奈落14(迷いの森)
気が付いたら痩せていた。
まるで昔に戻ったような気分だ。
体が軽いとかそんな感じはしないが、無駄な脂肪が無くなった分、動きが良くなった気がする。
羊の毛を魔力で加工して作った服は、白一色で面白みは無いが、流す魔力を操作する事でサイズ変更が可能なのは、とても便利だ。
この白い服に、最初はデーモンから奪った装備を分解して貼り付けていたが、この服に魔力を通していれば、ある程度防御力が上がる事が分かったので、胸当て部分を除いては取り外している。
流石に、即死の可能性のある場所は守っておきたい。
その点で言えば、頭の方は雪国の人が使っている、耳まで隠せる防寒帽子を羊の毛で作り使用している。
暖かい上に、何気に音を多く拾ってくれるので、使い勝手が良い代物になっている。
そして武器の方だが、不屈の大剣が壊されてからというものの、銀髪の男が使っていた長剣を使っている。
この長剣は、持ち手と鍔の部分は白色で、鍔の形は六角と割とシンプルな物だ。そして刀身だが、何らかの文字が描かれており、その内容は読み取れない。
今分かっている長剣の能力は、不屈の大剣と同じく魔力を込めて剣閃を飛ばす事が出来るというものと、自己修復機能があるというもの。
手入れを必要とせず、魔力を流していれば良いというのは有り難い。しかし、他にも何かしらの能力がありそうで、十分に活かしきれていないのが現状だ。
この時ほど、鑑定スキルが欲しいと思った事はない。
次にフウマだが、
ブルルッ!
立派なサラブレッドになっていた。
幼い頃、家族で競馬場に遊びに行った事がある。
親父はギャンブルはやらないので、本当に馬を見に来た感じだった。
その時に見た馬は、とても大きく見え、体も引き締まっており迫力も凄かった。だが、今のフウマはそれ以上に凄い。
芦毛はそのままだが、体高2mはあり、顔付きも精悍になっている。鞍もミニチュアホース用の物では到底付けられず、以前よく分からなくて購入していたサラブレッド用の鞍を取り付けている。
今のフウマの迫力は、正に黒王並みではないだろうか。
それにしても驚きだ。
武器屋の店主は俺が変わればフウマも変わると言っていたが、まさか中身がではなく、体型の話だったとは。
まったく盲点だった。
このサラブレッドフウマならば、何処に出しても恥ずかしくはなく、きっと有馬記念でも優勝してくれるに違いない。
さあ行こうと呼びかけると、フウマは森に向かって歩いて行く。
以前はちょこちょこと足を動かして移動しており情けなかったが、今では一歩一歩の歩幅が広く、優雅に歩いているように見える。
うむと頷き、大変満足して森へと足を踏み入れた。
森とは言っても、木々が所狭しと生えている訳ではない。
この森は樹齢百年以上はありそうな木々が、ある程度間隔を空けて生えており、歩き易くなっている。
上を見上げると、濃い緑が一面に覆われており空が殆ど見えない。とは言っても、ダンジョンの空なんて変わり映えしないので、見ようとも思わないが。
森の奥から、ガサガサと木々を揺らしながら何かが移動している。
それは大きな猿のモンスターで、尻尾が二本あり、手足だけでなく尻尾も使って木々を飛び回っていた。
猿だからか群れで行動しており、こちらを指差している。
その猿の中でも、一際大きなボス猿のモンスターが合図を出しており、こちらを餌として認識したようだ。
ボスであろう大きな猿が叫ぶと、全ての猿の動きが止まる。
そしてボス猿がこちらを指差すと、まるで合唱のように一斉に鳴き、こちらに向かって移動を開始した。
ある猿は木々を伝い、またある猿は地面に降りて駆けて来る。
明らかにやる気満々の猿のモンスター達。
人に似た形をして、人よりも体が大きいのだから、その分知能も高くするべきではないだろうか。
ある漫画では、ゴキブリが人よりも賢くなっていたのだから、猿でも可能なはずだ。
ただ突っ込んで来る猿。
俺はフウマから降りると、腰を落とし抜刀をするべく構えを取る。
