奈落34(迷いの森21)
「ふぬぬぬぬぬぬっ!!」
地面から生えた生首が、血管がはち切れんばかりに力んでいる。
生首、二号は魔力を使用した身体強化は使えるのだが、その精度はお世辞にも高いとは言えない。
一応コツとして、一部分を意識して強化していくと良いと教えているのだが、上手くいっていないのが現状だ。
武器の扱いについても、思っていたよりも上達は見られず、本人も自覚しているのか酷く悔しがっていた。
それでも、折れずにやれているのは、心が強いのか、それだけの目的があるからだろう。
「キュ!」
「くおーーーっ!!!」
先に脱出していたヒナタの応援で、更に力を振り絞っているが、力を込めるよりも魔力に集中しろと言いたい。
それでも、火事場の馬鹿力なのか、残り魔力も少ないなかで見事に脱出してみせた。
「はあ、はあ、はあ、はあ、少し、休憩させて下さい」
ダメだ。ふらふらだろうが、片腕もがれようが、止まれば死ぬんだ。歯ぁ食いしばって根性見せろ。
そう告げて無理矢理立たせると、棍を渡して構えさせた。息も絶え絶えだが、しっかりとした構えをしており、その目には闘志が宿っていた。
だからといって、劇的に強くなる訳でもないがな。
「くそっ……」
魔力切れと、全身を打たれことにより限界を迎えて、地面に倒れてしまった。
悪態を吐いても体は動いてはくれず、ただ口に土の味が広がるだけだろう。
そんな二号に治癒魔法をかけて、体の痛みを取り除いてやる。しかし、魔力切れを解消することはできず、転がったままだ。表情は思い詰めたもので、何か葛藤しているかのようだった。
「キュ〜?」
その様子を何も言わないで見守っていると、ヒナタが首を傾げて翼を羽ばたかせた。一度上に昇ったヒナタは、何故か俺の頭の上に着地して、二号の顔を覗き込んだ。なので、自然と俺も二号の顔を見ることになる。
お前は何がしたいんだ?
「ブルルッ」
「ガフ?」
二人で二号の顔を見ている格好になり、それに興味を持ったフウマが来て、ト太郎が長い首をこちらに向けてやって来た。
「……あの、私の顔に何か付いてます?」
二号の思い詰めた表情は困惑に変わり、動かない体と相まって逃げられない状態になっていた。なので、慰めの言葉を送ろうと思う。
気にすんな、皆んな二号の顔がおかしくて見てるだけだから。
「うるさいなあ!」
コロコロと変わる表情がおかしかったのか、ヒナタが笑い出す。それに虚を突かれたのか、怒った顔からキョトンとする二号。そして、一度息を吐き出すと、真剣な表情で口を開いた。
「権兵衛さん、話を聞いてくれませんか?」
二号という男の年齢は、まだ二十歳と若かった。
激動の時代に田舎で生まれ育ち、学校を卒業すると上京して会社に就職した。しかし、時代の流れに逆らえる職場ではなく、程なくして勤めていた会社が倒産してしまった。
仕事が無くなり、住む場所も無くなり途方に暮れていると、天の助けか同郷の男と出会う。
「おっ? ーー、久しぶりだな、こんなところで何してんだよ?」
「ーーーさん、お久しぶりです。あははっ、その、会社が潰れてしまいました」
「おっおう、結構大変そうだな。田舎に帰るのか?」
「そうですね……何も見つからなかったら、帰ろうかと思っています」
「なんだよ、嫌なのか、母ちゃんも待っているだろう?」
「実家には、兄家族が居るんです。帰っても居場所はないのかなって……それに出て来た手前、何もなく帰るのもバツが悪いと言うか、なんと言うか……」
「そうか……一つ提案なんだが、俺と来ないか? いい仕事があるんだ」
「えっ?仕事があるんですか?」
同郷の男に誘われた二号は、渡りに船だとその話に食い付いた。
話によると、同郷の男はダンジョンに潜っているらしく、日々の生活は国が保証してくれているそうだ。また、成果により給金も発生し、男はかなりの額を貰っているらしい。
それなら、二号を誘う必要はなさそうだが、どうにも行き詰まっているらしく、仲間を求めているのだという。
「私でも出来ますか?」
「大丈夫だ。直ぐに強くなるさ、俺がそうだったからな」
同郷の男の言葉は自信に満ち溢れており、歳上というのもあってか、とても頼もしく見えた。
この人について行こう。
そう決断した二号は、よろしくお願いしますと頭を下げてしまう。それが後悔の始まりだとは知らず、ただ男を信じてしまった。
