幕間18(宗近友成)
「ぐはぁ〜」
武器屋の店主である宗近友成は、店のカウンターの椅子に座ると、疲れたように息を吐き出した。
「お疲れ様です」
疲れて目を瞑っていると、弟子であり武器屋で雇っている堂山道雄がお茶を運んでくれる。
宗近はこれまでにも多くの弟子を取っており、堂山もその一人だ。
堂山が弟子となり十年が経っており、鍛治の腕も錬金術の腕も十分に独り立ちできるまでに育っていた。
自分の工房を持てと言っているのだが、まだ学ぶ事があると言って辞めようとしない。出資してやるからと言っても、その時が来たらお願いしますと言うだけで、ダラダラと二年間武器屋に勤めている。
「あんがとよ。 あの野郎、こっちの歳を考えろってんだ。何時間付き合わせるんだよ、ったく」
首を鳴らして体の調子を確かめる。
今日の手合わせのために、鍛治の合間に武器を振っていたのだが、ここまで長時間やる事になるとは思わなかった。
短くて十分、長くても半刻程度だと思っていたのが、ぶっ続けで五時間も戦ったのだ。現役を退いた老体には、かなり無理をしてしまった。
ギックリ腰が再発しないか心配である。
「これで、過去の蟠りは無くなりましたか?」
「……ああ」
宗近は弟子の指摘にぶっきらぼうに返すと、椅子に体を沈めて過去を思い出す。
四十年前、宗近は現役の探索者としてダンジョンに潜っていた。
この頃は、探索者協会も出来たばかりで、ダンジョンも迷宮や炭鉱などと呼ばれ、人々から忌み嫌われていた。
探索者も乱暴者の行き着く場所というイメージで、探索者の社会的地位は非常に低かった。
そんな中で、宗近は仲間を募り迷宮に挑んだ。
今のように、10階まで引率者が付くなどはなく、どういったモンスターが現れるかの情報しか貰えない。
しかし、モンスターの事前情報があるだけで生存率は伸びており、探索者協会の功績はそれだけでも大きかった。
宗近達『虎狼の牙』は順調に探索を始め、最初のスキルを手に入れてから快進撃を続けた。
因みに、虎狼の牙はパーティ名である。最近はパーティ名はダサいという風潮で付けてないパーティが多いが、昔はカッコいいからという理由で皆が率先して付けていた。
今では赤面しそうなパーティ名を付け、声高らかに名乗っていたのだ。
「俺は虎狼の牙の宗近だ! 邪魔だ!道を開けろ!」
調子に乗って道を進み、ライバルである他探索者とトラブルになるのは日常茶飯事だった。
そのせいで、探索者を取り締まる部門を国が立ち上げたりもしたのだが、それはまた別の話。
若い頃の宗近は、ガラが悪く一般人は近寄りたくない人種だった。しかし、宗近自身が一般人に手を出す事はなく、仲間にもそれを徹底させていた。
そんな虎狼の牙は、男だらけのパーティであり、無鉄砲な奴らの集まりでストッパー役がいなかった。
そのおかげか、単に運が良かっただけか、20階をクリアするのに三ヶ月も掛からなかった。その間にユニークモンスターを倒しており、新たなスキルも獲得していた。
探索者になって一年と半年で30階を突破し、探索者協会が発足して最短の記録となった。まあそれも、三年もしない内に抜かれる記録ではあるが、少なくとも当時は最短記録だった。
順調だった。
探索やって、馬鹿やって、喧嘩して、酒飲んで、女抱いて寝る。そんな日常を送っていたが、31階を探索した時に終わりを告げる事になる。
調子に乗っていた。
今、目の前にかつての自分が居れば、ぶん殴ってでも止めていただろう。
何でも出来ると思っていた。
全てがうまくいき過ぎて、自身の力量を測れていなかった。
だから、ユニークモンスターと戦っている探索者を見た時、これはチャンスだと思ってしまった。
そのユニークモンスターは槍を手に持ち、甲冑で身を固め騎乗しているホブゴブリンだった。
探索者との戦いを見るに、騎乗からの攻撃は恐ろしいものではあったが、十分に対処出来ると判断してしまった。過去の成功体験が、その程度のユニークモンスターなのだと勘違いさせてしまった。
念の為にユニークモンスターが消耗するのを待ち、戦っている探索者達がやられる直前に割って入る。
狙いは、ユニークモンスターを倒す大義名分と、助けた探索者達から謝礼をせしめる事だった。
