奈落33(迷いの森20)
「お願いします!私を強くして下さい!」
腰を九十度曲げてお願いして来たのは二号だった。
その発言を受けて、こいつは何を言っているのだろうと頭を捻ってしまう。
いやいや、やってるじゃん、生き残れるように鍛えてるじゃん、そう思ってしまうのだ。
二号が目を覚ましてから、しっかりと鍛えている。俺達と一緒に奈落の世界から脱出をするのだと、必死に食らいついているのだ。これが鍛えていると言わないのなら、何処からが鍛えているという事になるのだろうか。
「それだけでは足りないんです。私の目的を果たすために……お願いします!」
うーん、そう聞くと余計に鍛え難くなる。
二号の目的は恐らく復讐。
その目的を達成する為の力が欲しいのだろう。
今、二号を鍛えている内容は、ひたすらに俺の攻撃に耐えたり、魔法を避けたりと身を守る事を念頭においてメニューを組んでいる。下手に攻撃すると、防御が崩れるので攻撃手段は教えていない。
残念ながら、二号はナナシと違って器用ではない。
たとえナナシと同じように、貪欲に強さを求めても、この森のモンスターに勝てる見込みさえない。これは、二号のスキル構成にも原因があり、攻撃に使えるスキルは『振動』という物だけだったのだ。
スキル振動は触れた物を震わせるというシンプルな能力だが、高速で振動させて他者の肉体を破壊する事も可能な力だ。
そんなスキル振動も、触れるという動作をしなければならず、それは接近しなければ発動できないという意味でもある。なので奈落では、接近した瞬間に殺される。二号よりも強いモンスターに、一瞬で殺される。仮に触れてスキルを使えたとしても、彼我の力量の差で効果が低くなる為、倒すのは不可能だろう。
因みに、俺に対して全力で使ってもらったのだが、良いマッサージで日頃の疲れが取れた感覚だった。
もしかしたら、二号の振動を受けると、モンスターが活性化して逆効果になるかも知れないな。
なんて冗談はいいとして、この際、目的云々は除外して、二号が強くなれるか真面目に考えてみよう。
二号の使う武器は棍だ。昔、俺も使った覚えがあり、取り回しやすく攻守で使える優良な武器でもある。
ただ、それは人に対してのもので、モンスター相手だと些か心許ない。鉄棍や魔武器の棍ならば話は変わってくるが、ただの棍棒では何度か叩けばモンスターの硬さに負けて折れてしまうだろう。
だがそれも、武器を変えれば話はつく。
デーモンが使っていた武器の中には、棍の魔武器が存在していた。これを渡して、戦力アップするのは簡単だが、その後はどうする。ひたすらに棍を振らせ続けたとして、ここのモンスターに通用するとは思えない。結局は、身を守る事に重点をおいた内容になってしまう。
他のスキルはどうだろう。
二号の持つスキルは振動、治癒魔法、受身の三つだ。
別に聞いてもいないのに教えてくれたのだ。
一応、探索者が簡単にスキルを他人に教えるなとは注意しているが「貴方が相手なら、私のスキルなんて関係ないでしょう」なんて言われてしまっている。
まあ、それはいいとして、治癒魔法は有用なスキルとして、受身とはなんだろうか。それを尋ねてみると、そのまんまだった。格闘技で投げられた際に、衝撃を和らげるアレである。
どちらにしろ、攻撃に向いたスキルではないので、やれる事は限られてくる。
「あの、なぜ私は埋められているのでしょう?」
この前のーーんんっ、チビと同じだ。そこから己の力で脱出しろ。身体強化は使っても良い、脱出できたらひたすらに手合わせだ。
「キュイッ!?」
「あの、どうして彼女?も埋められているのでしょう?」
ついでだ。チビの方は更に強固にしてあるからな、頑張って抜け出せよ。
そう告げて、二つの生首から離れると自分自身の鍛錬に取り掛かる。ヒナタがぎゃーぎゃー喚いているが、今は無視で良いだろう。仮に魔法が飛んで来ても、無効化出来るだけの距離は取っている。だから、どんなに喚かれても問題ない。
己の魔力に集中する。
日々、魔力を使った体の強化に努めたからか、はたまた、別の魔力を取り込んだからか、これまでより魔力の質が向上している。
そのおかげか、アマダチを作り出すのが、これまでより容易になっている。とはいえ、魔力の消費はこれまでと変わらず膨大で、リミットブレイクとの併用は出来ていない。
魔力を高め右手に集めると、魔力自体に魔法陣を織り込んで剣を作り出す。
そのアマダチは光る一本の大剣。
