奈落②
逃げた先まで、獅子の土人形が追いかけて来ることはなかった。
それと運良く、落ちた場所がただの草原だったのも助かった。これで草のモンスターだったら、抵抗する力が残っていない俺達は、掴まれて殺されるしかなかった。
着地すると、その場で寝転び魔力循環に全力で集中して回復に努める。まだ体は治っていないが、それも魔力がなければどうにもならない。
フウマも限界が来たのか寝そべっており、力を抜いている。警戒はするべきだが、今襲われたらどちらにしろ終わりなので、開き直っている。
時間が経ち、魔力が回復すると、治癒魔法で体の不調を取り除く。
落ち着くと腹が減るもんで、安全な訳ではないが、ここらでガッツリと食べておこうと思う。
調理を始めると、フウマも起き上がり鼻を近付けて来る。どうやら天闘鶏の肉は飽きたようで、他がいいと言う。
俺は、仕方ないなと幻惑大蛇の肉を辛子とタバスコを加えて、じっくりと弱火で焼いて、皿に盛り付けてフウマの前に置く。
それをフウマは、ペロリと平らげてしまった。
おいおいマジかよと、俺も残った肉を一口食べてみる。
そしたら意外にも……意外にも……水飲もうか。
辛い、凄く辛くて美味い。
これだけ香辛料を加えたのだから、食べるにしても勇気がいると思っていた。だが、一口食べるとあっさりとした味わいに後から来る辛味。癖になる辛さだ。悪くない出来である。
まさかの出来栄に満足していると、メ〜と泣き声が聞こえ、そちらを見ると、フウマが口を押さえて転げ回っていた。
……まさか時間差?
俺は青い花瓶を取り出すと、転げ回っているフウマの口に水を滴らすのだった。
食事を終えて、体力も魔力も回復したところで探索を再開する。
とりあえずの方針として、モンスターが一体なら戦う、二体以上なら逃げると決めておく。
現状、この階のモンスターを複数相手にするのは不可能だ。別々に出現してくれたら、また別の話になるが、先程のように核を守られていては、俺に打つ手は無い。
既に切り札のリミットブレイクを使っている上に、魔法陣を使った魔法でさえも通じなかった。
俺の最大火力を以てしても倒せなかったのだ。
最初の戦いは、単に運が良かっただけではないかと思えてしまう。
方針の通りに、複数のモンスターとの戦闘は避けて進む。既に何度も逃げており、迂回を余儀なくされている。
何度も遭遇して分かったのだが、草のモンスターは単体でいる事が多く、反対に土人形は大抵、草のモンスターとセットで現れる事が多い。
非常に厄介だが、土人形のモンスターの特性も何となく分かった。
土人形の出現は核から100mの範囲内で出現する。
現れる形状は様々で、鎧から不恰好な泥の塊。獣から鳥、モンスター、果てはよく分からない物まであった。
また、その行動範囲は核の位置から半径1km〜2kmまでと思われる。これは、十数回遭遇しての予想なのではっきりとはしないが、強力な土人形ほど核から離れられないのではないかと思われる。
因みに、これまで倒せた土人形は、最初の鎧と合わせて三体だけ。他の二体は鳥、壁になる。壁に至ってはどうしてそれをチョイスしたのかと聞きたくなるが、増殖を繰り返し、ひたすらに倒れて来るのはなかなかに面倒だった。
この三体は核が守られておらず倒せたのだが、逆に核を草のモンスターが守っていないのに倒せなかった種類もいた。
その土人形の形状はドラゴンだった。
行動範囲は最も狭かったが、どの個体よりも強力で凶悪だった。
どの攻撃も通らず、素早い動きで追い詰められた。攻撃は苛烈で口から火炎を放ち、逃げようにも追いつかれてしまい、絶体絶命の危機に陥った。
最後は翼で叩かれて、運良く土人形の行動範囲から逃れる事が出来たが、あのまま戦い続けていれば俺とフウマの命はなかった。
それほどに、あの個体は恐ろしかった。
そう振り返りながら、目を覚まして何度目かの食事を摂る。
一度戦闘をするだけで魔力が大きく削られ、休憩を余儀なくされる。まあ、だからと言って毎回食事をしている訳ではないが、せいぜい水を飲むくらいだ。
ふぁっと欠伸が出る。
それにつられてフウマも欠伸をする。
まだ明るく、夜の気配はない。
思うように進まない移動に、上手くいかない戦闘のせいか今日はやけに長い気がする。
体も疲れ始めており、睡眠を欲しがっている。
早目に寝れる場所を探しておいた方が良いかも知れない。
それから探索を続けて、五回食事をして流石におかしいと気付いた。
どういう事だ?
