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奈落28(迷いの森15)

 大丈夫、いらないから。

 いらないって、そんなのあっても困るし。

 だから、いらないの!



 焼き芋食って寝て起きたら、ト太郎が脱皮して体が艶々になっていた。

 脱皮したト太郎は元気になっており、長い首を伸ばして、おはようと挨拶して来る。

 こちらもおはようと返して、体調が悪かったのはこのせいか、良かった良かったと安心していると、ト太郎が掴んで差し出して来たのだ。マッスルポーズの皮を。



 マジでいらないって。

 縁起物じゃあるまいし、欲しくないって。

 役に立つから持ってろって?

 いやいや、役に立ってもこんなデカい皮、いらないわ。

 どうしてもって?収納空間に入れてれば邪魔にならないって?

 んー、そこまで言うなら受け取るよ。

 ありがとな。



 かなりしつこく勧めて来るので、根負けして巨大なマッスルポーズの皮を受け取る。

 地面に置かれた皮に触れてみると、皮というより透明な鱗が重なっており、見た目に反してかなり硬い。そして、触れてみて分かったが、魔力の通りが良い。もしかしたら、防具やらの装備品に使えるのかも知れない。

 残念ながら、鎧などの装備品を作る技術は俺にはない。

 だから、地上に戻ってからの話になるが、武器屋の店主にでも相談してみよう。


 ト太郎は、それが分かっているから渡したのだろうか?

 顔を見ても、いつの間にか起きて来たヒナタがト太郎の顔にくっ付いているので、表情が伺えない。

 ヒナタもト太郎が元気になって嬉しいようだ。


 まあ、いいかと思い皮を収納空間に入れる。

 いつになるか分からないが、良い物が出来上がったら絶対に見せに来よう。

 その時は、またここまで来る事になるが、道が分かればフウマの移動速度を持ってすれば直ぐのはずだ。



 殺伐とした世界で、穏やかな時間が流れて行く。


 魔力で剣を作り出す訓練は行なっているが、なかなか上手くいかない。てか、どうしても形が大剣から変化しない。圧縮しようと、魔力を操っても、大剣の状態は維持されたままだ。

 もしかしたら、散々不屈の大剣に意思を込めていたので、無意識に大剣を作り出しているのかも知れない。

 改善しようにも、今の所どうにもならないので、このまま大剣を作って行くつもりでいる。


 次に杖だが、ようやく色が抜けて本来の色であろう木製の物に変わった。

 よく考えたら、これの元の色は知らないので何ともいえないのだが、杖に触れても意思を乗っ取ろうとしなくなったので、成功したのではないだろうか。


 杖の見た目は、少し曲がった普通の木の棒。

 強い力を感じるのだが、どうにも物足りない。これまでの荒々しい感じは無くなったのだが、いまいちだ。

 コレじゃない感がある。

 とてもではないが、以前、あの長剣と打ち合えた物とは思えない。


 ん〜と悩んでいると、横で見ていたヒナタが杖に手を伸ばす。


「キュイ!」


 ヒナタの手から魔力が流れ出し、杖に吸収されていく。

 すると、杖から感じる力が増したような気がした。

 これはまさかと思い、俺も魔力を大量に流し込んでいく。

 そこからの杖の変化は劇的だった。

 杖が成長を始め、地面に根を張り、巨大な木へと成長して行ったのだ。だが、それも一瞬の出来事で、巨大な木が氷のように固まったかと思えば、ヒビが入りあっという間に砕け散ってしまった。

 全てが幻のように消えてしまい、それを呆然と見守ることしか出来なかった。


 だが、消えた中に一本の杖だけが残された。

 木製の杖はそのままなのだが、杖先には蜜のような琥珀色の球体があり、それが流れているかのように杖を彩っている。また球体には蔦が絡まっており、まるで固定しているかのように見えた。