何度も剣の形を変えようと試みたのだが、結局、大剣の形から変わることはなかった。
背後から息を呑む音が聞こえて来る。
怯えにも似た視線を感じるが、そちらに向かう力でもないので安心してほしい。
アマダチの大剣に重さは無く、感覚としては、剣を振るうというよりも腕を動かすだけといったところである。
ゆっくりと光る大剣を振り下ろし、ピタリと動きを止める。すると、力が波紋のように広がり、遅れて地面が縦に割れた。その割れた地面はどこまでも続き、直線上にある木々が倒れていく。
全力で抑えてこの威力。
アマダチの力を改めて実感するが、これは、この力を完全にコントロール出来ていない証拠でもある。
理想は力の放出を無くして、普通の剣のように扱うことだ。
再び上げて下ろす。
次は少しだけ放出する力を抑えられた気がする。
それを何度も繰り返す。
地上ならば環境破壊だと怒られそうだが、ここはダンジョン、しかも誰もおらず、時間が経てば元に戻る場所だ。だから誰にも文句を言われる筋合いはない。と、思っていたら、湖の方から視線を感じた。
そちらを見ると、ト太郎が湖から顔を覗かせて、迷惑そうな顔をしていた。
いや、すまんなと横目でト太郎を見て、鍛錬を続ける。
一振り一振り、集中して振り下ろす。
お前らは見てないで、早く抜け出せよ。
そう地面に埋まった二人に声を掛けると、はっとしたように全身に力を込め始めた。それでも、俺の一刀毎に気が散るようで集中出来ていない。
今後からは、もう少し離れてやろうと決めて、再び振り下ろす。
何度も繰り返していくと、魔力も残りも僅かとなってしまう。
次の一刀で最後にしようと、リミットブレイクを使い天に向かって放とうとして、アマダチは霧散してしまった。
やはり、あの長剣無しだと、アマダチを保持した状態でのリミットブレイクは難しい。
まだまだだなぁとため息を吐いて、収納空間から自作した椅子を取り出して腰を掛けた。そして、魔力循環に意識を集中すると、二人が脱出するのを待った。
「ギュモモモーーーッ!!!」
獣のような唸り声を上げて、手を伸ばして力んでいるのはヒナタだ。
何かをやっているヒナタを尻目に、棍を打ち込んでくる二号の相手を続ける。
二人は時間は掛かったが、無事に地面から抜け出せた。
一応、地面の強度は今の実力で脱出可能な物に調整していたので、次からは一段成長が必要な物にして行こうと思う。
「あの」
なんだ?
「あの子、大丈夫なんですか? さっきから顔真っ赤にして叫んでますけど」
気にすんな、そういうお年頃なんだ。お前だってあっただろ、ヒーローに憧れて真似したりとかさ。
「ヒーロー? よく分かりませんが、そういう物なんですか?」
そうだ、憧れの人物の真似をやってただろ。ああいうのだよ。
「ああ、歌手とか憧れてました。廃れましたけど、活動弁士も良いですよね」
そうだな、華があるよ……な?
何か聞き慣れない言葉を聞いた気がしたが、俺が知らないだけなのだろう。もしかしたら、最近の流行のものなのかも知れない。長い間、地上に戻ってないので、知らないものが出ていてもおかしくはない。
だが、二号が照れくさそうに、実は父が売れっ子だったみたいなんですと言うので、余計に分からなくなってしまった。
更に、父は職を失ってもラジオなんかにも出たりしてたらしいんですけど、それもダメで、田舎に帰って母と結婚したらしいんです。なんて身の上話を始めるので、反応に困ってしまう。
少し自慢げな二号だが、今の話のどこに自慢できる内容があるのか分からない。きっと凄い事なのだ。多分。
「あっ何か手から出てますよ」
二号の言葉で考えるのをやめて、ヒナタの方を見る。
すると、そこには光の魔法に似た、アマダチの最初の形が出来上がっていた。
魔力を純粋な力へと変えた恐ろしくも力強い光。
「ギュムーーーッ!?」
顔を真っ赤にして叫び、その手にあった小さなアマダチは消えてしまう。
すると、ヒナタは膝を突き力を失ったように倒れてしまいそうになる。だが、地面に倒れる前に風が巻き起こり、その身を優しくフウマの背中に運んでいく。
以前から、ヒナタが真似をして、アマダチを使おうとしているのは理解していた。しかし、それを使うには、圧倒的に魔力操作能力と意思を込める力が足りないと思っていた。
それがどうだろう、俺の予想とは裏腹に、ヒナタの力は俺の命に届くまでに成長していた。
もしかしたら、ヒナタが俺を追い抜くのは、そう遠くないのかもしれない。