幕間22(加賀見レント)
場所はMRファクトリー、ネオユートピア支社の一室。
そこに、企業と契約した一組の探索者パーティが集まっていた。
集まったメンバーは男性三名、女性二名の五人。
パーティには非戦闘員の女性がもう一人いるが、今回集まった理由は、その一人をどうするかを決める為のものだった。
「未来はまだ正気に戻らないのか?」
最初に発言したのは、パーティのリーダーでありタンクの役割を熟す加賀見レントだった。
男性としては小柄な体格だが、鉄壁や怪力のスキルを持ち、盾職として申し分ない仕事をする頼れるリーダーである。その上〝見えざる手”という珍しいスキルを持っており、抜群の攻撃手段を持っていた。
「正気ですよ、正気だから困っているんです」
眉を顰めてそう答えたのは、後衛で弓師をしている火口香織という女性探索者だ。
赤に染めた短髪が特徴的な女性で、服も赤を多用している。そんな見た目に反して口調は穏やかで、また性格も落ち着いたものだった。
弓師として、常に心を平常に保っているそうだが、一度怒ると手の付けられない、恐ろしい人物でもある。
その火口が困っているのは、パーティメンバーである夢見焔の妹、夢見未来の気が狂ったからだった。
いや、狂ってはいない。しかし、口に出す言葉が正気とは思えない内容で、MRファクトリーの一室に隔離する事になってしまった。
〝ネオユートピアがモンスターによって破壊される”
とてもではないが、信じられる内容ではなかった。
ダンジョンが発見されてから約八十年。これまでにモンスターが地上に出て来たことはなく、ましてやここはネオユートピアだ。ダンジョンから二県離れた場所にあり、どうやってモンスターが現れるというのかも不明だった。
だから、珍しく外れる夢を見たのだと説得したのだが、
「そんなんじゃない!信じて!ここは崩壊するの!!」
未来の顔は鬼気迫っており、こちらの言葉を聞く気はないようだった。せめて話を聞いてくれたらよかったのだが、一切引こうとしない未来に危機感を覚えてしまった。
未来を隔離したのは、他でもないリーダーである加賀見の指示によるものである。
この判断をしたのは英断と呼んでも良いだろう。
もしも、未来の話を無視して外で叫ばれでもすれば、大勢を混乱させて人為的な災害が発生した可能性だってあるのだ。
知る人は知っている。
未来の予知夢の恐ろしさを。
「どうするの? 妹をこのまま閉じ込めておく気はないよ。迷惑になるなら、妹を連れて出て行くけど」
未来の隈を無くしたら、こうなるだろうなという女性が腕を組んで周りを威圧する。
火を吹く大斧を使い、前々回行われたグラディエーターで、プロ探索者を一掃して人気を集めた女性探索者だ。
妹を思う夢見焔の考えを、リーダーである加賀見が否定する。
「ダメだ。 それが難しい事くらい分かっているだろう?」
夢見未来の価値を知る者は少ない。
しかし、その知っている者達に問題があり、仮にここを抜けたとしても、平穏な日常が送れるとは思えなかった。
幾ら40階を突破した探索者でも、四六時中狙われたら、いずれ限界はくる。何より、同業者が絡んでくれば、もうどうしようもないだろう。
一応、古巣の探索者観察署に戻る選択肢もあるが、もう、あそこには戻りたくはなかった。
「別に急ぐ必要もないだろ? 時期で言えば、夏ぐらいって話なんだ。その頃になったら、皆んなで何処か別の場所に行けばいいさ」
「いいねー、そうしようや。別に未来ちゃんの予知夢って、回避出来ない訳じゃないんだろ? こんなピリピリするより、もっと気楽に考えようぜ」
椅子に腰掛けて、ダルそうに提案するのは前衛で戦士を務める灰野灯樹。
ここにいるメンバーの中でも最年長であり、二度目の成人式を迎えようとしていた。
だが、見た目は若々しく、二十代後半でも通じるほどだ。
最後に、灰野の提案に指差して同意したのは、魔法使いである大炊インカだ。
彼は日本とアジア圏のハーフだが、ダンジョンに潜るために日本国籍を取った経歴を持つ。また、こういう人物は多く存在しており珍しくはない。
別に職に困ったとかではなく、単純にダンジョンというものに魅力を感じ、その道を選んでしまったのだ。
プロの探索者ともなると、気軽に日本から出国できなくなるが、それを差し引いても、ダンジョンという物に取り憑かれた人物でもある。
