百八十三日目
おはようございます。
はい、本日マッピングールをお持ちしますので。
昼前には必ず、はい、はい、よろしくお願いします。
はい、勿論遅刻などしません!
はい、では後ほど。
スマホでの通話を終えた俺は、ホント株式会社のビルを見上げてコーヒーを啜る。
時刻は8時丁度、世のサラリーマンが出社している時間帯に俺も来ていた。
足元には、当たり前のようにフウマがおり、暇そうに欠伸をしている。暇潰しにと、コンビニで買っておいた漫画をほいと渡すと、喜んで受け取り地面に置いて読み始めた。
こいつの中に人が入っていると言われても、俺は信じると思う。
さて、何故ホント株式会社に来ているのかというと、先程の話にもあった通り、マッピングールを提出しに来ているのだ。契約では、何度かダンジョンを探索すれば良いのだが、十二分にダンジョンに潜り試しているので、その事も含めて確認したいと思っている。
こうして待つこと十分、愛さんが呆れた表情で出社して来た。
明けましておめでとうございますと挨拶をすると、呆れた表情からキリッとした表情に切り替え挨拶を返してくれる。
そして、貴方の行動は極端過ぎるわねと、改めて呆れられた。
それから、待合室で待たされることになる。
当然と言えば当然だが、会社では朝会なるものがあり、急ぎの会議もあるらしく待たされる羽目になったのだ。
別に待たされて怒るような事はない。会社に勤めた経験はあるので、社長が忙しいのも理解している。
だから文句はないのだが、問題点を洗い出してほしいと渡された資料はどういう事だろう。
先にマッピングールは渡しているのだが、改善点や案を俺に出してほしいとは、それは契約外ではないかと思うのだ。
暇でしょうと言われたらそうだが、料金も追加で支払うと言われたら二つ返事で引き受けるが、てか引き受けたからこの状況なのだが、書類仕事なんて久しぶりで頭が働かない。
それに手書きなんてのも久しぶりで、漢字が合っているのか、スマホで一々調べないといけないので、更に面倒くさい。
引き受けるの失敗したかなぁと思いながら、天井を仰ぎ見る。
そこには監視カメラが付いており、監視されているのではないかと感じて、机に向かってしまう。
フウマはカーペットの上に寝そべって漫画を読んでおり、何も考えてないようで羨ましくなる。
いや、馬に考えを求めるってと自嘲して筆を走らせた。
ふんふんと書いて行くと案外出て来るもので、無茶な要求まで記入していく。
こういうのは、内容がどうあれ数を書いて、そこから抜き出していく方が効率が良いのだ。
それで間違った方向に行く可能性もあるが、そこら辺は他の人も目を通すので問題ないだろう。それに、俺が書いたものなんて参考にならないと、捨てられるのがオチだろうしな。
だから気軽に、適当に書いていく。
内容は気にせず書いていく。
だから前に勤めていた会社でも、無駄が多いと怒られたなぁと嫌な事を思い出した。
今更だが、あの会社はどうなったんだろうなと気になってしまう。多くの社員が辞めており、ブラックなのは間違いなく、同期も俺ともう一人を残して半年で辞めており、その俺も去年辞めてしまった。
ただでさえ人手が足りない会社だ、もしかしたら潰れてしまっているかも知れない。
俺一人辞めたからと言って、傾くような会社ではない事は重々承知しているが、これが何人も続けば必ず限界は来る。
今となっては恨みも何も抱いていないが、潰れてくれたらスッキリすると思う。
そうなると、元同僚達が再就職などで苦労するだろうけど、そっちの方がまだ楽な気がする。給料も安かったし。
そう考えると、今の収入は破格だなと実感する。
探索者全員が儲かるわけでもないし、収入も多い分、支出も多いが、宝箱一つでサラリーマンの年収を軽く超える収入が手に入る。
意図せず年末年始をダンジョンで過ごしてしまったが、何だかんだで成果はあった。
スカーフのアイテムの他に、もう一つ宝箱を発見したのだ。
まだ鑑定してないので分からないが、恐らく売る事になると思う。
スカーフは能力次第というのもあるが、もう一つの宝箱から出たアイテムは、チャクラムと呼ばれる投げ輪の投擲武器で、外側に刃が付いており、投げて相手を切り裂くという物。それが十個セットで入っていたのだ。
宝箱から武器を手に入れるのは、初心者の杖以来二度目だが、恐らく使えないだろう。
練習すれば良いという問題ではなく、探索者が相手をしている存在が問題なのだ。相手はモンスターだ。チャクラムのような殺傷能力の低い武器では、モンスターを傷付けても、その命までは奪えない。
勿論、宝箱から出たアイテムという事もあり、能力次第では使う可能性もあるが、それでも俺には魔法がある。
それに刃を飛ばすだけなら、不屈の大剣の能力にも備わっており、少なくとも俺は使わない。
コレクションとして取っておくのも良いかも知れないが、俺にそんな趣味は無く、収納空間に入れておいても、そのまま死蔵してしまいそうだ。
だから、売るという方向で考えている。
っと考えが脱線したなと書類に書き込もうとすると、待合室の扉がコンコンとノックされた。
扉が開き入室して来たのは、ホント株式会社の社長である愛さんと、いつかダンジョンで出会った八丁さんがスーツ姿で隣に立っていた。
どうしてここに、と頭に?を浮かべていると、久しぶりですねと八丁さんが話しかけて来る。
えっと、お久しぶりです。
あの、どうしてここに?
