奈落29(迷いの森16)
幕間を挟む予定でしたが、最後に回します。申し訳ありません。
世界がモノクロに染まる。
最近、この現象は起きていなかったのだが、この杖を手にしてから、以前にも増して起きるようになっていた。
どっこいしょと腹一杯の体で立ち上がり、森の中に向かう。向かうべき場所は、それとなく分かっており、こちらに行けば強敵が待っていると森が教えてくれる。
彼方も隠れる気はなく、お互いを求めて進んで行く。
「ブルルッ」
後方からは、フウマに乗ったヒナタが当たり前のように付いて来ている。
もう、待ってろとは言わなくなった。
言っても付いて来るし、俺がやられるような相手だと、恐らくト太郎でも勝てない。
だから、戦闘に巻き込まれないようにとだけ言い聞かせている。
やられたら一緒に死のう。つまり、そういう事である。
勿論、俺もやられる気はないが、これから戦う強敵は勝てると断言できるほど生易しい相手ではない。はずだ。
そんな戦いを繰り返して来たからか、緊張感はなく、割とリラックスして戦えるようになっていた。
世界に色が戻る。
紅葉に染まった森は、何とも言えない物悲しさを感じる。
生命が力強く息吹く夏が過ぎさり、命が弱って行くような、そんな物悲しさだ。
ダンジョンにそんなものは存在していないのだろうが、四季のある国で育った身としては、何故かそう感じてしまう。
そんな俺の感傷なんか知った事かと、木々を貫通した岩石が飛来する。
杖先を岩石に向けると、蔦を操り岩石を受け止めた。
岩石から魔力は感じられず、単純な腕力だけで投げられたのだと分かる。ただの岩石を、木を貫通するほどの威力で投げるとは、力だけなら俺よりも上だろう。
岩石を飛ばしたモンスターの姿が見えた。
木々の間を、ゆっくりとした足取りで歩いて来ており、大きな体のせいか、その動きは遅い。
そのモンスターの印象は黒いという事と、太っているというものだった。
二本の腕が異様に長くて太く、体の割に足が短い。
一見、ゴリラのように足を曲げているのかと思ったが、そういう訳ではない。足の長さは俺と大差なく、その上に乗った体の大きさは足の十倍はある。
顔はドラゴンのように見えるが、口が突き出しておらず、人の顔のようにも見える。頭部には五本のツノが生えており、膝の部分にも同様のツノが生えていた。
うーん、イマイチ怖くない。
顔付きは凶悪なのだが、脂肪の乗った体と、その動きを見ては何とも言えない。
体はト太郎よりも大きいし不気味さは上なのだが、それだけである。この太ったモンスターよりも大きくて、もっと速いモンスターは幾らでもいる。
まあ、油断するつもりはないが、と考えて杖を構えると、俺は倒れていた。
何が起こった?
混乱する頭を必死に働かせて、リミットブレイクを使い全身を使って横に飛ぶように起き上がり、その場を逃れる。
次の瞬間には、俺が転んでいた場所に太ったモンスターが落下して来た。
轟音と共に大地が割れる。
急いで起き上がり杖を構えると、またしても倒れてしまう。即座に起き上がろうとするが、今度は斬撃に見舞われ、杖で防いでも衝撃は殺し切れずに押し潰されそうになる。
ギチギチと歯を食い縛り、太い太刀の一撃に耐える。
その太刀は、太ったモンスターの太い腕から伸びており、もう一本の腕からも同じ太刀が生えて来るのが見える。
危険だと悟り、地面に深く穴を開けて落ちると、地面を抉る一閃が体の上を通り過ぎて行く。
肝を冷やす威力が、今の一閃には込められていた。
ここで初めて、太ったモンスターに対して危機感を抱く。だが、それだけだ。そして、それに疑問を抱く。
どうして危機だと認識しているのに、それ以上の感情が湧かない。
いつもならもっと相手を観察して、トレースを使い、相手の能力を知り、弱点を見つけて倒していたはずだ。
それなのに、どうして?