そして狙い通り、探索者達の救援には間に合い、感謝もされた。
その代わりに、宗近は仲間を失う。
本番は馬を降りてからだった。
リーダーである宗近が先頭に立ち、ユニークモンスターと槍を交わす。
何度か槍を交わらせると、違和感を覚えた。
何かが違うと察して、焦りが生まれると同時に弧を描いて宙を舞い、気を失った。
そして、目を覚まして見た光景は、横たわる仲間達の亡骸だった。
「…………」
現実味の無い光景に膝を突き、泣き叫ぶことも出来なかった。
ただ、涙が頬を伝う。
心のどこかで、これが現実なのだと受け入れていたのかもしれない。
その場から動けず、涙を流しじっと見ていた。
悲しみ、怒り、恨み、憎しみ、後悔、仲間を失った宗近の胸中は、様々な感情が混ぜ合わさり強い虚無感に襲われる。
これまで感じた事のない感情の波に、心がそこでリセットを掛けてしまった。それは、心を守る為の防衛本能だったのだが、この場で考えれば良いことだったのだろう。泣き叫べば、他のモンスターを呼び寄せてしまったのだから。
しかし、リセットされた胸中で浮かんで来たものがある。
「……どうして、俺だけ生きているんだ?」
宗近だけが生き残った。その理由が分からない。
一番最初にやられたのだ。一番最初に殺されるべきは、俺ではなかったのか。そう考えて、仲間達を見る。
もしかしたら、俺を助けるために奮闘してくれたのかもしれない。
それでもと考える。
全員やられたのに、あのモンスターが倒れている宗近を見逃す理由が分からなかった。
モンスターは人を襲う。
たとえ降参しても、死んだふりをしても、見逃してくれるようなモンスターは存在しない。気を失っているだけなら、確実に止めを刺してくる。モンスターとは、そういう存在なのだ。
なぜ見逃された?
生き残った事への疑問が、頭の中を占領する。
考えても考えても答えは出ない。何故ならそれは、あのユニークモンスターしか知らないのだから。
「くそ……」
涙を流しながら悪態を吐く。
その言葉は、ここには居ないユニークモンスターへ向けたものだった。
「くそくそくそくそくそくそくそ!!」
地面を叩き、立ち上がる。
仲間を殺された事への怒りはある。そして何よりも、見逃された事実が、屈辱が、宗近を奮い立たせていた。
恨み、とは違う感情で、まるで恋にも似た思いを抱き、復讐を誓ったのだった。
しかし、その思いは永遠に叶う事はなかった。
宗近は仲間を失った後、ひたすらに己を鍛えた。
馬鹿を止め、酒をやめ、タバコをやめ、女を絶ち、ダンジョンで戦い続けた。
独学だった武器の使い方を学び、スキルの使い方を学習して力を付けていく。
三年という時間を一人でダンジョンに挑み続け、その頃には一人で35階まで探索するようになっていた。
これは驚異的な事であり、パーティで挑むのが当然の探索者としては、偉業と呼んで差し支えない功績だった。
だが、それと同時に、ここが一人の限界だと実感してしまう。
体力が続かず、魔力が持たず、食糧が足りていない。何より、一人ではまともに寝る事も出来ない。
常にモンスターの脅威に晒され、警戒して休めない探索は、十日も続ければ集中力が切れてしまい、何でもないモンスターから攻撃を受けることがあった。
ここから先に行くには、仲間が必要になる。それを実感してからは、31階でユニークモンスターを探すようになる。
今の実力では到底敵わないと分かっていても、もう挑むしか宗近には道は残されていなかった。
これ以上の力を付けようとすれば、更に先を目指す必要があるが、一人では先に進めない。先に進めば死が待っていると、嫌でも理解してしまったからだ。
ダンジョンの6と0の付く階は、探索者としての価値が試される。
モンスターの出現率が格段に上がり、次から次にモンスターとの戦いを強いられる。逃げて先を目指しても良いのだが、31階からのフィールドは余りにも広大で、ずっと逃げ続ける事など不可能だ。だからといって戦い続ける事も出来ない。何せ宗近は一人だから。
だが、その一人の時間もやがて終わる。
「あんた、一人で寂しそうだね、私達と来ないかい?」
31階でキャンプをしていると、どこかのお転婆娘に誘われたのだ。
その時は、ふざけるなと断ったが、そのパーティが宗近が作った30階最短突破記録を抜いたパーティだと知ると、興味が湧いた。
