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幕間19(世樹麻耶)

 世樹麻耶の一日は、世界樹の枝に祈ることから始まる。


 毎朝お祈りを行い、その枝から伝わるイメージを通してその偉大さを感じていた。


 創立者である父がダンジョンから得たという世界樹の枝。

 終わる世界から人々を救い出してくれるという世界樹。それを崇拝の対象としてミンスール教会が作られた。

 ダンジョンの危険性、資源の分配、探索者の管理などは後付けで言い出したに過ぎない。その方が、多くの信徒にも分かりやすいという判断だ。


 世界樹の枝から流れて来る光景は、巨大な木と広い湖、空に浮かぶ島に、多くのモンスターが争わずに過ごしており、この世界とは違う確かな文明を築いていた。


 いずれ私達もそこに行くのだと信じて祈り続ける。

 その姿は、まるで聖女のように見えるが、中身はまるで違う。


「まだ戻りませんか?」


「はい、まだダンジョンから戻ってないようです」


 祈りの体勢のまま、振り返らずに後ろで待機していた青年に尋ねた。

 その青年は、田中の近所に住んでいる大学生であり、今回の一件で田中との連絡係として抜擢された。


「そうですか、引き続き勧誘をお願いします。彼は必要な方ですから」


「はい!お任せ下さい!」


 祈りを中断し大学生に振り返り微笑むと、大学生は頬を染めて返事をする。

 大学生にとって世樹麻耶とは憧れであり絶対であり、不可侵の存在だった。数十年も姿を変えずにいると人伝に聞いた事があるが、だからと言って、信仰に陰りが出ることは無かった。寧ろ、信心深くなったくらいだ。


 そんな大学生の反応を見て、よろしくお願いしますと告げると、再び祈りに戻る。


 大学生が出て行ったのを確認すると、より深く世界樹と繋がろうと意識を沈めた。




 麻耶は自分が特別な存在だと認識している。

 ミンスール教会創始者の一人娘で、信者から敬われており、多くの人が麻耶の言う事をきく。

 己を特別だと思うには当然の環境であり、誰もが認めていた。

 だが、麻耶自身が特別だと思ったのはそれが原因ではない。


 物心付く前から世界樹の枝に触れて、不思議な世界を見ることが出来た。それを他人に言えば、子供の妄言と誰もが思うだろう。

 しかし、父に言うと、その事は誰にも言うなときつく言われ、そこは母が住む世界なのだと教えてくれた。


 麻耶が見ている光景は神々が住む世界であり、世界樹の枝は麻耶が寂しくないようにと見せてくれてるのだと教えてくれた。そして、それが見えるというのは、とても特別な事なのだと。



 それからの麻耶は、他人がどうでもいい存在になった。


 学校に通うようになり、友人らしいものは出来たが、終始見下しており名前さえ覚えなかった。

 その態度が気に食わないと絡まれた事もあったが、その全てを返り討ちにした。女だけではなく、男も大人も平等に対処した。


 麻耶は文字通り特別な存在で、今で言う所の20階を突破した探索者並に強かった。


 その麻耶の態度が目に余り、父から矯正を受けることになるが、その性根の部分は変わることはなかった。

 父から学んだのは、せいぜい処世術くらいだ。

 その処世術も世の中を渡り歩くのではなく、面倒事を避ける為だけに使われた。


 それだけで終われば良かったのだが、その処世術を使って他人の有効活用を思い付いてしまった。


 麻耶は自分の美貌の価値を知っている。

 他人からどう見られようと気にしないが、他人から見た自分というものは理解していた。


 だから、誰もを魅了する笑顔を振り撒き、言葉巧みに人を誘導して思い通りに操るのに苦労はしなかった。


 最初は気の弱い女子から、大人しい男子から、元気な女子に運動部の男子、聡明な女子に明晰な男子を手玉に取り、誰もが逆らえない環境を作って行く。

 勿論、それに気付いた者もいたが、それらは等しく対処された。


 学生時代は多少の犠牲を出したが、後のことを考えると、まだ大人しかったのだろう。麻耶が探索者を始めてからは、その数は飛躍的に伸びて行ったのだから。


 使い捨ての駒達とパーティを組み、探索者協会を通さずに探索者としての活動を開始した。そして、最初に手に入れたスキル『魅了』と、己が特別であると確証を得て、麻耶はますます加速する。


