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百六十八日目

 俺が武器屋で貰った防具は、以前と同じブレイブプロテクターver.5だ。

 来年には新規モデルが販売されるようで、待った方が良いと言われたが、いやいや、車じゃないんだよ、今必要な物なのに何言うとんじゃいと返した。


 本当はまだ頑丈な物にしたかったが、サイズが合う物が二千万円以上の鎧やプロテクターになるので、流石に気が引けて手を出せなかった。

 なんてのは嘘で、二千万円の鎧くれと言っても、それはダメだと店主に怒られたのだ。

 常識を考えろ、せいぜいこのランクじゃろうがいと、以前購入した陳列棚に連れて来られたのだ。


 この中から選べと言われても、俺に合うサイズの中で、最も耐久値が高いのがこれだったのだ。

 新規モデル云々は、少しでも安い物を渡そうとする店主のケチな本性の表れだ。


 まったく、どっかの乞食と良い勝負じゃないか。



 そんな訳で、また同じ装備を身に着けて朝から探索を開始する。

 スーパーで昼食を購入して収納空間に放り込み、ギルドの売店でポーション類を購入するとダンジョンに向かった。




 ダンジョン31階



 それにしても、32階に続く階段が見つからない。

 かなり長いこと潜っているつもりだが、それらしい物が見当たらないのだ。


 何処にあるんだろうなと考えながら道を進み、やがて森の中に入った。その森はそんなに大きくはないので、直ぐに抜けれそうだなと思っていると、ホブゴブリン四体と遭遇する。


 長剣が一体、斧が一体、槍が一体、弓が一体とそれぞれが別の武器を持っている。体は相変わらず鎧などの装備は無く、頼りない布切れを纏っているだけだ。


 それなのに、武器の扱いは一定以上の実力があり、油断出来ない。これで、全員がフル装備だったら、間違いなく苦戦するだろう。

 良かった、装備が武器だけで。


 そんな事を思いながら、石の槍を作り出し速度上昇の魔法陣を展開して、最も厄介な弓使いを狙う。

 遭遇して、構える前に放った魔法に弓使いのホブゴブリンは、何も出来ずに絶命した。


 仲間がやられて激昂した三体から一度大きく下がって距離を取ると、右に大きく跳びながら、ホブゴブリンに向かって風属性魔法を行使する。

 不可視の刃を二つ放ち、俺に注視している三体の内、二体の胴体を切り裂きダメージを負わせる。

 切断する程の威力は無いが、高い確率でダメージを与えられ、扱い易い風属性魔法は優秀と言えた。


 動きの止まった長剣持ちと槍持ちは置いておいて、先に斧を持ったホブゴブリンと対峙する。


 不屈の大剣を持ち、何度か打ち合う。

 両手で持つ斧だが、その動きは洗練されており、力の乗った一撃は油断出来ない威力を秘めている。


 俺はそれに合わせて大剣を横薙ぎにして弾き、一気に身体強化を発動して、斧持ちのホブゴブリンを斬り裂いた。


 様々な武器を扱うホブゴブリン達。

 その戦い方には目を見張るものがあり、もしも同数の人類とホブゴブリンが戦争すれば、人類は負けてしまうだろう。

 改めて、ダンジョンからモンスターが溢れなくて良かったなと思う。

 もしもモンスターが地上に出るようになれば、世は荒廃した世紀末顔負けの修羅の世界となるだろう。


 残ったホブゴブリンに止めを刺し武器を回収すると、今日は山のある方角に向かおうと足を進める。



 暫く歩いて進むが、山に近付いている気がしない。それほど遠くにあるのだろう。いや、もしかしたらダンジョンの壁に描かれた絵なのかも知れない。

 あんな遠くに見える山までダンジョンの一部だったら、これから探索する範囲は余りにも広大で、次の階に進むのも一苦労なんてレベルじゃないからだ。


 だからあれは絵だ。そうだ、そうに違いない。


 そう無理矢理思い込もうとしながら、森を抜ける。

 すると、まだ距離はあるが、正面から探索者パーティが歩いて来るのが見えた。


 その探索者パーティは八人もおり、探索の帰りからか疲れているように見える。それに、自走台車であるポッタクルーまで連れており、潤沢な資金がある事が窺える。

 流石はプロの探索者、伊達に30階を超えて活動してないという事なのだろう。


 八人の探索者パーティは、俺が認識したのと同じように、俺の存在に気付いたようだ。


 俺は片手を上げて挨拶すると、何だか警戒した様子だ。

 何か話し合っているのか、ヒソヒソと会話している。



 新種のホブゴブリン?

