百七十五日〜
昨日はぶっ続けで戦ったせいか、体の調子がすこぶる良い。
疲れて体調が悪くなるかと思っていたが、逆に体の調子が良くなっている。
武器屋の店主の呼吸法を、真似したおかげかも知れない。
昨日の戦いで学んだのは、店主の動きもそうだが、独特な呼吸法を真似したのだ。
戦っていて分かったのだが、俺と店主の武器の扱いの差は絶望的なほどあった。そんな中で、並列思考を使い店主の動きをトレースしていると、店主が短くも深い呼吸を繰り返しているのに気が付いた。
それを真似して剣を振ると、いつもより鋭く力の乗った一撃を繰り出せたのだ。勿論、それでも届かなかったのだが、呼吸一つでこんなにも変わるのかと、かなりの衝撃を受けたものだ。
日常的にこの呼吸法を出来るようになれば、俺はまた強くなれるのかも知れない。
探索の準備をすると、アパートを出て電車に乗り込む。
この時も常に呼吸を意識していた。
「ママー、あのお兄ちゃんはぁはぁ言ってるよ」
「ダメ、見ちゃいけません!」
そんな怪しい奴がこの電車に乗っているのか、変質者かもしれない、ここは俺が注意してやろう。
そう思い周囲を見渡すと、この車両には女性とお爺さんしか乗っていなくて、お兄ちゃんと呼ばれる世代は俺だけだった。
何だ、あの子の勘違いか。
俺は黙って車両を変えて、呼吸を元に戻した。
ダンジョン31階
守護獣の鎧を身に着けると、装着と唱えて体にフィットさせる。
何度か体を動かしてみるが、違和感は無く動きに突っ掛かりは無い。デザインは魔鏡の鎧の方が好みだったが、この甲冑も中世ヨーロッパの騎士のようで格好良い。
これで馬が居れば言うこと無しだ。
という訳で、早速召喚しようと思う。
あの甲冑ホブゴブリンは馬に騎乗していたが、本来、ダンジョンに普通の馬は存在しない。居るのは馬型のモンスターだけだ。
では、あの甲冑ホブゴブリンが乗っていた馬はモンスターなのかと言うと、それは違う。
あの馬は、この守護獣の鎧(馬)で召喚された馬なのだ。
「召喚」
手を翳して唱えると、魔力が消費されるのを感じる。
どうやら、魔鏡の鎧と同じように、能力を使用するには魔力を必要とするようだ。
魔法陣が展開して光り輝くと、そこに一頭の馬が現れた。
ここで貴方がマスターかと言ってくれたら興奮ものなのだが、そこまでの贅沢は言うまい。
だからお願いです。
チェンジ出来ませんか?
召喚して現れた馬は、確かに馬ではあった。
しかし、それは小さく、所謂ミニチュアホースと呼ばれる品種の馬だった。
しかも、気持ち丸く見える。
太ってんのか?
馬なのに不摂生してんのか?
召喚者に似合った馬が召喚されるって説明があったが、それなら軍馬かサラブレッドが出るべきじゃないのか?
俺みたいな雄々しい男には、軍馬こそが相応しい。
あの甲冑ホブゴブリンが騎乗していたような軍馬が。
ちょっと一回戻ってくれるかな?
そう言って、魔力を込めて消そうとするが、抵抗を感じる。
ん?んんっ?と魔力を込めるが馬を送還出来ない。
馬の方を見ると、何か必死に耐えている様子だ。
いやいや、なに抵抗してんだよ。
召喚者の俺が送還しようとしたんだから従えよ。
更に魔力を込めて、力尽くで言うことを聞かせようとするが、それでも耐えている。
どんだけ頑固なんだと、こっちもムキになってしまう。
そんな風に攻防を続けていると、馬がヒヒーンと叫び、俺に突進して来た。
いきなりの行動に対処できず、俺の腹は馬の突進を受けてくの字に曲がり、大きく突き飛ばされる。
ぐふっと倒れ、思った以上の衝撃を受けて、おえぇっとえずく。
四つん這いになり、馬の方を見ると鼻息をフンスと鳴らして、もう一度俺に突進しようと地面を蹴っていた。
待て待て!待って!
帰さないから!今のままの貴方でいいから!
だから落ち着いてくれ!
必死に宥めると、馬は落ち着きを取り戻したように地面を蹴るのを止めた。
マジで何なんだよ。
こういう召喚獣って、召喚者に従順な存在じゃないのか?
