百八十二日目
昨日は風呂入って、飯食ったら今日の昼まで眠っていた。
元々、一泊二日の予定でダンジョンに潜っていたのに、気が付けば七日も経っており、準備も不十分だったので物資面で過酷なものになり疲れていたのだ。
準備していた食料は早々に底を突き、ダンジョンでの飯は、幻惑大蛇と天闘鶏を捌いたものになっていた。
別に不味くはないのだが、いくら解体のスキルがあるからと言って、調理の腕が上がる訳でもなく、調味料も塩コショウのみだったので、毎日同じ味だった。
もういい、もういいと蜂蜜を舐め回して口直しをしていたせいで、こんなに太ってしまった。
甘い物に罪は無いが、俺を太らせてしまったのは罪である。
ちゃんと償ってほしいものだ。
そんな思いを胸に体重計に乗ると、ダンジョンに潜る前より気持ち減っていた。
……や、や、痩せてる。
俺は、これまで増えるしかなかった数字の変化に驚いて、目から涙が溢れてきた。
まさか、罪を償ってくれる日が来るとは……。
やっとだ、やっと腹の脂肪とおさらば出来る。
これまでに仕事を失い、金が無くなり、風俗には行かず、毎日の楽しみだった女王蟻の蜜も無くなった。
そんな希望を失った毎日を過ごし、何の成果も出せない日々を送っていた。
それが、今日、今ここで数字という形で見る事が出来たのだ。感動して泣いてしまうのも頷けるだろう。
五百グラム、たった五百グラム、されど五百グラム。
俺という体積が、この世から確かに減ったのだ。
今日は焼肉にしよう。
このお祝いは、盛大に行うべきだ。
一人焼肉が良い、ひとりで腹一杯に肉を食うのだ。
そうだ、そうしよう、今晩は焼肉とビールで確定だ。
ダイエットは明日から始めたら良い。
よく言うだろう、明日から本気出すって。
『年末に開催された〝グラディエーター”ですが、未だ興奮冷めやらぬ会場では、参加した選手達との交流会が、ここネオ闘技場にて開催されています! ネオ闘技場まで、長蛇の列が出来ており、その注目度の高さが窺えます。 では、インタビューをしていきたい……』
ニュースでは、年末に放送された番組の話をしていた。グラディエーターの中身は、探索者同士の戦いを見せ物にしたものだ。番宣もしていたし、どこかの酔っ払いも言っていたので間違いないだろう。
参加した選手達が、どんな戦い方をしていたのか気になるが、ニュースでは決着を映すだけで内容までは見せてくれない。
それに今はチャンネルを変えられてしまい、テレビにはバラエティー番組が映っていた。
俺は別に見たくはないのだが、チャンネルを変えた本人ならぬ本馬は、バラエティー番組が見たいらしく、ヒヒッヒヒッと気持ち悪い笑い声を上げている。
しばらく見ると飽きたのか、他のチャンネルに変える。
その足でどうやってボタン押してんだと気になって見てみると、器用に蹄の先で押していた。
最後はアニメに落ち着き、食い入るように見ている。
俺はその横で、ダンジョンに向かう準備を始める。
昨日までの探索でキラービーの蜂蜜を使い過ぎて、残り少なくなっているのだ。30階から始めて、28階のキラービーの巣まで急げば夕方には到着するだろう。28階の地図は頭に入っているし、29階30階も行き来だけなら最短で行けるので、夜の焼肉には十分間に合う計算だ。
さあ出掛けようとすると、テレビを見ていた馬であるフウマが、どこに行くの?とこちらに目を向けた。
何だよ、ダンジョンに行くんだよ。
フウマも行くって?
……止めとけ、お前が一緒だとバシ○ーラよろしく、どこに飛ばされるか分かったもんじゃない。
同じ失敗はしないって?