 太っているけど、ホブゴブリンっぽいわね。

 オークとホブゴブリンのハーフかも知れないぞ。

 装備を身に着けているわね、ユニークモンスターじゃない?

 逃げるか?

 戦って勝てば、新たなスキル手に入れられるぜ。



 バッチリ聞こえてんだよ馬鹿野郎。

 俺は不屈の大剣に伸びそうになる手を必死に諌めて話しかける。

 こいつら斬ったら、さぞかしスッキリするんだろうなぁとか全然思っていない。



 待て待て、人間ですよ。貴方達と同じ人間ですよ。

 その疑いの目、止めてもらっていいっすか?

 何で一人でいるのかだって?

 そりゃ仲間いないからですけど何か?

 待って!会話してんだから人間だろうがい!武器は下ろせよ!



 武器を手に取り、こちらを警戒する探索者パーティ。

 魔法使い一人、弓使いが一人の後衛が二人、前衛が六人とバランスがイマイチな構成だ。

 前衛もタンクである盾を持った重戦士が二人に、遊撃であろう戦士が四人。

 正直、どんな連携を取るのか興味はあるが、ここで戦えばモンスターを呼び寄せてしまう。何より互いにただでは済まない結果に終わるだろう。


 甲冑ホブゴブリンを探さないといけないのに、こんな所で装備を失いたくはない。

 だから必死に声を掛けるのだ。


 俺の意思が通じたのか、そうかと言って武器を下ろしてくれた。

 良かった。無用な争いにならなくてとホッとしていると、空間把握に反応があった。


 大剣を振り抜き、飛来した矢を斬り落とす。


 どうやら理解したふりは、こちらを油断させる罠だったようだ。

 俺は魔力を操り、風属性魔法で突風を奴等にぶつけようとすると、何やら奴等の様子がおかしい。


 まあ関係ないと吹き飛ばすつもりで、魔法を使用する。


 この魔法に殺傷能力はない。

 一般人ならダメージを与える事は出来ても、探索者のような頑丈な存在には怯ませる程度の効果しかない。

 しかし、それが目的だ。

 圧倒的な人数差な上に、実力もプロ探索者なだけあって高そうだ。


 だから怯んだ隙に二、三人戦闘不能に追い込む。

 出来れば魔法使い、それと弓使い。

 ホブゴブリンとの戦いで分かったが、効率よく勝つには火力のある後衛を潰すのが最適だ。

 一発で戦況を変化させる魔法使いは、それだけ厄介なのだ。


 身体強化を使い、一気に奴等の背後に回り込むと魔法使いに向かって強襲する。


 拳を振り翳し、殴り倒そうとすると魔法使いと目が合った。

 その目は驚きで見開かれており、何が起こっているのか理解出来ていない様子だ。


 女性の魔法使いだが、これで油断して俺がやられては意味がない。そう決心するが、顔面を狙った拳は軌道を変えて腹に向かった。


 その一瞬の躊躇が悪かったのだろう、重戦士が間に入り大盾に塞がれてしまう。

 ガンと音が鳴り、俺は更に力を込めて、盾ごと重戦士を宙に浮かせ、後方にいた魔法使い諸共転ばせる。


 一瞬の間はあれど、対処されるとは思わなかった。

 プロの探索者は伊達ではないのだろう。


 これは、俺も本気で相手をしなければならない。

 命までは奪うまいと思っていたが、それも難しそうだ。


 不屈の大剣を構えて、リミットブレイクの準備を行う。

 ここからは殺し合いになるかも知れない、可能なら気を失わせるだけにしたいが、無理なら片足、片腕だけ奪って戦闘不能にしよう。


 そう思って闘志を燃やしていると、あちらのリーダーらしき女性が何やら叫んでいる。



 ん?なに?間違い?

 何が間違いだ。弓で射た以上、勘違いや間違いはないだろう。

 それが間違いだった?

 殺人未遂が間違いで済む世界が何処にあるんだよ、舐めてんのかあんたは。

 なに?賠償はするって?


 …………お幾らです?