甲冑ホブゴブリンが乗っていた軍馬だって、ホブゴブリンの意思に従って動いてたじゃん。何で俺だけ、こんな反抗期真っ盛りの駄馬なんだよ。
ヨロヨロと起き上がった俺は、兜を収納空間から取り出して被る。そして、駄馬に背を向けて歩き出した。
今日から一泊二日で、今年最後の探索を行うのだ。こんな所で時間を無駄に消費するべきではない。
馬?さあ、好きにするんじゃね。
草もここには沢山あるし、飢えることは無いだろう。まあ、召喚獣が腹減るかは知らんがな。
まったく、俺の計画が台無しになってしまった。
馬に乗ればダンジョンでの移動も速くなり、時間の短縮になると思っていたのに、蓋を開けてみればこれである。
また新たに召喚できないかと魔力を通しても、反応は無く、どうやら一頭しか召喚不可能なようだ。
トボトボと気を落として歩いていると、背後から蹄の音が聞こえて来る。
振り返ると、馬が付いて来ており顔を背けていた。
なんだよ?
俺が問い掛けても、明後日の方向を向いており、こちらを見ようともしない。
じゃあいいやと再び歩き出すと、蹄の音も背後から鳴り出す。
また振り返ると、馬は立ち止まりそっぽを向く。
ジーッと見てもそっぽを向いたままだ。
また歩き出すと、また蹄の音がする。
またまた振り返ってみても、そっぽを向いている。
走って振り切ってやろうと思い、身体強化を使用して走り出すと、蹄もそれに倣って音が速くなる。
負けるかー!!
いつしか競走のようになり、道を爆走する。
しかし、人の足では四足歩行の馬に勝つことは出来ず、追い抜かれて、そのまま先に行ってしまった。
ちくしょうと唸り、はあはあと息を整えていると、蹄の音が隣からして足をポンと叩かれた。
そちらを見ると、まるで称賛するかのような眼差しで俺を見ており、よく頑張ったなと認めてくれたような気がした。
この時、俺達はようやく通じ合えたのかも知れない。
俺はふっと笑い、馬を称賛して、魔力を込めて送還しようとした。
再び突進を食らって宙を舞った。
そんなこんなはあったが、どうやら馬は俺を乗せてくれるらしい。
おっ良いのかと背中に跨る。
鞍を用意していなかったせいで、バランスは悪いが足でしっかりと挟めば問題ない。寧ろ鎧が直に当たっているので、馬の方が痛いのではないかと思ったが、どうやら平気なようだ。
そして進み始めると、うん、思っていたよりも遅い。
種類がミニチュアホースのせいか、速度が歩いているのとほぼ変わらない。
それでも、駆け足で行ってくれとお願いすると、俺の言葉が分かっているのか速度が上がった。
それなりに速く、体は安定しており振動も少ない。
おお、なかなかに快適だ。
その速度と乗り心地に満足していると、モンスターが現れた。数は五体で、剣を持った戦士が三体、魔法使いが二体といった編成だ。
俺はモンスターの相手をするべく、不屈の大剣を取り出し、馬に止まるように指示を出す。
しかし、馬は止まらない。
いやいや、止まらんかい!
馬に呼びかけるが、寧ろ速度を上げて突っ込んで行く。
これは騎乗で戦えという事なのだろうか、今日初めて馬に乗ったのに、難易度の高い事を要求をしてくる。
やったるわと大剣を構えると、馬から魔力の流れを感じ取った。
馬はブルッと唸ると、風属性の魔法を使う。
そう、馬が魔法を使ったのだ。
俺がよく使う風の刃が馬から放たれ、ホブゴブリン達を襲う。風の刃は一つだけでなく、十を越える数が放たれており、それを避け切れなかったホブゴブリンは呆気なく命を散らしてしまう。
唯一残った戦士のホブゴブリンも、俺がすれ違いざまに大剣で止めを刺して終わった。
全てのモンスターを倒すと、ようやく馬は足を止める。
もっと早く止めんかいと言いたいが、このモンスターを倒したのは、この馬なので文句は言えない。
よくやったなと頭を撫でると、当たり前だと言わんばかりに頭を振られた。
ホブゴブリンの武器を回収すると、また馬に跨りダンジョンを進んで行く。
たまにモンスターとの戦いになるが、その全てを馬が片付けてくれる。俺は終わった後に降りて、武器を回収するだけで良く、かなり楽である。
馬様々だ。
最初はチンチクリンな馬が現れて、チェンジを希望したりもしたが、かなり使える馬である。
そうだ、いつまでも馬と呼ぶのも味気ないので、ここらで名前でも付けよう。
そうだな……ロシナンテなんてのは、あいた!
