奈落36(迷いの森23)
本日から6時と18時に投稿します。
モノクロになった世界は直ぐに終わり、世界に色が戻った。
まだ、モノクロの世界から訪れる存在と出会っていないのにだ。
何がどうなっているか分からず警戒していると、何処か遠くで強烈な破壊音が鳴り響き、暴風が吹き抜ける。
「キュア!?」
この中でも最も軽いヒナタが飛ばされそうになるが、風を操り暴風を受け流して、それを阻止する。
暴風は一度では治らず、断続的に轟音と振動が暴風を伴って吹き荒れている。これには魔力も含まれており、まるで大きな力が争っているようだ。それも一箇所だけではなく、反対側からも強烈な魔力のぶつかり合いを感じ取れる。
何が起こっている!?
焦る気持ちを押さえられず、空へと高く飛び上がり周囲を確認する。
そこで見たのは、森の中で何かが争っている姿だった。
距離にして数kmは離れている所で、ここからでも見えるくらい大きな巨人と、黒い翼を生やした鳥のモンスターが争っているのが見えた。
そして反対側、湖を挟んだ向い側では、空を飛ぶ二対の翼を持つ蛇のような青い龍と、それに対するは体長10mはあるであろうメタリックな赤銅色のゴーレム。
赤銅色のゴーレムは、徐に腕を伸ばすと腕先が砲身へと変わり、照準を青い龍へと向けると灼熱の砲弾を打ち出した。
カッと光、轟音が鳴り響く。
砲弾は青い龍に直撃したのだが、空には青い龍が無傷で鎮座していた。
目を凝らして見ると、青い龍の周りには青い結界のような物が張られていた。恐らく、あれでゴーレムの攻撃を防いだのだろう。
もしも、あの結界がある限り攻撃が通じないなら、かなり苦戦しそうな相手である。
倒すなら攻撃の手段を変え、得意とする接近戦で挑み、ジリジリと削るか、一点突破か、アマダチで断ち切るか、時間を稼ぎながら突破口を探すしかないだろう。
そんな風に考えていたのだが、ゴーレムの判断は違うようだった。連続して砲撃を撃ち続け、絶え間なく灼熱の砲弾を青い龍に浴びせ続けた。つまりは、力で捩じ伏せるつもりのようだ。
灼熱の砲弾は高威力だが、一発や二発では、青い龍のバリアは揺るがない。その証拠に、砲撃は大したことないと、避けることなく空に鎮座する青い龍がいる。
だが、あの高威力の砲弾を受け続けて無事なはずがない。
絶え間ない砲撃を受けて、バリアにヒビが入り砕けようとしていたのだ。
そして、ゴーレムは一際強力な砲弾を放った。
次の瞬間には大爆発が起こり、辺り一帯を吹き飛ばしてしまう。
その余波は、離れた場所にいる俺達にもあり、全身を焼き尽くすかのような熱波が吹き荒れ、森を焼き、大気を焼き、呼吸する事さえ困難になっていた。
熱波が到達する前に風を纏い防いでいたが、気付かなければ死にはしなくても、負傷していただろう。
下にいる連中はフウマが守っている。
風で暴風をやり過ごし、常春のスカーフの範囲を拡大して熱波を防いでいるようだ。やはり、出来る馬である。
状況は刻一刻と変わって行く。
大量の魔力が動き、集まっていくのを感じる。
それはとても冷たい魔力で、全てを凍てつかせるのではないかと思うほどの暴力性を孕んでいた。
その魔力が集うのは空にいる青い龍の元。
爆発で発生した煙で目視はできないが、かつて見た雪の怪獣に匹敵するほどの魔力を感じ取る。
もっと離れておくべきかと警戒していると、直後に煙が晴れ、青い龍の口から魔法陣が展開した姿が顕になる。
青い龍の姿はボロボロで、ゴーレムの攻撃が効いているのだと分かる。
これは、だからこその反撃なのだろう。
次の瞬間、冷気のブレスが放たれた。
白いブレスはまるで吹雪のようにも見え、一部だけが白く染まる世界は幻想的でもあった。
それは傍目から見た景色で、その直下にある木々達は吹かれると同時に白く砕け散り、バラバラと舞い上がり白いブレスへと加わって行く。
進んで行くに連れ勢力を増していくブレス。
以前にもフェンリルの魔法で見た事があるが、今回のものは格段に威力が上だ。
そのブレスを前にゴーレムは、その鈍重な体のせいか避けることも防ぎ切ることも出来ずに、ブレスに飲み込まれ氷に覆われる。
これで決着か。
