奈落30(迷いの森17)
あれから何度も、モノクロの世界から現れるモンスターと戦った。
一体、どれ程の月日が流れたのか分からないが、少なくとも、ヒナタが十歳くらいの大きさに成長するくらいには時間が過ぎた。
ヒナタの種族の成長が人と同じ速度なら、俺は十年はこの森に住んでいる事になる。
んなアホなと言いたいが、残念ながらそれが現実である。
既にヒナタは十分に成長しており、一対一なら森のモンスターを簡単に倒せるまでに強くなっていた。
恐らく、この森の中なら一人で生きていけるだろう。それだけの実力を身に付けている。
なので、ヒナタを連れてこの地を旅立とうとしたのだ。
それも何度も。
地上に戻る為に、ト太郎に別れを告げてこの地を離れるのだが、何度も戻ってきてしまう。
どこかで森がループして抜け出せなくなっており、どうにもならない状況だ。まあ、それは分かっていたので、その原因を探して探索を行っているが、一向に成果が出ない。
どの位置からループしているか、どれだけの範囲が囚われているのか調べてみても、その距離は一定しておらず、マッピングールで距離を測ってみても全てが違う結果になってしまった。
どこかに抜け道はないかと、森をひたすらに探索しても何の成果を上げられない。そもそも、囚われた森の範囲が広すぎて探し切れないのだ。
直進距離にして6000km〜10000kmという驚異的な範囲を探し切れというのは、幾ら何でも不可能だろう。
ならば空からと上がってみても、紅葉の世界が終わることはなく、空にも終わりはなかった。ダンジョンの中なので宇宙という物が無いのは分かるが、天井も無いとは思わなかった。
じゃあ反対に下に掘ってみようじゃないかと、地属性魔法を使い掘り進めると、ある箇所から温泉が溢れ出してしまい、それどころではなくなってしまった。
そのおかげで屋敷に温泉を引けたのだが、長湯が苦手な身としては、有っても無くてもどちらでも良かった。しかし、フウマとヒナタには好評で、鍛錬が終わると毎度のように入っている。
これまでの探索の成果は、何故か屋敷の設備が充実してしまい、居心地の良さが増す結果となった。
今でも、定期的に探索に出ては、脱出の手掛かりを探してはいる。ただ、何の成果も出せずに今に至るという訳だ。
はあ〜と盛大に溜息を吐いて、自作した椅子に深く腰を下ろす。
地上では何年経っているのだろう。
少なくとも五年以上は過ぎている感覚だが、ヒナタの成長を見ると十年経っていてもおかしくはない。仮に今戻れても、浦島太郎状態で世の中に馴染めない可能性もある。
このままダンジョンに住むのも手だが、せめて弟か妹の顔は拝んでおきたい。可能なら新しい甥か姪とも会ってみたい。
無事に産まれていたら、今は小学生くらいだろうか。
ヒナタが地上に出ても学校には通えないが、良い友人になってくれないだろうか。
いや、今のヒナタでは無理だな。
ヒナタの価値観は強いか弱いかに偏っている。
教育しているので染まりきってはいないが、ダンジョンという特殊な環境で育ったせいで、弱肉強食の価値観が根幹にあるのだ。
仮に甥や姪に限らず、同年代の子供達に合わせたら、力で屈服させそうだ。いや、それは子供に限らず、周囲の大人達に対しても同じ事をする可能性もある。
最悪、力任せに殺してしまうかも知れない。
そうなると、探索者から狙われる存在になるだろう。
それだけは阻止しなくてはならない。
大丈夫、心配いらない、ヒナタは賢い子だ。
勉強だって一度教えたら完璧に覚えてしまい、直ぐに教える事が無くなってしまった。それくらい頭が良いのだ。
なので道徳を教えていけば、きっとヒナタも理解してくれるはずだ。
だからさ、先ずは奇襲かけるのは止めようか?