名前を告げると、馬が暴れて振り落とされてしまった。どうやら気に入らなかったようだ。
良い名前だと思うんだけどな、元駄馬。
じゃあ、そうだなぁ……○キバ○ーなん、どわっ!
今度は後ろ足で蹴られてしまった。
今の名前も気に入らなかったようだ。
白毛の小さい馬って言ったら、これだろうという名前なのに、お気に召さなかったようだ。
じゃあ何が良いかなぁ……シンプルにタネウマなん、嘘だって、冗談だ。
魔力が唸り、俺に向かって魔法を使おうとしていた。
危ない、マジで危ない、次はちゃんと考えないとまずいかも知れない。
とは言っても俺の知る馬の名前は、赤兎馬、松風、黒王、どれもこいつには勿体無い気がする。
どうしようかと、馬をしっかりと見る。
召喚した馬の見た目は小さく芦毛である事、それに風属性魔法も使えて、何気に突進も強い。
あっ、あと鬣に茶色が混ざっている事くらいか。
フウマ。
風の馬と書いてフウマだ。
おしゃれに英語やラテン語でなんて考えたが、どうにも似合わなくて日本語になってしまった。
フウマという名前はどうだろうと馬を見ると、ブルンと唸り特に反抗するなんてような事は無かった。
どうやらOKのようである。
でもなぁ、やっぱりタネウマの方が……。
名付けに迷うと、風が強く吹き荒れた。
ダンジョン32階
フウマに乗って移動したおかげで、徒歩で一日は掛かる距離を数時間で走破することが出来た。
殆どのモンスターをフウマが倒してくれたのもあり、短時間で来れたのだ。
そんな心強いフウマだが、早速弱点が見つかった。
10mを超える巨大な蛇を前にして、フウマは後退りをした。風の刃を飛ばし、切断せんと巨大な蛇に迫るが、どんなトリックを使ったのか巨大な蛇をすり抜け、風の刃は上空に飛んで行ってしまった。
それを何度も繰り返すが、結果は全て同じだ。
嘶きながら下がるフウマは、巨大な蛇に怯えているようにも見える。
そう、巨大な蛇、幻惑大蛇によって作り出された幻を、フウマは見抜けなかったのだ。
俺は草むらに潜んでいる幻惑大蛇の本体を、石の杭で串刺しにして倒すと、幻の蛇は消え去った。
そして、得意げにフウマを見やると、フンスと鼻息荒くしており、初見だから間違っただけだと言わんばかりの様子だ。
だがその後も、幻惑大蛇の幻に引っ掛かり、魔法を乱発して無駄に魔力を消費している。
そして、俺の魔力もガンガン消費されていく。
召喚獣の魔力の出所は、どうやら鎧の装着者である俺のようだ。
だから、もうそんなに魔法を使うなと言う意味も込めて、ケツをパーンと叩いてやると、ヒヒーン!と嗎声き、竜巻を発生させた。
そして俺達は、何処かに吹き飛ばされてしまった。
ーーー
守護獣の鎧(魔改造)
どこかの錬金術師により改造された鎧。魔法に高い耐性のある小盾が取り付けられる。召喚獣にも強く影響が出ており、従順ではあるが意思を強く出すようになっている。また、召喚主の能力も強く反映されるようになった為、姿形から能力まで千差万別である。
ーーー
フウマ(召喚獣)
体高70cm芦毛のミニチュアホース、体重は百キロ以上あり召喚主の特徴を強く引き継いでいる。
召喚主のスキルも一部使えるようになっており、フィールドモンスター相手ならば、負ける事はないくらいには強い。
召喚主が成長すれば共に成長し、衰えれば共に力を失う。
自我を持っており、食事をする事で自らを形作っている魔力を生成する。
召喚主が死ぬか、他者が守護獣の鎧で召喚するか、殺されない限り消えることはない。鎧を破壊しても、その存在は残り続ける。
雑食で何でも食べる。悲しくなるとメ〜と泣く。漫画大好きで、タブレットも使い熟す。アニメは一日一時間までと決めている。
※もう少し賢ければ、単体でも40階でも通用する強さを秘めている。(召喚主から強い影響を受けて……)
《スキル》
風属性魔法 頑丈 魔力操作 身体強化
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田中 ハルト(24)
レベル 27
《スキル》
地属性魔法 トレース 治癒魔法 空間把握 頑丈 魔力操作 身体強化 毒耐性 収納空間 見切り 並列思考 裁縫 限界突破 解体 魔力循環 消費軽減(体力) 風属性魔法 呪耐性
《装備》
不屈の大剣 守護獣の鎧(改)
《状態》
デブ(各能力増強)
《召喚獣》
フウマ
ーーー
馬キャラならウマゴンが好き