突っ込んで来ていた猿達は、その全ての個体が魔法を使い大地から武器を作り出し、木を操りこちらに枝を伸ばして来た。
このまま何もしなければ、数の暴力でなぶり殺しにされるだろう。
だから抜刀し、剣閃を飛ばす。
横一文字に飛ばし、返すように斜めに飛ばし、猿のモンスターを全滅させるべく連続して剣閃を飛ばす。
その余波で木々が切れ、崩れ落ちてしまうが、そのおかげで猿のモンスターの大半を倒す事に成功した。
あと残っているのは、ボス猿の一体だけである。
まだ息がある個体もいるが、負傷しており動ける状態ではない。実質一対一となった。
ボス猿が吠える。
獣のように、こちらを威嚇して、まるで怯えたように吠えている。
もう一度腰を落とし、剣閃を飛ばさんと構える。
その動きを見たボス猿は、跳ねるように下がり逃げ出してしまった。まだ生きている仲間を置いて。
追うことは可能だが、そのまま見逃す。
もう、あのモンスターに俺を襲うような気概は無いだろうから。
再び、フウマに乗馬すると森の奥に向かった。
森に入る前に、一度上空に上がり様子は見ているのだが、川の時と同じように終わりが見えなかった。
魔法で飛んで行こうかとも考えたが、ここに帰る手掛かりがあるかもしれないので、地道に行こうと思う。
フウマが一歩踏み出すと、風属性魔法で空中に浮かぶ。そして、また一歩強く踏み出すと一気に駆けだし、低空飛行で木々の間を進んで行く。
途中で逃げ出したボス猿を追い抜くが、そのまま無視して突き抜ける。
これで、木と木の間がもう少し狭ければ歩く必要があったが、ここまで開いていれば問題ない。
それに、さっきの猿のモンスターのおかげで、この森に出現するモンスターの強さも分かった。空間把握に気を配っていれば、そうそう奇襲に遭う恐れもないだろう。
暫くすると、後方から羽根の音が聞こえて来る。
振り返ると、頭部が二つあるクワガタのモンスターが追って来ていた。
クワガタのモンスターもこれまた大きく、大きく広げた羽根は木に接触し、木を削ってしまう。
風の刃を無数に飛ばし迎撃を試みるが、当たる前に刃は形を失い霧散してしまう。
ならばと石の槍を作り出し、貫通と速度上昇の魔法陣を展開して発射するが、それも当たる直前に弾かれ、力無く地面に落ちてしまった。
これは厄介な相手だなと思っていると、その様子を見ていたフウマが反転して、クワガタのモンスターに真正面から向かって行く。
可能なら安全に倒したかったが、フウマがやる気なら任せよう。
俺は長剣を取り、いつでも対処できるように準備をする。
しかし、その必要はなかったようだ。
クワガタのモンスターは、こちらが向かって来ているのを見ると、一気に加速してそのハサミを大きく開いた。
真正面からぶつかっても勝てるという自信の表れだ。そして、それはフウマも同じ。
フウマは嘶くと黄金を纏い、上体を起き上がらせる。
間合いに入ると同時に足を踏み下ろした。
ドンッと衝撃が走り、地面が割れる。
フウマに踏まれたクワガタのモンスターは、頭部が押し潰されて原型を失っており、残された胴体はピクピクと震えていた。
昇竜の戦輪を失って戦力ダウンしたフウマだが、サラブレッドフウマになった今では、肉弾戦も出来るようになっていた。
見た目と攻撃手段が増えたのを換算すると、どちらかといえばプラスではないだろうか。
勝利を誇るように鼻息を鳴らすフウマ。
立派な体には、そのドヤ顔も割と似合っていた。
モンスターを倒したので、一応素材の回収を行う。
先程の猿のモンスターも回収はしているが、肉は食べれるかは不明だ。どうにも、奈落で出会うモンスターの肉は、食べるには不味く、筋張って噛み切れない物が多いのだ。
食べれたのは海亀のモンスターと、少し前に出会った触手が沢山ある赤く丸いモンスターの二種類だけだった。
触手のモンスターは周囲の風景に溶け込み、獲物が通り過ぎるまで魔力を漏らさず、生命活動自体を停止させているようなモンスターだった。
