百八十七日目〜①
昨日はマジでやばかった。
ミンスール教会での一件がではない。
それも関係はあるが、世樹の魔の手から逃れてからがやばかった。
逃走に使用したバシ○ーラは落下地点を選べない。その為、どこに落ちるのか完全に運任せである。
そして昨日、叫び声を上げながら落ちた先は線路の上だった。しかも電車が向かって来ている先だ。
うおー!と更に叫びながら転がって避けたが、向かい側からも電車が迫っていた。
今度はきゃー!と叫び声を上げ、フウマのバシ○ーラで回避したのだが、また空の旅に戻ってしまった。
夕焼け綺麗だな〜。
なんて呑気に過ごせたのは一瞬で、上空のヘリコプターに接触しそうになりかなり焦った。もしも羽根に巻き込まれたら、真っ二つどころかミンチにされてしまう。
フウマが何とか魔法を使って回避してくれたが、今度は海に落ちてしまう。しかも陸から1㎞は離れた場所に。
フウマをビート板代わりにして、バタ足で地上に戻ったのだが、たどり着いた頃には辺りは暗くなっていた。
そこからアパートに帰り着くまで三時間。
交通機関を使って、これだけの時間が掛かってしまったのだ。バシ○ーラがどれほど恐ろしい魔法なのか、改めて実感させられる一件だった。
まあ、昨日の事は忘れるとして、世樹に覚えてろよと叫んだが、あれは関わっちゃいけない類いの人間なので、さっさと忘れた事にして、探索の準備を進めよう。
今日から泊まり掛けで潜る予定だ。
昨日はその準備をしたかったのだが、ミンスール教会と関わったせいで予定が狂ってしまった。とは言え、準備するのは食料とポーション類やモンスター除けのアイテムだけなので、それほど時間は掛からない。
食料は朝から買い出しに行き、ポーション類はギルドで購入する。いつもと変わらない、何も変わらない、その筈なのに、作った先から料理が消えていくのは何故だろう。
皿をテーブルに置く。
フウマの顔が輝く。
フウマが口を開く。
一瞬で胃袋に収まる。
俺はフウマを鷲掴みにすると、外に放り出した。
何やっとんじゃい!この馬は!!
外からメ〜と聞こえて来るが、無視して調理を進める。
朝から大量の食材を買い込んできてるので、全て調理し終わるのは昼過ぎになるだろう。収納空間という、便利なスキルのおかげで、ギルドで販売されている携帯食を食べないですむ。
過酷な探索の最中の食事が不味かったら、俺の士気は下がり、潜らなくなっていたかもしれない。
黙々と調理しているとチャイムが鳴った。
こんな時に誰だよと扉を開くと、そこには大家さんと泣きべそをかいているフウマの姿があった。
はいなんでしょう?
フウマが泣いていたから連れて来て上げたんですね、ありがとうございます。
はい、大丈夫です。虐待なんてしていませんよ。
鷲掴みにしてる?
大丈夫です。こいつはこれを喜んでいますから。
はい、では。
暫く玄関に立ち、大家さんが離れて行くのを確認すると、フウマを玄関から放り出した。
さあ、料理の続きだ。
メ〜という泣き声をBGMに作業を進めると、何故か天闘鶏を思い出し、途中で天闘鶏を狩って調理した方が美味しいのではないかと気付いた。
正に、今日一番の閃きだ。
そうと決まればと、食材を全て収納空間に納め、ダンジョンに向かう準備を始める。
いい加減メ〜メ〜五月蝿いので、そろそろ部屋に入れて……泣き声が聞こえない。
泣き疲れて寝たのかと思い、玄関を開くと、ヒョロヒョロの男性がフウマに餌を上げていた。
この男性は二つ隣に住んでいる人物で、確か大学生だった気がする。二年前に引っ越して来たときは、彼の保護者に挨拶された記憶がある。
あっごめんね、五月蝿かったよね?
勉強の邪魔してごめんね。
あー、バイトから帰って来た所なんだ。
大変だね、苦学生って。
えっ?貴方誰ですかって?
田中ですけど、前に何度か顔合わせましたよね?