最初は力を付ける為に利用してやろうと思い、そのパーティに加わる事になるが、このパーティとは長い長い付き合いとなる。
パーティでダンジョンに潜るようになり、無理だと思っていた36階をあっさりとクリアして40階を突破しても、休みの日は31階でユニークモンスターを探し続けた。
深く深く潜り、絶望を知っても、休みの日は31階で探し続けた。
探して探して、己にはもうあのユニークモンスターに会う資格が無いと知っても探し続けた。
探索者を引退して、錬金術工房『武器屋』を開いても、弟子を取り、家族を作っても求め続けた。
出会えないと分かっても、目的を見失っても、全盛期が過ぎて老いを感じても求め続けた。
それだけ、あのユニークモンスターに執着していたのだ。
そんな時だ、田中が現れたのは。
普通では考えられない多くのスキルを持ち、急に体型が変化したと思ったら更に強くなっていた。
生意気で、ふざけた性格をしているが、予感があった。
こいつなら、あのユニークモンスターを倒せるのではないか。
その予感は的中する。
遭遇すること自体が稀なユニークモンスターと戦い生き残った。
田中から苦情を聞いたとき身震いしたものだ。
「おい、俺からの依頼を受けるなら、鎧を一つ無料で提供してやるぞ」
「マジっすか!やるやる!」
苦情を言う田中に提案すると、一も二もなく飛び付いた。
その対応にほくそ笑むどころか、何も考えていないようで、逆に心配になる食い付きようだった。
そして数日後、田中は依頼を達成して戻って来た。
「依頼の物、持って来やした!」
鼻息荒くやって来た田中は、昔に見たあの槍を、恋焦がれたあのモンスターが持っていた槍を持って帰った。
体が震え、カウンターに置かれた槍に手を伸ばすことが出来ない。それを察した堂山が、田中にお茶を出してくれる。
田中がお茶を啜る僅かな間に、心を落ち着かせてその槍を手に取った。
見た目にそぐわない重みが、この槍にはある。
鑑定のスキルを使い、この槍がどういった物なのか確認すると、昔見た国名を読み取ってしまう。
ふうと大きくため息を吐き、一度目を瞑り気持ちを落ち着かせる。
予感はあった。あのユニークモンスターには、意志があるのではないかという予感が。
31階で見逃されたのは、何も宗近だけではない。
ある共通点を持った者を、あのユニークモンスターは見逃していた。
その共通点とは槍を持ち、何合か槍を交わした者達だった。
なぜ槍を持った者を見逃したのか、どうして俺を、俺たちを見逃したのか、その真意を聞きたかった。
それも、もう叶わない。
どうしようもない喪失感に襲われた宗近は、田中に打診をする。理不尽な行いだと分かっていても、やらずにはいられなかった。
「槍の値段で、この鎧を治してやっても良い。その代わり、俺と手合わせしろ」
「マジっすか!やるやる!」
まったく同じやり取りで引き受けた田中が心配に……はならなかった。田中はこういう奴なんだと、ようやく理解したのだ。
手合わせは、鎧が出来上がり次第という事になり、宗近は修理の合間に己の腕の錆落としを始めた。
とは言っても鎧が鎧なだけに、その魅力に逆らえず色々と手を加えてしまい、気が付けば二徹していた。
空が黄色く見えるのは、探索者を引退してからの方が多くなった。
錬金術のスキルを得たのを活かして始めた武器屋だが、まさかこんなに凝り性だとは自分でも思わなかった。
おかげで繁盛しており、遅くはなったが結婚もして、子宝にも恵まれ、弟子も取って順風満帆な余生が約束されている。
だから、過去の気持ちを清算する為に、田中と向き合っている。
あのユニークモンスターを倒した田中と。
「マジで今からやるのか?」
恋焦がれた憎しみの対象を葬った男は、不満そうに漏らす。
「約束しただろう。終わりは、どちらかが参ったと言うまでだ」
「参りました」
「全額払うなら許してやるぞ」
「嘘です、しっかりお相手させて頂きます」
田中は一歩前に踏み出すと同時に、どっしりと大剣を構えた。
その姿は、まるで巨大な岩のようにも見え、流石はと感嘆の息を漏らす。そして、宗近の中では、どう切り崩していくのか、幾つもの手順を組み立てていった。
