瞬殺して、魔族を引き下がらせる。
文明を滅ぼせる魔族と、世界そのものを滅ぼせる聖龍とでは力の差があり過ぎた。神を前にして、諦めるしかない魔族は、世界の半分を手に入れ、その中で争いを始める。
そしていつの間にか魔族は滅びており、世界に新たな文明が生まれた。
「イルミンスール様!どうか我らにお慈悲を!」
いつの頃からか、世界樹はイルミンスールと呼ばれるようになっていた。世界樹自身が名乗ったことはなく、この文明の人々が認識しやすくする為、名称を付けたのだろうと予想出来た。
世界樹をイルミンスールと呼ぶ者は、自らをイルミンスール教会の神官だと名乗った。
世界樹が話を聞くと、世界樹の恩恵を受けて私腹を肥やしたいのだと言う。話は回りくどかったが、結局の所こんな内容だった。
下らないなと消そうとする聖龍だが、世界樹が待ったを掛ける。
『どうして私をイルミンスールと呼ぶの?私、そう名乗ったことあるかしら?』
「はっ!我らが神よ!貴方様を遣わせた上神が、我が一族に告げたのです。この名を貴方様に届けるようにと!」
『嘘はいけないわ、森羅万象を司る存在から生まれたのは間違いないけど、彼は自身を神と名乗ったことはないもの』
「それは……!?」
『今去れば、聞かなかったことにしてあげる』
「ひっ!?」
世界樹を前で嘘を並べた神官は、脇目も振らずに逃げ出した。
『何故、見逃したのだ?』
『私を騙そうとしたのよ、凄いことだと思わない? 崇拝されて当たり前だと思っていたけれど、彼らの中で、私を騙せる対象にまで存在価値を下げているわ。 彼らも成長している証拠、凄いことじゃない』
『それを喜ぶお前も大概だとは思うがな』
『酷いわね。でも、イルミンスールって名前も貰っちゃったし、見逃してもいいんじゃないかしら』
『気に入ったのか、その名を』
『ええ、貴方も付けてもらったら?』
『遠慮する、私は聖龍で十分だ』
『つまんないわね、私が付けて上げましょうか?』
『必要ない』
それから幾つもの文明が生まれては消えていき、少しずつだが、この世界の生物も力を持つようになっていく。
世界樹が生まれて十万年ほどが過ぎた頃、かつてと同じように、世界樹の元で暮らす種族が現れる。
彼らは自分達のことを鬼人族と呼び、世界樹を崇拝し共に生きる種族だと言い、勝手にこの地に根付いてしまった。
『追い出さないのか?』
『久しぶりだし、この子達を見てるのも楽しいから構わないわ。それよりも、久しぶりに遊びに来てよ。貴方の姿を見たら、きっと卒倒するわよ』
『悪趣味だな』
ここ数千年、聖龍は世界樹の元を訪れていない。
それは、もう直ぐ聖龍の生まれ変わりの時期であり、体を作り変える為の準備をしなければならなかったからだ。
聖龍という存在に、寿命という概念は存在しない。
あるとすれば、世界が消滅するときだが、それを考えたら全ての生物がそうなるので、考える必要はないだろう。
ただ寿命という概念が無いのは、聖龍の魂だけであり、肉体には存在する。
最後に肉体を変えてから既に数十万年が経過しており、そろそろ限界が来そうなのだ。次の体はどんな形にするかと考えながら、その元となる力を溜めていく。
今は近くの木々を伝って思念を送っているが、近いうちにそれも出来なくなるだろう。
だから、今だけは会話を楽しもうと、近くの木に顔を近付ける。
世界樹との会話は他愛無い内容だった。
鬼人族が世界樹の為に何をしてくれたとか、騎士団が出来たとか、世界の名前がイルミンスールになったとか、祭りをやって楽しませてもらったとか、子供の名付けをしたなどの日常の話だった。
あと数百年もすれば、長い眠りに着くだろ。
そうすると、千年は起きないから今は好きにさせよう。
そんな思いから、友人であり、半身であり、同族であり、子供のように思っている世界樹の相手をしていた。
そんな時だ。
この文明の住人がやらかしたのは。
国同士の戦争で、世界に大打撃を与える兵器を使用したのだ。
聖龍は新たな肉体の準備を中断して、兵器を使用した国を滅ぼした。