自作した椅子を収納空間にしまい、そのまま地面に落ちる。すると、先ほどまで頭があった場所を剣が通り過ぎる。その刃は避けられたと気付いた瞬間、軌道を変えて打ち下ろしに変わり、胴体目掛けて振り下ろされる。
俺は剣の持ち主を見ながら、近くにあった足を引っ張って体勢を崩させる。
「キュ!?」
体勢が崩れ、振り下ろした剣も空振りに終わり、驚愕に染まった顔のヒナタを寝転んだ状態で湖に放り投げた。
ここ最近、ヒナタと手合わせする機会を増やしている。
ヒナタの剣の腕が上達してきており、変な癖が付いていないか確認の意味も込めて行っているが、何よりやる事が無いのだ。
料理も大体教え終わったし、勉強はほぼ一瞬だった。漫画はかなり前に読破してしまっており、今では鍛錬以外にやる事がなくなっていた。
つまり暇なのだ。
だったら探索してろという話だが、この周辺の探索はとうの昔に終わっており、モンスターとの戦いで地形も変わっているので、何かが残っているとは思えなかった。
この森では木の損失ならば、暫くすれば元通りになるが、地形は何故か元に戻らない。
ダンジョンにあるまじき仕様だ。
しかし、よく考えてみると、何でもかんでも元に戻る方がおかしいよなと気付く。どうやらダンジョンの理に、考えが毒されてしまったようだ。
湖から光の槍が飛んで来る。
最初は一本の槍、次は魔法陣で強化された百を超える槍が最初の槍を越して来る。
俺は相変わらず寝転んだ状態で、収納空間から杖を取り出すと地面に打ち付けて魔力の波を立たせた。すると、視界を埋め尽くしていた光の槍が消滅する。
一本を残して。
あっやべ、と油断しきっていたのを悟り、杖で最後の一本を受け止めると同時に爆発した。
「キュララ!」
ゲホゲホと立ち込める煙を風を起こして払うと、一撃入れれたのが嬉しかったのか、喜びの声を上げているヒナタの姿が見える。
湖から上がったヒナタは、中性的で美しい容姿を破顔させており、腰まである長いブロンドの髪と純白の翼と相まって、見た目は完全に天使である。
もしもの話だが、地上に戻り、ヒナタが世界に受け入れられるとしたら、男女問わず多くの人を虜にするかも知れない。どこかの宗教法人とかが、信仰の対象だとか言い出す可能性すらある。
未だに性別がはっきりしないヒナタ。
そもそも、種族に男女という性別が無いのかも知れないが、そういう点においても象徴になりやすい気がする。
まあ、ヒナタがそれに従う姿は想像出来ないが。
「キュラララ!!」
濡れた状態で、私が最強だと言わんばかりにはしゃいでいるヒナタ。
完全に油断していた。
自力の差があり、まだまだ余裕で対処できると思ってしまい、片手間にしか相手していなかった。
俺が油断していたのが一番悪いが、ああも勝ち誇られるとイラついてしまう。
なので、腹いせに風を巻き起こして上空へと打ち上げた。
「キュラッ!?」
驚きながらも翼を広げて、バランスを取ろうとするヒナタ。何だかんだで、自ら風に乗り空に昇ってしまう行動は、本能に刻まれた動きなのではないだろうか。
空に上がり、結構楽しそうにも見えるし。
そんなヒナタは、空を楽しむようにゆっくり旋回しながら降りていると、途中で何かを見つけたの驚いた表情をして、漫画を読んでいるフウマ目掛けて滑空した。
「ヒヒーン!?」
突然の衝撃に驚くフウマは、背に乗るのがヒナタなのを見て何すんじゃいと言った表情だ。
そんなフウマの態度を意に介さず、キュッ!と指差すと、そりゃてーへんだっ!と高速で走り出してしまった。
どうしたんだ一体?