同郷の男には家族がいた。
相手はとても美人で優しく、気立の良い人だった。
どうやって出会ったのかと男に尋ねると、ダンジョンで困っている所を助けたのが始まりだったという。
男は上京して、まるで物語のような出会いをし、結婚をして、子供をこさえていた。
とても幸せそうで、順風満帆な光景。
羨ましいと素直に思える家族の団欒がそこにはあった。
二号の生活は次の住む場所が決まるまで、男の家の離れに住まわせてもらう事になる。
そして次の日、初めてダンジョンに挑み、治癒魔法という稀有なスキルを獲得して、男に喜ばれた。
「やったな! これで医者いらずじゃないか!」
「そんなに凄いスキルなんですか?」
「ああ、何たって怪我どころか、病気まで治せるからな」
その言葉に驚く二号だが、現実はそう甘くはなかった。
まだ新人であり経験も乏しく、レベルも低い二号では、かすり傷を治すだけで魔力切れに陥ってしまった。
「気にすんな、最初は皆んなそんなもんだ」
そう慰めてくれたが、足手纏いになっているようで悔しかった。
それからの二号は、必死に男に追いつこうと戦い、治癒魔法の腕を上げていく。まだまだ、男との差は果てしなく開いているが、それでも着実に力を付けて行った。
男とダンジョンに潜るようになり、半年が過ぎた頃、新たな仲間が加わった。
新たな仲間とは、ダンジョンで何度か顔を合わせた事のある人物で、会話もしたことのある女性二人のパーティだった。
「よろしく頼む」
「よろしくお願いしますね」
女傑、その言葉が似合う女性二人。
二人のタイプは違っていたが、両名とも物怖じしない気性と優れた知性を備えた人物だった。
一人はロングソードを扱う女戦士。
その実力は確かなもので、同郷の男と数合打ち合えるほどだった。新人の頃の戦いの中で、顔に傷が付いているが、その美しさが衰える事はなく、寧ろ彼女の魅力を引き立てているようにさえ見えた。
もう一人は、水と雷の魔法を操る魔法使い。
スキルに恵まれ、武器もまた魔法を強化する杖を使用している。格好は、まるで西洋の魔女のようだが、その男を虜にするような艶かしい顔と体を隠すには、丁度良いのかも知れない。
その二人を加えた四人で探索を行うのだが、今回の探索で、改めて同郷の男の実力を再認識した。
この男の実力は桁違いだ。
三人で力を合わせて、ようやく倒せる魔物を片手間に倒してしまう。
幾つもの魔法の種類を使え、あらゆる武器を使い熟す。魔物の動きが分かっているかのように動き、迷宮に隠された罠さえも見破ってしまった。
どうしてそんなに強いのかと尋ねた事はあったが、
「一人で潜る時間が長くてな、自然と身に付いちまったんだよ」
軽く笑ってみせる男だが、これだけ強いのなら他人の助けなど必要ないはずだ。それなのに、人を集めてチームを作ろうとしている。新たに一人を加え、更に一人、もう一人と、合計七人で迷宮に潜るようになっていた。
「ーーーさんは、こんなにお強いのに、どうして仲間を増やしたんですか?」
それは女性の魔法使いが、迷宮での野営中にそれとなくした質問だった。それは、仲間の皆が疑問に思っていたことだった。
「どうしてか……護るものが出来ちまったからな、死ぬのが怖くなったんだよ。ただ……」
「ただ?」
「今は、少し後悔している。お前達を、俺の我儘に巻き込んじまったみたいでな」
「気にすんなよ頭領! 俺らはアンタに誘われなかったら、道端でのたれ死んでたような奴らだ。感謝こそすれ、後悔なんてした事もねーよ!」
大柄の男がニッと獰猛な笑みを浮かべて、感謝を口にする。
この男は以前、会社を経営していたようだが、上手く行っておらず、現在は休業状態らしい。また、家庭も持っており、子供も六人もいるそうな。
子沢山で、ただでさえ金が掛かるというのに、会社も倒産寸前。どうにもならず、死のうとしていた所を男に拾われたのだ。
だからこそ、心から感謝しており、男の為になら命を賭けるのに躊躇いはなかった。
そんな仲間が集まり、七人という大人数で迷宮を攻略していく。
信頼出来る仲間達だった。
皆で笑い合い、苦楽を共にして来た絆は確かな物だった。
同郷の男を中心に集まり、その一員でいることを二号は誇らしく思っていた。
だから、目の前の光景が現実だと受け入れられなかった。