夜が来ない。
白夜か?ダンジョンでも白夜があるのか?
これまでにこんな現象は無かった。
ダンジョンは地上とリンクしていて、同じ時間に朝が来て夕暮れ夜が来る。それが当たり前になっていたので、気付くのに遅れてしまった。
フウマは既に限界が来ており、倒れるように寝てしまっている。
仕方ないとフウマを背負って移動しようとすると、俺も限界のようで足元がフラついてしまう。
まずいな、草と土人形のモンスターは一定の範囲に入るまで襲って来ないが、他のモンスターが居ないとも限らない。
馬鹿みたいに巨大なモンスターもいるし、他にも存在している可能性はある。それに、草のモンスターが移動しないとも限らないのだ。
とてもではないが、安心して休めない。
…………。
穴を掘る。
地属性魔法を使い、テントの大きさくらいの穴を掘る。
穴を掘ると周囲を可能な限り強固に固める。硬く、硬く壊されないように堅い壁を作り上げる。
そこにテントを張り、フウマを放り込んで、装備を外して俺も寝た。
夢を見ている。
それは懐かしいと呼ぶには最近で、それでも嬉しくなるような夢だった。
「楽しそうですね、田中さん」
どこがだよ、大変なんだぞ危ない目に遭って。
「それも含めて楽しめば良いんですよ。あっ、生二つお願い、あと枝豆と串の盛り合わせ。あとはー……何か頼みます?」
馬刺し。
「あははっ仲良くして下さいよ、田中さんの穴を埋めるの、あれくらいウザくないと無理ですから」
何だよ穴って、それより他の奴らは来ないのかよ?
「あー武と瑠璃はハネムーンですねー、騎士は彼女にフラれて引き篭もってます。元は、来れたら来るって言ってましたけど、ここちょっと遠すぎるんで難しいかもですね」
遠いか?駅二つ分くらいだろ?
ん?千里は?
「ん〜、分かんないですね。勉強に集中してるみたいですけど、最近見てないですね」
ああ、そうか、保育士の学校行くんだっけ。邪魔しちゃ悪いしな、呼ばない方が良いな。てか、軽く流したけど騎士ってどうなってんだよ?あいつ、引き篭もるような奴じゃなかっただろ?
「いやいや、あいつ案外デリケートなんですよ。兄弟似て一途で、強がりで、表では常に平気な顔して、一人になると落ち込むんです。これが、マジで面倒っ!さっさと愚痴って開き直れって言いたいんですけどね!ってビール来ましたよ、カンパーイ!」
カンパイ……いろいろ溜まってるんだな。
「まあ、それも含めて気に入ってるんですけどね。田中さんの馬、フウマでしたっけ? あいつも一緒でしょ、面倒に思っても心強い仲間なんですから」
あいつはそんなんじゃないよ。食い意地張ってるし、危害加えるし、勝手な事するからな。
「いいじゃないですか、退屈しなくて」
その代わり心が休まらないがな。
「あははは!田中さんに気を使わせてるんなら、フウマも大したもんですね」
どこがだよ、迷惑でしかないわ。
「まあまあそんな事言わずに。あっ生追加で二つ。 それにしても、大変なことになってますね。大丈夫そうですか?」
まあ、何とかするよ。やらなきゃ、それまでだしな。
「そうですね……そろそろ時間ですかね」
何だよ、まだ始まったばかりだろ。
「続きは次の機会ってことで。 あっ!一つ忘れてました。千里なんですけど、あいつ友達の事になると見境なくなるんで気に掛けてやって下さい」
……ああ。
「あとフウマとも仲良くして下さい、あいつは田中さんの助けになりますから」
……分かったよ。
あのさ東風、お前は、お前達は……。
「すいません。それはまた次でお願いします!さっ起きた起きた!」
……俺のこと恨んでるか。
その言葉を発する前に俺は目を覚ました。
ーーー
クレイクラウン(土人形のモンスター)
行動範囲1m〜不明。強力な個体であればある程、行動範囲は狭まる。核を地中に隠しており、キラープラントに守らせていることが多い。
核を破壊しない限り、永遠に再生を続ける。倒すには核を破壊するしかない。
ーーー