そこまで言うと、ヒョロヒョロの大学生は随分と変わりましたねと驚いている。そして言葉を続けた。
「田中さん、貴方への伝言を預かっています。『昨日の誤解を解きたいので、明日ミンスール教会に来て下さい』以上が聖女様からのお言葉です。明日が無理そうなら、良い日をお伺いしたいのですが?」
大学時代の友人が、世界最大の宗教は世界の情報を握っていると言っていたのを覚えている。それは、信徒がいるだけ情報が集まるという意味なのだろうと思っていた。
それは正しく、そして誤った認識だった。
大学生はどうですかと尋ねて来るが、俺は一歩引いて身構えてしまう。
情報が集まるのは間違いなかった。だが、その影響を軽く見ていた。自分が対象になるなど、考えたこともなかったのもあるが、そもそも宗教に関わるなど思いもしなかった。
例え規模が小さな宗教でも、そこには多くの情報が集まるのだ。
昨日の一件で俺の情報はミンスール教会に周知され、十数時間で俺の所在がバレて、こうして接触して来た。
宗教というモノを、俺は甘く見ていた。
唾を飲み込み、大学生に今日から泊まりでダンジョンに行くから、戻ったら向かうと伝えてくれとお願いする。大学生はそうですかと頷いて、どこかに行ってしまった。
フウマを残して扉を閉めると、俺は大きく息を吐き出し尻餅をついた。冬だというのに、ドッと汗が出て喉が苦しくなる。
怖いと思った。
彼が得体の知れない化け物に見えた。
彼は普通の人だ。ダンジョンで鍛えた俺なんかより、遥かに弱い人物だ。
それでも彼が、彼の後ろに居る人々が怖いと思ってしまった。
苦し紛れにダンジョンから戻ったら向かうと言ってしまったが、絶対に行きたくない。
じゃあどうするか?
ダンジョンに可能な限り潜っているのが一番だろう。
俺はダンジョンに行く準備をして、ショッピングモールに追加で食料の調達に向かった。
ショッピングモールに到着すると、食料を可能な限り買い足して、武器屋に向かう。
武器屋に到着するとカウンターに座る店主に、おうおうあの召喚獣は何なんだと苦情を言い詰め寄る。
召喚獣なのに飯は食うわ、送還に応じないわ、命令聞かないわ、迷子になるわ、漫画読むわ、勝手に買い物するわ、小さいわ、太ってるわ、ブサイクだわ、良い所無いじゃねーかと早口で捲し立てた。
はあ?とした顔をしている店主はよく分かっていないようだ。
だから、守護獣の鎧を店主に渡してチェックしてもらう。修理する際に、どこかに不具合が発生したに違いないのだ。でなければ、俺の召喚獣はサラブレッドになっているはずだ。
ついでに不屈の大剣の確認をしてもらう。
ここ最近、激しく使っているので消耗しているのは間違いないので、あとどれくらい耐えられるか知っておきたいのだ。
幾ら消耗品の装備とは言え、使い易く愛着のある不屈の大剣は大切にしたい。
守護獣の鎧と不屈の大剣を調べていく店主。
不屈の大剣は急ぐ必要はないが、次来たときに整備した方が良いそうだ。
代わって守護獣の鎧は何も問題はないと言う。
んな訳ないだろうと抗議するが、問題があるとしたらお前さんだとペンを向けて指摘された。
俺のどこに問題があるんだよ?
守護獣の鎧の説明は読んだかって?
そりゃ読んだよ、そんなに難しくもないしな。
それが全てだ、諦めろ?
ああ、鎧に不備があったって認めるんだな?
話?聞いてねーよ!受け入れる訳ないだろ!あんなちんちくりんな召喚獣!?
俺はスマホを取り出し、画面に映ったフウマを店主に見せる。ブホッと吹き出す店主。お前さんこれはないだろうと爆笑である。
殺そうかと思った。
スーハーと深呼吸して気持ちを落ち着かせると、どうやったらもっとマシな召喚獣になるかと尋ねる。
「そりゃ、テメーが変わるしかないわな」
当たり前のように言う店主は、それが一番難しいんだがなと付け加えて茶を啜った。
ショッピングモールを出てからフウマを回収すると、ギルドでポーションやモンスター除けなどを購入してダンジョンに向かう。
店主が己を変えろと言っていたが、それが出来るなら、俺は端からここにはいない。
これまでの人生で培って来た経験もそうだが、両親から遺伝子レベルで刻まれた物を変えるのは、相応の覚悟と経験が必要になるだろう。
そんな経験、そう簡単に出来る訳がない……と言いたいところだが、俺は既に一度経験している。
あいつらを失った経験は、俺の人生に影響を与えている。どんなに、あいつらを言い訳にしないと決めていても、不意に思い出してしまう。それは楽しい思い出もあるが、大半が後悔の記憶だ。
これ以上の経験を積めとでも言うのか?