 俺は不屈の大剣を下ろして、話を聞く体勢に入る。

 まさかここで臨時収入が入るとは、世の中分からないものである。


 リーダーの女性と話をして、賠償は後日という事になり、連絡先を交換する。

 あちらの探索者パーティメンバーは、何故か俺と距離を置いているが気にしてはいけない。

 どうせお金を貰ったら、関わりはそれで終わりなのだから。


 あっそうだと思い出して、最後に32階に続く階段の位置を尋ねると、この道を真っ直ぐ一日も歩けば着くそうだ。


 へーそうなんすねー。


 ……ん?一日?




 まさかの距離に驚く。

 一日歩けばって、人の歩く速度が時速4kmと言われているが、十時間も歩けば40kmは歩く事になる。

 あの探索者パーティは、この階の途中でキャンプを張ったと言っていた。なので、少なくともそれ以上の距離はあると予測される。


 ここから40km、下手すればそれ以上の距離を歩かなくてはいけない。

 しかも、道中はモンスターに襲われるというオマケ付きだ。


 どんだけ次に進むのに時間が掛かるんだよ。

 次の階に進む度に、そのフィールドは広大になって行くとネットで見た事はあるが、どんだけ広いんだよと言いたくなる。



 探索者パーティと別れて、どうしようかと悩む。

 背後では、地上に戻る探索者パーティの後ろ姿が見える。

 何か話しているようだが、彼女達との距離があり過ぎて聞こえない。

 ただ、弓使いの男性が、他の人達から叱られているように見える。


 疲れから手元が狂ったとか言っていたが、それが本当の事かは分からない。まあ、賠償してくれると言うので、これ以上何も言うまい。


 森に入って行く探索者パーティの後ろ姿を見ながら、これからどうしようかと考える。

 甲冑ホブゴブリンを発見しなければいけないのだが、範囲が広過ぎてそう簡単ではないだろう。一度、遭遇したきっかけの廃村にでも行こうかな、なんて考えていると、探索者パーティが去って行った森から、戦闘音が聞こえて来た。