穴に落ちた一瞬でそう考えていたはずなのに、次の行動は杖を使い、地属性魔法を行使する事だった。
並列思考が考えと行動が合っていないと訴えて来るが、魔法の行使を止められなかった。
杖の能力は幾つかある。
鬼が使っていた魔力を波立たせた攻撃。魔力を球体にした純粋な破壊の力。そして植物を操る能力。
そして、新たに判明した能力が二つある。
一つは操る魔法の威力を高めるというもの。これは単純だが、とても重要な能力だ。更に言えば、魔法陣の能力すら上乗せで高めてくれる。
これまで使っていた魔法が、一段階上どころか二段も三段も増して強化されるのだ。有用でしかない。
可能な限りの範囲の大地を操り、地上に生えている木々もまとめて上空へと打ち上げる。
凄まじい音と共に、大量の土砂と木々が舞い上がるなか、太ったモンスターも逆らえずに空へと舞い上がった。
何かがおかしいと理解しつつも、モンスターを倒せば終わりだと攻撃を続行しようと体が動く。
魔力を練り上げ、杖を使い五つの魔法陣を展開する。
そしていつもの如く石の槍を作り出し、太ったモンスターに狙いを定めて発射、
しようとして、フウマを狙っているのに気付いた。
うおー!?と叫び声を上げ、必死に軌道を逸らす。
既に魔法を解除するには遅く、横に逸らすしか手はなかった。
放たれた魔法はフウマを逸れ、大気を震わせ、木々を消滅させ、大地を破壊しながら遥か先へと突き進んで行く。
杖により強化された魔法。
自分で放っておいてなんだが、恐ろしい威力だ。
魔法が自分達に向いていると気付いたフウマは、俺が逸らそうとするよりも早く、己に風を当てて回避していた。
そうでなければ、直撃はしなくても、余波で粉微塵になっていただろう。
「ヒヒーンッ!!」
フウマから非難の声が届く。
ヒナタは目をぱちくりさせて、驚いている様子だ。恐らく、何が起こったのか分かっていないのだろう。
そして、それは俺も同じだ。
俺は確かに、上空にいる太ったモンスターを狙っていたはずだ。それなのに、横を向いてフウマを狙っていた。
何が起こったのか、まったく理解出来ていない。
未だ空にいる太ったモンスターに視線を送ると、舞い上がった大地を黒く侵食していき、俺の手から魔法の制御を奪っていく。
チッと舌打ちして、制御下にある大地を操り、太ったモンスターを押し潰そうと向かわせる。すると、操ったはずの大地が空から降って来た。
制御が外れた訳ではない。未だに操れている感覚はある。それなのに、意思に反して俺を押し潰さんと降り注いだ。
なんだ!?さっきからどうなってる!?
杖の植物を操る能力を使い、硬い樹木を作り出して己を囲い身を守る。
フウマ達は既にこの場から離れており、降り注ぐ大地の範囲にはいないので、気にしなくて良いだろう。
混乱する頭で必死に状況を理解しようとするが、太ったモンスターに対して考えようとすると、他の考えに逸れてしまう。思考が乱れ、打開策を見出せない。
あの太ったモンスターは、この森で戦って来たモンスターの中でも弱い部類に入る。だから、策など考える必要もなく、さっさと倒せばいいのだが、それが出来ないから混乱している。
思い描いていた事と違う行動をしてしまい、自分がいかれてしまったのかと疑ってしまう。
並列思考でそれがモンスターの仕業だと分かっていながら、そこから先を考えることが出来ない。
まずい不味いと焦りながらも、樹木の中で、また魔法を使ってしまう。
竜巻を発生させ、全てを吹き飛ばそうとしたのだ。
それも樹木の中でだ。
閉鎖された中で、突然爆発が起こり樹木に叩き付けられる。ガハッと酸素を吐き出し、樹木に磔になりながらも杖を使い、囲っていた樹木を解除する。
樹木から解放されると同時に、覆い被さっていた大地と一緒に吹き飛ばされ、自分の魔法でかなりのダメージを負ってしまった。
だが、杖のもう一つの能力である、自動治癒が発動してこの身を治療してくれる。
正直、この能力は治癒魔法スキルと重複するので、そこまで必要性を感じていなかったのだが、その考えを改める事になる。
杖に治療されている間は、いつも通りに考えることが出来たのだ。
並列思考で状況を整理しながら、並行して石の槍を作り出し、太ったモンスターに狙いを定める。
破壊と貫通、速度上昇の魔法陣を展開して即座に放つ。
可能ならもっと魔法陣で強化したかったが、自動治癒が終わると、またおかしな行動をしかねない。だからこれで放つしかなかったのだが、太ったモンスターに一撃を食らわすには十分な威力だった。
太ったモンスターは、俺から制御を奪った大地を使い、槍を防ごうとする。しかし、杖で強化された破壊の槍の勢いは凄まじく、操る大地だけでは止めることは出来ず、あっさりと貫通し、太ったモンスターの腹部を貫いた。
グォーーー!?
