百八十六日目①
俺は朝からフウマに説教していた。
別にダンジョンで迷子になった事で怒っている訳ではない。今している説教に、その感情は多分に含まれているが、今回は別の件で怒っている。
分かってんのか!
おまっ!これどうすんだよ!?
全部読む?そういう事じゃなーんだよ!?
これ幾ら分だよ?十万っ!?アホかこの野郎!!
今朝、某密林サイトで注文していた馬具が届いたのだが、届いたのはそれだけではなかった。ダンボール十個分の漫画本と、フィギュアやトレーディングカードの入ったダンボールが二個も届いたのだ。
なんだこれ?と配送の人に尋ねると、注文の通りですと言って帰って行った。
混乱しながらも、伝票を確認すると馬具2セットと〝おまけ付き漫画セット“の記載があり、スマホで注文履歴を見てみると、確かにおまけ付き漫画本セットを購入していた。
まさか寝ぼけてポチってしまったのかと不安に思っていると、横でちっこい太った馬がダンボールを開いて喜んでいた。
お・ま・え・かい!?
フウマは、お目当てのフィギュアを咥えて喜んでいる。
俺は背後から迫り、収納空間から取り出したロープで一気に縛り上げて床に転がした。
それで説教を開始したのだが、残念ながら反省の色は見当たらない。
転がった状態で、ダンボールの方をチラチラと見ているのだ。
フウマの今の心情は、早くおわんないかな〜なんて舐め腐ったものに違いない。
だから俺は、反省の意味を込めて、ダンボールを全て収納空間に放り込んだ。
メー!?と叫び声が聞こえるが、そんなもの知らん。
反省しないお前が悪いとフウマに言うと、無理矢理ロープを引きちぎって、泣きついて来た。
なに?反省してます?もう二度としません?だから返して?
今更遅いんだよ馬鹿野郎!
タブレットも没収だ!
そう、フウマはテレビのリモコンやエアコン同様、いつの間にかタブレットを使えるようになっていたのだ。
最近の馬スゲーなんて思っていたら、なんて事はない。勝手に通販サイトで注文しやがった。誰でも使えるようにしていたのは俺だが、まさかそこまで使い熟すなんて、誰が想像出来ただろうか。
こいつにタブレットを与えておくのは危険だ。
次はどんな高額請求が来るのか、分かったものではない。
俺がタブレット禁止を口にすると、フウマは更にメー!!と泣く。
五月蝿いぞフウマ!静かにしろ!近所迷惑だろうが!
馬並みの音量で泣くフウマに注意するが、頭を振って拒否をする。どうやら、タブレットだけは譲れないらしい。
お前はスマホ依存症の奴かと言いたくなるが、その前にチャイムが鳴った。
フウマの泣き声に、近所の人が苦情を言いに来たのかと思い扉を開くと、そこには大家さんが立っていた。
あっ明けましておめでとうございます。
あっはい、五月蝿いですよね、直ぐに泣き止ませますんで。
えっ?誘拐?
近所でそんな事件があったんですか?
違う?え、俺ん家?
どうやらフウマの泣き声が、子供のものと間違えられたようで、俺が子供を誘拐しているんじゃないかと心配になったらしい。
大家さん、俺、そんな悪行するように見えます?と尋ねると、無言で頷かれる。
泣きそうになった。
いやいや違うんすよと涙を啜りながら、馬のフウマが泣いてるだけなんですと説明すると、大家さんは眉を顰めて訝しんでいた。
これ以上の説明はしようがないので、泣いているフウマの元に案内すると納得して、事件性は無いと判断して安心した様子だった。
そして俺の顔を見て、
「ウチはペット禁止だから」
と仰っていた。
フウマに一冊の漫画を渡して泣き止ませる。
いつまでも泣き止まないフウマに折れた俺は、タブレット禁止を撤回して、一日一冊の漫画本を渡す事で妥協した。
但し、某密林のアプリや他通販サイトのアプリは全て削除、ゲームへの課金など出来ないようにして渡している。
大家さんはペット禁止と言っていたが、取り壊し前だからと大目に見てくれた。それも、ご近所様に迷惑を掛けなかったらの話で、苦情が出れば、即退去するようにと忠告を受けている。
俺はひたすらに、はいはいと頭を下げて了承するしかなかった。
ここでフウマはペットじゃないですと言い張っても、フウマの見た目が馬である以上、やはりペット扱いになる。仮に召喚獣と説明して受け入れられても、じゃあ送還しろとなるので、送還出来ない現状、説明するだけ無駄になる。
てか、フウマってマジで送還出来ないな。
守護獣の鎧を装備してないにも関わらず、当たり前のように顕現してるし、よく分からない。もしかして、収納空間に入れていると、装備判定になるのかも知れない。
試しに守護獣の鎧を外に出してみる。