「ガハッ、なん、で、だ?」
大柄の男が胸を貫かれ、吐血している。
その胸を貫いているのは、同郷の男の刀だった。
そして、その刀を持つのも同郷の男で間違いなかった。
皆が混乱し、その光景を唖然と見ていることしか出来なかった。
何が起こっているのか、頭が理解を拒んでいるのだ。
「前に、後悔してるって言っただろう。その後悔を解消しようと思ってな」
感情を読み取れない男の顔は、まるで能面のようで、もしかしたら何者かに操られているのではないかと、淡い希望を抱いてしまう。
だが、それはあり得ないと、男のスキルを知る者は否定する。
完全異常耐性。
男の持つレアスキルの一つ。
他にも多くのスキルを持ち、操られる可能性は万に一つも無いのだ。
「何をっ!?」
「気がくるっ!?」
首が二つ飛ぶ。
大柄の男の後に仲間に加わった弓使いの女性、それとほぼ同時期に加入した双剣使いの男。その両名共かなりの実力者だったが、何の抵抗も、碌に反応も出来ずに首を斬られてしまった。
「別に気は狂ってないさ、やっと気付いただけだ」
血の雨が降り、辺りを汚す。
鉄と生臭い臭いが充満するが、それを気にする余裕はなかった。
「武器を構えろー!!」
女戦士が声を荒げて叫んだ。
二号と女魔法使いを正気に戻すために叫んだ。
そのせいで、反応が遅れて片腕を失う事になるが、たとえ反応したとしても、結果は変わらなかっただろう。
「ぐっ!? 何故こんなことをする!皆、お前を信じていたんだぞ!」
「言っただろう、気付いたって。俺には仲間は必要なかったんだ。保身する必要もなかった。ただただ、ただただ、戦いに身を投じていられれば、それで良かったんだ」
「狂人め!」
「貴様のような、選ばれなかった奴等には分からんだろうよ。 ーー、止めとけ、治療したところでお前らの結末は変わらん」
二号は女戦士の落ちた腕を拾い、必死に繋げようとしていた。しかし、それを無駄な事だと切って捨てる同郷の男。
震える体を必死に押さえつけて、男に呼びかける。
「ーーーさん!もう止めて下さい!こんな事して何になるんです!?」
「贖罪だ、己に対する。無駄な時間を過ごし、可能性を消失させたことへのな」
「なんですか、それ!? そんな意味の分からない理由で殺したの!?」
「だから貴様らには分からないと言ったんだ。 これ以上の言葉は不要だろう、せめて痛みを感じさせずに送ってやる」
同郷の男が刀を振ると、まるで極寒の地に放り込まれたかのように凍え、死を連想してしまい恐怖で体が震えてしまう。
それは二号だけでなく、他の二名も体が震え動かなくなり、ガチガチと歯が音を立てていた。
これまで、何度も戦った姿を見てきた。
そのどれもが圧倒的で、全力を出しているところなど見たこともなかった。
それが今、最悪な形で見る事になる。
男が右足を前に出し腰を落とすと、抜刀術の構えを取る。
死ぬ。
変えようのない未来に絶望して、全身から力が抜けていく。辛うじて立っているのは、この方が楽に終わると悟ったからなのかも知れない。
一瞬で散るだろう三人の命。
しかし、僅かな時間だが、生き延びる出来事が起こる。
「ゥォオオオーーーーッ!!!」
心臓を貫かれ、絶命したと思われた大柄の男が、同郷の男に組み付いたのだ。
組みつかれ、男の抜刀する動作が止まる。
だが、それも直ぐに振り解かれてしまうだろう。
それが分かっているからか、大柄の男が生きるのを諦めた三人に視線を送る。
逃げろと、逃げて男の凶行を知らせろと訴えている。
その意思を汲んだ三人は、誰とも言わずに駆け出した。ただの生存本能だったかも知れないが、それでも、もう助からない男の願いを叶えようと逃げ出した。
「死に損ないが」
「もう少し、付き合えよ、つれねっ」
力任せに振り解かれ、同時に体が両断される。
その様子を横目で見ていた二号は、歯を食い縛り必死に走った。
逃げることしかできない無力感。
そして、大切な人達を救うことも出来ない、それどころか身代わりとなり命を救われてしまった。
突然、隣を走っていた女戦士から肩を押される。
何をと思うより早く、雷光が駆け抜ける。
彼女の顔を見ていた。
探索者をやるならば、切り傷が絶えないのは仕方ない。傷を治す治癒魔法使いがいれば、その傷を即座に治療して消すことは可能だが、そうでなければ、時間が経過して治療することは困難になる。
