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奈落⑤(夜)

 この世界にも夜が訪れた。

 ダンジョンでは、外の世界と同じように一日が刻まれていたのでおかしな事ではない。だが、永らく昼の明るい世界が続いていたので、てっきり常時明るい階なのかと思っていた。


 夜の訪れにより世界から緑が消え失せ、荒野と化した。


 夜ではあるが、それほど暗いとは感じない。

 満月の夜よりも少しだけ明るく、地平線は見えなくても、そこそこ見通せるくらいには明るい。


 フウマが地面の具合を確かめると、砂埃が舞いくしゃみをする。


 暗くなり、乾燥した環境、明るかった頃より気温が下がり息が白く映る。


 こんなとき、常春のスカーフがあって良かったなと思う。

 フウマに跨り効果範囲に入ると、心地よい暖かさに包まれる。


 さあ行こうと山頂を目指して行こうとすると、背後の地面から岩石が発射される。


 岩石に対処するため地属性魔法を使い、即座に石の壁を作り出す。

 鈍い音が響き、石の壁が崩れて、その先には岩石を放ったモンスターの姿が露わとなる。


 土色の鰐が水の中にいるように、地面から顔を覗かせている。その数は一体だけではなく、見える限り広範囲に存在していた。


 土色の鰐が口を開く。

 そこに牙はなく、暗く魔力の塊のような物が見える。

 その塊から魔力が激しく蠢き、泥が吐き出されると形を変えて行き、先の尖った岩石へと姿を変える。

 更に魔法陣が展開されると、まるで一つの意識に統一されたように一斉に放たれた。


 俺は焦る気持ちを抑え切れず、うおーっ!と声を上げて石の壁を作り出す。

 幾つも幾つも連続して作り出すが、その度に破壊されて行く。


 さっきまで海亀に向かって攻撃魔法を放っていたのに、今は逆の立場になっている。てか、残りの魔力量がやばい。

 海亀を収納空間に収納してから魔力循環で回復させていたが、それ程の量を回復出来た訳ではない。


 こりゃあかんとフウマの腹を蹴り、逃げるぞと合図を送ると一気に駆け出した。


 攻守に優れた地属性魔法の欠点は、その射程距離の短さにある。勿論、魔力を込めればそれだけ射程距離は伸びるのだが、それでも威力の低下は免れない。

 まあ、俺はそれを補う為に魔法陣を使用しているが、奴らは魔法陣を……使ってたな。


 走れ走れとフウマに声を掛けながら背後に壁を作って行く。これで全てを防ぎ、逃げ切れたら良かったのだが、土色の鰐は地面を水の中にいるように泳いで追いかけて来た。


 その速度は早く、フウマの足をもってしても引き離す事が出来ない。


 ならばと、フウマは風属性魔法で機動力を上げ、空中を駆けるように移動する。

 これなら引き離せるだろうと背後を見ると、土色の鰐も加速し、地面から跳ねてその全ての姿を現す。


 頭部が鰐なのは間違いない。

 だが、体の部分が魚類のものだった。


 なんじゃそりゃ!?とギョッとする。

 それによくよく見てみると、その体の部分はマグロのものに似ており、美味しそうだなと不謹慎ながら思ってしまった。


 そんな俺の思いは関係ないとモンスターは魔法を放って来る。だが、少しずつフウマが引き離していき、空高く舞い上がった。


 いやいや、何で空に上がってるんだよ。

 暗くて地面との距離感も掴みづらいのに、危ないだろうがとフウマを非難する。だが、フウマはこちらの言葉は聞いておらず、更に上を見上げていた。


 視線を感じる。


 どこからと見上げると、そこには月があった。

 白く輝く月だ。

 ただ、中央が黒くなっており眼球のようにも見える。


 幾ら何でもそれはないと、俺は心の中でそう言い聞かせた。

 違う、幾ら何でも違う。

 あの巨大な月のような目がモンスターだなんて、そんなの認められない。

 巨大な海亀の何倍もある大きな物がモンスターだとしたら、どう足掻いても俺達に生き残る術が無い。


 空に浮かんだ巨大な月が動く。


 黒い部分と目が合う。


 命が消える。


 そう錯覚し、恐怖で体が硬直して何もできなくなってしまった。

 逃げる事も、動く事も、呼吸さえも出来ずに唖然と見上げて、重力に引かれて落ちる事しか出来なかった。


 落ちて死んだ方が、まだ楽なのではないか。そう思いながら俺達は落ちて行く。


 その姿に興味を失ったのか、月は視線を移し、影に隠れるように姿を消した。


 息を吹き返し、地面との衝突を和らげるため突風を吹かせる。未だ動けないフウマを足で掴んで踏ん張るが、勢いを殺し切れずに、硬い地面にぶつかりフウマを庇うようにして転がった。