 琥珀色に彩られた杖。

 そして、それを持つ女性の姿。


 女性の姿は幻だろう。

 空間把握のスキルが、そこには誰も居ないと教えてくれる。

 だが、その姿は本当にそこに佇んでいるように見える。

 それに、どこかで見たような気がする。耳が長く、目は緑に染まっており、この世のものではない美を感じる。

 ファンタジー映画に現れるエルフのようにも見えるが、手や足が木製になっており、少なくとも俺が想像するエルフではない。


 耳の長い女性が微笑む。まるで慈愛に満ちたものであり、その中に申し訳なさが混ざっているような気がした。

 そして、その微笑みが向けられているのは俺ではない。


「グアー」


 微笑みを向けられたト太郎が懐かしそうに鳴く。

 知り合いなのかとト太郎を見ると、こちらに近付いて来ており、女性に顔を近付ける。

 女性もト太郎に触れようとするが、その姿は幻であり触れる事が出来ない。

 女性は悲しそうな表情を浮かべ、暫くト太郎と見つめ合うと、まるで別れを済ませたかのように視線を外した。


 次に女性は視線を移し、こちらを見る。

 そして、その手に持った杖を俺に差し出したのだ。

 杖を受け取れという事なのだろうか、俺はそれに抵抗できずに彼女に近付くと、跪き杖を受け取ろうと手を伸ばす。

 その姿はまるで、王から勲章を賜る騎士のようだっただろう。

 自然とそうしてしまった。

 彼女にはそうさせるだけの気品があった。

 たとえそれが、幻だったとしてもだ。


 手に掛かる重量が、杖が乗ったことを教えてくれる。

 顔を上げて手にある杖を見る。

 この杖には巨大な力が宿っている。

 それこそ、長剣に匹敵する程の力が。

 もしかしたら、それ以上かも知れない。どれ程の力があるのかは、使ってみてからのお楽しみだろう。


 次に女性を見る。

 その顔は変わらずに微笑んでおり、俺に何か伝えようと口を動かしていた。

 だが、幻である彼女は音を発することはできず、困ったように笑みを浮かべて、そしてフッと消えて行った。


 杖を持ち立ち上がり辺りを見回すと、狐に摘まれた顔をしたヒナタとフウマがいた。きっと俺も同じ顔をしているだろう。

 そんな俺達とは違う反応をしたト太郎は、悲しそうに一度鳴くと、湖に帰って行った。


 ト太郎と彼女の関係がどういうものかは分からないが、かなり親しかったのではないだろうか。

 一人と一体の間には、それだけ深い情が感じられた。


 今更ながら疑問に思う。

 ト太郎は一体何なんだろうと。

 友好的ではないが意思疎通可能なモンスターはいたし、会話は成立しなくても友好的なモンスターはいた。

 この場合、ト太郎は後者に当て嵌まる。

 ト太郎のようなモンスター、いや止めよう。ト太郎はモンスターではない。人と違う形をしているが、考え、感じて、表現する生き物だ。無闇矢鱈と襲うモンスターではない。

 寧ろ、彼らからすれば、俺たち人間の方がモンスターなのかも知れない。

 ダンジョンに住む住民を害するモンスター、人間。

 そう考えると、薄ら寒いものを覚える。

 生活する為とはいえ、大量に奪って来た命を元に戻す事は出来ない。


 俺や他の探索者達は、ただの殺戮者なのかも知れない。


 頭を振り払い、考えを消す。

 これ以上考えても無駄だ。地上を目指す以上、これからも多くを殺し続ける。それは、もう変わらない。今更、後悔して偽善者ぶるつもりもない。だから、何も変わらない。


「ブルルッ」


 俺の気持ちを知ってか、フウマが顔を近付けて来る。

 きっと慰めてくれているのだろう。フウマにはそんな良いところがある。


 ん?飯?腹減ってるから早くしろって?

 そこら辺の草でも食っとけボケ!!