 森の中でホブゴブリンと遭遇したのかなぁ、なんて思っていると、音の中に馬の嘶きが混じっているのに気付く。



 見つけた。



 俺は笑みを浮かべると、森に向かって駆け出した。



ーーー



 女性率いる探索者パーティは、プロ探索者となって五年が経過したベテランパーティでもある。


 現在、34階を攻略しているが、ダンジョンのフィールドの広大さとモンスターが強力なせいで、これ以上の探索は不可能ではないかと思い始めていた。

 それはパーティ共通の認識であり、引退を視野に入れて活動している。


 年齢も三十路に近く、有力な企業やネオユートピアの富豪から声を掛けてもらっているのもあり、引退しても今後の生活に不安はない。

 大金を出して、ホント株式会社のポッタクルーを購入したりもしたが、これを欲しがっている探索者は多いので、買い取ってくれるだろう。

 現在のポッタクルーは、プロの探索者でも入手困難な人気商品となっているのだ。


 今回の探索は、三十日間行っており既にポッタクルーの積荷は満杯だ。

 嵩張るモンスターの一部を捨てても満杯になってしまう。それだけ、今回の成果は大きいのだが、長期の探索もあって帰り道は疲労困憊となっていた。


 そんな時だ、太った探索者と出会ったのは。


 最初はオークが何故この階に?とユニークモンスターの可能性があり警戒したが、会話をしてみるとちゃんとした人だった。

 警戒を解いて、武器を下ろすようにパーティに指示を出すと、何を勘違いしたのか弓使いが射てしまった。


 それを太った探索者は神速の太刀で、矢を斬り落とす。


 ゾッとした。


「バカ! 何をやって!?」


 弓使いのメンバーを叱り謝罪させようとするが、突然の突風にバランスを崩しそうになる。

 何が起こっているのか分からずに、風が吹いた方向を見れば、そこに太った探索者はいなかった。


 代わりに背後からガンと音がして、重戦士のメンバーと魔法使いが倒れていた。


 太った探索者が大剣を構える。

 その姿に恐怖を覚えた。

 明らかに、自分達よりも強い探索者だ。

 見た目は太っており顔には幼さが残るが、それで判断を誤る事はない。これまでに死線を潜った経験が、やばい奴だと知らせて来るのだ。


「待って下さい! 今のは間違いです! 謝罪しますから、どうか剣を下ろして下さい!」


「こっちを油断させて矢を射るのが間違いか?」


「申し訳ありません」


「殺人未遂が間違いで通るかよ、そんな世界が何処にあるんだ。舐めてるのか?」


「賠償致します! どうか、どうか怒りを鎮めてもらえませんか?」


「賠償……お幾らで?」


 お金で解決出来るなら安いものだった。

 パーティ全員が、この太った探索者を警戒しており、それは恐怖の裏返しでもあった。

 戦えば、この中の誰かが死ぬ。

 それは全員なのか、誰かが逃げて生き延びるか定かではないが、少なくとも試そうなんて考えもしなかった。


 連絡先を交換して太った探索者と別れる。

 少しの雑談で、32階に続く階段の位置を答えると唖然としていたが、もしかしたらこの階は初めてなのかも知れない。


 初めてであの強さ。

 一人で潜っているというのも、納得してしまう。


「もうっ、しっかりしてよね。 危うく殺されるところだったわよ」


 魔法使いの女が、弓使いの男に愚痴をこぼす。

 それも仕方ない、リーダーの合図を見間違えて矢を射たのだから。


「すまない」


 素直に謝罪する男は、明らかに気落ちしており、疲れた体の上に気力まで失っていた。


「いや、あいつは殺す気はなさそうだったぞ、殴るのも躊躇していた。おかげで俺が間に合ったんだがな」


 盾で魔法使いを守った重戦士の男が言う。

 男のスキルには先読みがあり、太った探索者の動きが一瞬止まったのもあり、間に合ったのだ。


「それでも、貴方が浮くくらいの威力で殴られたら、私死んじゃうわよ!」


 重戦士の格好は、プレートアーマーに更に頑丈な盾を持っており、合計すれば成人男性の二倍の重量はある。

 そんな男が盾で踏ん張って防いだのに浮かされたのだ。まともに食らえば、命は無い。ましてや、魔法使いの装備はほぼ布で出来ており、物理防御力は期待出来ないのだ。


「まあまあ、生きたんだから良いじゃない。 賠償、請求された慰謝料もそれほどでもないんだし、良かったわ」


 太った探索者が請求して来た金額は、百万円で良いと言う事なので、有無もなくそれに乗っかった。

 正直、一千万円は請求されると思っていたが、今回の探索の成果の三十分の一程度だ。

 本当に良かったと心から安堵する。


 しかし、そんな気持ちは森に入ってなくなってしまう。


 正面から蹄の音が聞こえ、その聞き慣れない音に皆が足を止める。

 誰も声を発する事なく、戦闘準備に入る。

 この音の正体に心当たりがあった。

 これが、どこかの探索者が馬を連れているとかなら問題ない。馬鹿な奴を注意してそれで終わりだ。

 しかし、その期待には応えてくれない。

 ダンジョン31階には探索者達で、ある忠告が出されていた。


 〝蹄の音を聞いたら逃げろ”


