奈落35(迷いの森22)
二号はあれから、より一層訓練に取り組むようになっていた。
言っておくが、俺が復讐を推奨したからとかではない。どちらかというと、その後の会話が原因だろう。
二号の話を聞いて率直に思ったのは、敵の男は魔人化してるよね、というものだった。
探索者がダンジョン内で人を殺せば、魔人に成り果てると、呑んだくれの探索者から聞いた覚えがある。なかには理性を保っている者もいるらしいが、新島兄弟を見る限り、それは簡単な事ではないだろう。
その事を二号に伝えると、目を見開いて驚いていた。
「魔人化、ですか。人が魔物になる。 ……俄かには信じ難いですけど、いや、でも!?」
何か心当たりがあるのか、頭を掻きむしり頭を抱えてしまった。そして、少しするとまた語り始めた。
その内容はショッキングなもので、男がやっていた探索者以外の仕事に関するものだった。
敵の男は所謂、国の狗、というやつだった。
警察や自衛隊とも違う、国に仇なす探索者を説得、或いは秘密裏に始末する役割を担っていた。
その殆どは、ダンジョンから出た所で行われていたそうだが、中にはダンジョン内で行う仕事もあったそうだ。
完全にそれが原因だな。
てか、よく探索者協会に喧嘩売るような真似して無事だったな。探索者協会も容認していたのか?いや、うーん、何か引っ掛かるが、それが何かがはっきりとしない。
今度は俺が頭を悩ませる。
どうにも喉に小骨が刺さった感じがしてスッキリしない。長年、現世と隔離されているからか、二号の話を聞いていて少し疑問に思う所があるのだが、それも何がとは言えない。
もやもやとした気持ち悪い感覚を覚える。
本来の名前を呼べない現象と、少しだけ似ている感覚だ。単に俺の頭がおかしくなった可能性も無い事もないが、外的要因が大きい気がする。
人の記憶を思考を奪う。
恐ろしい現象だ。
「あの、魔人化を元に戻す方法はあるんですか?」
無い、少なくとも俺は知らない。魔人という存在も倒した後で知った話だしな。あっ、あのオッサンなら知ってるかも。
「本当ですか!?誰ですか、その人は!?」
まあ待て、今思い出すから。何せずいぶん昔の話だからな。えーと、えーと、すまん、名前聞いてなかったわ。
「なんですかそれ!?」
落ち着けって、飲み屋の店名は覚えてるから、そこ行って聞いてみてくれ。髭を生やした汚らしいおっさんだから、直ぐに分かるはずだ。
「そんなの特徴でもなんでもないですよ、もっと具体的にないですか?」
そうだなぁ……あっ、何か宗教に入ってた気がする。確かそのはずだ。
「宗教? 仏教やキリスト教ですか?」
いや、もっとマイナーなやつだよ。なんて名前だったかなー……すまん、思い出せない。だが、ダンジョン近くに本部があったはずだから、調べてみてくれ。直ぐに見つかるはずだ。
「迷宮の近くですか? ……ありましたっけ?」
あった、はずだ。もしかしたら無くなっているかも知れない。怪しい宗教団体だったし、かなり昔の話だからな。
「そうですか。何にせよ調べてみます。可能性があるなら、それに賭けてみたいです」
そうか……まあ、復讐するってんなら呼んでくれ、手伝うからよ。
「それ以外でも、手伝って頂けたらありがたいんですけど……」
ああ任せろ、しっかりとお前を鍛えてやる。
「え゛っ?」
魔力の通った棍が、連続の突きとなって放たれる。
それを杖で逸らし、受け止め、後方に下がりながら対処する。
そこに突きを放ちながら、距離を詰めて来ようとする二号。
なので、下がっているのを力任せに停止させ、即座に前に出る。ぎょっとした表情の二号。俺から詰めると思わなかったのだろう。
一々驚くなと視線で非難するが、それに反応する余裕はないようで、二号の襟元を掴み、そのまま地面に引き倒した。
「かはっ!?」
無理矢理起き上がらせると、治癒魔法で回復して再び対峙する。
二号に渡してある棍は、デーモンから奪った武器だ。
魔力を流す事で、棍は軽くなり雷を纏うようになる。また、魔武器である棍は魔力を流さなくても優秀で、頑丈さに加えてしなやかさも合わせ持っている。
そんな魔武器である棍だが、残念ながら二号は使い熟せていない。
武器の能力を使え、頼るんじゃなく使い熟せ。スキルが戦闘向きでない以上、他で補うんだ。
「はい!」
力強く返事をした二号は、身体強化を施すと、棍に魔力を流してぐっと構えると動き出した。
先程よりも速くて鋭い動き。
油断は出来ないと杖を構えて待ち構えるが、何故か乱入者が現れた。
「キュラッ!!」