しかし、フウマは何の反応も見せずに、漫画を読んでいる。装備云々は、別に関係ないようだ。
一度、武器屋に相談してみよう。
いつものように電車に乗り、ダンジョンに向かう。
今日はフウマを置き去りにしないように、脇に抱えていたので忘れる心配はない。
フウマを下ろして、のんびりと歩きショッピングモールに向かう。
昼過ぎということもあり、人通りは多くはないのだが、道の真ん中で十人くらいの集団が何か話している。
その集団から、少しばかりピリついた雰囲気を感じ取り、これは避けた方が良いかなと大きく回ろうとするが、その中心にいる人物が知り合いだったので、真っ直ぐ行く事にした。
よう美桜、久しぶり。
ピリついた空気を読まずに、中心にいるダイコに声を掛ける。
突然の乱入者に、視線が俺に集中する。
その顔ぶれを見ると、ダイコと共にいる大学生達は分かるのだが、それに対面する人達は誰だろう。一般人のように見えるが、老若男女様々で、下は小学生くらいの男の子からお婆さんと言って差し支えないくらいお年を召した方がいる。
俺を見て、大学生グループも誰?といった反応だったが、ダイコが田中さんと呟くと、イケメンとムーコも思い出したようだ。
何かあったのかと尋ねると、どうやら宗教の勧誘にあっているらしく、入信させようと毎日やって来るのだそうだ。
……宗教か。
正直、一番関わりたくない類の内容だ。
信仰の自由はあるべきだと思うし、その考えを広めようとするのは、その人の自由だ。無理矢理入信させるのは違うと思うが、信者が居なければ宗教が成り立たないので、必死になるのも分かる。
とりあえず、美桜も嫌がっているんで止めて下さいとやんわりとお願いする。だが、貴方には関係ない、部外者は引っ込んでろと聞く耳を持たない。
なので、代表者っぽい女性と、さらに話をする事にした。
まあまあ落ち着いて、所でなんて宗教なんです?
ミンスール教?
聞いたこと……あるな、前に勧誘されたな。
そのミンスール教が、何で美桜をそんなに入信させたいんです?断られているんだし、次に行けば良いんじゃないですか?
一般人と、神に選ばれた方を御招きするのを一緒にするなって?
神に選ばれた?誰が?美桜が?
ダイコに視線を移すと、本人は頭を振って否定していた。
違うみたいですけど。
本人に自覚がないだけで、私達には分かるって言われても、ねぇ、流石に無理があるんじゃないですか?
例えば、そう、何か証明する物とかあります?
美桜が、その神様とやらに選ばれたっていう証明。
ある?あるの!?
マジかよ、それには俺も興味ありますよ。
もしかして、美桜の体のどこかに痣があるとかですか?それだったらガッカリなんですけど。
違う、もっと確かなモノ?
なんです、それは?
固唾を飲んで、勝ち誇った様子の女性の発言を待つ。
そして、勿体ぶって口にした言葉は、
「治癒魔法スキルは、神に選ばれた証明なのよ」
はい、解散!
俺は手を振って、終わり終わりと合図を出す。
アホか、治癒魔法スキルの何処が神に選ばれた証明だ。
ダンジョンで一定の確率で得られるモノに、そんな価値あるわけない。治癒魔法スキルの所持者が、一体何人居ると思ってんだ。宝くじに当たる人の方が、余程少ないわ。
一万人に一人の治癒魔法スキルと一千万分の一の一等当選確率。どちらがレアか一目瞭然だ。
そして何より、治癒魔法スキルと言うなら、俺も神とやらに選ばれた事になる。
……ちょっと面白いな。
神に選ばれた〜なんて、ちょっとカッコいいし、皆でヨイショしてくれるんじゃないだろうか。
どうしようかなぁ、バラそうかなぁなんて思いながら、ミンスール教の信者の方々を見ていると、ある事に気が付いた。
俺はダイコに向き直り、治癒魔法スキル持ってるのか問うと、頷いて肯定した。
そうかと頷いて、再びミンスール教の方々を見る。
やはりと言うか、何と言うか、彼ら彼女らは体の何処かを壊している。若しくは、その家族の人達だ。
特に小学生くらいの男の子は、帽子を目深に被って母親に寄り添っている。恐らくだが、この少年は目が見えていない。
俺が解散なんて言ったからか、彼女達は俺に敵意を向けて睨んでいる。自分達の信仰がバカにされて、怒っているのかもしれない。
そこで、一つ気になる事が出来たので尋ねてみる。
内容は、ミンスール教会には聖女部隊という、治癒魔法使いで構成された部隊があるはずだが、貴方達は治療してもらわないのかと。
俺の問いに彼女達は口を噤む。
治癒魔法を受けられていないのだ。その癒えていない体を見れば分かる。
彼女達の返答を待っていると、彼の方達は忙しくて、俺達まで順番が回るまでに、時間が掛かっているんだと主張する。
本当にそうなのか?
