奈落12(夜2)
夜の荒野を行く。
字面にすると、何とも渋く昔の西部劇を彷彿とさせるようなものだが、実際はヒビ割れた大地があるだけの寂しい世界だ。
暫く進むと、思い出したようにスケルトンが襲って来るが、段々と慣れて来て梃子摺ることもなくなっていた。
別にスケルトンが弱いわけではない。
多種多様なスケルトンが存在しており、地上にいる生物の形をしたものから、何じゃそりゃと、どんな体の作りをしてるんだとツッコんでしまうモノまでおり、その戦い方も様々だった。
スケルトンの共通している点は魔法に耐性があり、再生能力があるというもの。
核のような物は存在せず、魔力が霧散するまで砕くしか倒す手段がなく、本来ならかなり厄介なモンスターだ。だが、海亀の肉を食べてから魔力量が増大した上、魔法の威力が上がったおかげで、スケルトンを砕くのは容易になっていた。
まあ、そうじゃなかったら、海亀の復活を止められなかったが。
荒野で現れるスケルトンのなかでも、特に徹底して粉砕している種類がある。
それは以前、夢で出て来たローブを纏った人型のスケルトンだ。
そのスケルトンは杖を持ち、いろんな魔法を使って来るのだが、主に使って来るのが闇の魔法になる。
杖を掲げると闇が広がり飲み込んで行く。
これは夢で見た光景と同じで、余計に俺の殺意を駆り立ててくれる。
威力の上がった風属性魔法を使い、ダウンバーストの要領でスケルトンを上から押し潰すと、復活する度に魔力が霧散するまで大剣で殴り破壊し続けた。
魔力が残り少なくなると、勝手に崩壊を始めるが、そこに花瓶に魔力を送り、光を帯びた水を掛けて止めを刺してやる。
するとカタカタと絶叫を上げながら消滅してくれるので、俺としては大満足である。
その様子を見ていたフウマが引いていたが、気にする必要はないだろう。
あと、ある程度海亀の肉を食うと、魔力の変化を感じなくなってしまった。それと同時に、肉に対する執着心も無くなり、食べる量も通常の肉と変わらないようになった。
もしかしたら、この海亀の肉はとても貴重な物なのかも知れない。てか、間違いなく貴重だろう。大怪獣の肉だし、魔力が増えるなんて、探索者からしたら喉から手が出るほど欲しい物だろう。
この肉を売ったら大儲け間違いなしだ。
一歩間違えて復活でもすれば、世界が滅ぶかも知れないがな。
なんて妄想をしながら、荒野を行く。
スケルトンを倒して、フウマの背に揺られて奈落からの脱出を夢見て進む。
奈落に落ちてどれだけの時間が経ったのだろう。
食料の消費からして、三ヶ月以上半年未満と言った所だろうか。もう、時間の感覚が無くなり、睡眠のタイミングもよく分かっていない。
腹が減れば飯を食い。眠くなれば少しの仮眠を取る。
健康的な生活とは程遠い生活を歩んでいる。
マッピングールは動いているが、俺の歩んだ道のりを刻むだけで、それ以外の機能は動いていない。時間も分からなければ、タイマーで計ることも出来ない。
いや、一つだけ機能していた。
移動距離が横にスクロールすると見ることが出来た。
これが正確なものとは思いたくない程の、現実離れした距離が表示されていた。
82,711km。
世界二周分の距離である。
何かの間違いではあってくれと願いたいが、フウマの移動速度や空を飛んでいたことを考えると、あながち間違いではないような気がする。
マッピングールに魔力を充電して仕舞い、再び前を見る。
見る限り平面な世界。
空を飛んでいた時は、もっと山あり谷あり水あり緑ありの世界だと思っていたのに、その姿がまるで見当たらない。
はあとため息を吐いて、地上はどうなっているんだろうなと思考する。
もしかしたら、もう俺の弟か妹が生まれているかも知れない。新しい甥か姪が生まれているかも知れない。
もしかしたら、俺は行方不明者扱いされている可能性もある。もっと言えば、探索者として死亡届を出されている可能性もある。
そうなったら、色々と手続き面倒そうだなぁと思いながら、飛んでくる魔法を魔鏡の盾で霧散させた。
また人型のスケルトンである。
俺のストレス解消に付き合ってもらうとしよう。