 こういう忠告は、31階以降どの階にもあるのだが、それらに遭遇するのは余程不運な者達だ。


 このパーティも、これまではそう思っていた。

 長い探索者生活で、その逸話と遭遇した事はなかったのだ。頭の隅に留めておいても、自分には関係ないと蓋をしていた。


 それが今、蓋を開けて出て来たのだ。


 大きな馬が現れた。

 軍馬と呼ばれる強靭な体を持った馬で、馬用の防具も身に着けている。


 そして、その軍馬の上には、西洋の甲冑を着たホブゴブリンが槍を片手に騎乗していた。


 まるで海外の時代劇から飛び出して来たような存在に、固唾を呑み対峙する。


 そのホブゴブリンは馬を止めると、面を下ろして馬上で槍を構えた。


「っ!? 来るわよ!」


 緊張が走り、甲冑を纏ったホブゴブリンの圧力が一気に増す。

 動いてもいないのに呼吸が荒くなり、汗が流れる。


 始まりは、またしても弓使いの彼からだった。

 魔力が込められた特殊な矢は、貫通力が増しており、ただの鎧なら簡単に貫通する威力を持っていた。

 その矢が高速で飛来し、ユニークモンスターであるホブゴブリンを貫かんと迫る。


 しかし、その矢はホブゴブリンの持つ槍で簡単に払われてしまい、それが開始の合図となりホブゴブリンは馬の腹を蹴った。


 駆け出す軍馬の迫力は凄まじく、地面を蹴る力も並ではない。それでも、鍛えられた探索者である彼女達は、軍馬程度では脅威としない。


「先ずは馬を狙いなさい!」


「分かったわ!」


 魔法使いの女性が魔法陣を展開する。

 彼女の魔法スキルは水属性、高威力を出すにはかなりの練度を必要とする属性だ。

 そして彼女は相応の練度を積んで来た魔法使いである。

 それでも、魔法を使うには準備する時間が必要であり、正面のユニークモンスター相手に時間を稼がなくてはならない。


 その役目を担っているのが、重戦士の二人だ。


 二人の重戦士は、ラガーマンのような体型をしており、筋骨隆々である。スキルも腕力増強や鉄壁、頑丈や反応強化などのタンクとして相応しいスキルを得ていた。

 更に一人は、先読みという攻撃を事前に予測出来るスキルまで所持している。


 この二人ならばきっちり仕事を熟してくれる。


「任せろ!」「持ち堪えて見せる!」


 疲労はあっても気合い十分の二人は、スキルを使い対処出来ると、そう思っていた。


 軍馬の嘶く声が響き、強烈な衝撃を伴って、ほぼ二人同時に薙ぎ払われてしまう。それは軍馬の突進と、馬上からの槍による殴打によって引き起こされた。


「ぐっ!?」「がっ!?」


 ユニークモンスターに敵わなくても、軍馬はどうにかなると思っていた。

 それが一秒も持たなかった。


 倒れた重戦士二人を無視して、ユニークモンスターは馬を駆る。軍馬は一直線に向かっており、狙いは明らかに魔法使いの女性だった。


 そうはさせまいと、焦るように四人の探索者が立ちはだかる。男性二人は剣を、女性一人は大振りのナイフを、最後のリーダーは槍を持っていた。


 ホブゴブリンのユニークモンスターは、何に興味を引いたのか、男性二人を槍で突き刺して戦闘不能にし、軍馬が女性を蹴り飛ばすと、リーダーの女性と足を止めて対峙した。


「手合わせ願えるってわけ?」


 リーダーの女性、八丁奏はっちょうかなでは、やられたメンバーに素早く視線を走らせ、まだ息があるのを確認する。

 このモンスターは、少なくとも直ぐに殺す気は無いようだ。痛めつけて遊ぶ悪趣味なモンスターの可能性もあるが、このままでは、どちらにしろ結果は変わらないだろう。


 魔法はまだかと悪態を吐きそうになるが、今は目の前の脅威に集中しようと、心を正す。


「ふぅ、ふっふっふっ、はぁっ!!」


 呼吸を整え、リズムを取り、踏み込むと同時に最速の突きを放つ。

 緊張と恐怖の中で放たれた突きは、喉元に向かい、そしてホブゴブリンが持つ槍によって逸らされた。


「っ!? まだまだあー!!」


 攻撃を止める訳にはいかなかった。その途端に、今度はこちらが受ける番になるからだ。


 連続で突き、剣のように斬り付け、遠心力を活かし上から叩き潰すように振り下ろした。

 その全てが、馬上で、片手で持った槍で防がれ去なされた。


「このぉーー!!」


 八丁は自身の実力が足りずに、届かない槍を見て絶叫する。

 無力な自分が恨めしい、どれだけ槍を突き出しても掠りもしない。軍馬を狙うが、それもあっさりと去なされる。


 馬上のホブゴブリンからの圧力が増し、攻撃に転じる合図だと察知する。

 このままでは一撃で終わると思い、願うような気持ちで奥の手を使った。


「くっ、グラビティ!」


 八丁が使った重力魔法は、八丁が得たスキルではない。武器として使っている槍に備わった能力である。