「それが許されないから言ってるんでしょ!? 夏にはグラディエーターの出場も決まっているし、インカだって両親呼んでるんでしょ!」
「おっと、そうだった。忘れてた忘れてた。でもさー、そういう決まりは、無視すればいいじゃん? 親には謝ればいいしー、兄弟には観光を楽しんでもらえれば許してくれるしー、何の問題もないよ。 あとは、あんたらの判断次第じゃね?」
「そうだそうだ。俺たち探索者は何者にも縛られず、力のみに傾倒する。世の中のしがらみなんて、俺達に何の価値も無いのさ」
「なに出鱈目言ってんの!? この前、借金取りに土下座してたでしょうが!」
「おまっ!? それは言うなって言っただろうが!」
どっぷりと世の中のしがらみに浸かった灰野は、ギャンブルに溺れて借金まみれだったりする。
昔、焔と付き合っていたが、そのギャンブル狂いに耐え切れず、僅か二日で破局した悲しき過去を持っていたりする。
そんなふざけた空気を払拭するように、パンッと手を鳴らす音が部屋内に響く。
「話を戻すぞ。 現状、未来を連れて出ることは出来ない。ネオユートピアの崩壊なんて内容を、未来が流布すれば、別の形でネオユートピアが崩壊しかねない。 仮にだ、本当にネオユートピアに何かが起こるとしたら、その原因を予知夢で突き止められるのも未来しかいない」
リーダーである加賀見の言葉に頷く面々。
しかし、一人だけ納得しない人物がいる。
隔離された妹を開放してやりたい、姉の焔だ。
「だからって隔離する必要はないでしょう? 未来の予知夢の的中率を考えるなら、直ぐに避難するべきじゃない?」
「だから期限を決めておこう。 六月だ、六月になったらMRファクトリーと契約を切って、ネオユートピアから出て行く」
「オウ!?マジかよ!マジで謝らなきゃいけねーじゃねーか!?」
この判断にインカが頭を抱える。
そういう選択肢もあると気軽に言ってみたら、本当に謝るハメになってしまった。
それでも、リーダーの判断に意見するつもりはないようで、従う姿勢を見せている。
このパーティでの活動は長く、組んだ当初は二十代だったメンバーも、今では三十代になっている。これまでやってこれたのは、リーダーである加賀見の統率力と判断によるものである。
勿論、間違いを犯すことはあった。
それでも、今、こうして生きているのは、間違いなく加賀見が引っ張ったからなのは間違いない。
だから、この判断には皆が従う。
「でも、大丈夫かしら? すんなりと許してくれるとは思えないんだけど」
「大丈夫だ」
「何か手はあるの?」
「無い。だが、俺達は探索者だからな」
力拳を作った加賀見を見て、結局はそれかとため息を吐いた。
ーーー
太平洋側の埋め立てられた土地に建設されたネオユートピア。その隣の陸地側に建設された巨大で、探索者同士の争いを見せ物とするには少々手狭な闘技場。
加賀見レントは、その闘技場の控え室に向かって歩いていく。
先日、MRファクトリーとの話し合いも終わり、六月にはネオユートピアから一時的に離れる事になった。
そう、一時的にだ。
話し合いの結果として、MRファクトリーと契約の破棄には至らなかった。
この結果は嬉しいものであり、狙い通りのものでもあった。というより、MRファクトリーが夢見未来を手放すとは思えなかったのだ。
未来の価値をよく知るのは、加賀見も同じだ。
大切な仲間の家族なので、それなりに仲良くはしているが、結局のところ危険を共にした仲間達と同じようには考えられない。
だから、どうしても貴重な道具のように扱ってしまう。
予知夢というスキルの価値を知ってからは、未来を便利で貴重な物としてしか見れないようになっていた。
もしも、焔が何も言わなければ、そのまま隔離していただろう。その程度の仲間意識しか、未来には抱いていなかった。
それは加賀見だけではなく、焔以外のメンバーがそうだった。
それでも、と思う。
未来の予知夢のおかげで、加賀見達は力を手に入れた。
金だけではない、若さも、力も手にすることが出来たのだ。
クイーンビックアントの生命蜜。
これに関しては、感謝しても仕切れない。
生命蜜によって齎された恩恵は何よりも大きい。
加賀見自身、全盛期の肉体を過ぎた覚えがあり、以前よりも動きが鈍くなっていたのだ。
それが、生命蜜を飲んだだけで、全盛期どころか、それを凌ぐ程の肉体を手に入れることが出来た。
「ふふっ」
手を握り思わず笑みが零れる。