そして槍の形をした『夢幻の玉鋼』を構える。
夢幻の玉鋼の本来の姿は、鉄の塊のような形状をしている。それに魔力を込めて操る事で、様々な武器に姿を変化させる魔道具である。
夢幻の玉鋼は様々な武器を扱う宗近が、自分専用に作り出した魔道具であり、ダンジョン産を除いたアイテムの中では最高峰の魔道具である。
宗近が構えると、田中から発せられる威圧感が増した。
行くべきか、待つべきか……。
少しだけ逡巡すると、こちらから誘ったのに待つのも馬鹿らしいと考え、宗近が仕掛ける。
達人の歩法は揺れない。
完成された摺り足により接近した宗近は、容赦なく突きを放つ。田中は驚いた表情で反応して見せたが、何が起こったのか分からないといった様子だ。
大きく後方に飛んだ田中は、宗近を見据えて再び構える。
今の一合で、大体の力量は把握できた。
だから、容赦なく攻める。
勿論、ある程度の手加減はしているが、それでも田中の技量では避ける事は難しいだろう。と予想していたのだが、思っていた以上に粘る。
槍で突き、石突で殴打し、短く持って薙払い、拳で殴り、蹴ろうとするが、そのどれもを対処して見せる。
背後から魔法で襲われ、対処する僅かな時間で、田中は体勢を元に戻して見せる。
少しずつギアを上げていくと、苦しそうな表情をするが、攻撃の手を緩めると反撃して来る。
そして時間を掛ければ掛けるほど、田中の動きが良くなっていく。
宗近は楽しくなっていた。
まだまだ荒い部分はあるが、武器の扱い方は申し分なく達人の域にいる。しかも、宗近との手合わせで急速に成長していた。それはスキルを利用したものだろうが、狡いとは思わない。何故なら探索者は力が全てだからだ。
社会性を保っているように見せてはいるが、結局のところ探索者は乱暴者に違いないのだ。
強いが正義、強いから許され、強いから生殺与奪権がある。
今はまだ宗近が強い。
だが、いずれは抜かれ、生殺与奪権は田中に移るだろう。
殺意の乗った強力な魔法が田中から放たれる。
魔力を操り道を作ると、魔法を誘導して上空へと逸らす。これは、魔法の使えない宗近が、対攻撃魔法用に編み出した技の一つだ。
「無茶苦茶だ!」
「どっちがだ」
田中からそんな声が届くが、出鱈目な威力の魔法を使っておいてよく言うと悪態を吐く。
今度はそっちから来いと挑発してやると、剣閃と魔法が飛んでくる。
夢幻の玉鋼を長剣に変え、その全てを斬り伏せると、背後に回ってた田中の大剣を受け鍔迫り合いに持ち込む。
……いい目をしている。
戦う者の目だ。
戦いを楽しみ、死線を求める者の目だ。
本人に自覚はなくとも、見る者が見れば分かる。
しかも、この男はダンジョンに気に入られている。この先、用意された死地に飛び込み、そのまま死ぬか、修羅となるか、はたまた……。
田中が蹴りを繰り出す。
一瞬の間に考え事をしてしまったせいで、判断を誤ってしまう。
長剣を双剣に変え、蹴り足を斬り飛ばしてしまった。
「しまった」
呟くと同時に突風が吹き荒れ、田中が大きく後退した。
風に押されて、宗近も抵抗せずに下がるが、田中から送られて来る非難の眼差しに、視線を逸らす。
田中は即座に足を再生させるが、その間も宗近に視線を送り続けている。
「……まあ、なんだ、事故みたいなもんだ」
「……修理してもらえるんですかね?」
「無理だ。その手のアイテムは、一度壊れると使えない。特殊な繊維で魔術式が編み込まれていてな、繊維自体が再現不可能な代物だ」
「……じゃあ同じ物は?」
「無い、諦めろ、形ある物はいずれ壊れるもんだ」
「ふざけんな! 一千万円超えのアイテムを壊されて、はいそうですかって納得出来るか!」
「しゃあないだろうが! お前が避けれない攻撃して来るからだ!」
「はい嘘〜! 俺には分かります〜。 下がれば避けれたでしょうが!一瞬気を抜いたんだろ!分かってんだよ!正直に言えよクソジジイ!」
「誰がクソジジイだ!クソガキ!」
「あれれ?怒ってるって事は図星かな?」
「腹立つなその顔、久しぶりに殴りたいと思ったわい。 ふん、まあやっちまったもんは仕方ない。 ……そうだな、俺にもういいと言わせたら、その靴、買い取ってやるぞ」
「開き直りやがったな、クソジジイ。 見てろよ、吠え面かかせてやる」