ホント株式会社と契約した?
マジっすか?
愛さんを他所に、八丁さんと話してしまっているが、大目に見てほしい。
八丁さんの話によると、パーティは年末に解散しており、メンバーそれぞれが別の道を行ったそうだ。
別々の道と言っても、大抵が企業と契約を結んだそうで、ホント株式会社には八丁さんを含めて三名が契約したらしい。因みに、契約したのは魔法使いの女性と、俺を射た弓使いの男性だそうな。
それで、態々ここに来たのは、愛さんに俺の話を聞いたらしく、もしかしてと思って顔を見に来たという。
へーと聞いて、世間は狭いなぁと感じた。
で、そこにいるのはペットかと、フウマを指差されて尋ねられたので、召喚獣ですと答えると、ふーん?と分かっているのかいないのか曖昧な表情をしていた。
そして何度か召喚獣、召喚獣と呟くと、目を見開いて召喚獣?と大きなリアクションではないが驚いているようだった。
そうですけど、なにか?
と言わんばかりに、ぶるんと鼻息を鳴らしたのはフウマだ。
俺は八丁さんに、召喚獣って珍しいんですかと尋ねると、かなり珍しいらしい。
スキルの中にも召喚獣なるモノがあるそうで、その数は治癒魔法以上に少なく、更に使える種類というのも限られるので、大抵引退するか、サポート役に回るのが殆どなのだそうだ。
田中君はスキルを持っているのかと聞かれたので、フウマは鎧に付与された能力で召喚した召喚獣ですと、素直に答えておく。
それは凄い鎧ねと驚かれ、普段から召喚しているのかと尋ねられる。それに対して送還に応じてくれないんで諦めてますと、バカ馬の方を見て言ってやった。
どうやったら強制的に送還出来るか尋ねるが、八丁さん自身も召喚獣には詳しくないようで、ごめんなさいと謝られた。
大丈夫ですよ、役に立たねーなこいつなんて思いませんから。
八丁さんとの会話がいち段落したところで、愛さんとの話に変わる。
とりあえず書いた書類を渡すと、マッピングールを改めて渡された。
もう十分試験はしたと思うんですけど、まだやった方がいいですか?
まあ、契約では一ヶ月とありますし文句はないですけど、報酬の変更って出来ます?
このマッピングールが欲しいんですけど、ええ、使い勝手がかなり良いので。
はい、31階からかなり広いんで、マッピングールはかなり役に立ちます。
ポッタクルーはいらないのかって?