そう思い、次はこちらに来るだろう青い龍を警戒して杖を構え、魔法の準備を始める。
青い龍は強敵だが、やれない相手ではない。
高火力で攻めれば、あのバリアを突破出来るのも分かっている。その上、負傷しているのだ。負ける要素は無い。
勝ちを確信して、魔法の準備を始めていると、突然フウマの嘶きが聞こえて来る。
「ヒヒーンッ!!!」
一体どうしたと下を見てみると、凶悪な獅子の牙が迫っていた。
杖の向きを変え、獅子に向かって魔法を放つ。
しかし、獅子は空中だというのに向きを変えて横に飛び、俺の魔法を避けて見せた。
そして空を駆け、俺から距離を取る。
空中に留まった純白の獅子のモンスターは、普通の獅子の倍は大きいのだろうが、体が細いせいで一回りも二回りも小さく見える。それこそ、獅子というよりは巨大な猫と言った見た目だ。
その獅子のモンスターはそこに居るというのに、空間把握に反応しない。普段から空間把握のスキルに頼っているせいか、どうにも違和感を覚えてしまう。
視覚と感覚が違う事はこれまでにも何度もあった。
32階で出現した幻惑大蛇の幻や武器屋の店主の技術もそれに該当するだろう。だが、今回は明らかに違う。この獅子のモンスターは、間違いなくそこに居るという事だ。
目に見えていて、そこに居ると分かっているのにスキル空間把握に反応が無いのだ。
このモンスターは、他の四体と遜色ない強さを秘めているのは分かる。その上、空間把握で捉えられないとなると、この空中で仕留めておきたい。
何せ下には広大な森があり、隠れる場所に事欠かないのだから。
獅子のモンスターはこちらを警戒しつつも、よそ見をする。これは誘っているのかと訝しむが、その視線の先がフウマやヒナタ達だと気付いた。
おい、何処を見ている。
そう口に出すと、言葉の意味が分かったかのように獅子のモンスターは醜悪な笑みを浮かべる。
直後に音よりも速く、地上に向かって急降下する。
くそっと悪態を吐き跡を追うが、速度は圧倒的に向こうが速い。
時間にして一瞬の出来事。
獅子のモンスターの狙いは、あの中で最も弱い見た目をしたヒナタだった。
それを察知したフウマが魔法を使い守ろうとするが、即席で使用した魔法では威力も精度も足りず、モンスターの爪の一振りで引き裂かれてしまう。
フウマの魔法では、獅子のモンスターの動きを止めるどころか、一拍遅れさせるのが精一杯だった。
焦るようにヒナタを庇おうとするが、フウマのいる位置からでは間に合わない。
せめてヒナタが反応して逃げてくれればと願うが、強者に守られ、フウマやト太郎という強い者の保護下に置かれていたヒナタは、圧倒的強者の致死の爪を前にして動く事が出来なかった。
爪先がヒナタに迫る。
一瞬先では、ヒナタは引き裂かれて即死するだろう。
その最悪な予感は、最悪な方法で回避される。
ヒナタの体は横に突き飛ばされ、致死の爪から逃れる。
そして、その身代わりとなったのは、
「かはっ」
この中で最も弱い二号だった。
ヒナタを庇った二号は腕が切り落とされ、喉と体を切り裂かれた。
即死ではない。たが、かなり危険な状態だ。早く治癒魔法を掛けなければ、二号の命はない。
可能なら、今直ぐにでも治癒魔法を掛けたいのだが、状況がそれを許さない。獅子のモンスターが動きを止めずに、今度はト太郎に向かって動き出したのだ。
弱っているト太郎は碌に動くことも出来ず、見ている事しかできない。
獅子のモンスターの加虐性を孕んだ笑みはひどく歪んでおり、弱い者をいたぶるのが好きなのだとよく分かる。
ト太郎に迫る獅子のモンスターは、爪を伸ばし、ようやく追い付いた俺の杖の一撃を受け止めた。
そう受け止めたのだ。
先程まで四足歩行だったのに、二足歩行で立ち上がり二本の腕を人のように自在に操っていた。
接近したせいで、加虐心に溢れた顔が間近に迫る。
だからといって動揺することはない。
そんな事よりも、今は時間を稼ぐのが先決だ。
杖を受け止めた獅子のモンスターに向かって、目一杯の魔力を込めた突風をぶつける。
殺傷能力のない魔法に反応できなかった獅子のモンスターを、湖の向こう側、森の何処かに向かって吹き飛ばした。
二号っ!?