動き出すまで、それがモンスターだとは気付かなかった。空間把握にも反応がなかったので、背後を取られ先制攻撃を許してしまった。
触手の殴打をギリギリ反応して防ぐのが精一杯で、避けるのは困難だった。倒れた所を絡め取られ、エロい展開になるのかと焦ったが、そんな事はなく普通に締められた。
俺だけでなくフウマも絡め取られたので、脱出するのに苦労するハメになってしまった。
魔法の効きが悪くて、触手を切れなかったのだ。リミットブレイク・バーストを使って長剣を引き抜いて事なきを得たが、かなり苦戦する相手だった。
で、肝心の肉の味だが、美味くはない。
でも食べれない事はない、たんぱくではなく無味無臭な味わいだった。
ここらで、海亀以外の美味しいお肉を手に入れたい所だが、余り期待しない方が良いだろう。そもそも虫だしな、このモンスター。
またフウマに跨り移動を開始する。
ある程度進むと、モンスターに襲われるが、その全てを撃退し回収して行く。
猿やクワガタのモンスターを始め、目が八つある梟や違った頭部を持つキマイラ、黒いスライムに巨大なトレントなんかもいた。
他にも多くのモンスターと接触したが、正直、奈落でこれまでに戦って来たモンスターと比べて劣る印象を受ける。
俺自身が成長しているのもあるだろうし、銀髪の男から頂戴した長剣が強力なのもあるだろうが、それでもこの森に出現するモンスターは、これまで戦ったモンスターと比べて強力だとは言えない。
別にそれは悪い事ではないので、不満はないのだが、こういう時は大抵、とびっきり強力なモンスターが現れたりするから不安になる。
そんな事を思ってたら、ほらやっぱりと世界に変化が起こった。
緑の世界が、一瞬で白黒のモノクロな世界に変わる。
世界が切り替わり、フウマは警戒するように足を止めた。
俺もフウマから降りて警戒に当ると、何処からか鳴き声が聞こえて来た。
その声はとてもか細く、弱々しく、今にも消え入りそうな声だった。
キュルルル〜、キュルル〜。
一見、鳥類の鳴き声のように聞こえるが、どうにも違う。モンスターの鳴き声だろうが、それにしては弱々しい。
俺とフウマは警戒しつつも、鳴き声がする方へ向かう。
空間把握には入っていないが、それほど離れてはいない。
ゆっくりと近付き、その鳴き声の主を空間把握が知覚して眉を顰める。
その正体が余りにも小さく、間違いではないかとスキルの性能を疑ってしまう。触手のモンスターにもギリギリまで反応出来なかったので、その可能性は捨て切れない。
だが、少しだけ背の高い茂みを掻き分けると、そこには空間把握で知覚したままのモノが転がっていた。
キュルル〜、キュルル〜。
そこに居たのは、翼を生やした赤ん坊だった。
ーーー
アルクエイプ(猿のモンスター)
体長2m〜4mの猿のモンスター。地属性、木属性魔法が使え、その身に宿った力も凄まじい。40階を突破した探索者相当の力を持っている。性格は温厚で仲間思いだが、危機に瀕すると自分の身を第一に考える。奈落にいるせいで、自分達以外は敵だと思っている。一部は保護されている。
ーーー
田中 ハルト(24+1)
レベル 44
《スキル》
地属性魔法 トレース 治癒魔法 空間把握 頑丈 魔力操作 身体強化 毒耐性 収納空間 見切り 並列思考 裁縫 限界突破 解体 魔力循環 消費軽減(体力) 風属性魔法 呪耐性
《装備》
聖龍剣 ファントムゴートの服(自作)
《状態》
ぱーふぇくとぼでー(各能力増強 小)
世界亀の聖痕 (効果大)(けつ)
《召喚獣》
フウマ
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フウマ(召喚獣)
《スキル》
風属性魔法 頑丈 魔力操作 身体強化 消費軽減(体力) 並列思考 限界突破 治癒魔法 呪耐性
《状態》
サラブレッドタイプ
世界亀の聖痕(蹄)
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