いりません、俺には必要ないです。
ポッタクルーにはお世話になった。
いろいろと思い入れはあるが、同時にあいつらを思い出してしまう。
今でも夢に見るのだ。
あいつらをポッタクルーに乗せる時の光景を、冷たくなった体の感触を、今でもはっきりと記憶しているのだ。
あの時の事を忘れるつもりはない。
それでも、ポッタクルーを持とうとは思わない。
その思いを乗せて、愛さんの提案を拒否する。
愛さんも、何か察したのか強く勧めて来る事はなかった。
その後、幾つか話し、マッピングールを渡す代わりに、もう一カ月試す事になった。
最後に、物件に関する資料を渡される。
愛さん曰く、直ぐに入れる物件はこれだけだと言う。
それでも四件の資料がクリアファイルには入れられており、そこまでしてくれるのかとお礼を言って受け取った。
気に入った物件があれば内覧に連れて行ってくれるそうで、今度来る時までに選んでおきますと伝えておいた。
ホント株式会社での用事を終えた俺は、フウマを連れてショッピングモールへと向かう。
残念ながら店内に動物を入れるのはダメなようで、外にペット専用のスペースがあるので、そこで待たせるようにと警備員に指示された。
まあ仕方ないなと、フウマに漫画本を渡すと、他のペット達と大人しくし待っているようだ。
で、目的の武器屋に来ているのだが、残念ながら開いてなかった。
店の前には貼り紙がしてあり、年末年始の予定が記載されていた。それによると、営業開始はギルドと合わせているようで、仕事始めは明日からのようである。
残念に思いながら、また明日来ようと踵を返す。
すると、向かい側にある広場には挙動不審な少女達がいた。
少女達は周囲を気にしており、手にはスマホ用の脚立を持っている。上着は皆同じ物を着用しており、何かのチームだと分かる。
その少女達の内の一人とは、顔見知りだ。
名前は知っているが、会話もしたことないような関係だ。それでも、お世話になった人の娘さんでもある。
娘さんと年齢が近いなら、少女達は中学生のはずだ。
その少女達が、何をするのか俺には分からずジッと見ていようと思う。
だが、ジッと見ていたからか、少女達は俺に気付いてヒソヒソと喋りだした。
それでも構わずに俺はジッと見る。
きっと俺の熱視線を感じて、照れているのではないだろうか。なんて冗談は別として、本当に何してんだ?
そんな俺を他所に、少女達は諦めたのか、気にしないようにしたのかスマホを設置すると、音楽を流してダンスを始めた。
そこで、ああと納得する。
これショート動画の撮影だ。
今時の中学生は、こんな活動もしているんだなぁと感心する。俺の時代も、何か動画を上げている奴はいたが、鳴かず飛ばずで一ヶ月で活動を辞めていた。
少女達も、バズる為に必死で頑張っているのだろう。
一分程度の短いダンスだったが、皆息が合っており、凄く良いと感じた。少女達も満足しており、良い出来だったのだろう。
そうこうしていると、警備員が何人か引き連れて少女達の元にやって来た。
今度は何だろうと、またジーッと見ていると、どうやら少女達は許可を取らずにやっていたようで怒られている。
保護者にも連絡すると注意されており、少女達は泣きそうにしていた。
そして少女達の内の一人が、いきなり俺を指差して、
「あの人に言われてやりました」
……ん?耳がおかしくなったかな?
いきなり巻き込まれたような気がするんだが、気のせいか?
腕を組んで考えるが頭が追いつかない、どうなってんだと悩んでいると、警備員の一人が近付い来た。
何です?
あの子達と知り合いかって?
まあ一人とは顔見知りですね、お世話になっている人の娘さんですけど……。
あの子達に何させてるって言われても、俺は何も……。
はあ、どこの高校ですか?
西○高校出身ですけど、何の話なんです?
どこの高校って言われても、県外の高校ですけど。
連絡する?
はあ、ご自由にどうぞ。
反省してないのかって?
だから、何の話です?
あの子達に何やらせたか分かってるのかって言われても、何も言っていませんしね。
じゃあ誰がやらせたんだって言われても、知るわけないでしょ。ええ、知り合いですけど。
なに?お前以外いないって?あんたねぇ〜!
こちらを馬鹿にした態度の警備員は、終始こちらを見下し脅すような態度で説教を始めた。
俺も段々とイライラしてしまい、食って掛かる。
警備員と言い合いを始めると、少女達を囲っていた警備員達もこちらに来て引き離そうとする。
力尽くで態度の悪い警備員に詰め寄るのは簡単だが、他の警備員に怪我をさせてしまいそうなので、一応は自重する。
それでも口を止めるつもりはなく、馬鹿にして来る警備員に言い返す。
ショッピングモールに人は多いのだが、探索者向けの店はどこも閉まっており、この一角だけ人がいない。そのおかげで、人から注目される心配はないのだが、それを利用して、少女達はここでダンスをしたのかも知れない。
それで、当の少女達だが、俺と警備員が言い合いをしている間に姿が消えていた。
おう、マジかよと驚く俺と警備員さん達。
言い争っていた俺達も、何とも言えない気持ちになり、すいませんでしたとお互いに謝罪してしまった。
解放された俺は、ショッピングモールを出るとフウマを回収しに向かう。少女達を探そうかとも考えたが、トイレに逃げ込まれてたら手は出せないので、諦めて麻布先生に報告しておこうと決めた。
そう、知り合いの少女とは麻布先生の娘さんだった。
名前は麻布マツリ、中学生だと紹介されたのを覚えている。
一応、麻布先生の番号は登録しているので、メッセージでも残しておこう。と、そう思っていたのだが、フウマを預けている所に、件の少女達がいた。
少女達は何か珍しい生物でもいたのか、ゲージの中にいるペットを見ている。
見〜つ〜け〜た〜。
怒りに満ちた表情で、お前ら何してくれてんだと文句を言おうと少女達に近付く。
相手は子供だ。強く言うと泣いてしまうかも知れない。そうなると、立場的に弱くなるのは俺だ。だから、怒鳴るような事はせずに、優しく諭してやろう。
やい!テメーら!よくもやってくれたな!!