 槍の銘は重王亀の槍と言い、対象を一時的に倍の重力が掛かる能力が備わっている。

 この能力は魔力消費が激しいので、ここぞというときにしか使わない。相手を油断させる為、動きを縛り、その内に逃げる為に使っていた奥の手である。


 この能力は攻撃に向いていない。

 それは使い手である八丁が一番分かっていた。

 だから叫ぶ。


「みんな逃げて! はやっゴホッ」


 皆を逃す為に叫んだ八丁は、腹を槍に貫かれて吐血する。

 重力魔法を食らったホブゴブリンは、まるで何でもないかのようにしており、軍馬も平然としていた。


 早く逃げてと、八丁は願う。

 こいつには勝てない、このユニークモンスターは強過ぎる。

 例え魔法使いの、最大の魔法で攻撃しても敵わない。

 そう理解してしまった。


 腹から槍が引き抜かれ、力を失って膝を突く。

 待ってと手を伸ばすが、魔法使いに向かって行くホブゴブリンを止める事は出来なかった。




 魔法使いの必殺の魔法が完成する。

 リーダーである八丁が必死に稼いだ時間のおかげで、やっと魔法が完成した。

 展開された魔法陣は二つ、暴風と隔離の魔法陣だ。

 空中に無数の水滴が浮かび、形を変えながら氷となる。それが更に重なり、増え、圧倒的な質量となってホブゴブリンを襲う。


「氷瀑葬送」


 放たれた氷の魔法は、ホブゴブリンのみを範囲として激しく荒れ狂う。大量の氷の刃が凶器となり、生物の存在を拒絶せんと埋め尽くした。

 この魔法を食らったモンスターは、全身がズタズタに切り裂かれ、氷像となって亡骸を晒す。


 そう、今までは。


 不自然に荒れ狂う箇所から、一本の槍が伸びて魔法使いを突き刺した。


「えっ?」


 魔法使いの女性は何が起こったのかも分からずに、自身の腹部を見る。

 そこには、長く伸びた槍に貫かれた自分の腹があった。

 魔法使いは槍が引き抜かれると同時に倒れる。

 腹から血が流れ、治療しようとポーションを取り出して口に含むが、いつもより治りが遅く感じてしまう。


 早く次の魔法を、そう考えて白く凍った空間を見れば、そこには無傷のホブゴブリンと軍馬がいた。



「くそーーっ!!」


 無傷のホブゴブリンを見た弓使いは、必死に矢をつがえ、そして射る。次々と射られた矢は、その全てを槍で落とされていく。

 魔力が込められた矢は強力なはずなのだが、まるでそれが嘘のように簡単に落とされてしまう。


「化け物がっ!」


 弓使いは悪態を吐くと、腰にある片手剣を引き抜き、魔法使いの前に立つ。

 魔法使いの最後の砦として、本来の役目は任されているのがこの弓使いだ。しかし、剣は専門外であり多少使える程度の腕前しかない。


 ホブゴブリンは男を気にした様子はなく、軍馬を歩かせると、軍馬の蹴りによって呆気なく気を失った。


 ユニークモンスターである甲冑のホブゴブリンは、馬上から魔法使いを見下ろす。まるで品定めでもしているかのような視線に、魔法使いは怖気を感じた。


 魔法は使える。

 それでも自身が使える最高の魔法は通じなかった。ならば、今更何をしろと言うのかと魔法使いは考える。

 仲間の半数は気を失っており、半数はポーションを飲んで回復を待っている。動こうにも、動けない。

 リーダーが這って来ているが、着いた瞬間に殺されるだろう。


 それでも何とかしようと足掻いている。


 その姿に感化された魔法使いは、折れかけた心を奮い立たせて魔力を操る。


 しかし、それを察知したホブゴブリンは見逃さない。

 槍を構え、魔法使いに止めを刺す為に凶刃は振るわれた。


 だが、それよりも早く石の槍が飛来し、それに反応したホブゴブリンが槍で防ぐ。

 弾かれた石の槍は、近くの木に当たり大きく抉ると、木は音を立てへし折れた。


「見〜つけた〜」


 石の槍を放った者は、凶悪な笑みを浮かべて、ホブゴブリンに熱い視線を送っていた。

 その者は、先程知り合った探索者であり、ホブゴブリンと同様に恐怖を覚えた太った探索者だった。



 そして、化け物同士の殺し合いが始まった。

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― 新着の感想 ―
「疲れから手元が狂ったとか言っていたが、それが本当の事かは分からない。まあ、賠償してくれると言うので、これ以上何も言うまい」 レコーダーに記録されているから、知らぬ存念で踏み倒されないから良かったね…
ユニークモンスターでスキルゲットと考えていたが、ふつうの探索者からは避けられているのか(´・ω・`)
[一言] すごく面白い
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