表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
144/348

奈落15(迷いの森②)

この章は『迷いの森』の話になります。

30話近くあります。

 翼が生えた赤ん坊が泣いている。

 泣き方はキュルルと独特ではあるが、見た目は人の赤ん坊そっくりだ。


 しかし、こいつはモンスターなのだろう。

 だって人に翼は生えてないから。

 だってこんなに魔力を発しないから。


 赤ん坊から魔力が溢れており、俺の肌をヒリ付かせる。

 何か指向性があれば、魔法へと姿を変えて爆発しそうな魔力量だ。

 こんなの、自我の無い赤ん坊が制御出来るはずもなく、人の赤ん坊が持っていていい量ではない。


 だから人じゃない。

 だからここで始末しておくべきだ。


 長剣を手に取り、一瞬で終わらせてやろうと力を込める。

 そして抜刀しようと動いて、動いて、動いて……動けなかった。


 無理、無理だ。

 子供を、モンスターと言えど赤ん坊を殺すなんて、俺には無理だ。

 せめて、俺に危害を加える意思を感じ取れたら覚悟は決まるのだが、その意識も真っ白な赤ん坊にそれは期待出来ない。


 くっと構えを解いて、その場を後にしようと振り返る。

 どうせ俺では殺せないのなら、せめて俺の見えない所で終わってほしいと思い、その場を後にする。


 モノクロの世界がまだ続いているのは、あの赤ん坊のモンスターが生きているからだろう。そのうち、他のモンスターが出て来て襲うはずだ。

 そうしたら、元の世界に戻るに違いない。


 だから、ここから離れよう。

 だからフウマ、早く来い。


 フウマは赤ん坊の所から離れようとしない。

 寧ろ、俺の方を見て、それで良いのかと問いかけて来る。


 いいんだよ、行くぞ、早く地上に戻るんだよ。

 そう言うと、フウマは渋々といった感じで赤ん坊の元から離れて行く。


 やっと来たかとフウマを非難すると、体が動き、長剣を抜刀していた。


 猿のモンスターだ。

 見逃したボス猿のモンスターが赤ん坊を狙っていた。


 咄嗟だった。魔力を込めた長剣を振り抜き、剣閃を飛ばす。

 それに反応して、ボス猿は避けて見せる。

 そしてその手には赤ん坊が居た。

 勝ち誇った顔のボス猿。

 だから、一気に接近してその頭を斬り飛ばした。


 あーくそっ、ダメだわこれ。

 自分の選択が馬鹿げた方向に傾いてしまい、頭を抱えたくなる。

 一度助けてしまったら、もうダメだ。

 見捨てる事が出来なくなってしまった。

 腕の中に居る赤ん坊は、相変わらず泣き続けていた。



 モノクロの世界に色が戻る。

 それと同時に切り替わった感覚があり、少し違和感はあるが戻ったような気がする。

 いや、やっぱり違和感があるな。

 なんだろうと辺りを見渡すが、その原因が分からず頭を捻る。


 赤ん坊の泣き声で違和感に向いていた意識を中断させ、赤ん坊に視線を戻す。

 抱きかかえた赤ん坊は相変わらず弱々しく泣いており、衰弱しているように見える。あと地面に寝転んでいたからか、体も翼も汚れていた。


 一旦、治癒魔法で回復させるが、それでも衰弱は治らない。原因はなんだとトレースすると、単純に栄養が足りていなかった。つまり、空腹で泣いていたのだ。


 どうしようどうしようと右往左往して、こいつの乳になりそうな物は持ってない。

 そもそも、乳でいいのかも分からないし、もしかしたら赤ん坊でもモンスターを食べる種類なのかも知れない。


 そうだ。翼も生えているんだから、鳥みたいに虫を与えたらどうだろうか?