ダメだった。
やっぱ躾って大事だから、ここは怒った方が良いな。
俺が怒って近付くと、少女達は萎縮して引いてしまう。
逃げようとする子もいたが、動こうとした方に手を伸ばすと、後退りし逃走を諦めた。
何で俺を巻き込んだんだ!
関係ない俺を!
人に迷惑を掛けるなって教わらなかったのか?
俺はこれまで、人様に迷惑を掛けた覚えなんてないぞ!
謝罪なんていらないんだよ!どうして、俺を巻き込んだのか教えろって言ってんだ!
分かっ!?……何だよフウマ、どけよ。
俺が少女達に詰め寄っていると、漫画を読んでいたフウマがケージから出て、俺の前に立ち塞がった。
その姿はまるで、暴漢から幼い少女を守る戦士のようで、俺にその辺でもう良いだろうと、つぶらな瞳で諭して来る。
お前……。
……止めるわけないだろ、バカヤロウ。
俺は立ち塞がったフウマをどかそうとすると、フウマは残念そうに頭を振り、俺を吹き飛ばした。
魔法だ。
風の魔法で吹き飛ばされたのだ。
威力はそれほどでもないが、体が浮かされて数メートル後退させられた。
魔法の発動を察知できず、まともに食らったのもあるが、何より召喚主である俺を攻撃した事に驚いた。
まさか、フウマが俺を攻撃するなんて……今に始まった話じゃないな。
これまでにも手を噛まれて、何度もバキバキに折られているので、今更の話ではある。
それでも、冷静になれた俺は、自分の状況を客観視することが出来た。
周囲を見ると、スマホを手にこちらを窺っている人達。
その指は通話ボタンに掛かっており、今まさに警察へと通報しようとしていた。
それも仕方ないだろう、事情を知らない人達からすれば、体格の良い男が、少女達を脅迫しているように見えるのだから。
つまり、このままでは警察が来てしまうのだ。
分が悪いと悟った俺は、チクショウ!覚えてろよ!と捨て台詞を残してダンジョンに向かった。
ダンジョン21階
なあ、聞いてくれよ。久しぶりに朝から動いてたんだけどさ、散々な目に遭ったんだ。
ああ、大丈夫、泣いてないから。
何だろうな、何もしてないのに巻き込まれるんだよ。
そうなんだよ、世の中理不尽だよなぁ。
俺さ、これまで人様に迷惑を掛けようと思った事なんてないんだよ。それなのに酷くない?世の中間違ってるよな。
なに?知らぬ間にやってるかもよって?
……そうだな、何度か警察のお世話にもなってるし、心当たりはあるな。
今度からは、ダンジョン帰りのシャワーは欠かさないようにする。ありがとう、助かった。悩みが一つ片付いたような気がするよ。
やっぱり、ここに来ると、気持ちが楽になる気がする。
また来ても良いか?
ダメ?何でだ?
俺の隣に座り相談に乗ってくれていた彼は、棍棒を持って立ち上がる。
どこかに行くのかと尋ねると、フゴッと鼻息を鳴らして棍棒を振り上げた。
どうしたんだろうかと俺は彼を呑気に見ていると、棍棒を振り下ろそうとした彼は、風の魔法によって切り刻まれ倒れてしまった。
オーークーーッ!?!?
大切な大切な、俺の相談相手が死んでしまった。
やったのは、俺に白い目を向けているフウマだ。
何でこんな事したんだと非難の目を向けると、フウマは器用に顔をクイッと動かして、さっさと帰ろうと促して来る。
あっはい。
この日は何もせずに、ダンジョンを出た。