「やってみろよクソガキ、手加減はしてやるから安心しろ」
それから五時間、二人は戦い続けた。
宗近は使うつもりのなかったライフル型魔銃を使用したり、奥の手を使ったりもして田中の四肢を斬り飛ばしたりもしたが、治癒魔法で即座に回復されてしまう。
田中も宗近の動きを学習したのか、少しずつではあるが、動きに着いて来れるようになり、宗近にヒヤリとさせる場面もあった。それでも、宗近と田中との実力差はかなりのもので、届く事はなかった。
最後は、田中の魔力切れにより終わりを迎える。
何とも締まらない終わり方だったが、宗近は満足していた。
久しく感じていなかった戦いの余韻に浸り、昔吸っていた煙草が恋しくなった。禁煙を始めて四十年近く経つのに、未だにその味は覚えている。
煙草の味を思い出したせいか、口元が寂しくなり、つい余計な事を口走ってしまった。
「まあ、頑張ったで賞でもくれてやる」
「んなもん貰っても嬉しくないわい」
「そう言うな、壊れた靴は買い取ってやるからよ」
「マジっすか! 流石ジジイだ。サスじいだな」
「その言い方止めろ、馬鹿にされてるようで腹立つ」
「そうか? 似合ってると思うけどな」
「買い取り止めるぞ」
「嘘うそ、ごめんなさい、もう二度と言いません」
魔力切れで動けないのか、寝転がった状態の田中は、表情をコロコロ変えて表現する。怒っているのかと思えば、笑顔に変わり、困惑した表情に変わると、最後には笑みを浮かべていた。
ふうと息を吐いた宗近は、落ちている田中の足だった物から靴を取ると、宗近は改めて田中を見た。
宗近が知る治癒魔法は、瞬時に再生するような魔法ではなかった。徐々に時間を掛けて治療、再生をする魔法だった。どんなに優秀な治癒魔法の使い手でも、再生するには数分は必要としていた。
それも落ち着いた状態でだ。
田中は、それを戦闘中にやって見せた。
こいつは、本当に選ばれた人間なんだなと、お転婆娘と同じ道を進まないよう願うしかなかった。
「それで、その壊れたアイテムを買い取ったんですか?」
「むぅ、経費で落として良いか?」
カウンターの上に置かれた神鳥の靴は、その機能を失いゴミ同然の物となっている。
それを弟子である堂山に相談すると、笑みを浮かべて答えてくれた。
「ダメです。奥様には報告しておきますので、安心して下さい」
「一番安心できんわい」
宗近は、妻の顔を思い浮かべて、一ヶ月は晩酌禁止されそうだなと買い取った事を後悔した。
この神鳥の靴を修復できれば良いのだが、田中に語ったように、特殊な素材で作られたダンジョン産のアイテムは、再現不可能なのだ。
仮に同じ素材が手に入ったとしても、それで修復するには長い時間が必要になる。仕組みを研究して、それを一から作り直す。殆ど、製作と変わらない工程を踏まなくてはいけないのだ。
「まあ、研究材料か、マニアに売るしかないか」
この神鳥の靴の扱いについて、そう結論を出すと、堂山が何かを思い出したように切り出した。
「私の知り合いに、ダンジョンのアイテムが欲しいって言ってる人がいるんですけど、彼に紹介しても良いですか?」
「壊れているが、良いのか?」
「何か研究したいみたいで、何でも良いから欲しいと言っていました」
「そりゃ丁度いいな。だが、買えるのか?結構な値段するが……」
「そうですね、少し相談してみます」
そう言って堂山は奥に引っ込みスマホを取り出すと、メッセージを送り始めた。
少しだけ冷めたお茶を飲んで、椅子に深く腰を沈める。
このまま寝てしまいそうな気怠さを覚えて、少しだけ瞼を閉じる。
クラシックの音楽を店内に流しており、何とも上品になったなぁと自嘲する。
また、田中と戦った事もあり、感覚がいつもより鋭敏になっている。店内から外の気配を感じ取り、果てはショッピングモール全体の気配を感じ取る。
昔はこれが普通に出来ていたのだから、今がどれだけ衰えたのか分かる。老いとは恐ろしいものだ。
探索者らしき気配が、武器屋に向かって来るのを感じ取って目を開ける。
最後にお茶を飲み干して、出入り口を見るとお客様を迎えた。
「いらっしゃい」
ーーー
宗近友成(64)
レベル 53
《スキル》
身体強化 見切り 槍技 剣技 錬金術 鑑定 武技 剣舞
《装備》
夢幻の玉鋼
ーーー