スケルトンとの戦闘で分かったことがある。花瓶から出る光る水の効果が絶大だという事だ。草のモンスターの時もそうだったが、この水にはモンスターを退ける力がある。
全てのモンスターに使えるかは不明だが、少なくともスケルトンには使える。
なので、空きのポリタンクに光る水を入れておき、スケルトンに掛けて怯ませれば、より簡単に倒せるのではないだろうか。
次にスケルトンと戦うときに試してみよう。なんて考えていると、別のモンスターが現れた。
それは翼の生えた人型のモンスター、デーモンである。
二百体近いデーモンがおり、上空と地上から俺達を待ち構えていた。
そのなかには、もう出会わないと思っていた銀髪の男もおり、黒い翼を広げてこちらをニヤニヤと見下ろしている。
何とも腹立たしい顔である。
もしかして追って来たのだろうか、だとしたら完全にやべー奴だ。ストーカー顔負けのしつこさだ。
こういうモンスターは、さっさと退治するに限る。
開戦は魔法使いのデーモンからの攻撃魔法で始まった。
火、水、風、地、雷、闇の多くの魔法が飛来する。
正面から見た光景は絶望しそうなものだが、奈落に来てからは見慣れた光景だ。寧ろ生ぬるい。
魔力の流れを操り、全ての魔法を退ける。
この程度ならば、魔鏡の盾を使うまでもない。
爆発、速度上昇、分裂、拡散の魔法陣を展開して、地属性魔法でお返しをして上げる。
チッと音がしたかと思うと、石の槍は飛んで行き上空のデーモンに突き刺さると同時に爆発する。その爆発は、周囲のデーモンを巻き込んでおり、この一撃で上空のデーモンの大半を消滅させた。
うむ、恐ろしいほどに威力が上がっている。
その威力を見た銀髪の男から笑みが消え、警戒したような目に変わった。
デーモンの戦士が身体強化を施し闇を纏うと、これ以上、俺に魔法を使わせまいと迫って来る。
こちらもリミットブレイクを使い身体強化を使用すると、不屈の大剣に意思と魔力を込めて対応する。
デーモンの戦士の動きは鋭く、洗練されている。人で言えば達人の領域におり、体の強さも相まってプロの探索者でも勝つのは難しいだろう。
戦斧が振り下ろされる前に距離を詰めて首を刎ね、高速で振るわれる双剣を武器ごと横薙ぎに粉砕する。
鉄棍の突きを逸らして近付き、デーモンを掴んで振り下ろされる長剣の盾にする。その影から剣閃を飛ばして、まとめて両断すると、次のデーモンに向かって今度はこちらから襲い掛かった。
空間把握が、見切りがデーモンの動きを教えてくれる。トレースが敵の動きを学習して、俺の動きを更に洗練したものへと昇華してくれる。
戦えば戦うほどに、自分の力が増して行くのを実感する。
それは俺だけでなくフウマも同様だった。
魔力量が増え、魔力の濃度が高まり、フウマの魔法の威力は数段上昇していた。
鋭い竜巻が上空に残ったデーモンを切り刻み落としていく。必死で逃げようとするデーモンも、竜巻に囲まれて八つ裂きにされて絶命する。
風の刃を纏った昇竜の戦輪が飛び、戦士のデーモンを襲う。
流石は戦士のデーモンと言うべきか、フウマのチャクラムに対処して見せる。
一つ目を避け、二つ目を受けて、三つ目で切り裂かれ、四つ目で殺される。
少なくとも二回は対処して見せた。ただフウマの手数が多かっただけの話だ。
デーモンがフウマに向かって攻撃を仕掛けるが、空を駆けるフウマの速度に付いて行けず、攻撃を当てられない。
何度も言うが、デーモンは決して弱くない。
ただ、奈落で出会ったモンスターの中では弱い部類に入る。荒野に出現するスケルトンにも劣り、草原に出現した草のモンスターにも劣る。夜の世界で出現した蝙蝠や蠍よりは強いが、それだけだ。
大怪獣や川で出会ったカエルの女とは比べるまでもない。
苦戦した過去はあっても、今は圧倒するまでに成長していた。
凄まじいスピードで数を減らしていくデーモン。
デーモンを指揮しているであろう銀髪の男は、こちらを警戒しているが焦った様子はない。
仲間がやられていると言うのに、動く様子がなく不気味に見える。
試しに仕掛けてみるかと、襲って来るデーモンを斬り捨て、その影で速度上昇と貫通の魔法陣を展開し、銀髪の男から見えない位置から石の槍を速射で飛ばす。
