奈落⑦(夜)
レベルについていろいろと言われているようなので、
レベルはモンスターを倒した経験値ではなく、様々な経験によって上がります。能力の上がる幅も経験の困難さによって変動します。
今の主人公はスキルが多く、フウマが加わった事でレベルが上がる経験も難易度も増しており、上がり幅も大きい状態になっています。
海亀に関して、あれは止まった的に魔法を打ち込んだだけです。どんなに強いモンスター相手でも、止まった物に打ち込むだけならレベルは上がりません。あれは、限界まで魔法を使い、体が崩れ落ちながらも新たな魔法を使い、最大魔力量を増やした事でレベルが上がっています。
例外として、新たなスキルを獲得するとレベルが上がります。
主人公と一般の探索者の能力の差はかなりあります。
少しネタバレで、一人で潜る探索者とパーティで潜る探索者なら、前者が強くなります。
奈落の世界が夜になって、どれくらいの時間が経っただろうか。
時計が使えない以上、食事の回数だけが時間の指標になっていた。回数にして三十回の食事をしているのだが、これで十日間が経過したという事にはならない。
あくまで、俺達のどちらかが腹が減ったと主張したら食事にしているので、恐らくは七日か八日間程度と思われる。
食い過ぎだって?
仕方ないじゃないか、動き過ぎてカロリー消費しまくってるんだから。
腹が減っては戦はできぬって言うだろ、腹が減って動いたら痩せてしまうじゃないか。
……全然ありだな。
そろそろ、この脂肪ともお別れしたいと思っていたので、これを良い機会にダイエットに勤しむのもありかも知れない。
まあ……このピンチを乗り越えられたら考えよう。
さっきからモンスターが引っ切り無しに迫って来るのだ。
そのモンスターの種類は様々で、まるで何かに誘導されているかのようにやって来る。
絶え間なくモンスターが空間把握の範囲内に入り、リミットブレイクで魔力を操り、初見殺しの術を使い排除していても間に合わないほどの数である。
特に魔法による遠距離攻撃が厄介で、他のモンスターを巻き込んでのデーモンの魔法は、受け損なえば死が待っている。
まったく何なんだ。
幾らここのモンスターに慣れて来たからって、この数は流石に死ねる。
風属性魔法で逃走しようかとも思ったが、上空にいるモンスターと衝突する可能性があり断念した。
なので、ひたすらに倒しているのだが、やはりこのモンスターの群には何かの意思を感じる。
鰐や蝙蝠、蠍のモンスターには強制的にエンカウントさせられているだけだが、デーモンに関して言えば、魔法使いの魔法しか飛んで来ない。
じゃあ戦士は居ないのかと言うと、そういう訳でもなく、離れた場所でこちらを観察しているのだ。
では、その戦士が統率しているのかというと、そうでも無さそうで、こちらが劣勢になれば飛び出して来そうな気配がある。
この戦いの終わりは見えなくても、ひたすらに戦い続ける。
足場が悪く、斜面になっている場所での戦いは、やり難い事この上ない。
それでも、必死に体を動かしカロリーを消費しつつモンスターを葬る。大剣を振り下ろし、横薙ぎに斬り裂き、袈裟斬りにし、突きでモンスターの脳髄を破壊する。
呼吸を細かく、深く整え意識を集中する。
武器屋の店主がやっていた動きをより深く模倣し、どのように立ち回り、モンスターを殲滅するかを選択していく。
不屈の大剣により強く意思を込める。
必ず倒すと、俺は倒れないと、全てのモンスターを殲滅すると意思を込めて、より威力を求めて更に殺意を増幅させる。
並列思考で、より思考する数を増やし、意識を集中させる。
魔力操作で消費の無駄を最小限にしつつ、最善の魔法を選択し、魔法でモンスターを圧倒する。
魔力循環を意識して魔力の回復を図り、魔力管理を行い量を減らさないように注意して立ち回る。
背後から迫るモンスターには、フウマが対処してくれている。