 残った魔力で治療しながら立ち上がる。

 フラフラとした頭で働かないが、何か大事なことを忘れてる気がして、頭を振ると視界の端に鰐のモンスターの姿が映った。


 そうだ、こいつらに追われていたんだ。


 地面に転がり絶命している鰐のモンスターを見ながら、そうだったと思いだす。

 どうして絶命しているのか、それは明白だろう。

 あの月に、あの大きな目玉のモンスターを目の当たりにして、自ら死を選んだのだ。

 その証拠に、倒れたモンスターは全て、魔法により頭を吹き飛ばされている。これは自ら行った行動だ。俺達が落下死を選んだように、奴らも魔法による自死を選んだ。


 俺も、あと少しあの目の支配下にいたら、間違いなくあの世行きだった。


 フウマはまだ放心しており、復帰出来る状態ではない。


 あの目玉に何をされたのかは分からない。気が付けば自ら死を選択していた。まるで洗脳されたかのように、自分の意思を塗り替えられたような感覚だった。


 恐ろしい。

 あんなのとは、もう二度とお目に掛かりたくない。


 次に遭遇して、助かる保証はどこにも無いのだから。




 空に上がった時点で分かってはいたが、山頂に辿り着いた先に広がる光景は山岳地帯だった。

 険しい山々が見えており、人が通れるような道は用意されていない。ただ、裸の山が聳え立っているだけである。


 ここからの移動は、魔法を使ったものになりそうだ。

 フウマの足でも、あの崖は登れない。それ程の険しい山々であり、風属性魔法で飛んで行くしかないだろう。

 風属性魔法はフウマの方が上手く使えるので、ここはフウマに任せようと思う。


 で、その肝心のフウマだが、未だに復帰出来ずにいた。


 一応、治癒魔法で治療しており、体の方は大丈夫なのだが、どうにも先ほどの巨大な目玉にやられたようで放心した状態だ。

 一度、どこかで休んだ方が良いだろうと、良さそうな場所を探しているのだが、なかなか見つからない。

 また穴でも掘ろうかと考えるが、残念ながら魔力が殆ど残っていない。

 魔力循環で回復を図っていても、回復した側から使っているので、今は穴を掘れるほど残っていないのだ。


 じゃあ、今モンスターに襲われたらおしまいじゃないかと思うだろうが、幸いというか、地獄絵図とでも言おうか、行く先々でモンスターの亡骸が転がっているのだ。


 それは広範囲で、人より大きな蠍や口先の尖った蝙蝠、頭が二つある鹿のようなモンスター、他にも沢山の種類のモンスターが倒れており、なかには人型のモンスターの姿もあった。


 数が多い訳ではないが、それでもあの目玉のモンスターが起こしたと考えると、俺達が生きている事が奇跡のように感じる。


 最初の山を下り、次の山を登っていると運の良いことに洞窟を発見した。

 洞窟の中は暗く先は見えないが、空間把握で洞窟の終わりも感じ取れているので、それほど大きなものではない。


 その深くはない洞窟の一番奥に、成れの果てが座っていた。


 一見、汚れた鎧を装備したスケルトンかと思ったが、モンスターから感じ取れる敵意や魔力が無いことから、嘗て人であった者で間違いないだろう。

 恐らく、先輩探索者がここで力尽きたのだろう。


 腰を落として魔法陣を展開して、小さな光を灯す。


 これくらいの魔法ならば、少し魔力を消費しても問題ない。


 一度手を合わせて、彼か彼女の手があったであろう所に落ちている手帳を拾う。

 手帳を開いて中身を見るが、残念ながらぼろぼろで殆ど読めるようなものではなかった。


 読める部分も、ここに落ちて、仲間が次々と犠牲になり最後は自分だけ残されたとか、自身の最後を悟ったのか多くの想いが綴られている。

 そして最後に、これをある人に届けてほしいと震える文字で書かれていた。


 これは、ここに来た探索者への依頼で、報酬はここに残った装備なのだそうだ。



 俺は大きく息を吐き出すと、手帳を閉じて収納空間に入れる。そして、彼の亡骸に触れようとすると、残った骨は役割を果たしたと言わんばかりに、サラサラと崩れて無くなってしまった。


 まったく困ったものだ。

 こんな依頼されても、俺達だって生きて出られるかも分からないのに。

 俺達より装備が充実していて、人数も多かった彼らでもダメだったのに、どうしたら俺達が生き残れるのだろうか。

 まあ、最後まで足掻きはするが、ダメだったら諦めてもらうしかない。


 また南無南無と手を合わせて、彼の装備を収納空間に収めた。


 これで、彼からの依頼を受領した。という事になるのだろうか。

 成功を祈っておいてくれと、遙か昔にいなくなってしまった彼にお願いしておく。


 洞窟には何も無くなり、ここで休んでから進もうと食事の準備を始める。フウマの容態に変化は無く、放心した状態だ。この状態が続くようなら、強制的にでも送還した方が良いかも知れない。

 戦力ダウンは避けられないが、足手纏いがいて生き残れる世界ではない。


 そう言えばと彼の手帳に、ここの名称が記載されていたのを思い出す。


 決して脱出不可能な終焉の世界〝奈落”


 彼の、天津輝樹(あまつてるき)の手帳にはそう書かれていた。



 その後、食事の匂いに釣られてフウマが正気を取り戻したのは言うまでもない。



ーーー


ギョク(目玉のモンスター)


実態は100m程度の球体。超巨大な幻影を作り出し、幻を見た者を恐怖、催眠、支配、呪いを掛け自死させる凶悪なモンスター。

ギョク自体も強く、様々な魔法を使うことが可能。特に空間魔法での移動を得意としている。


※嘗て何処かにあった世界を滅ぼそうとして敗れた災害級モンスター。


ーーー

basasaさんからファンアート頂きました!

https://41571.mitemin.net/i734936/

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― 新着の感想 ―
「強制的にでも送還した方が良いかも知れない。」 いつのまに送還方法を見出したのかな。殺すのか?
ギョクが敗れる世界ってとんでもないな(´・ω・`)
[一言] 牛丼特盛、ギョク追加で~。 って注文をしたくなった。唐突に(。。 というか、あれで世界滅ぼせなかったのかよマジかよって思ったら、幻術耐性とか呪い耐性とかあって、徹底的に攻撃したら亀とか蛇よ…
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