前回の探索で、五回も飛んだ奴が何言ってんだ。
次は大丈夫って、どこからその自信が湧いて来るんだよ、一層不安になるわ。
33階で飛んだ後も、更に三回飛ぶ羽目になってしまった。それは天闘鶏の姿を見たり、幻惑大蛇の幻を見たりして極端に反応してしまったのが原因だ。しかも、決まって俺が跨っている状態にである。
いっそフウマだけで飛んでくれたらと、何度思っただろうか。俺が降りている間は、そんな行動は取らないのだ。
モンスターを速攻で倒しているというのもあるが、もしかしたら、俺が視界に映る事で安心しているのかもしれない。
そう考えると可愛く見えて来るな。
フウマを見てみると、立派なアホ面がそこにはあった。
そんなに可愛くはないな。
前言撤回すると、俺は家を出る。
フウマも、テレビを消して、暖房を消して、電気を消して、アパートの鍵を掛けて俺に付いて来た。
何気に賢いんだよな、この馬。
昨日、警察署から家に帰ると、フウマがこれは何だこれは何だと態度で示して来るので、一通り説明すると一回で覚えてしまったのだ。
しかも、器用に風属性魔法を操り、人が行うのと大差ないくらいに家電を使い熟す。もう少し、ダンジョンでもその賢さを活かしてくれないかと、残念に思ってしまう。
ダンジョン28階
何だかんだ言いながらも、フウマに乗って来てしまった。
勿論、それはダンジョンに入ってからで、アパートからダンジョンまでは交通機関を使って移動した。
当初、電車の乗車は駄目だと思っていたのだが、俺が片手でフウマを抱えていたせいで、縫いぐるみと勘違いした駅員が許可してくれたのだ。
一応、こいつ動きますよと説明するが、信じてもらえず忙しいから行ってくれと言われて、そのまま乗車したのだ。
電車内でも、フウマは微動だにせず、完璧に縫いぐるみになり切っていた。周囲から多くの視線を集め、子供に撫でられても身動き一つしなかった。
フウマはバレたら電車から降ろされると理解している。
それは、電車のルールを理解しているという事であり、俺が駅に着くまでに口ずさんだ内容を、しっかり理解しているという事だ。
やはり賢い。
普通の動物とは違うのは、召喚獣だからだろう。守護獣の鎧の説明にも、召喚主の能力が影響すると記載があったような気がする。
きっと、俺の賢さを引き継いだに違いない。
賢い割に馬鹿な行動が目立つが、それはフウマだからで、俺は関係ないはずだ。
武器屋の店主が、いらんこと手を加えたりしたからだと俺は睨んでいる。だから、今度店に行ったら文句を言ってやろう。
そうしよう、俺のストレス解消にもなるし。
悪質なクレーマーになると決意して、キラービーの巣に到着したのだが、そこには何も無かった。
正確には、巣の残骸はあったのだが、そこにキラービーの姿は無く、命の気配を感じ取れない。
どうしてこうなった状態である。
あれだけのキラービーがいたのに、こんなにあっさりと枯れるなんて思いもしなかった。
きっとどこかの探索者が、キラービーを殲滅して大量の蜂蜜を持って帰ったに違いない。まったく困ったものである。
少しは継続して蜂蜜を取れるように、キラービーは残してお……く……、俺、前回、キラービー残したっけ?
記憶を遡ると……大丈夫だった。
女王蜂っぽい個体は残したから大丈夫なはずだ。
きっと大丈夫、大丈夫、働き蜂がいなくても、女王蜂がいれば大丈夫なはずさ!
俺は風属性魔法を使い、上から圧力をかけて蜂の巣を押し潰した。
これで、この巣が復活する事はない。
キラービーによる探索者の被害も減るだろう。
良いことをした!
俺は良いことをしたんだ!
だからフウマ、俺を可哀想な目で見るな。
全てを無かった事にした俺は、フウマに跨りキラービーの巣を探しに行くのだった。