残念ながら今のフウマでは、奈落に存在するモンスターには勝てない。それでも、昇竜の戦輪に付与した魔法での牽制は、モンスターを退けて寄せ付けない。
円を描きながら立ち回り、モンスターを薙ぎ払っていく。
飛んで来る魔法を最小の動きで避け、魔鏡の盾で無効化し、魔力の流れを生み出して魔法の軌道を変え、背後から迫るモンスターに誘導する。
武器屋の店主の技術だが、やってみると何とかなるもんだ。
今考えると、店主とのぶっ続けの戦いには得るものが多く、とても大きかった。
あの戦いで、体の使い方を学んだ。
武器の扱い方を学んだ。
魔力の使い方を学んだ。
体力の維持の仕方を学んだ。
そして何より、戦い方を学んだ。
最小で最大の結果を齎す動きを追求する。
俺のものは所詮、トレースでパクった技術に過ぎないが、それでも身に刻み研鑽を積めば、それはもう本物と変わらないのではないだろうか。
そうだと信じて、ただ集中する。
戦いに身を置き、他の思考を一切排除する。
空間把握で知覚できる範囲が広がり、魔法を操り、魔力循環で魔力を回復する。
不屈の大剣に曲がらない意思を込めて、最良の技術を持ってモンスターを粉砕する。
集中して集中して、モンスターの殲滅する速度を上げて行く。
もっともっとと集中し、更に加速する。
戦いは更に激しくなり、大地が震える。
魔法が空間を埋め尽くし、その全てを逸らして、他のモンスターにぶつけ自らの力とする。
モンスターの数が減り、デーモンの戦士が闇を纏い襲って来るが、脅威には感じない。
寧ろ、その背後から迫る巨大な四本腕の熊の方を警戒するべきだろう。
その熊は三階建の建物程の大きさがあり、目が四つ付いており額に水晶のような赤い物が埋まっている。
腕が四本とは言ったが、二本は鋭利な爪を持った凶悪な腕で、二本は先の尖った短い腕だ。
その熊のモンスターは、目の前にいる邪魔なデーモンを背後から齧り付くと、他のデーモンを威嚇して近付かせないようにする。
上半身を失ったデーモンが熊の口から零れ落ち、鎧の金属音だけが辺りに響き渡った。
この時だけは戦いが止んだ。
この凶悪な熊のモンスターに場が支配されたのだ。
他のモンスターも俺から距離を取るように下がり、これから起こる戦いに巻き込まれまいと退いている。
俺は一度ゆっくりと呼吸をすると、大きな熊のモンスターを見据える。
今回のモンスターの襲撃はコイツの策略かと疑うが、それは違うと判断する。
熊のモンスターに知性はそんなに感じず、自らの力だけで生き残った存在のように見えたからだ。
ならば、コイツを倒してもモンスターの襲撃は終わらないだろう。
この図を描いた奴はどこにいるのかと視線を巡らすが、それらしい姿は見当たらない。
俺がよそ見をしていたからか、熊のモンスターは雄叫びを上げて威嚇する。
その雄叫びの声量だけでも凶器だが、コイツの恐ろしさはその腕と魔力量だ。
先の尖った短い腕が、ギチギチと音を立てて更に短くなる。
そして俺に照準を合わせるように爪先が動くと、勢いよく発射された。
まるでパイルバンカーのように射出されたそれは、寸分違わず俺を貫かんと迫る。
大剣で受けて、一度威力を見ようかとも逡巡したが、すぐさま横に飛び回避に徹する。そして、尖った腕が俺がいた場所に着くと、大きく爆ぜた。
爆風が襲い、吹き飛ばされる。
その威力は斜面を大きく削り、大地を大きく揺らした。
熊のモンスターに向かい、フウマのチャクラムが飛ぶが、直撃したというのに傷一つ負っていない。
厚い毛に守られている上に、魔力が溢れる頑丈な肉体にはフウマの魔法も通じないのだ。
フウマは鼻息を荒くして、再び熊のモンスターへと攻撃を繰り返すが結果は同じ。
この熊のモンスターの頑丈さは、もしかしたら海亀のモンスターに匹敵するかも知れない。
じゃあ、何とかなるって事だ。
