奈落23(迷いの森⑩)
あれからナナシとは長い時間を話した。
森に閉じ込められていると説明すると、初めは絶望した様子だったが、じゃあ脱出の方法を探せば良いんだなと、前向きに思考を切り替えていた。
どんなに悪い状況でも、前向きに考えを切り替えられるのは、かなり強い証拠だ。
この強いは力の強いではなく、心の強さだ。
逆境に立ち向かうのに、必ず必要になる強さ。
ナナシはどんなに過酷な状況でも、最後まで足掻いて、考えて、未来を掴み取る力を持っている。
こういう奴には、決まってカリスマ性が宿る。
周囲の人間を惹きつけ、周りを巻き込んで大きな事を成すだろう。それが善性ならいいが、悪事に走ってしまえば、周りを巻き込んで破滅の道に走ってしまうだろう。
ナナシを見る限り、その心配は無さそうだが、これからの経験で幾らでも人は変わる。それに若いも老いも関係ない。人と接すれば、少なからず影響を受けるのだ。
出来る事なら、ナナシの周りには良い奴等が集まって欲しいものである。
俺がそう思うくらいには、ナナシという人物は清々しい男だという事だ。
「キュイ!」
「ぐはっ!?」
そんなナナシは、ヒナタを相手に模擬戦をしており、身長が自分の半分以下しかないヒナタにぶっ飛ばされている。
地面に転がるナナシ、それを得意げにして鼻を鳴らすヒナタ。
何とも奇妙な光景だ。
ナナシは確かに強い心を持っている。だが、それが力に直結することはない。もしかしたら、心の強さではここにいる奴らの中でも一番かも知れないが、残念ながら戦闘面では最弱だ。
「くっ、まだまだー!!」
「キュン!」
ナナシは何度でも立ち上がり、ヒナタに挑む。
今、ナナシが使っている武器は、以前倒したホブゴブリンが使っていた普通の剣で、俺が提供した物だ。
前に使っていた装備は使えなくなっていたので、俺と同じ服を着せている。魔力を通していれば、壊れた装備よりは防御力は上のはずだが、残念ながら戦っているナナシに魔力を流すような余裕はない。
「ぐほっ!」
だから、打ち所が悪いと怪我をするので、俺かフウマがいるときのみ模擬戦を許可するようにしている。
鳩尾に攻撃をくらい、悶絶しているナナシに治癒魔法かけて治療する。すると、再び立ち上がりヒナタに向かって行った。
さて、どうしてナナシがヒナタと模擬戦をしているのかというと、単純に弱いからだ。
探索者としてはプロ並みの力はありそうだが、奈落ではまったく通用しない。もしも、今のまま森に入れば、一瞬でモンスターに狩られるだろう。
その旨をナナシに伝えると、鍛えて欲しいと言って来たのだ。
ヒナタの相手にも丁度良かったので、引き受けたのだが、思っていた以上に弱かった。
言ってしまえばスキル頼りの我武者羅な戦い方。
一応、剣は振れている。親に教わったと言っていたので、様にはなっている。だがそれだけ。
「射っ火!!」
ナナシの伸ばした手から火炎が激しく吹き出し、空にいるヒナタを襲う。
「キュ!」
迫る火炎を旋回して避けると、ナナシへ高速で接近して木剣で腹を叩いた。
それに反応できなかったナナシは、問答無用で吹き飛ばされ、またしても地面に転がる。
火属性魔法のスキルは持っているようだが、まるで使いこなせていない。火属性という生粋の攻撃力を誇る属性なのに、火炎放射器のように飛ばすだけ。勢いこそ最初は良かったが、ヒナタのいる場所に到達する頃には、勢いを失っていた。
「くそっ!」
悔しそうに立ち上がろうとするが、足に力が入っておらず、魔力切れもあって体が動いていない。
お疲れ、今回はここまでだな。
そう呼びかけて、ナナシにタオルを被せる。
治癒魔法を使っているが、魔力切れまでは回復できないので、ナナシは動くことは出来ない。
