奈落③
起きると収納空間にテントを収め、フウマを鷲掴みにして強烈な風を巻き起こして飛び上がった。
すると、先程までいた穴は草のモンスターに貫かれ、頑丈にしたはずの壁も崩れ落ちてしまう。そして、草は動きを止める事はなく、飛び上がった俺達を追って来る。
視界一面を覆い尽くす緑が、俺達を殺す刃と成り串刺しにせんと迫る。
こりゃまずいと、まだ眠っているフウマの昇竜の戦輪を拝借すると、風と地の属性を付与して前面に展開し、草の刃に備える。
高速で回転するチャクラムは、頑丈な石の刃と風の刃を発生させ草の刃を細断して行く。そして地面に着地すると、俺達を囲うように展開し、さらに迫る草を寄せ付けない。
俺は地面に手を付くと、地属性魔法で地面に圧力を掛けて、草のモンスターの根を一気に押し潰した。
すると周囲の草は萎びて枯れ、地面から緑が無くなった。
起床からの戦いは初めてではないが、とても清々しい目覚めとは言えない。強制的な運動と命のやり取りでどっと疲れてしまい、やる気が起きない。
無理なお願いだろうが、睡眠中は襲わないでほしいものだ。
未だに寝ているフウマを地面に降ろすと、周囲にモンスターの気配がないのを確認して服を脱ぐ。
それから、水を生み出す花瓶を取り出すと、頭に向かってひっくり返して水浴びを開始する。
これまでにどれだけ時間が経ったか分からないが、汗と汚れで体が気持ち悪いのだ。
水を浴びながら服を脱ぎ、生まれたままの姿になると、解放されたような気がしてスッキリする。
草原の中に一人、裸で立つ俺。
それを白い目で見ているフウマ。
気まずい空気の中、チラリとフウマを見る。
何だよ、いいだろ誰もいないんだし。
なんだって?後でシャンプーしてくれって?
馬用のシャンプーなんて準備してないぞ、水浴びで我慢しろ。
なに?前に注文した馬具セットに入ってたって?
そんなんあったか?
フウマに促されて、収納空間から馬具セットの入ったダンボールを取り出すと、中には馬用シャンプーが三本入っていた。
てっきり馬具手入れ用のニスか何かだと思っていた。
フウマもちゃんと見てるんだなと、裸で肌寒くなりながら思った。
風邪引く前に終わらせるべく、さっさと洗い強風を吹かせて一気に乾かす。洗濯物をしておきたい所だが、それは安全が確保してからの方が良いだろう。
まあ、それが可能であればの話だが。
ヘッブシとくしゃみをすると、それにつられるようにフウマもくしゃみをする。
常春のスカーフで、フウマに適した気温が維持されていたとしても、水浴びしている間は外さないといけない。
水を浴びせてシャンプーでかき混ぜ、洗い流して行く。
フウマは寒いのか、体を震わせている。
ささっと終わらせる為に、花瓶に魔力を注ぐが、加減を間違えて光を帯びた水を出してしまった。
地面に落ちた水が、植物を生やしてしまう。
直ぐに止めたつもりだったが、フウマが隠れるほど成長していた。
そして、草が生えた瞬間に変化は起こっていた。
辺りの草が反応して離れて行ったのだ。
勿論、全ての草が離れた訳ではない。動いたのは、草のモンスター達だ。
何が起こったのか分からずに、普通に花瓶の水を垂らすが何も起きない。次に光を帯びた水を垂らすと、そこから離れて行く草があった。
もしかして、この水はモンスター除けと同じ効果があるのだろうか。だとしたら、これはもの凄く有難い物になる。
モンスター除けも残り少なかった。
この階の終わりも分からない中で、これ以上に助かるアイテムもそうはないだろう。
この水の効果がどれくらい継続するのか検証は必要だが、草のモンスターが嫌ってくれるなら、それだけでもこの水の価値は跳ね上がる。
俺はグッと拳を握り、全裸のままブルリと震えた。
それからの探索は順調に進む……訳もなく、相変わらず苦戦している。
草のモンスターへの対策は出来たのだが、土人形との戦いが楽になる事はなかった。
光る水が土人形に効果が無かったのもあるが、強い個体が多過ぎるのだ。
行動範囲があるとはいえ、元々強力なモンスターなのに、核を潰さない限り幾らでも再生する。その上、トレースをすると何かを感じ取るのか標的を俺に絞って来る。
厄介を通り越して危険すぎる。
相変わらず草のモンスターと土人形が同時に出現したら逃げているが、光る水のおかげで少しだけ探索はし易くなった。
その光る水の効果時間だが、体感では十分から一時間といった感じだ。