吹き飛ばされた先にいるモンスターを蹴散らし、魔法陣を展開する。
貫通、速度上昇、爆発、強固に加え、石の槍に強力な竜巻を纏わせる。
魔力がガンガン消費されて行くが、この際仕方ない。
高速でコイルが回転しているかのような音が鳴り響き、更に魔力を込めて威力を振り絞る。
俺の魔法に脅威を感じたのか、熊のモンスターは巨体だというのに俊敏に動き回り、狙いを外すような動きを取りながら迫って来る。
だが、空間把握と見切りでその動きは捉えている。
これまで使った魔法の中でも、最大級の威力を誇ると豪語できる俺の一撃は、熊の片腕のパイルバンカーと衝突した。
激しくぶつかる音が鳴り、衝撃波が駆け巡ると辺り一帯を破壊する。
均衡したのは一瞬で、魔法はそのまま腕を破壊し、体の一部を削り取り、そして爆発。
先程の熊のモンスターよりも大きな音と振動が辺りに広がり、斜面に亀裂が走る。
これだけの威力だ、いくら強力なモンスターでも倒せる。
そう思っていた。
爆風の中から出て来た巨大な熊のモンスターは、腕を一本失い、体が大きく削れていても、その戦意は欠けらも失われていなかった。
傷から血が溢れるのも構わずに腕が振り下ろされる。
寸前で横に飛び避けるが、爪先が突然爆ぜて、俺の体は焼かれ、またしても吹き飛ばされた。
風属性魔法で空中で体勢を整えようとするが、それが分かっていたかのように、追撃が行われる。
熊のモンスターから雄叫びが上がり、凶悪な爪が俺を八つ裂きにせんと飛び掛かって来る。
避けるのは不可能で不屈の大剣で受け止めるが、接触と同時に爆発が起こり、衝撃と熱波が俺の体を痛め付ける。
並列思考で治癒魔法を使用して、回復を行うが、次々と繰り出される攻撃を受け止め、その度に爆発に巻き込まれて傷を負う。
どうにかしようと、熊のモンスターの魔力を操り攻撃しようとするが、漏れ出た魔力ですら操ることも出来なかった。
攻撃の度に起こる爆発も、殆ど魔力を感じることは出来ず、魔鏡の盾で受けたはずなのに無効化できなかった。
最初は魔力を使わない技なのかと思ったが、それは、見た目にそぐわない魔力操作能力があるというだけの話だった。
まったく、何でこんな奴が出て来るんだ。
スキルと技術で何とか耐えているが、基本スペックが彼方の方が遥か上を行っている。
リミットブレイクを使った状態なのに、スピード負けしていて、パワーなんて比べるのも烏滸がましい。肉体も頑丈で、俺が付けた傷も治りかけている。
何とかなるなんて強がってはみたが、魔法の一撃で仕留め切れなかった時点で、負けが確定していたのかも知れない。
ひたすらに耐える。
何度も何度も、恐ろしい威力の爪を受け止め、爆発に飲み込まれながらも必死に耐える。
炭化した体を回復させ、動きの鈍った体に喝を入れて大剣を構える。体がふらつくが、それを配慮してくれるモンスターは存在せず、無様に吹き飛ばされる。
他のモンスターも巻き込みながら立ち回るが、熊のモンスターはそこに居たモンスターを邪魔だとばかりに葬っていく。
まだだと、まだまだだと言い聞かせて、心と命を燃やして奮い立たせる。
フウマも何とかしようと、熊のモンスターに向けて魔法を放つが、まるで相手にされていない。
それでも十分だ。
一人ではないという事実が、俺に立ち向かう勇気をくれる。
夢で言われたように、フウマが居てくれて良かった。
だから、俺は限界を超えることが出来る。
「リミットブレイク・バーストッ!!」
体から魔力が湧き上がり、力が爆発しそうなほど漲って来る。
スキルがこれまで以上に効果が増し、全ての動きが遅く見える。
空間把握が全てを捉える。
見切りが次の行動まで予見してくれる。
身体強化がこれまで以上の効果を発揮する。
魔力操作が知覚出来る全ての魔力を操作可能とする。
不屈の大剣に魔力を込めて、動きの遅くなった熊のモンスターの二本の腕を両断する。
