奈落41(迷いの森28)
戦いが終わったと思ったら、またモノクロの世界が訪れた。
まだモンスターが現れるのかと警戒していると、視界が揺れ、世界が切り替わる感覚を覚える。
そしてモノクロの世界が終わり、景色が一変した。
森が変わっていたのだ。
先程まで紅葉に彩られた森だったのに、深緑の森に変わっていた。それだけではない、森から感じていた力が消えていたのだ。
嫌な予感がして下を見る。
そこには湖があり、ト太郎がおり、ヒナタがおり、二号が倒れているはずだった。それが、何も無くなっていた。
湖は枯れて緑が生い茂り、いるはずの三人の姿が消えていた。
地上に降りて、何が起こっているのか理解できずに動悸が早くなる。
はあはあと呼吸が荒くなりながらも辺りを見回すが、そこには森が広がるだけで、他に何もない。
ヒナタ!ト太郎!二号!
三人の名前を叫ぶが、音だけが森に消えていき反応が返って来る事はなかった。
焦っているのは俺だけではない。
「ヒヒーン!!」
これまでにない程、取り乱したフウマが風を撒き散らし、三人の行方を探していた。
落ち着けとフウマの首元を撫でるが、俺も気が気ではないのだ。フウマを撫でる手が震えているのにさえ、自分自身で気づかない程に混乱している。
落ち着け落ち着けと、フウマに言っているのか、自分自身に言い聞かせているのか分からない言葉を呟いて、冷静になろうと必死に可能性を考える。
ここに居ないのなら、どこかに移動したかも知れない。もしかしたら、俺達が移動したのかも知れない。怪獣のモンスター達なら、察知出来ない能力で別の場所に飛ばす事くらい可能なはずだ。
そうだ。そうに違いない。
探すぞフウマ!
俺が呼びかけると、一も二もなく駆け出した。
ついさっきまでの戦いで、魔力の大半を使い疲れているはずだが、その様子は一切見られない。それだけ焦っているのだろう。
それは、俺にも言えた事だなと、焦るフウマを見て少しだけ冷静になれた頭で自嘲する。
森を駆け、三人の影を探す。ヒナタや二号はともかく、ト太郎ほど大きさなら、白い体と相まって目立ちそうなものだが、一向に見つからない。
必死に三人の名前を呼びながら、少しの手掛かりも見逃さないと辺りを見回し探す。
暫く探して、上から湖を探した方が早くないかと気付いてフウマに呼び掛ける。
一気に飛び上がり、いつの間にか戻っていた鳥のモンスターを蹴散らし湖を探す。一直線ではなくジグザグに動き、速度を上げて飛び回る。
それでも見つからない。
ならば、永遠にループする森なら、一直線に行けば湖に辿り着くはずだと考え直して行動する。
すると、森を抜けた。
空で停止して、呆気に取られる。
広がる何もない草原を前にして、俺達は動けなくなっていた。
これまで、散々脱出する方法を模索していたのに、あっさりと森から出られてしまった。
喜びよりも驚きが勝り、それよりも絶望が心に去来する。
その心から目を背けるように、再び森の中を探し回る。
違うと、そうじゃないだろうと頭に過ぎる予感を否定して、湖を、ヒナタを、ト太郎を、二号を探し回った。
そして、否定されない予感に絶望して、湖があっただろう広場に降り立った。
何が起こったのか、理解した訳ではない。
それでも、ここが湖があった場所なら、つまり、そういう事なのだろう。
時間が経ったのだ。
湖が枯れて、緑が生い茂るだけの時間が。
そして何より、森から感じていたト太郎の魔力が消えていた。
つまり、そういう事なのだろう……。
「納得できるかっ!!」
ふざけるな!こんな現実認めてたまるか!
ト太郎が死んだだと!? じゃあ、ヒナタと二号はどこに行ったって言うんだ!
庇護を失った二人が死んだっていうのか!?俺が育てて鍛えた二人だぞ!そう簡単に死ぬわけないだろうがっ!!