まあ、あの二人なら危険はないだろうと、自作の椅子を取り出して再び腰を下ろして目を閉じる。
それから、魔力に意識を集中して操っていく。
先ずは脳へと集中させ、神経を伝うように流す。
全身に行き渡ると、細胞の一つ一つをイメージして強化していく。
これは何をしているのかと言うと、思考を奪われない為の特訓だ。
以前、思考を奪われて、かなり危険な状態に追い詰められた。
だから、対策を考えて考えて考え抜いた結果、思考を奪われないくらい強化したら良いじゃないかという結論に至った。
そんな脳筋な対策で大丈夫かと思うだろうが、全然大丈夫じゃない。
はっきり言って苦し紛れだ。
良い案が思い浮かばなかったから、これを採用したに過ぎない。
運の良い事に、今のところ太ったモンスターと同じタイプのモンスターは現れていないので、この訓練の成果を試さずにすんでいる。
このまま、現れないのを切に願うしかない。
それなら、こんな特訓やめろという話だが、別の形で成果が出ているので続けている。
この訓練を始めてから、格段に身体強化の効率と能力が上がったのだ。
単純にリミットブレイクで上乗せをした訳ではなく、スキルの扱い方をより深く理解したような感覚だ。身体強化を使ったときなんかは、これまでより魔力が体に染み渡っているのを感じ、明らかに力強さが上がっていた。
他にも得たものはあり、どちらかと言うと次の成果というか発見というか、そちらの方が重要だったりする。
魔力をより深く理解しようと自身の魔力に集中していると、何か違和感を感じた。
違和感といっても、気のせいと片付けてしまえる程度のものでしかなかった。しかし、集中して探っていると、自分の物とは違う魔力の流れを発見した。
その数は三つ。
一つは馴染みのある物で、肉を食ったときに魔力の高まりを感じたりもしたので、よく覚えている。
荒々しく、怒りに満ちた魔力。
あの海亀の魔力に違いなかった。
二つ目の魔力は、なんだか懐かしく甘く優しい感じがした。この魔力がどこから来て、いつ俺の体に宿ったのか分からない。だが悪意は無く、俺を導こうという意志を少しだけ感じる。
三つ目の物はまったく反応が無い。
そこに別の魔力があるというのは感じ取れるのだが、先の二つと違って意志を感じない。だが、この魔力は森に満ちている魔力と同一のものだ。もしかしたら、この森に長く住む内に、俺の中にも宿ったのかも知れない。
そんな三つの魔力のうち先の二つは、俺が魔力を使おうとすると、上乗せして強化してくれる。
海亀の魔力は嫌々ながら、二つ目の魔力は過保護なイメージだ。三つ目の魔力は、アマダチを使おうとすると動いてくれるが、それ以外は無反応だ。
そんな俺の物とは違う魔力達だが、その存在に気付いてからは別のアプローチを試みている。
俺自身の魔力を流して、手を取り合い仲良くなって一緒になろうぜと迫っているのだ。ある意味、侵食とも言うが、自分の中に別の魔力があるというのは、どうにも落ち着かない。たとえそれが、助けてくれる善意の物であってもだ。
だから一緒になろうと、俺の物になれよとじわじわと迫っている。しかし、その手応えは良くない。
海亀の魔力はふざけんなと怒り狂っており、二つ目の魔力は待って、いやよふざけないでと拒否されている。森の魔力に至っては無回答の断固拒否だ。
こっぴどくフラれてしまったが、その程度で諦めるはずもなく、俺の魔力を伸ばして少しずつ侵食している最中だ。
目を瞑り魔力に集中して、他者の魔力を奪っていく。
嫌よいやよと激しく暴れるせいで、体内にダメージを負ってしまう。それでも構わずに伸ばしていると、空間把握にフウマとヒナタ、それともう一人の反応を捉えた。
ん?と頭を捻りながらフウマ達を視界に入れると、そこには、気を失った男がフウマの背中に乗っていた。
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田中 ハルト(24+11)(卒業)
レベル 68
《スキル》
地属性魔法 トレース 治癒魔法 空間把握 頑丈 魔力操作 身体強化 毒耐性 収納空間 見切り 並列思考 裁縫 限界突破 解体 魔力循環 消費軽減(体力) 風属性魔法 呪耐性
《装備》
イルミンスールの杖 ファントムゴートの服(自作)
《状態》
ぱーふぇくとぼでー(各能力増強 小)《侵食中》
世界亀の聖痕 (効果大)(けつ)《侵食中》
××の加護 《侵食中》
《召喚獣》
フウマ
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フウマ(召喚獣)
《スキル》
風属性魔法 頑丈 魔力操作 身体強化 消費軽減(体力) 並列思考 限界突破 治癒魔法 呪耐性 見切り
《状態》
サラブレッドタイプ
世界亀の聖痕(蹄)
××の加護
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ヒナタ(天使)( 9 )
《スキル》
光属性魔法 全魔法適正(小)
《状態》
世界亀の聖痕(足の裏)
××の加護
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田中は人間を卒業した。