この兵器は危険だ。
作った者、知る者を全て滅ぼさなければならない。
永い永い生の中で、初めて衝動に駆られて行動してしまった。
『落ち着いて! 聖龍!もう終わってるわ!』
正気を取り戻したのは、全てを成して、世界樹に呼び止められてからだった。
全てとは、あの兵器を知る存在を、この世界から消し去ったということだ。その過程で、この文明を築いていた者達の数が半減してしまったが、それは自業自得というものだ。
同族同士で争った結果、天上の存在の怒りを買った。
それだけの話だった。
それで終わればよかった。
だが、そうはならなかった。
兵器を使用された場所の近くに、この世界の物ではない物が出来ていたのだ。
それは寄生虫のように世界に根付いており、竜脈とも強く繋がっていた。
これを破壊するのは可能だ。
だがそれは、この世界そのものを破壊する事に繋がってしまう。
その事実を即座に理解した聖龍は、忌々しく思いながらも手を出せずに見ているしかなかった。
『これは何なのだ? 何の目的でここにある!』
突如現れた巨大な洞窟を見て、怒りが溢れる。
なかに入ろうとするが、何故か聖龍は入れない。
そして、入れないのは聖龍だけでなく、世界樹の化身も同じだった。
『不思議ね、私たちが干渉出来ないなんて』
どうにもならない状況に歯軋りする。
そんな状況でも、世界樹は打開策を提示する。
その策は失敗だったのだろうが、この時は誰も分からなかった。同様の状況に陥った別の世界でも、同じ選択をするのだ。この世界の神々が間違っても、誰も文句は言えないだろう。
『鬼人族に調べてもらいましょう』
『危険だ。お前のお気に入りじゃないのか?』
『ええ、だから加護を与えます。私の力の一部が使えるようになれば、無事に戻って来れるはずです』
『ならば私も……』
『聖龍は転生の準備で余裕はないでしょ?』
『しかし……』
『大丈夫よ、騎士団には力のある者も多いから』
世界樹の提案に乗るしかなく、聖龍は引き下がるしかなかった。
加護を受けた鬼人族が次々と洞窟に入って行き、数々の報告と物資を世界に運ぶ。
洞窟の中には多くのモンスターがおり、倒すと力を与えてくれる。多くの食料と貴重なアイテムが眠っており、奇跡のような効果を発揮する薬品がある。
洞窟の中は恐ろしく広く、高度な文明の痕跡が見える。
強いモンスターを倒すと急激に力が増し、魔法の威力が上がるなどの情報が世界に巡った。
この世の物ではない物。
ダンジョンは世界に根付き、多くの物を齎らすようになる。
これが良いことなのかと言われたら、そうなのだろうと肯定するだろう。
だが、どうしても不安を拭うことの出来ない聖龍は、転生を先送りにしてダンジョンを見続けた。
「……ろう、……太郎! おいト太郎!飯できたから早く来てくれ!」
聞き馴染みのある男の声に起こされて、グアっと返事をする。
どうにも、昔の夢を見ていたようで懐かしい気持ちになり、感傷的になってしまう。
「キュア!」
「ヒヒーン!」
繋ぎの為に保護した子供と、男と同じ魔力を宿す馬が早く来いと呼んでいる。
かつてあった世界では信じられないような光景。
神とまで謳われた聖龍が、か弱い存在にぞんざいに扱われている。
だが、それでも良いと思う。
力を失い、彼らと同等の存在になり、ようやく寂しさから解放された。
とても心地よく、安らぎを覚える。
それは世界樹と共に過ごした日々にも匹敵するほどで、永い孤独な時間に終止符を打ってくれた、とても大切な時間だった。
短い時間になるだろう、彼らと過ごすこの時間は。
全ては若木を守るため。
友が残した若木の為に、男には働いてもらわなければならない。
唯一の可能性であり、未来から連れて来た存在。
この男に全てを話したら、どう反応するだろう?
怒るだろうか、しょうがねーなと笑いながら引き受けるだろうか、どちらもありそうで、グアッと声が出る。
「どうしたんだよ?発情でもしたのか?」
「グアッ!?」
少し馬鹿だが、お人好しな男。
聖龍はそんな男を気に入っていた。