ダメージを負い絶叫する太ったモンスター。
痛みからか、大地を操っていた魔法の制御が解け、大量の土砂となり上から落ちて来る。
更に追撃をと準備しようとすると、自動治癒が終わり再び思考が逸れてしまい追撃が出来ない。
それどころか、今度は自分に向けて魔法を放とうとしていた。
無数の風の刃が飛び出すと、反転して戻って来る。
くそっと悪態を吐き、杖を使い魔力の波を発生させると、風の刃を打ち消していく。そして、傷を負い落下しながらも、こちらに迫る太ったモンスターが見える。
見えていた。
太ったモンスターが腕から刃を出し、攻撃するのは見えていた。
それなのに反応出来ない。
見ていることしか出来なかった。
このままでは死ぬと分かっているのに動けない。
魔法を使おうにも、どの魔法を使えばいいのか分からない。
杖を掲げて、モンスターの刃に合わせればいいだけなのに、それが出来ない。
迫る刃がゆっくりと見える。
太ったモンスターと目が合い、宿る感情が怒りに染まっているのが分かる。攻撃されたのが原因だろうか。腹部の傷は小さくないが、命に関わるものではないのだろう。傷口から流れる血は透明で、血液自体に魔力が宿っているように見える。
太い腕から伸びる刃は、よく見ると一本の長い爪のようだ。腕の関節が曲がっていないように見えたのは、爪を腕の中に直していたからだろう。
風が吹いて体が傾き、太い刃が肩にめり込む。
太ったモンスターの一撃に技術は無く、力任せのものだ。おかげで、俺の体は切られずに押し潰されていく。
肩の骨が砕かれ、内臓を押し潰し肋骨が粉砕される。腰が潰されバランスを崩し、倒れそうになる。しかし、それよりも早く潰されて死ぬだろう。
そこで、杖による自動治癒が発動する。
思考がクリアになり、動く事が出来るようになった。
今更動けるようになっても、一瞬にも満たない瞬間しかなく、俺が潰される結果に変わりはない。
だから悪あがきをする。
ゆっくりと流れる思考の中で、唯一動く右手に魔力を流し、アマダチを使用する。
右手から光が溢れ、俺が押し潰されると同時に光が太ったモンスターを貫いた。
怒りに満ちていた目が驚愕に変わり、体がぐらりと揺らめく。太った大きな体は音を立てて倒れてしまい、その瞳には、もう命は宿っていなかった。
そして、当の俺はというと、上半身が押し潰され下半身があらぬ方向に曲がっている状態だ。
そんな状況でも命があるのは、探索者の生命力の強さか、杖の自動治癒の能力によるものか、或いは両方のおかげだろう。それに、意識と魔力がある限り治癒魔法を使えるので、即死しなければ俺は復活する。
杖を使い植物を操り太ったモンスターの亡骸を退かすと、治癒魔法を使い高速で回復して行く。
立ち上がり喉に詰まった血反吐を吐き出すと、木の根に絡まったモンスターの亡骸を見る。
こいつの一撃は、確かに俺の頭部を捉えていた。
もしあの瞬間、風が押して狙いが逸れていなければ、今頃立っているのは俺ではなくこのモンスターだった。
「ブルッ!」
「キュイ!」
その風を起こしてくれたフウマが、ヒナタを背に乗せて近付いて来る。気持ちドヤ顔なのは、助けてやったんだぞという意思の表れだろう。
フウマにありがとなと感謝を告げて、頭を撫でる。
それを見ていたヒナタが、鬣をわしゃわしゃと触り、フウマが止めろと嘶く。
とりあえず勝てた。
油断するつもりはなかった。
考えてみると、戦いに赴く頃から何かおかしかったような気がする。
もしかしたら、その時点でモンスターの攻撃の範囲に入っていたのかも知れない。
恐らく太ったモンスターが使っていたのは、相手の思考を奪う能力。
どんなに力差があっても関係なく通じるのなら、これほど凶悪な能力はないだろう。
俺も杖の効果によって思考が戻らなければ、間違いなくやられていた。フウマが助けがなければ死んでいた。今回は運が良かっただけに過ぎない。
今後は、そこら辺をどうするかが課題となるだろう。
収納空間に太ったモンスターの亡骸を仕舞い、二人に帰ろうと言って屋敷に戻った。
---
ウルリベ(太ったモンスター)
敵対する者の思考を操り自害させる。効果範囲が広く、範囲内にいれば居るほど効果は強くなる。腕に刃を隠し持ち、相手の魔法を操ることも出来る。物理的に強くなる痩せ型に変身できるが、そうなると主人公に瞬殺されていた。
最強はデブ。
---