女戦士の顔には深い傷があり、一般人からしたら避けたい見た目かも知れない。
だが、二号はそれを美しいと思った。
それでも、彼女が治したいと考えているなら、いつか治癒魔法の腕を上げて消してみせようと思っていた。
その彼女が、雷光に飲まれて消える。
「ーーーーっぐぅぅぅ!!!」
背後で彼女が倒れる音がする。
それでも足を止めることはなく、ひたすらに走り続ける。
自分かもう一人の仲間、女魔法使いのどちらかが生き延びられたらいい。地上にいる誰かに、あの男の凶行を知らせてくれたらそれでいい。
そうだ、一人でいいんだ。
鉄棍を持つ手に力が入り、立ち止まって男を相手に時間を稼ごうと動く。
しかし、それを考えていたのは女魔法使いも同じだった。
「貴方では無理です。私が止めますから、先に行って下さい」
「そんなっ!?」
「可能性がある方が残るべきです。 私達のこと覚えていて下さいね」
分かっていた、自分が残っても僅かの時間も稼げないと、治癒師である自分では、圧倒的強者である男を止められないと。
悔しくて吐き気を覚えるが、その現実は変えられなかった。
立ち止まる女魔法使いが笑みを浮かべている。
自分も一緒に、そう考えてしまうのは彼女に対する侮蔑だろうか。
彼女の姿を目に焼き付け、逃げる。
無力な己を恨みながら、凶行に走った男に憎しみを抱きながら、彼女を置き去りにして必死に走った。
魔法の衝突が起こる。
爆発音が鳴り響き、爆風が巻き起こり戦闘の激しさを教えてくれる。
いくらあの男でも、女魔法使いを倒すのは簡単ではないのかも知れない。
そう淡い期待を持っていたのだが、同郷の男が目の前に立っていた。
戦闘音が聞こえなくなって、直ぐのことだった。
「はあ、はあ、はあ……彼女はどうしたんですか」
「分かりきったことを聞くな。 ーー、お前で最後だ」
無駄だった。
仲間達の死も、彼女達の覚悟も全てを無駄にしてしまった。
自分が弱いから逃げることも出来なかった。このまま、何もできずに殺されてしまうだろう。
だから、ならばと、最後に一矢報いてやろうと鉄棍を構えた。
この構えは男に教わったものだ。
戦い方も男に教わったものだ。
二号の手の内は、全て男に知られている。
それでも、一撃入れてやろうと意気込み、何も出来ずに殴り飛ばされた。
「がっ!?」
「思えば、お前が始まりだったな。下らない同情をしたばかりに、無駄な時間を過ごしてしまった」
地面に叩きつけられ、意識が途切れそうになりながらも、必死に繋ぎ止める。
同郷の男が何か言っているが、頭に入ってこない。
いや、聞こえてはいるが、理解を拒んでいた。自分が、自分が原因で今の惨劇が起きているのではないかと、そう考えない為に、男の言葉の理解を拒んでいた。
「八つ裂きにしても足りないくらいだが、これ以上、貴様に時間をかけるつもりもない」
明滅する視界の端で、男が近付いて来るのが見える。
手には刀があり、仲間達の命を吸ったのだろう、赤い血がこびりついていた。もう直ぐ、そこに自分の血も付くのだろう。
それは嫌だと体を動かそうにも、脳が揺らされて、起き上がることも出来ない。
何も出来ずに死ぬ、嫌だと、助けてくれと願っても、近くに助けてくれる人はいない。
仮にいたとしても、男の手により始末されてしまうだろう。もしも、他の探索者が見ていたとしても、きっと逃げていたはずだ。それだけ、この男の実力は隔絶したものなのだ。
無謀な人は、確かにいなかった。
だが、代わりにモンスターはいた。
「ガアァァーー!!」
そのモンスターは、突然現れた。
場所はダンジョン38階の林の中だが、近くにモンスターの気配は感じなかった。
そのモンスターは37階から出現するオーガだ。
3mはあろう強靭な肉体と、強力な生命力を持つ凶悪なモンスターだ。そのオーガが、何の前兆もなく現れたのだ。
背後から同郷の男に振り下ろされる拳。しかし、それに気付いていたのか横に避け、振り返ると同時に放った刃が、拳を掻い潜りオーガの体を斬り裂く。
普通のオーガならば、今の一撃で終わりだった。
だが、このオーガは普通ではなかった。
オーガのユニークモンスター。
体色が他の個体と違い土色をしており、両手は鉄のように鉛色をしていた。更に、斬られたはずの場所は砂のように崩れると、その下から無傷の肌が現れる。