 はっ倒したろかこの馬、人の気持ちなんて欠片も気にしてないな。


 真剣に考えていた自分が馬鹿みたいに思えて来て、さっさと飯の準備をする。腹が減ってるのはフウマだけでなく、俺やヒナタも同じなのだ。


 最近、食事の準備は、ヒナタと一緒にするようにしている。

 俺に教えられる数少ないもので、食べられる食材を可能な限り工夫している。ほぼ創作料理の類だが、材料の食材や調味料は全て森で採れた物なので、花瓶さえあれば幾らでも食べられる。肉は別として、魚はト太郎が提供してくれるので問題ないだろう。


 この森で採れた食材はなかなかに危険だ。

 最近気付いたのだが、採れる野菜や果実は全て食べられる。負傷覚悟で食べれば、そりゃそうだろうという話だが、そうではない。

 その食材に適した加工を行えば、悪臭を放ったり、爆発したり、腹の中で暴れ回ったりしない。つまり、この森は食材の宝庫と言えた。


 まあ、それが分かったところで、また試そうなんて思わないがな。


 あれは地獄の体験だった。

 もう一度やれと言われたら、俺は泣きながら土下座して切腹を十回はやって死ぬだろう。それくらい嫌だ。

 調理方法が分かっている既存の物だけでも十分だ。それ以上望むなら、どうぞご自由にだ。


 先ずヒナタに教えたのは、先程も言った食材の加工方法だ。

 ニンジンは皮を剥かずに、洗ってカットする。ジャガイモっぽい物は、皮をしっかり取って、水に浸けてから使用する。キャベツは芯を取ってからカットする。などなど、ヒナタに教えていく。


「キュキュ!」


 おい、バカ止めろ!


 ヒナタがキャベツの芯を取らずに剥こうとしたので、キャベツが食虫植物よろしくヒナタの手に噛み付いてしまった。


「キュハー!?」


 驚いたヒナタが、手から光の魔法を放ちキャベツを弾け飛ばしてしまった。

 それだけで終わっていればまだ良かった。


「キュオーッ!!」


 野菜に驚かされて怒ったのか、包丁でジャガイモをカットし、ダイコンっぽい物をまな板と一緒に真っ二つにし、そこらにある野菜を台ごと細断して行った。


 直後に起こる大爆発。

 そして立ち込める悪臭が辺りを襲う。


 何やっとんじゃーとヒナタを掴み飛び退くが、爆心地に近かった事もあり、湖の方に盛大に吹き飛ばされてしまった。


 水飛沫を上げて湖にダイブすると、下にはト太郎が何してんだと呆れた顔で見ていた。トカゲの顔なのに、その表情が分かるのは、それなりに長い時間一緒にいたからだろうか。


 すまんすまんとト太郎に謝って地上に戻ると、畑が消し飛んでおり、屋敷の一部が破壊されていた。その上、酷い悪臭が立ち込めており、フウマが風を操って必死に払っていても追い付かない。


 余りの悪臭にヒナタが湖にカムバックしようとするが、そんなん許さんと引っ掴んで地上に戻る。


「キャア!?キャア!?キャアー!!」


 離せ離せと暴れるヒナタだが、これがお前のやった行いだとしっかりと見せてやる。

 感情任せに行った代償がこれなのだと、俺自身吐き気を催しながら、悪臭の中を歩く。

 魔法で風を吹かせていたフウマは、残念ながら臭いに耐え切れずにご臨終の様子である。代わりに俺も風を激しく吹かせるが、その風さえも臭くてたまらない。


 オエェー。


 我慢出来ずに吐いてしまった。

 暴れていたヒナタもいつの間にか大人しくなっており、掴んでいた手を見ると、フウマと同じく気を失っていた。


 俺もこりゃあかんなと思い、何も出来ずに気を失ってしまう。



 起きたら、ト太郎が呆れた顔で介抱してくれていた。



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イルミンスールの杖


世界樹イルミンスールが残した若木の一本。怨念が集まり育たなかった若木。魔法を打消し、純粋な魔力による攻撃が可能。使用する魔法、魔法陣の効果を強化する。植物を操り、使い手の能力を操る植物から発生できる。自己再生能力あり、使用者が負傷すれば一瞬で治療する。

意思が宿っており、使い手を選ぶ。


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― 新着の感想 ―
杖……教祖の預かりもの?だとしたら……
由来を考えたらこの杖が聖龍剣と同等の力を持つのも納得(´・ω・`)
[一言] 読み直した今、この女性の招待に気がついた……叫びたい。よし叫ぼう。 イルミンスールゥゥゥゥゥゥゥゥぅうぉぉおおおああぁあああああああああ(体中に響き渡る感動)
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