 パーティに新たな人員を補充し、自分の力では戦わず、仲間という名の奴隷を使ってダンジョンを進んで行く。


 負傷した者は見捨て、死んだ者の事は忘れる。というより、最初から覚えていない。

 多くの屍を晒しながら、その上を歩いて行く麻耶は、正に特別で悪魔のように見えた。だが、その行いに気付いた者がいた。


「貴女、何やってるんです?」


 それが黒一との出会いだった。

 その頃の黒一は、まだ中学生で探索者としてやっていける年齢ではなかったが、ダンジョンの中にいた。


「貴方こそ何をやっているの? ここは子供が居て良い場所じゃないわよ」


「皆さん怪我してますけど、治療しないんですか? どうして貴女は戦わないんですか? 皆さん笑っていますけど、正気保ってますか? もしかして、操ってるんですか?」


 その頃の黒一は、今と比べて遥かに弱かったが、その洞察力は昔から顕在だった。


 面倒だと思った。

 だから魅了して従わせようとしたが、何故か弾かれた。


 それは、黒一が身に付けているアクセサリーの効果だが、それを知る事はない。

 まあ、知っていても、次の行動に変わりはなかったが。


 面倒だと鼻を鳴らして魔力を操り、光の矢を作り出す。


「坊や、黙ってどっか行ってくれたら見逃すけど」


「嫌です。僕の父さん警察官なんで、悪者見ると許せなくなるんですよね」


「あら?私は悪者じゃないわよ。それに、どちらかと言うと君の方が悪い顔してるわよ」


 黒一の顔は醜悪な笑みを浮かべて、麻耶を見ていた。

 悍ましい子供だ。そう思いながら光の矢を放つ。


「行きなさい」


 これで倒せるとは思っていないので、魅了をかけた仲間に命令して黒一に向かわせる。


 光の矢は思った通り黒一には当たらない。矢の軌道は読まれており、最小限の動きで避けられてしまう。

 だが、他の探索者達はそうはいかないだろう。

 十名を超える探索者は20階を突破した者達だ。例え相手がプロ探索者だったとしても、全員で掛かれば簡単には負けない自信があった。


 しかし、その自信は呆気なく砕かれる。


『動くな』


 黒一はスキル『呪言』を使い、探索者達の動きを止める。その対象の中には麻耶も含まれており、突然動けなくなり、かなり驚いた。

 しかし、それもそう長くは続かない。

 麻耶は魔力を爆発的に解放し、呪言の呪縛を打ち破ったのだ。


「クソガキ! どこ行った!?」


 動けるようになった麻耶は、動揺を隠せずに黒一を見ようとする。探索者となって、ここまで感情を揺さぶられたのは初めてだ。もっと言えば、見下していた他人に感情を少しでも動かされた事で、冷静さを失っていた。