なぜ体感かと言うと、時計が壊れて使えなくなっていたのだ。収納空間から取り出した目覚まし時計は、一応動いてはいるが、その動きは遅く、偶に逆に進んだりしている。それはマッピンググールも同じで、ストップウォッチ機能だけがエラー表示されていた。
使えねーじゃねーかと時計を収納空間に収めて、自分で数字を数えたのだ。
時間の幅があるのは、単に魔力を込めた量の問題だ。
休憩するだけなら、軽く魔力を込めるくらいで良いかもしれない。
それから土人形から逃げたり戦ったりして進んで行くのだが、地平線の彼方に黒いシルエットを発見した。
それは空に浮かんでおり、遠目からは雲のようにも見えた。
それはゆっくりと此方に向かって来ている。
時折地面に接近して何かしているようで、地面が抉れているようにも見えた。
何だか悪寒のようなものを感じて、アレからは距離を置いた方が良さそうだなと思い、移動速度を上げる。しかし、その黒いシルエットはこちらに向かって来ており、段々と距離を縮められていく。
それがモンスターだとは、悪寒を感じた時から気付いていた。
距離が近付くと、そのモンスターの異様な大きさを認識する。
そのモンスターの形を表すなら、それは亀だった。
亀と言っても海亀のように足がヒレになっており、顔は亀とはほど遠く岩山のようにゴツゴツとして、大きな目には大量の小さな目が詰まっていた。また甲羅にはフジツボのようなものが無数に付いており、何かを吐き出している。
巨大な海亀のモンスターはドーム球場くらいのサイズがあり、海を泳ぐように空を移動していた。
ヒレを動かすと空が水のように波打ち、それは幻想的で美しい光景だった。落ち着いて見れる状況ならば、きっと見惚れていただろう。しかし、その暴力的なまでの圧力に、俺達は逃げるのに必死でそれどころではなかった。
早く早くとフウマを走らせる。
背後から迫るモンスターがやばいと理解しているのか、フウマも必死の形相だ。
風属性魔法を使い加速して、正面にいる草のモンスターを切り裂き、土人形を避けて駆け抜ける。
しかし、それでも海亀のモンスターとの距離は縮まるばかりだ。
背後に迫るモンスターの狙いは、間違いなく俺達。
俺達が無視したモンスター達が、空にいる海亀のモンスターに襲い掛かるが、まるで相手にされていない。
草のモンスターは食い付かれると、そのまま地面を剥がされて海亀の口に収まり、土人形のモンスターはフジツボから放たれた酸に溶かされ、核は水の線によって破壊された。
俺達が苦戦していたモンスターが、いとも容易くやられて行く。
それは、俺達も海亀に挑めば同じ末路を辿るという事だった。そして、逃げきれなくても同じだ。
巨大な海亀が口を開く。
その動作だけで、世界が震えた。
強力な魔力が海亀から発せられ、俺達は魔力という実態のない力に絡め取られる。
動けない訳ではない。
手は動くし足も動く、ただ宙に浮き海亀の口に向かって飛んでいるだけだ。
このままでは、口に吸い込まれ、咀嚼されて死ぬだろう。
だからそうはさせまいと、風属性魔法で風を吹かせて抵抗するが、まったく意味をなさない。フウマも必死に風を送り続けているが、コンマ数秒の抵抗にしかならなかった。
ならばと、俺は全魔力を使って魔法を使う。
使う魔法は、以前フウマが使った細く強力な竜巻だ。それを魔法陣で強化して発動する。
分裂、倍増、圧縮、速度上昇の四つを展開して、細く強力な竜巻が数を増やし、威力を増し、更に凝縮して竜巻の線が折り重なり、瞬く間に海亀の顔に直撃した。
この魔法は、俺のこれまで使って来た中でも最大の威力を誇っていた。おかげで魔力が空になっており、もう魔法は使えないだろう。
そこまでして発動した魔法だが、海亀の顔を少し動かして霧散してしまった。
ちくしょう……。
分かっていた。
目の前の化け物の魔力は吐き気がするほど強大で、その肉体もそれに伴った力を持っている。
この階に来た時に見た巨大なモンスターと同じだ。
蟻が象に挑むようなもので、勝ち目なんて欠片も存在しないのだ。
くそっと悪態を吐き、遠退きそうな意識を必死に繋ぎ止める。
意識を手放して、何もかも諦められたら楽だろうが、フウマが必死に魔法を使って逃げようとしてくれている。
俺だけ諦める訳にはいかない。
何か手はないかと辺りを見回すが、空中に何かある訳もない。
それでも必死に周囲を見ると、海亀のいる真下の地面が隆起しているのに気が付いた。