そんな思いをすれば、今度こそ俺は壊れてしまう。
大切な者を失って、平気でいられるほど俺は強くない。それに、喪失に慣れるようにはなりたくない。それはもう、人を辞めている。
他には尊敬する人に出会い、人生が変わったというドキュメンタリー番組を見た事あるが、今のところそんな人には出会えていない。
そんな人に出会うなど、それこそ運でしかない。
どうやったら出会えるんだ?環境を変えれば出会えるのか?会社に勤めれば尊敬する人に出会えるのか?
分からない。
俺は悩みながら、隣を歩くフウマを見る。
芦毛のミニチュアホースがちょこちょこと歩いており、周囲の人たちの注目を集め、スマホで撮影している人もいる。首には常春のスカーフをしており、横に吊るしたホルダーには昇竜の戦輪が入っている。
チビでデブで食い意地が張って間抜けな馬だが、魔法も使えてアイテムも使え、モンスターにも怯まない馬だ。
……悪くないんじゃないか?
バシ○ーラは許せないが、戦闘能力はかなり高い。
見た目が悪い以外は、以外は……以外も問題山積みだが、ダンジョンでの成果を考えれば、それも目を瞑れるレベルだ。
そうだ、ポジティブに考えよう。
俺が上手く制御してやれば良いんだ。
そう考えると、フウマでも良いかと思えて来るから不思議だ。
フウマがこちらを見上げて腹が減ったと鳴く。
俺は人参を取り出して差し出すと、ボキボキと嫌な音が辺りに響き渡った。
やっぱダメだわこいつ。
守護獣の鎧を身に着けてダンジョンの入り口に来ているのだが、そこで顔見知りの高校生が顔見知りの中学生に何か言っていた。
顔見知りの高校生は日野率いるハーレムパーティ。
顔見知りの中学生は麻布先生の娘が所属しているダンスチーム。
何やらハーレムパーティのロリ担当である九重が、少女達に怒っているようだ。だが、見た目がロリな九重に言われているからか、まったく気にしておらず、関係ないじゃんといった態度である。
俺は、まさかダンジョンでダンス動画を撮影しに来たんじゃないだろうなと疑った。だから無視する事もできず、お前達どうしたんだと話しかける。すると案の定、それについて揉めていたようだ。
何の装備もしていない少女達がダンジョンに入ろうとした所を、ハーレムパーティが声を掛けて止めたらしく、事情を尋ねると、ダンス動画を撮りたいという理由だったので、九重がキレて説教を開始したのだそうだ。
ふーんと聞いて、麻布先生の娘であるマツリを見る。
なあマツリ、この前言ったよなダンジョンは危ないからやめとけって。
マジで危ないんだよ、1階でもモンスターは出るんだ。例え人に危害を加えないモンスターでも、もしもがないとも限らない。それに、悪意のある探索者がお前達を襲うかもしれない。
だから引き返せ。
ん?誰ですかって?面があって聞こえない?
……また言わないとダメか?かなり恥ずかしいんだが。
説得しているはずの言葉が、兜の面によって声が届いていなかった。面を上げて少女達を見ると、あっと驚いた声を上げているが、俺の内心はそれどころではない。
割とマジで恥ずかしい。
面の中でドヤっていたのに、声が聞こえてないとか赤面ものである。
これが変わるための経験だとでも言うのか。
俺の顔を見て逃げ出そうとした者が数人おり、ダンジョンに逃げる前に先回りして静止させる。
幾ら何でも、保護者もいないのに子ども達だけでダンジョンに行かせる訳にはいかない。せめて護衛でも居れば話は別だが、非力な彼女達だけでは、何が起こっても対処出来ないだろう。
ハーレムパーティに良く止めてくれたと感謝すると、当然の事をしたまでだと返された。
まあ、そうなんだがなと頷いて、それを出来る奴が少ないんだよと笑って返答する。
ダンジョンでは命の価値は低い。
それに老若男女は関係なく、平等に扱われる。
それもあり、探索者の意識が自己責任へと傾いてしまっているのだ。それを考えると、日野達は探索者に染まりきっていないのかも知れない。
とりあえず捕まえて、来るなら護衛でも雇ってから来いと中学生の少女に呼び掛けると、じゃあ貴方が護衛してよと言われる。
日野が。
予想外だったのか、日野は驚いて何で俺?と困惑している。
日野を指差している少女の頬は赤く染まっており、どうやら日野の主人公補正にやられてしまったようだ。
今では死語となりつつあるチョロインを目の前で見れるとは感動ものである。
反対にブチギレているのは、ハーレムパーティの女性二人だ。ふざけんなよガキが!とでも言いそうなくらい激昂している。
それに比べて、桃山と三森はフウマの相手をしつつ、危ない目に遭わせるよりは良いかなと言った様子である。
あんまりフウマに餌付けしないでもらって良いですか?