 収納空間からクワガタのモンスターを取り出して、外郭を剥ぎ取り、肉を切り取って与えてみる。

 するとどうだろう、赤ん坊は口に含んで、そのまま吐き出した。


 当たり前だ。歯が生えてないんだから食べれるはずがない。ならばと、すり潰して与えてもみたが、結果は同じ。


 どこかに乳はないのかと見回すと、フウマと目が合った。

 出るのかという問い掛けに、出るわけないやろと至極当然に返された。

 じゃあどうすると再び見回して見ると、一頭の牛を発見した。


 牛と目が合う。

 その牛は神々しい空気を纏った雌牛だ。

 その姿は美しく、全てを包み込むような母性を感じる。

 目が合うが、こちらには興味なさそうに草を喰み、どこかに行こうとする。


 なので捕獲して乳を搾り取った。


 モー!!と悲鳴を上げる雌牛だが、俺達は気にせず乳を搾り続ける。ポリタンクの中身の水を捨てて、次々と絞って行くのだが、乳が無くなる気配がない。

 やるなこの雌牛っ!と思いながら、魔法を使って来そうだったので、雌牛の魔力を乱して魔法をキャンセルさせる。

 最近、触れていれば、対象の魔力を掻き乱せるようになった。勿論、俺以上に魔力操作が上手い奴には通用しないが、それでも使える手段が増えるのはいい事だ。


 因みにフウマは、雌牛の首元を噛んで離さない。

 逃げないように抑えているのだが、いよいよ危なくなれば、首をへし折るつもりなのだろう。


 おら、大人しくしろ!とチンピラ紛いの態度で乳を搾り、全てのポリタンクが一杯になると、光を帯びた水を樽に汲んでやり解放した。

 雌牛は酷い目に遭ったと体を震わせると、水を飲んで去って行った。


 流石に乳を分けて貰っておいて、倒す気にはならなかった。


 俺達は雌牛をお疲れっと見送ると、早速、赤ん坊に乳を与えていく。哺乳瓶なんてないので布で乳房の形を作り、それに含ませてから口元に運ぶ、すると、少しずつだが吸い始めた。


 少しずつ注いでいき、暫くするとお腹いっぱいになったのか、飲むのを止めてしまった。

 この赤ん坊にやっていいのか分からないが、念のために垂直に抱えて背中をトントンと叩く。人の子供ならこれでゲップが出るが、この子はどうだろうか。


 トントンと軽く叩いて上げると、赤ん坊はゲップ、ではなくケェー!!と甲高い奇声を上げて、魔力を使った音の砲弾を放った。


 砲弾は突き進み、地面を抉り、木をへし折り、射線にいたモンスターを吹き飛ばして霧散した。


 おう、なかなかデンジャラスなゲップだ。って冗談言っている場合ではない。今の弾みで、赤ん坊の魔力が暴走を始めたのだ。このままでは、爆発を起こしてもおかしくはない。


 だから暴れる魔力を誘導して、風の魔法へと変換し空に放つ。

 突風に曝されて、激しく揺れる木々。それが暫く続き、赤ん坊の魔力が落ち着くと、魔法の風も止んだ。


 お腹が一杯になり、魔力を消費して疲れたのか、スヤスヤと眠りに付いた。


 ……もしかして、乳をやる度にこれをしなくちゃいけないのか。

 いやいやと思い直す。

 この赤ん坊の親が来れば、返して終わりのはずだ。

 翼を持ったモンスターなら、空から見える位置に置いておけば見つけてくれるはずだ。


 抱き直して、空に上がろうと改めて赤ん坊の顔を見ると、ある事に気付いた。


 …………この子の親って、あの銀髪の男じゃね?


 赤ん坊の髪は金髪で翼の色も白く、あの男のように黒くはない。

 だが、何となく顔立ちが似ている気がするのだ。

 髪や翼が母親譲りだとしたら、顔立ちは父親譲りなら納得がいく。

 いや、でも、あいつが連れてたの、全員黒寄りの紫色だったよな。また別に相手がいるのだろうか?


 羨ましい限りだ。


 今度会ったら、リベンジしてやろうと心に決めた。




 羊の毛で作った服を操り、赤ん坊を包み込むと、腹部に固定して上空に上がる。

 木の上に居れば、親が赤ん坊を探しに来るのではないかと思ったのだが、上空には鳥類のモンスターが数多く飛び回っており、ここで待つのは危険だった。

 俺とフウマだけならまだ何とかなるが、赤ん坊も一緒だと激しく動くのも危険なので、無駄な戦闘は避けるべきだろう。


 こちらに気付いたのは、二対の翼を持つ赤色の派手な鳥のモンスター。明らかに狙っており、やる気満々だったので、剣閃を飛ばして首を跳ねて倒す。


 地面に降り立ち、赤ん坊の顔を覗いてみると、未だにスヤスヤ眠っている。これくらいの動きなら問題ないようだ。


 さて、これからどうしようかと考える。

 ここで待つには、時間が余りにも無駄になってしまう。

 そもそも、来るかどうかも分からない親を待つより、探した方が早いのではないだろうかとも思ってしまう。


 仮に入れ違っても、何かしら印を付けておけば良いだろう。


 という訳で、近くの木に赤ん坊の似顔絵を剣で削って描いていく。◯を書いて、頭に♨︎を書いて、顔にヘノヘノモヘジを書いて、翼っぽいマークでも付けとけば分かるだろう。

 あとは、向かう方角を矢印で付け加えれば大丈夫なはずだ。


 よしっと会心の出来に自己満足して、フウマに跨る。


 行こうとフウマに言うと、フウマが一歩踏み出す前に赤ん坊が震える。



 腹の辺りが生暖かくなり、俺は盛大に溜息を漏らした。



ーーー


アウズンブラ(雌牛)


この広い奈落の世界で、最も栄養価の高い乳を出す。戦闘力はそれなりにあるが、逃げることに特化している。一度に採れる乳の量は100ℓ〜200ℓ。雄牛はいない。何故なら好みの王子様(牛)を探して各地を放浪しているから。


ーーー

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
なんだかんだ田中は優しくていいやつだ(´・ω・`) 違和感を覚えたのはそこで過去に戻ったからかな………………
[良い点] 雌牛「おまわりさん!この人です!」
[一言] 面白い
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