何だと見ていると、次の瞬間地面が爆発して巨大なモンスターが姿を現す。
巨大なモンスターは尖った口先を三等分に開き、海亀のモンスターに喰らい付いた。
その勢いは凄まじく、衝突した衝撃で俺達は遠くに飛ばされてしまう。
錐揉みしながら空中を駆け、フウマの風属性魔法で減速したが激しく地面に叩き付けられてしまった。
体が引き裂かれるような痛みが駆け巡り、意識を手放しそうになる。
必死で意識を繋ぎ止め、ボロボロになった腕を無理やり動かして、収納空間からマジックポーションを取り出す。
しかし、動かせるのは片腕だけで、蓋を開ける力も残っていない。だから、小瓶のそまま口に咥えると、残り滓の魔力で作った小石の弾丸で撃ち抜いた。
ガラスの破片と一緒にマジックポーションを飲み込み、何とか魔力を回復させると、治癒魔法を使い体を回復させる。
治療が終わり俺は起き上がると、離れた場所で倒れているフウマに駆け寄った。
ボロボロになったフウマは俺を見ると、弱々しくメ〜と鳴き俺の無事な姿を見て安堵した表情を浮かべる。
そして安心したかのように、目を閉じようとしていた。
なので、治癒魔法で全回復させる。
さっさと起きんかいと尻を叩き起こし、今のうちに逃げるぞとフウマを小脇に抱えて走り出した。
背後を横目で確認すると、そこでは巨大なモンスター同士で戦っていた。
片方はドーム球場程の大きさの海亀のモンスター。
もう片方は、蛇のような姿をした巨大なモンスター。
蛇のようなモンスターは高層ビル程の太さがあり、その体の長さは地面から全て出ていないので不明である。
体色は土色で、魔力が迸る度に体から火炎が巻き起こっていた。
その蛇のようなモンスターは海亀に喰らい付いて離さない。
海亀は喰い付かれた衝撃で地に落ちているが、フジツボから放たれる水の魔法や、魔力による攻撃で引き剥がそうとしている。
その動き一つ一つがまるで災害のようで、大気を震わせ、足元が揺れ、地面が割れ隆起していた。
怪獣大決戦は別のところでやれ!!
ファンタジー寄りの世界で、ゴ○ラやウ○ト○マンが対処するようなモンスターが現れたら、そりゃ死ぬわ!
まるで別世界の化け物同士の戦いから逃げるべく、必死に走り抜ける。
途中でフウマが走ると言うが、奴らがぶつかる度に魔力が凶器となって飛び、魔鏡の盾で無効化しなければならない。フウマに乗ると、守る範囲が広がってしまい対処できない恐れが出てくる。なので、フウマの提案を却下してひたすらに駆け抜ける。
正面に現れる草のモンスターや土人形は、大怪獣の余波で発生した魔力に跡形もなく掻き消される。
俺も魔鏡の盾がなかったらと思うとゾッとする。
今度、武器屋の店主に会ったら感謝のキスでも送ってやろう。
それも、ここから生きて出られたらの話だが。
海亀と蛇の魔力が一気に高まる。
空間を捻じ曲げるような強力な魔力が二体から湧き上がる。
海亀からは水が渦巻き、蛇からは炎が巻き起こった。
衝突する二つの魔力。
その衝撃で地面が捲り上がり、津波のような水の魔法が押し寄せ、俺達を飲み込み連れ去っていく。
どこまでも流されるなかで、俺達は気を失った。
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ウロボロス(巨大な蛇のモンスター)
全長不明の巨大な蛇のモンスター。任意で体の大きさを変更可能。全てを滅ぼす炎を全身から発生させ、全てを灰燼に帰す。襲われたら死ぬ。狙われたら覚悟せよ。人の力ではどうにもならない。神と呼ばれたモンスターの一角。
※嘗てあった世界を滅ぼした存在。
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アクーパーラ(海亀のモンスター)
ドーム球場並みの体を持つ海亀のモンスター。甲羅には自動で攻撃するフジツボを飼っており、無限の水と念動力を得意としている。空を浮かび、海を泳ぐように移動する。移動速度は速い。魔力量だけならばウロボロスを凌駕する。
神と呼ばれたモンスターの一角。
※嘗てあった世界を滅ぼした存在。
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https://37667.mitemin.net/i737393/
トコノマ様よりファンアートを頂きました。