二人から餌を貰っているフウマは満足そうにしているが、これ以上太られても困る。
餌を食べるフウマを引き摺って、じゃあ後は頑張れよと言って別れてダンジョンに入る。
そして、少女達のダンスを見ている。
何でだ?
先にダンジョンに入ろうとしたら、何故か全員が付いて来て、少女達がポータルの前で撮影すると言い出したのだ。
それで、人が来ないうちにやっちゃうからと言って撮影を開始してしまった。
映像の中に人を入れたくないらしく、待っていてくれといわれたので待機しているが、勿論、ここにいるのは俺達だけではない。ダンジョンに潜る者もいれば、帰って来る者もいる。
ダンスを撮影する度に、誰かしらポータルから探索者が現れて、ギョッとして行ってしまう。その映像は没らしく、何度も撮り直している。
いつまでも潜れないので、いい加減諦めて場所変えないかと提案するが、ポータルの光がバエるらしく、ここが良いそうだ。ついでに言うと、何故かフウマも参加させられており、音楽に合わせて飛び跳ねていた。
もう少し時間が掛かりそうだなと思い、日野の隣に座って話し掛ける。
内容は近況の報告で、どんな事があったのかお互いに話をした。勿論、話したくない事は言わない。それはお互い様なので気にしていない。
日野は高校生という事もあり、殆どの内容は学校での話にはなるが、どうやら探索者の後輩が出来たそうだ。
リーダーはしっかりしているようだが、最近メンバーが増えたようで、どうなるか心配なのだという。
他には、大学への進学が決まったらしく、来年度からは大学生になりますと少しだけ寂しそうに言っていた。
なんだが楽しそうだなぁと思いながら話を聞いていると、俺の高校生活はどんなだったかなと思い出す。
少なくとも、こんなに輝いてはいなかったな。
帰宅部だったし、失恋はしても彼女は出来ず、友達と遊んでばかりだった。
目の前でダンスをしている少女達もそうだ。
学生で集まってワイワイやっているのを見ると、とても楽しそうに見える。本人達は思春期なりの悩みもあるだろうが、それも含めて、良い思い出を作っているなと羨ましく思ってしまう。
日野と話している間に、少女達の撮影も終わったようで撤収するそうだ。
この階に、人に危害を加えるようなモンスターは出現しない。現れるモンスターというのは、ダンジョンのゴミを処理するダンゴムシだけである。
そのダンゴムシはそれなりに重量があり、一般人なら重いなと思う程度だ。
そのダンゴムシを大量に空間把握が感知する。
それは下ではなく、上から。
俺はフウマと呼び掛けると同時に、不屈の大剣と風属性魔法を使い、天井から落下するダンゴムシを排除して行く。
カケラでも当たれば、少女達の命が危ない。
だから全力で対処しているのだが、間に合わない。
リミットブレイクを使えれば対処出来るのだろうが、ほんの少しのタメの時間すら許されない状況では、使用は不可能だ。
数匹のダンゴムシを吹き飛ばすが、一匹逃してしまう。その一匹はマツリの真上におり、このままでは当たってしまう。
俺が魔法を使っても間に合わない。
だから、フウマの魔法がマツリを守る。
フウマの風の殴打がダンゴムシを吹き飛ばし、俺が仕留め損ねたダンゴムシを排除して行く。そして、風の層をチャクラムに纏わせ、少女達の頭上に配置した。
日野達も異常事態に反応して即座に動き、ダンゴムシを排除している。
少女達は悲鳴も上げる事が出来ずに、呆然と立ち尽くしていた。
突然始まった暴力的な光景に、理解が追い付いていないのだ。
これがダンジョンの光景、ダンジョンの恐ろしさだ。
もしかしたら、この光景がトラウマになるかも知れない。
だが、それを危険と理解して、ダンジョンから離れてくれたら、それは良い選択なのではないかと思ってしまう。
ダンジョンでは、多くの命が消えている。
未来のある少女達が、その内の一人になる必要はないのだから。
明日2話投稿して書き溜めに入ります。