奈落15(迷いの森②)
この章は『迷いの森』の話になります。
30話近くあります。
翼が生えた赤ん坊が泣いている。
泣き方はキュルルと独特ではあるが、見た目は人の赤ん坊そっくりだ。
しかし、こいつはモンスターなのだろう。
だって人に翼は生えてないから。
だってこんなに魔力を発しないから。
赤ん坊から魔力が溢れており、俺の肌をヒリ付かせる。
何か指向性があれば、魔法へと姿を変えて爆発しそうな魔力量だ。
こんなの、自我の無い赤ん坊が制御出来るはずもなく、人の赤ん坊が持っていていい量ではない。
だから人じゃない。
だからここで始末しておくべきだ。
長剣を手に取り、一瞬で終わらせてやろうと力を込める。
そして抜刀しようと動いて、動いて、動いて……動けなかった。
無理、無理だ。
子供を、モンスターと言えど赤ん坊を殺すなんて、俺には無理だ。
せめて、俺に危害を加える意思を感じ取れたら覚悟は決まるのだが、その意識も真っ白な赤ん坊にそれは期待出来ない。
くっと構えを解いて、その場を後にしようと振り返る。
どうせ俺では殺せないのなら、せめて俺の見えない所で終わってほしいと思い、その場を後にする。
モノクロの世界がまだ続いているのは、あの赤ん坊のモンスターが生きているからだろう。そのうち、他のモンスターが出て来て襲うはずだ。
そうしたら、元の世界に戻るに違いない。
だから、ここから離れよう。
だからフウマ、早く来い。
フウマは赤ん坊の所から離れようとしない。
寧ろ、俺の方を見て、それで良いのかと問いかけて来る。
いいんだよ、行くぞ、早く地上に戻るんだよ。
そう言うと、フウマは渋々といった感じで赤ん坊の元から離れて行く。
やっと来たかとフウマを非難すると、体が動き、長剣を抜刀していた。
猿のモンスターだ。
見逃したボス猿のモンスターが赤ん坊を狙っていた。
咄嗟だった。魔力を込めた長剣を振り抜き、剣閃を飛ばす。
それに反応して、ボス猿は避けて見せる。
そしてその手には赤ん坊が居た。
勝ち誇った顔のボス猿。
だから、一気に接近してその頭を斬り飛ばした。
あーくそっ、ダメだわこれ。
自分の選択が馬鹿げた方向に傾いてしまい、頭を抱えたくなる。
一度助けてしまったら、もうダメだ。
見捨てる事が出来なくなってしまった。
腕の中に居る赤ん坊は、相変わらず泣き続けていた。
モノクロの世界に色が戻る。
それと同時に切り替わった感覚があり、少し違和感はあるが戻ったような気がする。
いや、やっぱり違和感があるな。
なんだろうと辺りを見渡すが、その原因が分からず頭を捻る。
赤ん坊の泣き声で違和感に向いていた意識を中断させ、赤ん坊に視線を戻す。
抱きかかえた赤ん坊は相変わらず弱々しく泣いており、衰弱しているように見える。あと地面に寝転んでいたからか、体も翼も汚れていた。
一旦、治癒魔法で回復させるが、それでも衰弱は治らない。原因はなんだとトレースすると、単純に栄養が足りていなかった。つまり、空腹で泣いていたのだ。
どうしようどうしようと右往左往して、こいつの乳になりそうな物は持ってない。
そもそも、乳でいいのかも分からないし、もしかしたら赤ん坊でもモンスターを食べる種類なのかも知れない。
そうだ。翼も生えているんだから、鳥みたいに虫を与えたらどうだろうか?