俺が離れたせいで、瀕死の重症を負ってしまった。
今のうちに治療を行おうと振り返ると、既にフウマとヒナタが治癒魔法を使い、治療を行っていた。
だが、傷の治りが遅いように感じる。
二人の治癒魔法は、決して効果が低い訳ではないのだが、傷が完全に塞がらないのだ。
俺も加わり治癒魔法を使うが、結果は同じ。
どうしてだと治療が上手くいかず、怒りが湧いて来そうになる。
こんな時こそ冷静になろうと、頭を無理やり切り替える。少し落ち着くと、トレースを使い二号の体を調べていく。
すると、二号の中に獅子のモンスターの魔力が混ざっているのが分かった。その魔力からは傷を開き、苦しめて殺そうという意志を感じる。それこそ、まるで呪いのようにこびり付いていた。
治癒魔法を使い取り除こうとするが、二号の魔力と混ざってしまっており、とてもではないが手が出せない。
どうする、どうする、どうするっ!?
混乱する頭を必死に回すが答えが出ない。今できるのは、治癒魔法による延命だけだ。
そんな中で、並列思考が視界の端に映った脅威を捉える。
獅子のモンスターが戻って来たのだ。
遠くまで飛ばしたはずだが、このモンスターの移動速度を考えるとおかしな事ではない。
だが、とも考える。
魔力の主である、このモンスターを殺せば治るのでないかと。
フウマとヒナタに、少しの間二号を頼むと告げて立ち上がる。
そして、杖に備わった植物を操る能力を使い、辺り一帯の植物を支配下におく。
正直なところ、この杖の能力を全て理解しているわけではない。いろいろと試してはいるが、全てを解き明かすには、鑑定のスキルが必要になって来るだろう。だが、これまでの戦いで新たに一つだけ分かった能力がある。
それが、操る植物と感覚を共有するというものだ。
獅子のモンスターは木々の間を高速で移動しており、気配も殆ど感じ取れず、空間把握のスキルでも感知できない、ならば目視に頼るしかないのだが、森の中では視認するのも困難を極めた。
だから植物をセンサーのようにして、獅子のモンスターの動きを探る。
森の中を高速で動き回るモンスター。
どこにいるのか、はっきりと感じ取れる。
そして、背後を取られた。
反応出来たのは、偶然だった。
空気の動きが変わり、なぜかそれに違和感を覚えたのだ。
振り返ると、獅子のモンスターが迫って来るところだった。
どうして後ろにいる!?
反応は変わらず森の中にあるというのに、獅子のモンスターは背後にいる。
驚きと同時に体が動き、獅子の斬撃を受け止める。
強い衝撃が走り、勢いを殺しきれずに肩を切り裂かれ、大地に爪痕が走った。
爪に入った力はさらに増し、強く押し込み切り裂こうとしている。それをぐぐっと堪えるが、何かが傷口から侵入して来る。それは物体ではなく、実体の無い獅子のモンスターの魔力だった。
魔力が侵食される感覚に、悪寒と気持ち悪さに吐き気を覚える。
これが、二号を侵している元凶なのだろう。
だが、俺には効かない。
魔力の侵食は俺の得意分野だ。
獅子のモンスターの魔力を弾くのではなく、逆にこちら側へと引き込み、魔力量を持って押し潰し食い、侵食していく。
まさか魔力を奪われるとは思っていなかったのか、慌てたように俺から距離を取ろうとする。
そんなあからさまな隙を逃すはずもなく、下がる獅子のモンスターに合わせて、速度上昇と爆発の魔法陣を加えた石の槍を放った。
以前までの魔法なら、このモンスターには魔法陣二つ程度の強化では通じなかっただろう。だが、杖の効果で魔法と魔法陣の効果を強化し、他の魔力を取り込んで力を増した今の俺の魔法は防げない。
チッと音が鳴ると共に、爆発の轟音が鳴り響く。
直前で避けられ、槍で串刺しにはできなかったが、間近で爆発を食らって無事なはずがない。
ついでに言うと、屋敷や畑も無事ではない。今の爆発の余波で、大半が吹き飛んでしまった。
くそっ、ト太郎が元気になったら、また作ってもらおう。
「ガアァァーー!!」
怒りに満ちた雄叫びが上がる。
その主人は勿論、獅子のモンスターである。
雄叫びにより煙が晴れ、そこから出て来た獅子のモンスターは、体の所々から青い血を流しており、その顔から笑みは消え、怒りに満ちた野生的な獅子の顔になっていた。
何だよ、似合ってるじゃねーか。
だがな、怒っているのはこっちだって同じだ!
「リミットブレイク・バースト!」