そう尋ねると、また彼女達は黙り視線を逸らした。
俺はもう一度ダイコを見る。
〝美桜を守ってあげてね”
もしかしたら、仲間になっていたかもしれない人。
助けたかった人に、守ってくれと頼まれた人。
ミンスール教会は、治癒魔法使いを欲している。それに、何の目的があるのかは知らない。ただ、このままでは、いつまでもダイコを追って来るだろう。
だから、目を逸らす必要がある。
ダイコに「俺に任せとけ」と言って、再びミンスール教の信者と向き合う。
そして手を翳し、少年に向けて治癒魔法を使用した。
光に包まれた少年は、声にならない声を上げて母親の腕にしがみ付く。母親は、何が起こっているのか理解していないはずだが、光の暖かさに安心感を覚えている様子だ。
やがて光は消え、少年はよろよろとした足取りで母親から離れ、あっあっと周囲を見て、自分の顔を触り突然泣き始めた。
母親が少年にどうしたのかと尋ねる。それに対して、感極まったように少年は母親の顔を見て、
「お母さん!見える!見えるんだ!目が見えるんだ!?」
自分に起こった奇跡を涙ながらに伝えた。
少年は確かに失明していた。
治癒魔法と同時にトレースを使用して調べたのだが、眼球が機能しておらず景色を写していなかった。だから、以前、俺自身をトレースした眼球を再現するように、少年の眼球を作り変えた。
アグレッシブジジイ改め、本田源一郎に対してやった事と同じである。モデルが俺なので、大丈夫かどうかは何とも言えないが、治癒魔法の通りが良かったので、体に馴染んでいるはずだ。と思いたい。
やっぱり病院で検査してほしいなぁと思いながら、泣く親子を見ていると、隣から女性が震えた声で話し掛けて来る。
えっ?ええ、治癒魔法です。
嘘も何も今見たでしょう。
俺も治癒魔法が使えるんですけど、神に選ばれた人になるんですかね?
え?なに?私もやってほしい?
お金は払う?
そんな、お金なんて……いいでしょう。
俺は彼女達を思い、治癒魔法を掛けて上げることにした。
ありがたやーありがたやーと拝む彼女達の姿を哀れに思った俺は、慈愛の笑みを浮かべて大盤振る舞いして上げる。
決して気分が良くなったわけではない。
お金が貰えるとテンションが上がっている訳ではない。
ただ、ちょっと、拝まれるのが楽しかっただけだ。
だから、さあ、もっと俺を崇めよ!
そして、気が付いたらミンスール教会本部に来ていた。
どうしてミンスール教会本部に来ているのか、何となく覚えている。信者の方々に持ち上げられて気分の良くなった俺は「是非我が家に来て下さい、謝礼を準備します」と言われて、うむよかろうと車に乗せられたのだ。
まさか、我が家が教会を意味する言葉だとは思わなかった。
やられたぜチクショウと悔しくなるが、粗茶ですがと出されたお茶とお菓子はかなり良い物なので、少しだけ嬉しくなる。
一緒に待たされているフウマにも、人参が用意されており、その待遇の良さが伺える。
誰が来るんだろうなと思いながら、お茶菓子に手を伸ばし、横から伸びて来た口を叩いて落とした。
どんだけ食い意地が張ってんだよ、この馬は。
俺は呆れて、出された人参食べてろと指を差すと、当たり前のように指に噛みつかれた。
ゴキゴキと嫌な音が室内に響き、痛みが俺の脳を直撃する。
っ〜〜〜!?何すんじゃこの馬ーーッ!?
指に噛み付いたフウマを掴んで引き剥がそうとするが、ビクともしない。それに、力加減を覚えたのか、絶妙に骨が折れるか折れないかの力を込めており、圧迫感と痛みが俺を焦らせる。
そして、指を噛んだままのフウマの目は、折られたくなかったら菓子を寄越せと言っている。
どうしようもねーな、この馬。
お菓子を手に取り、ぽいっと人参の入ったボウルに入れると、人参ごとお菓子を食べ始めた。
結局食べるんかいと思いながら、俺は負傷した自分の指に治癒魔法を使用する。
くそーと悔しがっていると、扉が開き金髪の女性が姿を現した。
「あら、元気なお馬さんね」
その女性は、とてもとても美しく、俺は嫌悪感を覚えた。
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