収納空間からクワガタのモンスターを取り出して、外郭を剥ぎ取り、肉を切り取って与えてみる。
するとどうだろう、赤ん坊は口に含んで、そのまま吐き出した。
当たり前だ。歯が生えてないんだから食べれるはずがない。ならばと、すり潰して与えてもみたが、結果は同じ。
どこかに乳はないのかと見回すと、フウマと目が合った。
出るのかという問い掛けに、出るわけないやろと至極当然に返された。
じゃあどうすると再び見回して見ると、一頭の牛を発見した。
牛と目が合う。
その牛は神々しい空気を纏った雌牛だ。
その姿は美しく、全てを包み込むような母性を感じる。
目が合うが、こちらには興味なさそうに草を喰み、どこかに行こうとする。
なので捕獲して乳を搾り取った。
モー!!と悲鳴を上げる雌牛だが、俺達は気にせず乳を搾り続ける。ポリタンクの中身の水を捨てて、次々と絞って行くのだが、乳が無くなる気配がない。
やるなこの雌牛っ!と思いながら、魔法を使って来そうだったので、雌牛の魔力を乱して魔法をキャンセルさせる。
最近、触れていれば、対象の魔力を掻き乱せるようになった。勿論、俺以上に魔力操作が上手い奴には通用しないが、それでも使える手段が増えるのはいい事だ。
因みにフウマは、雌牛の首元を噛んで離さない。
逃げないように抑えているのだが、いよいよ危なくなれば、首をへし折るつもりなのだろう。
おら、大人しくしろ!とチンピラ紛いの態度で乳を搾り、全てのポリタンクが一杯になると、光を帯びた水を樽に汲んでやり解放した。
雌牛は酷い目に遭ったと体を震わせると、水を飲んで去って行った。
流石に乳を分けて貰っておいて、倒す気にはならなかった。
俺達は雌牛をお疲れっと見送ると、早速、赤ん坊に乳を与えていく。哺乳瓶なんてないので布で乳房の形を作り、それに含ませてから口元に運ぶ、すると、少しずつだが吸い始めた。
少しずつ注いでいき、暫くするとお腹いっぱいになったのか、飲むのを止めてしまった。
この赤ん坊にやっていいのか分からないが、念のために垂直に抱えて背中をトントンと叩く。人の子供ならこれでゲップが出るが、この子はどうだろうか。
トントンと軽く叩いて上げると、赤ん坊はゲップ、ではなくケェー!!と甲高い奇声を上げて、魔力を使った音の砲弾を放った。
砲弾は突き進み、地面を抉り、木をへし折り、射線にいたモンスターを吹き飛ばして霧散した。
おう、なかなかデンジャラスなゲップだ。って冗談言っている場合ではない。今の弾みで、赤ん坊の魔力が暴走を始めたのだ。このままでは、爆発を起こしてもおかしくはない。
だから暴れる魔力を誘導して、風の魔法へと変換し空に放つ。
突風に曝されて、激しく揺れる木々。それが暫く続き、赤ん坊の魔力が落ち着くと、魔法の風も止んだ。
お腹が一杯になり、魔力を消費して疲れたのか、スヤスヤと眠りに付いた。
……もしかして、乳をやる度にこれをしなくちゃいけないのか。
いやいやと思い直す。
この赤ん坊の親が来れば、返して終わりのはずだ。
翼を持ったモンスターなら、空から見える位置に置いておけば見つけてくれるはずだ。
抱き直して、空に上がろうと改めて赤ん坊の顔を見ると、ある事に気付いた。
…………この子の親って、あの銀髪の男じゃね?
赤ん坊の髪は金髪で翼の色も白く、あの男のように黒くはない。
だが、何となく顔立ちが似ている気がするのだ。
髪や翼が母親譲りだとしたら、顔立ちは父親譲りなら納得がいく。
いや、でも、あいつが連れてたの、全員黒寄りの紫色だったよな。また別に相手がいるのだろうか?
羨ましい限りだ。
今度会ったら、リベンジしてやろうと心に決めた。
羊の毛で作った服を操り、赤ん坊を包み込むと、腹部に固定して上空に上がる。
木の上に居れば、親が赤ん坊を探しに来るのではないかと思ったのだが、上空には鳥類のモンスターが数多く飛び回っており、ここで待つのは危険だった。
俺とフウマだけならまだ何とかなるが、赤ん坊も一緒だと激しく動くのも危険なので、無駄な戦闘は避けるべきだろう。
こちらに気付いたのは、二対の翼を持つ赤色の派手な鳥のモンスター。明らかに狙っており、やる気満々だったので、剣閃を飛ばして首を跳ねて倒す。
地面に降り立ち、赤ん坊の顔を覗いてみると、未だにスヤスヤ眠っている。これくらいの動きなら問題ないようだ。
さて、これからどうしようかと考える。
ここで待つには、時間が余りにも無駄になってしまう。
そもそも、来るかどうかも分からない親を待つより、探した方が早いのではないだろうかとも思ってしまう。
仮に入れ違っても、何かしら印を付けておけば良いだろう。
という訳で、近くの木に赤ん坊の似顔絵を剣で削って描いていく。◯を書いて、頭に♨︎を書いて、顔にヘノヘノモヘジを書いて、翼っぽいマークでも付けとけば分かるだろう。
あとは、向かう方角を矢印で付け加えれば大丈夫なはずだ。
よしっと会心の出来に自己満足して、フウマに跨る。
行こうとフウマに言うと、フウマが一歩踏み出す前に赤ん坊が震える。
腹の辺りが生暖かくなり、俺は盛大に溜息を漏らした。
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アウズンブラ(雌牛)
この広い奈落の世界で、最も栄養価の高い乳を出す。戦闘力はそれなりにあるが、逃げることに特化している。一度に採れる乳の量は100ℓ〜200ℓ。雄牛はいない。何故なら好みの王子様(牛)を探して各地を放浪しているから。
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