翼を羽ばたかせて舞い降りたのは金髪の美少年、若しくは美少女のヒナタだ。
俺の前に着地したヒナタは、即座に剣を抜き二号の渾身の突きを受け止めた。
無闇に受け止めれば、棍が発する雷に感電するのだが、それすらも受け流し無効化している。
よくもまあ、ここまで成長したもの……いや、何やってんだよ。邪魔してんじゃねーよ。
今は二号の訓練をやっているんだから、邪魔すんなとヒナタを注意するが、
「キュイ!」
立てた親指を自分に指して、ここは俺に任せろとでも言わんばかりに返事をする。
まるで物語に登場するイケメンのようで、じゃあ任せようとなってしまう……はずもなく、止めとけと植物を操りヒナタを絡め取った。
「キュ!?」
なんで!とまるで仲間に裏切られたかのようなショックを受けているが、残念ながらやらせる訳にはいかない。
以前、二号と手合わせをさせたのだが、ヒナタが手加減を誤って瀕死の重症を負わせた事がある。それも、即座に治癒魔法をかけないと死ぬ程のもので、具体的には、物理的に首が飛んだ。
良いのか悪いのか、その事が余程恐ろしかったのか、二号はそのときの記憶を失っている。
「すいません、出来ればチビさんには遠慮してもらえると助かります。なんでだろう、チビさん見ると震えが止まらないんですよね、はははっ」
記憶は失っても、二号の体には恐怖がしっかりと刻まれているようだった。
だからヒナタ、お前はダメだ。
「キュ〜」
植物に磔にされたヒナタは、酷く落ち込んでいた。
そして、ヒナタを放置して二号の訓練を再開した。
「キュッ!?」
最近、ト太郎の様子がおかしい。
以前にも脱皮する際に、体調を崩した様子だったので、今回も同じだろうと思ってはいるのだが、やはり心配でちょくちょく見に行ってしまう。
「……グア」
大丈夫か?無理すんなよ、飯置いとくからな。
「グウ……」
一度唸ると、岩場に頭部を乗せて目を瞑り、そのまま寝始めた。
「ブルル」
「キュイ」
ト太郎を心配しているのは俺だけでなく、フウマやヒナタも心配している。特にフウマは、ト太郎といる事が多くなっており仲も良いので、その心配は一入だ。
フウマの体を摩り、きっと大丈夫だろうと語りかける。
前みたいに脱皮して、元気な姿を見せてくれるさと自分に言い聞かせるように、フウマに言い聞かせた。
「恐太郎さんは大丈夫ですか?」
今、眠ったからそっとしてやってくれ。
「そうですか、治癒魔法もやめた方が良さそうですね」
訓練で疲れた体を引き摺ってやって来た二号は、自分に治癒魔法をかけながらやって来た。
二号はここに来て日も浅いが、数少ないここの住人の不調という事もあり、不安そうな顔をしている。
脱皮のことは話しているのだが、そうでなかったら心配だと、残った魔力でト太郎に治癒魔法をかけるようにしていた。
だが、それで治るなら俺が治癒魔法を使って治している。
ト太郎の調子が悪くなったときに、トレースを使いト太郎の体は調べている。
その結果は異常無し、どこにも悪い所は無く、健康体そのものだった。
だから脱皮だと思うのだが、どうにも不安になる。
二号もそれなりに力を付けて来ているので、そろそろ探索を再開しようかと思っていたが、ト太郎が元気になるまでは控えておこう。
世話になったト太郎を、調子の悪い状態で放置したくはない。
すまないな、地上に戻るのは遅れると思う。
「気にしないで下さい。 私も恐太郎さんが心配ですし、一人にさせたくありませんから」
それから、ト太郎が元気になるまでと屋敷で過ごすことになる。
二号を鍛え、ヒナタを育て、フウマはト太郎の元に通い、俺は魔力の侵食を進めて行った。
前回の脱皮では、昼と夜が一巡すれば終わっていたのだが、今回は三巡してもト太郎が脱皮する事はなかった。
流石におかしいと思い、ト太郎をトレースしてみると、何かドス黒いものが宿っていた。
治癒魔法でそれを払ってみるが、一度消えても何処からかまた現れる。何度も何度も試してみても、結果は同じ。
くそっと悪態を吐いて、更に魔力を込めて治療に当たる。
だが、いや、だからと言うべきだろうか、このタイミングでモノクロの世界が訪れた。
ああ、最悪だ。
気付いていたのに、目を逸らし続けていた付けが回って来た。
誰にこの森に閉じ込められているのか、何となく気付いていた。それに何か意味があるのだろうと思っていた。
それが、こんな結末になるなんて知っていたら、さっさと終わらせておけば良かった。
なあ、ト太郎。
お前は、俺に何をして欲しかったんだ?
明日から6時と18時の2回投稿します。