 だからスキル『隠蔽』で隠れた黒一を発見できなかった。


 そして頬に鋭い痛みが走り、激しく地面に倒れる。


「な……に……?」


 脳が揺さぶられ、立ち上がる事が出来ない。

 これまでの人生で初めて痛みを味わい、殴られたのだと理解出来なかった。まさか人に殴られると思わなかったのだ。


「お姉さん硬いですね、指が折れちゃいましたよ」


 倒れた状態で視線を向けると、黒一の右手の指が折れており拳が握れなくなっていた。

 それを見てようやく顔を殴られたのを理解する。

 理解して、初めて怒りや憎しみという感情を覚えた。

 取るに足らない他人が、私に触れたのだと、私を殴ったのだと、私を傷付けたのだと、頭が殺意に染まる。


「許さない、許さない!許さないっ!!」


 激昂した麻耶は倒れた状態で、魔力を暴走させて辺り一帯を吹き飛ばそうとする。

 だが、いや、またしても視界から黒一が消えていた。


「勝てそうにないので、ここは引きますね。この事は協会にも報告しておきます」


 どこからか声が届き、何かが遠くに行く気配を感じる。

 足に力が入らない状態でそれを追うのは不可能で、辺りを見回す事しか出来なかった。


「うあああーーー!!!」


 逃げられた。怒りをぶつける対象に逃げられた。

 だから、麻耶はとんでもない行動に出る。怒りを何にぶつければ良いのか分からなくなり、未だに動けない探索者達に向かって魔法を放ったのだ。


『手の掛かる子だ』


 初めて聞く声だった。

 優しく暖かく、慈しむような声。初めての筈なのに懐かしいと感じてしまう。


 その声の主は魔法の行く先に舞い降り、軽々と無効化してみせた。


 純白の翼が羽ばたく。すると、探索者達は動けるようになり、そして気を失って倒れた。


 暴走する魔法を止めた人物は、慈愛の目で麻耶を見ていた。

 麻耶は目が合い、驚愕する。


「天使?」


 その女性は翼を広げて空中に浮いていた。

 長い金色の髪に美しい顔。体は白い布で覆われており、光を纏いその姿は神々しく見えた。


 似ている。

 天使の顔は自分と似ていると思った。

 その天使は微笑むと、キュルルと音を発すると周囲を優しい光で照し、その姿を消した。


 光が収まると、麻耶の怪我は治っており、探索者達の傷も全て治っていた。




 その後の出来事は、混沌としたものだった。

 探索者から魅了が解けており、その間の記憶もしっかりと残されていた。そして、黒一も探索者協会に報告しており、糾弾される羽目になったのだ。


 だがそれも、父が表に出ることで沈静化する。

 父は先代の探索者協会会長と交友があり、現会長とも顔見知りで無下に出来る人物ではなかったようだ。


 しかし、それで全てが許された訳ではない。

 麻耶は罰として九州地方に飛ばされる事になる。彼方にもミンスール教会の支部があり、そこで奉仕活動せよとのお達しだった。


 それに麻耶は大人しく従った。

 どうでもよくない父からの命令であり、何より考えたい事が出来たから。

 それから五年間、麻耶は九州地方で活動する事になる。

 九州のダンジョンは唯一、海外の人にも開放されたダンジョンであり、多くの出稼ぎ労働者が命を賭して挑んでいる場所だ。


 そこで麻耶はミンスール教会の一信者として、天使と接触して獲得した治癒魔法を使い多くの信者を獲得して行く。


 九州地方で他人との接し方はこれまでと違っていた。

 どうでもいい存在ではあるが、その中にどういう価値があるのかと見極めるようになり、可能な限り優しく接するようにしたのだ。

 麻耶の容姿もあり、またその纏う神秘的な雰囲気から多くの人を惹きつけた。


 本部へ戻る際、見所のある者達は連れて行き、見所はあっても海外の人は九州地方での活動をさせ、直ぐに動けるように待機させた。


 ミンスール教会ではなく、麻耶のために動く部隊。

 聖女部隊と近衛隊、二つの部隊を引き連れて麻耶は本部に戻った。



 本部に戻った麻耶が最初にしたのは、憎しみという感情を植え付けてくれたクソガキを探す事からだった。


 見つけるのは簡単だった。

 ダンジョンで活動しているのだから当然ではあるが。


 そして、黒一に会いに行き驚愕した。

 以前会った時よりも、力が増しているのは感じ取れた。その力が、長年探索者として活動している者と遜色ないレベルに達していたことに驚いたのだ。


 負けるとは思えないが、今の麻耶では勝てるとも言えなかった。

 あくまで麻耶は後衛の探索者だ。前に出て戦うことは基本的に無い。それでも、近接戦においてもプロ以上の力は持っていると自負しているが、それでも勝てるとは断言出来なかった。


「どうも、いつかのお姉さん。もしかして仕返しですか?」

 

 それでもと思う……。


「あの頃から容姿が変わっていませんね?相変わらず不細工だ」


 この憎しみと嫌悪感を抑えることは出来ない。


「貴方こそ気持ち悪いですね、消えて下さらない?」

 

 五年ぶりの第2ラウンドが開始された。




 それからと言うもの、度々衝突する二人は、本気の殺し合いを演じている。

 それは同族嫌悪だったが、本人達は決して認めようとしないだろう。


「麻耶様、MRファクトリーからお客様がお見えです」


「分かりました。身を清めてから参ります」


「はい、では枝葉の間へ通しておきます」


「そのように」


 麻耶は立ち上がると、湯浴みをする為に立ち上がる。


 廊下を歩き、浴場に向かっていると聖職者の服に身を包んだ父と出会す。


「おはようございます」


「おはよう」


 年老いた父だが、その身から感じる力は、年々増しているように見える。

 その手には、身長と変わらないほどの木製の杖が握られており、世界樹とは違った強い力を感じる。

 杖の先には琥珀色の球体が付いており、蔦が琥珀を固定するように絡まっていた。

 明らかにダンジョンから得たアイテム。

 父は過去に、借り物だと言っていたが、もしかしたらあの世界由来の杖なのかも知れない。


「大道君はまたダンジョンかい?」


「いえ、彼は家に帰ると言っていました」


「そうか、あそこも大変そうだからな、仕方ないか」


 大道(だいどう)とは中年の熟練探索者だ。

 父がスカウトして来た人物であり、近衛隊を取り仕切っている人物でもある。

 聖女部隊も近衛隊も麻耶が作り出したものではあるが、父が連れて来た人物も数名だが所属している。その誰もが実力のある猛者であり、麻耶に逆らわないまでも、苦言を呈して来る。


 麻耶は自分を監視する為に、父が送って来たものだと思っていたが、どうにも彼等は自由に行動をしている。

 その中の一人である一ノ瀬梨香子に至っては、年下だと言うのに馴れ馴れしく友人のように接して来る。

 麻耶が指示をすれば従ってくれるので、注意することはないが、対応に苦慮していた。


 魅了が効かず、悪意もなく、打算もなく、ただ仲間のように友人のように接して来る。


 似たような他人はいたが、少なからず打算があり、それが透けて見えていた。

 だから簡単に魅了でき操れた。


 これまでにない心の動きを、麻耶は少しだけ楽しんでいた。


「お客様を待たせていますので、私はこれで」


「ああ、すまない。余り無理しないようにね」


 だが、今更それに浸るつもりはない。

 既に動き出しているのだ。

 己の願いを叶える為、あの地に行く為に、たとえどれだけの屍が積み上がろうと、止めるつもりはなかった。


 ただ前に進む、その背に生えた翼を隠して、自分のいるべき場所を求めて。



ーーー


世樹麻耶(45)

《レベル》49

《スキル》

魅了 光属性魔法 治癒魔法 魔力増量 ジャミング 消費軽減(魔力) 異常耐性(中)


ーーー


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すこしだけ世樹麻耶もかわいそうではある(´・ω・`)
[良い点] 読み直して色々整理できた。迷惑かけられた分は両親に落とし前つけて貰わなきゃ!
[一言] 人に歴史ありとは言うけど。 物心ついた時から本当の意味で特別な存在だったのに人間として生活していたら、そりゃまぁこうなるか。
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