どこかで生きてるはずだ。
ト太郎もヒナタも二号も、どこかに移動して生きているはずだ。
探すんだ。
どれだけ掛かってもいい、あいつらを探すんだ。
外に行けるようになったのなら、森から脱出した可能性だってある。だから、外も探す必要がある。
この奈落がどれだけ広いのか想像も付かないが、そんな事は関係ない。合流して地上を目指すんだ。
そうだ、こんな所で立ち止まっている暇はないんだ。
そう自分に言い聞かせて、動き出そうとすると、奈落に夜が訪れた。
夜の森に現れるモンスターの種類が変わっていた。
これまでは、亡霊のモンスターしか現れなかったのに、今はスケルトンや梟や大きな鼠のモンスターが出現するようになっていた。
あれだけいた亡霊の姿はなく、これまで光を帯びた水しか対抗手段がなかった事を考えると、この変化はありがたい。
それに、今は水を生み出す花瓶を持っていない。
ヒナタが畑に水やりをするようになってから、花瓶を渡してしまったのだ。その影響で、野菜がもう採れない。湖の水でも野菜を作るのは可能だったのだが、その湖も無くなってしまったので、収納空間にある物で最後になる。
それでも、それなりの量あるので、数ヶ月は大丈夫だろう。
森を進み、少しの痕跡も見逃さないと、目を凝らし空間把握に集中する。
フウマも時折、周囲に風を吹かせて、その反応から情報を得ているようだ。かなりの広範囲が察知できるようで、遠くにいるモンスターの存在に気付いているみたいだった。
俺も真似してみたが、残念ながら向いていないようだ。
ただ、この探索方法にも問題がある。
風に乗った魔力を察知したモンスターが、大勢集まって来たのだ。今更、森のモンスターがどれだけ集まろうが敵ではないが、相手にするのが面倒だった。
長い夜の時間に、数え切れない程のモンスターを倒し、森をくまなく探していく。
地上を走り、空に何かないか昇り、視界が効かない世界がこうも苛立たせるのかと、近くの木に当たり散らして進んで行く。
何度目かの休憩を挟み、木に背を預けて溜息を吐く。
「ブルルッ」
こっちも気が滅入るから止めろと、フウマが注意してくる。
すまんなと頭を掻くと、魔法陣で水を生み出し、一気に飲んで気持ちを落ち着かせる。
どうしても焦ってしまう。
かつて東風達が辿った未来を、あいつらも辿るのではないかと思うと気が気ではないのだ。
悪い考えばかりしても意味がないのは分かっているが、休憩の度に考えてしまう。
水を大量に生み出して、頭を冷やそうと頭から被る。
体が濡れて、弱い風がひんやりとして気持ち良い。
少しだけ気持ちが落ち着き、違和感を覚えた。
フウマを見る。
魔法を使った形跡はない。
じゃあ、この弱い風はどこから吹いているんだ?
この森で肌に感じる程の風が吹くのは、何者かが何かを起こさなければ発生しない。その何かも、魔法だったり戦いだったりだ。
それなのに風を感じる。
森の出口が近く、そこから吹き抜けているかも知れないが、空に上がって見た時は、まだまだ森が続いていたはずだ。
空間把握には何の反応も無いのだが、これまで散々欺くモンスターと遭遇していて、過信はしていない。
何かがおかしいと、感覚を研ぎ澄ませながらゆっくりと森を進む。
すると、魔力の壁のような物を見付けた。
壁と言ってもコンクリートの壁とかではなく、その場所から進ませない為の目に見えない魔法の壁だ。それに触れると、体が知らない内にUターンして離れようとする。それは、まるで部外者を遠ざける為に設置された結界のようだった。
振り返り、もう一度結界に近付く。
この結界には覚えがある。正確には、結界を構築している魔力に覚えがある。
俺の中に流れている、俺の物ではない別の魔力。
その一つが、結界を構築している魔力と同じ物だった。
フウマにこっちに来るように言うと、手綱を掴んで結界に触れる。その魔力を感じ取り、結界の魔力を操作する。すると、結界が開き、中に入れるようになった。
結界の中は、未だ森が続いているが、明らかに空気が違っており、森に溢れていた殺伐とした雰囲気が失われていた。
それは、懐かしい地上の森のような安心する世界だった。
森の中を進み、暫くすると、どこからか甘く魅惑的な匂いが漂って来た。
これは……まさか!?
俺は走り出す。
フウマは俺を置き去りにして駆け出す。
ふざけんなバカ馬!?
そう叫びながらも、全力で走り抜けて匂いの元へと辿り着いた。
そこには川があった。
それほど大きな川ではないが、流れる物が水ではなかった。
それは、昔々に食して俺を虜にしたアレだ。
恋焦がれて、どんなに思っても手に入らなかったアレだ。
そう、女王蟻の蜜が川のようになって流れていたのだ。