「……面白い、面白い!」
突然現れた強敵に興奮する男。
この瞬間に、二号への興味は失われており、男の興味はオーガに向いていた。
それは、いつでも殺せると考えているからなのか、これから起こるであろう戦いに巻き込まれて、勝手に死ぬと判断したからだろう。
そして、それは間違いではなかった。
碌に動けない二号では、化け物同士の戦いの中で生き延びる手段はなく、その余波で死ぬ運命にあった。
男の刀とオーガの怪力がぶつかり、男が力負けして吹き飛ばされた。
圧倒的強者だと思っていた男だが、力だけとはいえ押されている。それは二号にとっては衝撃だった。
「はっはっはーー!!」
しかし、男はそれを喜んでいるかのように笑う。
その顔は、欲しかった玩具を与えられた子供のようで、余りにもこの場には不相応で不気味なものだった。
力で負けようとも、速さで技術で手数で上回る男がオーガに仕掛ける。
文字通り男のスピードについていけないオーガは、体が切り刻まれ、砂が落ちて無傷の肉体が現れる。
何度も何度も傷ついた体は瞬時に再生するが、それでも限界は来る。
「グガアァー!?」
傷が治らず血が流れ始める。
オーガの再生能力が限界を迎えたのだ。
「おいおい、もう終わりかよ。 もう少し楽しませてくれないか?」
オーガから距離を取った男は、余裕の表情で挑発する。
言葉の意味が理解できたわけではないだろうが、オーガは己が侮られている事を理解していた。
「ガアァーー!!」
怒りに震えるオーガは雄叫びを上げる。
そして、最も得意な力を行使する。
土色のオーガはユニークモンスターだ。
肉弾戦を得意とするのは、その種族ゆえだが、このオーガが本領を発揮するのは、魔法を使うときである。
「おっ」
男の足元が沈み、周囲の大地が波打ち液化していく。
まるで沼のようになった大地は、男を飲み込もうとする。
オーガが使った魔法は、地属性魔法に水属性魔法を加えて使われたもので、己が戦う上で最も有利な場を作り出す為のものだった。
その程度の魔法だが、動けない者にとってはそれだけで脅威だった。
「うわぁーーー!?」
碌に動けない二号は沼に囚われ、沈んでいくしかなかった。
助けてと手を伸ばすが、誰かが掴んでくれるはずもなく、体が沈み首が沈み、口が沈み、鼻が沈んだ。
あと少しで全身が沈むとき、男がこちらを見た。
その顔は酷く歪んでおり、オーガ以上にモンスターのように見えた。
「それが、私の見た最後の光景でした」
んで、気が付いたらここに居たと。
「はい、そうです」
二号の話を聞き終えて、ふうと息を吐き出してお茶を一口飲む。
すっかり冷めてしまったが、今はこれくらいが丁度いい。
話を聞いて、少しだけ東風達のことを思い出してしまった。長い間、この地にいるせいで、記憶が少しだけ薄れてしまっていた。
地上に戻ったら、墓参りに行こう。
そして、ここでの出来事を報告しよう。
ついでにヒナタも紹介しよう。そうしよう。
そう決めてお茶を飲み干し、二号に聞いてみる。
それで、お前はどうしたいんだ?
「……分かりません。最初は復讐しようと思っていました。ですが、権兵衛さんを見て、もしかしたらという思いが出て来て、迷っています」
俺?
「はい、あの人はとても強い人ですが、権兵衛さん程ではありませんでした。だったら、権兵衛さんくらい強い人に操られているんじゃないかって思ってしまうんです」
可能性の話だよな?
「そうです。それでも、操られているなら助けたいんです。 これって、私の我儘ですかね?」
さあな。だが、お前の好きにすれば良いんじゃないか。
「私の好きに……」
二号は顔を伏せて考え始めた。
恐らく、自分の中で葛藤があるのだろう。話を聞く限り、敵の男は困っていた二号を助けてくれた人物だ。その感謝の念が消えないせいで、迷っているのだろう。
操られているなら助けたい、その気持ちはよく分かる。その相手が恩人なら、より一層その思いは強くなる。
俺は椅子に深く腰掛け、二号の言葉を待った。
答えは直ぐに出ないだろう、悩むだけ悩めばいい。この回答に正解はないのだから。
暫く待っていると、二号がこちらを見て質問して来た。
「権兵衛さんだったらどうしますか?」
その質問に対して俺は、
「復讐一択だボケ」
と返しておいた。
相談相手は選ぼう。