漲る力に、これこそが求めていた物だと心を満たしてくれる。
加賀見達はMRファクトリーと契約をして、ダンジョンに入る頻度が減り、探索者を引退しかけていた。
半ば腐っていたと、言ってもいいかもしれない。
そんな時だ、グラディエーターへの出場の話が舞い込んで来たのは。
最初は、そんな催し物に参加するつもりなどなかった。
だが、企業と契約している手前、断ることも出来ず参加することになってしまった。
参加するのはパーティメンバー全員だったが、組み分けがあり、加賀見と夢見焔は一人で戦い、ほか三人はチーム戦で参加した。
その結果、リーダーの加賀見のみが敗北した。
負けるとは思わなかった。
対戦相手は、40階突破はしていて同格の探索者だったが、近接戦が得意の魔法剣士と、加賀見とって相性の良い対戦相手であり、倒すのは容易いと思っていた。
当初、圧倒していたのは加賀見の方だった。
得意の槌と不可視の見えざる手、そしてカウンターを狙える大楯を持って相手を攻め立てていた。
それなのにだ、倒れているのは加賀見の方だった。
一瞬の油断だった。
普段なら反応できた、なんて事のない足への攻撃。それを対処出来ずに食らってしまった。
崩れるバランスに、体勢を整えようと踏ん張るが、追撃の魔法に撃たれて地面を舐める。
ここで防御に徹すればまだ勝ち目はあったのだが、見えざる手で攻撃を選択してしまい、地面からの魔法を防げずに戦闘不能に追い込まれてしまった。
悔しかった。
仲間の中で自分だけが負けたからではない。
勝てる相手に負けたからではない。
弱い自分が、情けなくて悔しかったのだ。
探索者を半ば引退したからといって、強さへの執着が無くなった訳ではない。心の奥底で燻り続けて、見て見ぬふりをしていた感情が、ここに来て溢れ出てしまう。
ダンジョンで鍛え直すべきかと正攻法で考えていると、MRファクトリーからある依頼が入った。
「クイーンビックアントの生命蜜か……これを信じても良いのか?」
「はい、未来さんが予知したものですので、まず間違いないかと」
「そうじゃない、生命蜜を半分、自由に使って良いという内容だ」
「ええ、我らではどうやっても手に入りませんので、これくらいの譲歩はお約束します」
生命蜜。
今では、探索者協会のオークションでも出品されなくなった、幻のアイテム。若返りの効果を持ち、能力を向上させる効果を持つ。その上、霊薬の素材となると言われており、誰もが手に入れる事を夢見ていた。
そのアイテムを得るチャンスが、目の前に転がって来たのだ。断る理由など微塵も存在しなかった。
未来に話を聞き、目的地を聞くと急いで向かう。
パーティメンバーも、生命蜜を欲していた。肉体の衰えを感じた訳ではないが、グラディエーターで感じた実力の衰えは隠しきれなかったのだ。
だからこそ、難色を示す仲間達の説得もでき、クイーンビックアントを圧倒する探索者への奇襲にも同意してくれた。
あの太った探索者が勝利すれば、生命蜜は全てあの探索者の物になる。せめて苦戦してくれていれば、手助けをした謝礼として、半分の生命蜜の権利を主張できたのに。
だが、残念な事にあの探索者は圧倒している。
企業との契約もあり、なんとしても生命蜜を手に入れなければならない。そう、これは残念な事故だったんだ。と言い訳をしつつ、あの強さに嫉妬して、殺す気で見えざる手を発動した。
太った探索者は、想像以上に強かった。
僅かな間にインカが戦闘不能に追い込まれ、前衛二人掛かりでも圧倒され、見えざる手さえも対処されてしまった。
焦りが生まれる。
まさか、そんなと、予想外の苦戦に嫌な予感を覚える。
どんなに衰えたとしても、40階を突破したパーティが、たった一人の探索者に負けるはずがないと思っていた。
そんな事が可能な存在を、加賀見達は一人しか知らなかった。
黒一。
目の前の探索者は、あの悪魔と同じ領域にいる。
嫌な汗が頬を伝い、今更ながらに後悔し始めていた。
悔しさから歯軋りをした音が鳴り、仲間達にもその緊張感が伝わる。
今更、許しをこうには遅く、勝負するには分が悪い。
どうにもならず、覚悟を決めるか撤退するか、決断をしなければならない。
しかし、天は加賀見達を味方する。
「これはっ!?」
「クイーンビックアント!?」
「まだ動けるのか!?」
目の前の男が、クイーンビックアントの魔法で地面に貼り付けにされ、潰されようとしていた。