しかしそれは、来るのが分かっていたかのように、予め横に移動して避けられてしまう。
以前にも思ったが、かなり厄介な相手だ。
実力は不明だが、光の槍の魔法は、物を透過していた。他にも、別のモンスターの魔力を暴走させており、その魔法一つ取っても油断は出来ない。
こちらを警戒した目はしていても、危険に思っていなそうだ。
銀髪の男を相手にするなら、デーモンを全滅させてからが良い。
そう思ったが、俺が攻撃を仕掛けたせいで、その目論見は消え去った。
銀髪の男が動き出したのだ。
銀髪の男が翼を羽ばたかせると、一気に下降して迫って来る。その速度はフウマよりも速く、男が抜いた長剣の一撃は神速と呼ぶに相応しいものだった。
ぐっと不屈の大剣で受け止めるも、その勢いを抑えきれずに後退させられてしまう。
鍔迫り合いになり、銀髪の男の顔を間近で拝むことになる。
その顔は無駄にイケメンで腹が立つ。ニッと笑っておりこちらを馬鹿にした表情をしている。
その顔を串刺しにせんと石の杭で仕掛けるが、魔力の流れが男の周囲で巻き起こり、杭は全て別の方向に向いて伸びてしまう。
俺と、武器屋の店主と同じ技術を使っている。
もっと言えば、俺よりも練度はかなり上だ。
嫌な汗が背中を伝う。
鍔迫り合いから離れる為に蹴り入れようとするが、その前に顎を拳で殴られ脳が揺らされる。
まるで人が人にするような攻撃だ。どうしてモンスターである男が使うのか知らないが、これはまずい。
動きの鈍った俺は、銀髪の男の凶刃を受けきれない。
突きの動作をする銀髪の男。
次の動きが分かっていても、体が反応せず対処する動きが取れない。
急所である喉元に向かって放たれる突きは鋭く、貫かれたら命も同様に断たれるだろう。
死ぬ間際のようにゆっくり見える光景に必死に抗おうと体を倒そうとするが、間に合いそうもない。
ちくしょうと唸ると、高速の魔法が銀髪の男に向かって飛んだ。
フウマのチャクラムだ。
風の刃を纏った昇竜の戦輪は、銀髪の男を切り裂かんと迫る。しかし、魔力の流れを操る男からすれば、動きを逸らすのは容易い。だがそれは、フウマの魔力操作の技術を上回る必要がある。
魔力の流れが生まれ、チャクラムの軌道を逸そうとする。
しかし、その流れをものともせず昇竜の戦輪は突き進む。
チッと舌打ちをした銀髪の男は、後退して一つのチャクラムを避けると、避ける際に長剣を振り一つのチャクラムを砕いてしまった。
その一撃は鋭く、不覚にも美しいと思ってしまう技量を有していた。
頭の中に危険だと警笛が鳴る。
逃げろと、敵わないと今の一撃を見て判断してしまった。
俺が知る中で、最も高い技術を持っていたのが武器屋の店主だった。しかし目の前の男は、更に洗練されており、更には長い長い時の積み重ねを感じる。
距離が出来たことで、銀髪の男が光の槍を作り出す。
未だに頭が揺らぎ、体が言うことを効かないが、魔法は使える。急いで石の壁を作り出し光の槍に備えるが、頭が混乱して大事なことを忘れていた。
光の槍は石の壁を越えて来るのだ。
足元の地面を操り、横に跳ぶ。しかし、光の槍には追跡機能があるのか俺を追って来る。
魔鏡の盾を出して光の槍を受け霧散させると、不屈の大剣を上段に構え、いつの間にか接近していた銀髪の男の一撃を受け止め、地面に叩き付けられた。
ガハッと吐き出し、風属性魔法で風を巻き起こし自身を飛ばして銀髪の男の突き下ろしを避けると、治癒魔法を使い回復しながら立ち上がる。
銀髪の男はそれ以上の追撃はせず、ニヤニヤとこちらを侮っている様子だ。事実、このままでは勝てないだろう。
フウマがこちらに来ようとしているが、叫んでデーモンを頼むとお願いする。
この男との戦いに横やりが入れば、本当に勝ち目がなくなってしまう。
俺の考えを理解したのか、フウマは嘶くとデーモンに向かって飛んで行った。
ふうと息を吐き出し、こいつをここで超えると誓い全身に力をこめる。
「リミットブレイク・バースト!」
俺の全力が銀髪の男にどこまで通用するかは分からない。それでも、ここで負ければ俺達は終わりだ。
不屈の大剣に意思を込め、銀髪の男に斬り掛かった。