すると腕の魔力が蠢き爆発が起こるが、同様に効果の増した頑丈の前では、少しの痛みだけで大してダメージを負わなかった。
腹に大剣を突き立てようと構え、魔力を込める。
そうはさせまいと、横からパイルバンカーの腕が発射されるが、やはり遅く感じてしまい、強固と硬質化の魔法陣で石の壁を作り出して向きを逸らす。
衝突した壁は破壊されるが、しっかりと役目は果たし腕の向かう方向を変えてくれた。
またパイルバンカーが逸れた先では爆発が巻き起こる。
それと同時に不屈の大剣が、熊のモンスターの腹に突き刺さる。
そして剣閃を生み出し、その体を袈裟斬りにした。
致命傷を負い断末魔の叫びを上げる熊のモンスター。
あれだけ暴れた化け物が、力を失い仰向けに倒れる。
これで戦いが終わってくれたら良かったのだが、周りにはまだまだ多くのモンスターが残っている。
その脅威は、今倒した熊のモンスターに匹敵するだろう。
地属性魔法を操り、大量の土を操る。
空間把握の範囲に存在するモンスターを捕らえると、一気に押し潰す為に魔力を操る。
鰐の頭を持つモンスターも、蠍のモンスターも、蝙蝠のモンスターも、デーモンも容赦なくその命に終焉を送ろうと力を込める。
だが、その力を行使する前に邪魔が入った。
一本の光り輝く槍が俺を襲う。
石の壁を生み出して防ごうとするが、まるでそれが無いように通過し、威力も速度も変わらずに飛来する。
咄嗟に魔鏡の盾で受け止めるが、その威力を防ぎ切れずに大きく後退させられた。
それと同時に地属性魔法が切れてしまい、モンスターを捕らえていた土が解除されてしまう。
また面倒な奴が現れたなと、槍が飛んで来た方向を見ると、黒い翼を広げた男がいた。
その男はデーモンのようだが、肌の色が違う上に銀色の髪が生えており、人間と変わらない顔つきをしていた。
上半身は裸だが、下半身に白い布が巻かれており、腕には手甲が装備されている。
こいつだ。
こいつが、多くのモンスターを誘導して俺達を襲わせたのだ。
そう察して、殺意を乗せて魔法を放つ。
無数の石の槍を飛ばし、上空からは無数の風の刃で襲う。
数の暴力で来たのなら、数の暴力で対抗してやろうと放った魔法は、男が翼を羽ばたくと同時に霧散した。
そして、男のデーモンは再び光り輝く槍を作り出し、ニヤリと笑いながら振りかぶり、力の限り投げる。
光の槍は光速で飛来し、目標の俺……ではなく熊のモンスターの亡骸に突き刺さった。
なにをと思い、マジかよと驚愕する。
急いでフウマを確保すると、地属性魔法で何重にも石のシェルターで囲い防御を固める。
そして爆発が巻き起こり、山が一つ消失した。
ーーー
憤怒の熊王(熊のモンスター)
体長15mの大きな熊のモンスター。巨体に似合わず俊敏で、圧倒的な膂力を持っている。四本の腕のうち二本は力を溜め、高速で突くことが出来る。高い魔力操作能力を有しており、魔力量も多い。爆発させる魔法を好んで使っているが、他の魔法も使える。
額にある赤い水晶は急所であり、砕くと即座に大爆発を起こし辺り一帯を更地に変える。
ーーー
田中 ハルト(24)
レベル 35
《スキル》
地属性魔法 トレース 治癒魔法 空間把握 頑丈 魔力操作 身体強化 毒耐性 収納空間 見切り 並列思考 裁縫 限界突破 解体 魔力循環 消費軽減(体力) 風属性魔法 呪耐性
《装備》
不屈の大剣 守護獣の鎧(改)
《状態》
デブ(各能力増強)
《召喚獣》
フウマ
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フウマ(召喚獣)
《スキル》
風属性魔法 頑丈 魔力操作 身体強化 消費軽減(体力) 並列思考 限界突破
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