このレベルの魔法を食らって、無事で済むはずがない。
そう信じて、先にクイーンビックアントへと向かうが、太った探索者を見ると耐えている様子が見えた。
だから、更なる圧力を掛けて潰すべく、見えざる手を探索者上に伸ばす。魔法の効果で威力が増した見えざる手は、探索者を更に押し潰し、地面を破り、崩壊させた。
闇に落ちていく探索者。
左腕が負傷してしまったが、あれを始末出来たのなら安いものと思えた。
クイーンビックアントは、今の攻撃が最後の手段だったのか、程なくして焔の手により頭部を断ち切られた。
崩壊する洞窟から無事に脱出して、生命蜜を手に入れた。
そして、若さも力も手に入れた。
地上に戻ると、未来の様子が変わっていたが、生命蜜により齎された全能感の前では、それすら些細なものでしかなかった。
全盛期を上回る力は、二月に行われた二度目のグラディエーターで勝利を収める。
そして今日、三度目のグラディエーターである。
相手は一度目と同じ相手だ。
これは仕方ないことでもある。
40階を超えた探索者が少ない上、企業と契約する者も少ないのだ。
今回は、リベンジマッチと銘打ち開催されている。
全ての試合がそうではないのだが、メインである加賀見の試合がそうなので、そう謳っているに過ぎない。
それでも今回の試合は、どれだけ加賀見が強くなったのか試金石にもなる。
「ふっ」
思わず笑みが漏れる。
こんなに楽しいと思ったのはいつぶりだろう。
皆で40階を突破したとき以来かも知れない。
探索者観察署に入ってからというもの、碌なことがなかったように思える。
あらゆる面で優遇されるというので加わったが、やる仕事は汚れ仕事ばかり。その上、黒一という化け物に睨まれて、下手なことも出来なかった。
ある仕事で失敗してしまい、嫌気が差して辞めてしまった。失敗を叱責された訳ではない。ただただ、弱い者を相手にするが嫌になったのだ。
そんな経験をしたからか、企業との契約も楽なものに感じられる。
コツコツと進み、清掃員やスタッフとすれ違い、控室に到着する。
控室には、加賀見の装備が準備されていた。
薄赤色に塗装されたフルアーマーに、柄の伸縮が可能な魔武器の槌、自分の身が隠れるほどに大きな赤い大楯が加賀見の装備である。
なかでも大楯は、攻撃を受けた瞬間に表面を爆発させることができ、カウンターを狙える強力な物となっている。
全ての装備を身に付け、会場へ向かう。
時間も差し迫っているが、その足が急ぐことはない。
ただ一歩一歩、この瞬間を楽しむように進むのだ。
重いフル装備も、体が強化された探索者からしたら大したものではなく、逆にこれくらいの重量で丁度いいくらいである。
「さあ、リベンジマッチだ」
入り口に到着すると同時に、入場のBGMが流れ始める。
映像を見ている視聴者には、どんな解説が流れているのだろうかと、どうでもいい事を思いながら、応援してくれる観客に手を振る。
パーティメンバーの姿が見えないが、VIP席で観戦中なのだろう。
正面を見ると、遅れて出てくる対戦相手。
前回負けた加賀見が挑戦者になるので、この流れは間違っていない。だが、もしも三度目の対戦があるなら、この入場も逆になるのかなと思うと、少しだけ楽しくなる。
勝敗が決まった訳ではないが、見ただけで分かるのだ。
あれは格下だと。
これは驕りではなく真実であり、試合が始まってそれが証明された。
年末の大会でも圧倒した通り、このリベンジマッチでも圧倒する。
前回やられた攻撃も軽くいなし、魔武器の槌で攻め立て、見えざる手で壁際まで吹き飛ばす。
相手の地属性魔法など効かず、残る手は接近戦しかない。
それは分かっているのだろうが、大楯の能力を知っているせいで攻め込めないようだ。
だから、敢えて接近して近接戦に持ち込んでやる。
なぶり殺しにせず、あっさり倒してやろうと迫る加賀見。
相手も覚悟を決めたのか、身体強化を施して攻勢に出る。
加賀見は笑みを浮かべ、大楯の能力で終わらせようと構え、剣が大楯と接触した瞬間、
加賀見の上半身が消し飛んだ。
何が起こったのか理解できずに静まる会場。
そして、次の瞬間には悲鳴が上がり、混乱に陥る。
闘技場にはスタッフが集まっており、選手の仲間の探索者も焦った様子で集まっていた。
その様子を無表情で眺める男が一人。
「先ずはひとり」
少し乱れた七三を整えて、その場を後にした。