「なあ、俺は強くなっているか?」
まあ、前回よりは大分マシにはなっているな。俺が言うのも何だが、スキル頼りの戦い方が身に付いてしまっている。スキルが通じない相手には、極端に弱くなる傾向にある。そこら辺の改善からして行こう。
「そうか、分かった。じゃあ次は、権兵衛が相手してくれ」
俺と?んー、まあいいか。じゃあ、休憩してからやるか。
「頼む」
限界だったのか、ナナシは倒れたまま眠ってしまった。
魔力回復には睡眠が一番効果的で、短い時間でもそれなりに回復することが出来る。
起きたら食事にして、少ししてから相手してやろう。
そんな事を思いながら、仕掛けて来たヒナタを掴み、ト太郎に向かって放り投げた。
「なんだこれ!?うまっ!美味いぞこの肉!?」
初めて海亀の肉を食ったときの俺と同じ反応をするナナシ。ヒナタの時も同様の反応をしており、違っていたのはト太郎くらいだった。
ト太郎に海亀の肉を大量に焼いて渡すと、心なしか怯えており、まるでこれが何の肉なのか理解している様子だった。
まあ、それでも食べはしたのだが、その動作も恐る恐ると言った具合だ。
もしかしたらト太郎は、あの海亀の眷属か何かなのかも知れない。
「凄いな、力が漲って来るぞ」
拳を作り、湧き上がる魔力にニッと笑みを作っている。
急に力が増して、全能感に支配されているかも知れない。
確かに、海亀の肉を食べると魔力量が増えるのだが、それを使い熟せるかは使用者の力で決まる。
俺は木剣を持ち、ナナシとヒナタと対峙する。
「本気で俺達を同時に相手するのか?」
一対一のつもりだったのか、ナナシが不満を漏らす。
そういうのは、チビに勝ってから言え。
「キュイッ!」
チビと言われたからか、ヒナタは短剣を向けて僕は怒っているとアピールして来る。
仕方ないだろう、何故か名前が呼べなくなっているのだから。
その原因も調べる必要があるが、敵意のようなものを一切感じないので、問題無いような気もする。
まあ、それは追々だな。
「……くっ」
どうした、来ないのか?
剣を構え、ジリジリと動くナナシだが、攻めて来る様子はない。安易にかかって来いよと挑発するが、それでも乗って来ない。相当に集中しているのだろう、俺の声が届いていないように感じる。
やがて、ナナシの呼吸音が短くなり、深く深く集中していくのを理解する。
そろそろ来るかと見ていると、別の所から攻撃が飛んで来た。
「キュッ!!」
光の槍が連続して飛来する。
ヒナタの光の魔法はかなり強力で、速度も俺の魔法よりも速い。
それでも、魔力操作に難があり、発射するタイミングも予備動作も全て察知することは可能だ。
つまり、俺にとって脅威ではない。
全ての光の槍を受け流し、その影に隠れて接近して来たヒナタも受け流して投げ飛ばす。
その瞬間を隙と見たのか、ナナシがこれまでで一番の速さと踏み込みをもって接近して来た。
だが、それでも遅い。
ナナシの方を見ずに、一歩接近して裏拳で顎を打ち抜き脳を揺らす。
木剣もいらなかったなと思いながら、膝を突いて起き上がれなくなったナナシに、これまでだなと言い、ヒナタに突風を送り動きを封じ込めた。
「何も出来なかった」
「キュゥ」
当たり前だ、俺がどれだけ修羅場を潜って来たと思ってる。
この奈落に落ちてから、何度も死にそうになった。
何度も強敵と戦い、討ち破り、時には無様に逃げ回ったから今があるのだ。その経験に裏打ちされた実力が、子供や、昨日今日ここに来た奴に負けるわけがない。
まだまだってことだ。
手合わせなら、いつでも相手してやる。だから何度でも挑んで来い。
座り込んでいる二人にそう言うと、ヒナタの魔力が高まり、ナナシが急に動き出した。
いきなりかい、と思いながら、二人まとめてぶっ飛ばした。